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王女に人生を操られていた侍女ですが、国境の将軍様だけは私を信じてくれました  作者: RiePnyoNaro


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21/33

その21 きっかり一時間

 翌朝、私は王女の執務室に呼び出された。


 部屋には王女のほかに、黒い礼服を着た青年がいた。


 ディアナ専属顧問魔術師、レオン。


 彼は私を見ると、柔らかく微笑んだ。


「ベル嬢。今日は大役ですね」


 その言い方に、背筋が冷えた。


「レオン、説明してあげて」


「かしこまりました」


 レオンは机に地図を広げた。


 王宮の庭園と、離れにある小さな応接室が描かれている。


「明日のお茶会は、こちらの庭園で開かれます。将軍には、まず離れの応接室でお茶を召し上がっていただく予定です」


「……なぜ、庭園ではないのですか?」


 思わず尋ねると、レオンは目を細めた。


「人目のある場所では、落ち着いてお話しできないでしょう?」


 王女が楽しそうに笑った。


「将軍には、私から大切な話があると伝えてあるわ。あなたはお茶に小瓶の中身を混ぜる。それだけでいいの」


「そして一時間後、王女殿下が応接室へ向かうのですね?」


「ええ。将軍は私を見て、恋に落ちる」


 王女は満足げだった。


 だが、私は地図から目を離せなかった。


 離れの応接室から庭園までは、歩いて数分。


 お茶を飲んだ将軍がそこに留まる保証はない。予定が変われば、一時間後に王女が最初に目に入るとも限らない。


 それでも、王女は自信に満ちていた。


 私は、あることに気づいた。


「……将軍は、一時間後まで応接室にいなければならないのですか?」


 レオンの微笑みが、ほんのわずかに深くなった。


「当然でしょう。王女殿下との大切なお話があるのですから」


「お話は、いつ始まるのですか?」


「媚薬を飲んでから一時間後です」


 答えが早すぎた。


 私は息を呑んだ。


 そうか。


 王女は、将軍を一時間後まで部屋に留めるつもりなのだ。


 では、なぜ、そこまで時間を正確に管理できるのか。


「レオン様。応接室に時計はありますか?」


「もちろん」


「では、将軍が時間を気にして部屋を出ようとしたら?」


「そのようなことはありませんよ。私が魔術で、室内の時間を知らせる鐘を鳴らしますから」


 鐘。


 その言葉で、私はようやく計画の輪郭をつかんだ。


 鐘が鳴るまで、将軍は応接室にいる。

 鐘が鳴れば、王女が現れる。


 つまり、王女は一時間後に将軍と偶然会うのではない。


 将軍が必ず自分を見るよう、時間と場所をそろえているのだ。


 私は俯いた。


「分かりました。明日、命令どおりにいたします」


「よろしい」


 王女は満足げに頷いた。


「家族のこと、忘れないでね」


 私は一礼して部屋を出た。


 廊下を歩きながら、考える。


 媚薬を飲ませること自体は避けられないかもしれない。


 でも、将軍が一時間後に王女を見る必要はない。


 それなら、私がすべきことは――。


 その日の午後、私は薬屋へ向かった。


 店にいたジョアンナは、私の顔を見るなり眉を寄せた。


「ベル、顔色が悪いわ。何かあったの?」


「相談したいことがあるの。媚薬について」


 ジョアンナの表情が変わった。


 私は事情をすべて話すことはできなかったが、媚薬の効果と、飲んでから一時間後という条件を伝えた。


「なるほどね……」


 ジョアンナは棚から薬草の本を取り出した。


「恋心そのものを作り出す薬というより、魔法で一時的に強い執着を生じさせるものね。似た薬はあるけれど、効果が切れたあとに本人がどう感じるかは、薬の調合次第よ」


「止める方法はありますか?」


「種類が分からないと断言できないわ。ただ、魔法で仕掛けられたものなら、発動前に術式を崩す方法はあるかもしれない」


 私は顔を上げた。


「発動前に?」


「ええ。でも、薬を飲んだあと、きっかり一時間で発動するなら、時間を見誤るわけにはいかない」


 そのとき、店の奥からコニーが顔を出した。


「一時間後に何か起きるの?」


「……将軍が危険なの」


 私は答えた。


 コニーは少し考えてから、棚の上の小さな砂時計を持ってきた。


「だったら、時間が分かるものを使えばいいんじゃない? 鐘の音を待つんじゃなくて、自分たちで時間を測るの」


 私は砂時計を見つめた。


 そうだ。


 レオンの鐘を待つ必要はない。


 私たちが正確に時間を測り、発動する瞬間に将軍が王女を見ないようにすればいい。


 けれど、ただ目を閉じていてもらうだけでは足りない。王女が応接室に入ってきたら、将軍は目を開けるかもしれない。


 どうすれば、将軍に事情を知らせずに済む?


 私は薬屋の窓から外を見た。


 明日のお茶会には、貴族たちが集まる。


 王女は、その人々の前で将軍に愛を告げさせるつもりだ。


 ならば――。


「ジョアンナ。媚薬の発動を止める方法を、できる限り調べてほしいの」


「分かったわ」


「コニーは、明日のお茶会の会場に入れるかしら?」


「薬を届ける用事なら、たぶん」


 私は頷いた。


 まだ確実な方法ではない。


 けれど、王女の計画を崩すための道筋が見え始めていた。


 あとは、将軍をどうやって応接室から連れ出すか。


 そして、王女に気づかれずに、発動の瞬間を乗り切るか。


 私は小瓶を取り出した。


 淡い桃色の液体が、夕日に照らされて光っていた。


 明日、これを将軍に飲ませる。


 そして一時間後――。


 私は、王女の思いどおりにはさせない。


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