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王女に人生を操られていた侍女ですが、国境の将軍様だけは私を信じてくれました  作者: RiePnyoNaro


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20/33

その20 媚薬は一時間後に

 エルンハルト将軍からの手紙を、私は何度も読み返していた。


 たった数行の文章なのに、読むたびに胸が温かくなる。


 将軍は、私のことをどう思っているのだろう。


 ただの知り合い?

 それとも、少しくらいは親しいと思ってくれているのだろうか。


 考えても答えは出ない。


 私は小さく息を吐き、手紙を大切なものを入れる木箱にしまった。


 そのときだった。


「ベル。こちらへ来なさい」


 背後から聞こえた声に、私はびくりと肩を震わせた。


 振り返ると、ディアナ王女が立っていた。


「は、はい。王女殿下」


「人払いを」


 王女の一言で、部屋にいた侍女たちが退出する。


 扉が閉まった途端、王女の顔から笑みが消えた。


「あなた、エルンハルト将軍と親しくしているそうね?」


「……っ」


 心臓が嫌な音を立てた。


「いえ、私は……」


「言い訳は結構よ。今度、将軍をお茶会に招待するわ」


 王女は机の上の小箱を開いた。


 中には、淡い桃色の液体が入った小瓶があった。


「これを将軍に飲ませなさい」


「これは……?」


「媚薬よ」


 あまりにあっさりと言われ、私は一瞬、意味が分からなかった。


「媚薬の効果は、飲んでからきっかり一時間後に現れる。そのとき、最初に目にした異性に一目惚れするの。効果は丸一日」


「そ、そんなものを……将軍に?」


「何か問題でも?」


 王女は微笑んだ。


「一時間後、将軍が最初に見るのは私。大勢の貴族たちが見守る中、将軍は私に愛を誓うのよ」


 愛を誓う。


 媚薬の力で?


「将軍が正気に戻ったら、そんなことは……」


「そのときには、もう遅いわ」


 王女の声が冷たくなる。


「貴族たちの前で私に愛を告げ、婚約を受け入れたのよ? それをなかったことにするつもりかしら。王女の名誉を傷つけ、国中の笑いものになりたいのなら別だけれど」


 私は唇を噛んだ。


 将軍なら、そんな脅しに屈しないかもしれない。


 けれど、王女はそれを承知で計画を立てているのだろう。


 大勢の目撃者。

 王女に恥をかかせたという非難。

 そして、将軍自身が何を口にしたのか分からないまま、婚約を迫られる状況。


 卑劣だ。


 でも、私に何ができる?


 将軍に知らせたら、王女は私が命令に背いたと知る。


 そのとき、家族は――。


「そうそう。あなたには、もう一つ見せておくものがあったわね」


 王女が水晶玉に手をかざした。


 淡い光が広がり、そこに映像が浮かび上がる。


「……お父さん!」


 私は思わず叫んだ。


 映っていたのは、家の小さな居間だった。


 父が椅子に座り、弟と妹がそのそばで何かを話している。


 いつもの光景だ。


 だからこそ、胸が締めつけられた。


「あなたのご家族。今のところは、皆さん元気そうね」


「王女殿下、家族には何の関係もありません!」


「関係がない?」


 王女が首を傾げた。


「あなたが命令に従わなければ、どうなるかしらね」


 水晶玉の映像が消えた。


 私はその場に立ち尽くした。


「簡単な仕事よ。将軍に媚薬を飲ませる。それだけ」


 王女は小瓶を私の手に押しつけた。


「失敗は許さないわ、ベル」


 指先が震える。


 将軍を裏切りたくない。


 でも、家族を危険にさらすこともできない。


「……承知しました」


 私は、そう答えるしかなかった。


 部屋を出たあとも、小瓶の冷たさが手のひらに残っていた。


 将軍に飲ませれば、王女の計画に加担することになる。


 飲ませなければ、家族がどうなるか分からない。


 私は廊下の窓から空を見上げた。


 どうすればいいの?


 そのとき、ふと、王女の言葉が頭に浮かんだ。


『一時間後、将軍が最初に見るのは私』


 ……本当に?


 王女は、どうやって一時間後に将軍の目の前に現れるつもりなのだろう。


 お茶会の招待客がいる。

 給仕もいる。

 将軍が予定どおりに動く保証などない。


 なのに、王女は確信していた。


 まるで、将軍がどこにいて、何をしていて、いつ誰を見るのかまで、すべて決まっているかのように。


 私は小瓶を握りしめた。


 計画には、まだ何かある。


 それを見つけなければ。


 将軍も、家族も、守れない。



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