その21 きっかり一時間
翌朝、私は王女の執務室に呼び出された。
部屋には王女のほかに、黒い礼服を着た青年がいた。
ディアナ専属顧問魔術師、レオン。
彼は私を見ると、柔らかく微笑んだ。
「ベル嬢。今日は大役ですね」
その言い方に、背筋が冷えた。
「レオン、説明してあげて」
「かしこまりました」
レオンは机に地図を広げた。
王宮の庭園と、離れにある小さな応接室が描かれている。
「明日のお茶会は、こちらの庭園で開かれます。将軍には、まず離れの応接室でお茶を召し上がっていただく予定です」
「……なぜ、庭園ではないのですか?」
思わず尋ねると、レオンは目を細めた。
「人目のある場所では、落ち着いてお話しできないでしょう?」
王女が楽しそうに笑った。
「将軍には、私から大切な話があると伝えてあるわ。あなたはお茶に小瓶の中身を混ぜる。それだけでいいの」
「そして一時間後、王女殿下が応接室へ向かうのですね?」
「ええ。将軍は私を見て、恋に落ちる」
王女は満足げだった。
だが、私は地図から目を離せなかった。
離れの応接室から庭園までは、歩いて数分。
お茶を飲んだ将軍がそこに留まる保証はない。予定が変われば、一時間後に王女が最初に目に入るとも限らない。
それでも、王女は自信に満ちていた。
私は、あることに気づいた。
「……将軍は、一時間後まで応接室にいなければならないのですか?」
レオンの微笑みが、ほんのわずかに深くなった。
「当然でしょう。王女殿下との大切なお話があるのですから」
「お話は、いつ始まるのですか?」
「媚薬を飲んでから一時間後です」
答えが早すぎた。
私は息を呑んだ。
そうか。
王女は、将軍を一時間後まで部屋に留めるつもりなのだ。
では、なぜ、そこまで時間を正確に管理できるのか。
「レオン様。応接室に時計はありますか?」
「もちろん」
「では、将軍が時間を気にして部屋を出ようとしたら?」
「そのようなことはありませんよ。私が魔術で、室内の時間を知らせる鐘を鳴らしますから」
鐘。
その言葉で、私はようやく計画の輪郭をつかんだ。
鐘が鳴るまで、将軍は応接室にいる。
鐘が鳴れば、王女が現れる。
つまり、王女は一時間後に将軍と偶然会うのではない。
将軍が必ず自分を見るよう、時間と場所をそろえているのだ。
私は俯いた。
「分かりました。明日、命令どおりにいたします」
「よろしい」
王女は満足げに頷いた。
「家族のこと、忘れないでね」
私は一礼して部屋を出た。
廊下を歩きながら、考える。
媚薬を飲ませること自体は避けられないかもしれない。
でも、将軍が一時間後に王女を見る必要はない。
それなら、私がすべきことは――。
その日の午後、私は薬屋へ向かった。
店にいたジョアンナは、私の顔を見るなり眉を寄せた。
「ベル、顔色が悪いわ。何かあったの?」
「相談したいことがあるの。媚薬について」
ジョアンナの表情が変わった。
私は事情をすべて話すことはできなかったが、媚薬の効果と、飲んでから一時間後という条件を伝えた。
「なるほどね……」
ジョアンナは棚から薬草の本を取り出した。
「恋心そのものを作り出す薬というより、魔法で一時的に強い執着を生じさせるものね。似た薬はあるけれど、効果が切れたあとに本人がどう感じるかは、薬の調合次第よ」
「止める方法はありますか?」
「種類が分からないと断言できないわ。ただ、魔法で仕掛けられたものなら、発動前に術式を崩す方法はあるかもしれない」
私は顔を上げた。
「発動前に?」
「ええ。でも、薬を飲んだあと、きっかり一時間で発動するなら、時間を見誤るわけにはいかない」
そのとき、店の奥からコニーが顔を出した。
「一時間後に何か起きるの?」
「……将軍が危険なの」
私は答えた。
コニーは少し考えてから、棚の上の小さな砂時計を持ってきた。
「だったら、時間が分かるものを使えばいいんじゃない? 鐘の音を待つんじゃなくて、自分たちで時間を測るの」
私は砂時計を見つめた。
そうだ。
レオンの鐘を待つ必要はない。
私たちが正確に時間を測り、発動する瞬間に将軍が王女を見ないようにすればいい。
けれど、ただ目を閉じていてもらうだけでは足りない。王女が応接室に入ってきたら、将軍は目を開けるかもしれない。
どうすれば、将軍に事情を知らせずに済む?
私は薬屋の窓から外を見た。
明日のお茶会には、貴族たちが集まる。
王女は、その人々の前で将軍に愛を告げさせるつもりだ。
ならば――。
「ジョアンナ。媚薬の発動を止める方法を、できる限り調べてほしいの」
「分かったわ」
「コニーは、明日のお茶会の会場に入れるかしら?」
「薬を届ける用事なら、たぶん」
私は頷いた。
まだ確実な方法ではない。
けれど、王女の計画を崩すための道筋が見え始めていた。
あとは、将軍をどうやって応接室から連れ出すか。
そして、王女に気づかれずに、発動の瞬間を乗り切るか。
私は小瓶を取り出した。
淡い桃色の液体が、夕日に照らされて光っていた。
明日、これを将軍に飲ませる。
そして一時間後――。
私は、王女の思いどおりにはさせない。




