その19 会いたい人~後編~
◇
「……では、私はこれで失礼します」
私は立ち上がった。
「もう帰るのか?」
将軍の声が、思ったより早く返ってきた。
私は振り返った。
「はい。あまり長居しても、ご迷惑でしょうから」
「迷惑?」
将軍は、まるで意外な言葉を聞いたような顔をした。
「そんなことはない」
「でも……」
「ベル」
名前を呼ばれた。
私は、思わず息を止めた。
将軍は、何かを言おうとしていた。
けれど、その言葉が見つからないようだった。
いつもなら、迷いなく命令を下し、判断を示す人なのに。
今は、違う。
彼は私を見つめたまま、ほんの少しだけ眉を寄せていた。
「……もう少し、ここにいてくれないか」
「え……?」
思わず聞き返した。
将軍自身も、口にした言葉に驚いているようだった。
「いや……」
彼は一度、視線をそらした。
「君にも都合があるだろう。無理にとは言わない」
私は、何も答えられなかった。
どうして?
どうして、そんなことを言うの?
将軍は、いつも誰かに頼られる側の人だ。
国境を守る将軍。
兵士たちから信頼される指揮官。
王宮でも一目置かれる軍人。
そんな人が、私に。
もう少し、ここにいてほしいと。
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
嬉しい。
とても、嬉しい。
けれど、同時に怖かった。
期待してしまう。
この言葉に、特別な意味があるのではないかと。
私にそばにいてほしいと思ってくれているのではないかと。
そんなふうに考えてしまう。
「……ご迷惑でなければ」
私は、震えそうになる声を抑えて答えた。
「もう少しだけ、ご一緒します」
将軍は、ほっとしたように息を吐いた。
その表情を見た瞬間、私は確信してしまった。
ああ。
やっぱり、私はこの人が好きなのだ。
好きになってしまったのだ。
もう、どうしようもないくらいに。
将軍は、再び窓の外へ視線を向けた。
私も、隣に座り直した。
夕日が沈み、空がゆっくりと暗くなっていく。
二人の間に、静かな時間が流れた。
何を話すわけでもない。
手を触れるわけでもない。
ただ、同じ場所で、同じ夕暮れを眺めている。
それだけなのに。
私は、この時間が終わってほしくないと思った。
そして、隣に座るエルンハルトもまた。
彼女が帰らずにいてくれたことを、心の底から嬉しく思っていた。
――どうして、こんなにも彼女にそばにいてほしいのだろう。
将軍は、自分の胸に生まれた感情を、まだ言葉にできなかった。
けれど、ひとつだけわかることがあった。
ベルが帰ってしまうのは、嫌だった。
ただ、それだけは。
どうしても、認めざるを得なかった。




