第8話 虚空から刀を呼ぶ
闇の向こうを見つめたまま、俺は5分くらい立ち尽くしていた。
その間に、王は切れていた。
入りたい。とてつもなく入りたい。
誰も見つけていない道。未登録領域。推奨レベル???。こんなものを目の前にして帰れる奴がいるなら、そいつは厨二病を本当に卒業している。
だが、俺の手元にあるのは損耗率68パーセントの借り物の鉄剣だ。
王になれば強い。だが10分で切れる。切れた先が未登録領域の奥だった場合、STR8の高校生が闇の中に放り出される。
しかも倒しても経験値は半分。
いや、待て。
俺は、あることを思い出していた。
診断を受けた日の夜、クローゼットの奥を漁っていたときのことだ。
武器の書の中でも、特に気に入っていた何十本かには、召喚の口上まで書いてあった。
あのときの俺は、表示を見て勝手に絶望していた。
書ノ保管(解放条件:未到達)
限界突破(解放条件:未到達)
召喚(解放条件:未到達)
だが、あの【召喚】は、本当に武器のことだったのか?
†王ノ書†に書いてあった【召喚】は、確か、十二席とその軍勢を呼ぶスキルだ。ページには「空を埋め尽くす龍の群れ」とか書いてあった。この頃の俺は、何を見せたかったんだ。
つまり、あれは「軍勢を並べる」スキルだ。
武器を一本呼ぶのは、別だ。
俺は自分のステータスを開いた。
スキル:我ガ記シタ言葉ハ、戯言ニ非ズ
説明文を開く。
【我ガ記シタ言葉ハ、戯言ニ非ズ】
「汝が幼き日に刻んだ言葉は、戯言にあらず。それは未だ世界が追いつかぬ、真実であった」
効果:己が書き記した設定を降ろし、その存在として顕現する
※降ろせるのは一度に一つまでです
※厨二病の言動を止めると解除されます
一度に一つまで。
これまでは、その一つを王に使っていた。
だが、別のものを降ろしてもいいはずだ。
例えば、武器を一本。
俺は岩壁に背中を預けて、武器の書の中身を思い出した。
あの書には、刀、剣、槍、銃、それから分類不能のロマン武器まで、何十本という武器が書いてある。
当時の俺は、アニメでもゲームでも、かっこいい武器を見るたびにページを増やしていた。ただし真似たのは見た目と属性だけで、設定はいちいち自分で盛った。そういうところだけは律儀だった。
先頭は当然、王の相棒の剣だ。右腕のタトゥーに封印されていて、一振りで星を断つとか書いてあったやつ。
呼べるわけがない。
だが、刀のページの真ん中あたりに、一本だけ妙に記憶に残っているものがある。
刀身が黒く、光を一切反射しない刀。属性は無。
設定はやたらと長かった。王が最初に手にした刀で、斬った数だけ持ち主を覚えていて、終焉の力で打たれているから刃こぼれしない。そんなことが、細かい字で一ページ半にわたって書いてある。
それだけ書いておきながら、名前の欄にはこうあった。
【無銘】※名前は後で考える
結局、考えていない。
三年間、名無しのまま置かれた刀だ。
だが、口上だけは、しっかり書いてあった。
「――銘も無く、意味も無く、斬れ、無銘」
それだけだった。
口上のある他の刀には、三行も四行もある大仰なものが付いている。炎を纏うやつには炎の詩が、雷のやつには雷の詩が、それぞれ恥ずかしいほど長く書いてある。
この一本だけ、一行。
名前を決めていなかったので、名前がないことを、そのまま口上にしたんだと思う。
だが、短いぶん、言い切りやすい。
よし。
やるか。
周りを見た。誰もいない。通路の先も、後ろも、人の気配がない。
息を吸って。
「――銘も無く、意味も無く、斬れ、無銘」
右手のひらに、熱が集まった。
空間が歪む。黒い粒子が渦を巻いて、一振りの刀になった。
鞘はない。抜き身のまま、俺の手に収まっている。
刀身は黒い。岩壁のほのかな光も、まったく反射しない。そこだけ空間が切り取られているみたいに見えた。
うわ、出た。
本当に出た。
握ってみる。
軽い。
借り物の鉄剣とは比べ物にならない。同じくらいの長さなのに、重さが半分以下だ。
これは、やばい。
試しに、左目に意識を向けてみた。
何も浮かばなかった。
そういえば、そうだ。魔眼は王の目だ。今の俺は王じゃない。武器を一本降ろしているだけの、ただの厨二病だ。
性能は、自分で確かめるしかない。
岩壁の隅に、軽く刃を当ててみる。
すっと入った。力を込めたわけでもないのに、岩に細い線が刻まれている。
一ページ半も設定を書いた刀にしては、たぶん、地味な結果だと思う。
だが、借り物の鉄剣では、こうはならなかった。
ただ、逆に言えばそこがいい。炎も雷も出ない。光りもしない。呼んでも誰にも気づかれない。
人目を避けて潜っている俺には、これ以上ない一本だった。
自分のステータスを確認する。
氏名:一ノ瀬 朔
Lv:10
職業:厨二病
STR:14
王にはなっていない。
ということは。
この状態で倒した場合、経験値は。
俺は闇の隙間に背を向けて、1階層を戻った。
ゴブリンはすぐに見つかった。
一体。壁に背をつけて、こちらに気づいていない。
気配を消すスキルは、先に切れていた。だが、向こうが気づく前に距離を詰められた。
刀を振る。
入った。
五日前、ここで刃が止まって、俺は吹っ飛ばされた。
今回は、半分ほど入って止まった。
「っ、この……!」
ゴブリンが暴れる。棒が肩に当たって、目の前が白くなった。
だが、吹っ飛ばなかった。
STR8が14になっている。刀が軽い。一拍堪えて、もう一度振る。
二度目で、ゴブリンが崩れた。
砂になって消えて、牙が一本落ちる。
肩が痛い。息が上がっている。それでも、数秒で終わった。
だが、表示が出た。
Lv:10 → Lv:11
※の一行がない。
経験値が、全額入っている。
「よっしゃあ!」
岩の通路で一人、拳を握ってしまった。
これだ。これなんだ。
武器だけ呼べば、経験値は全額で、しかも数秒で倒せる。
もちろん、王にはなれない。降ろせるのは一つまでだから、王の姿でこの刀を持つことはできない。
だが、今の俺に必要なのは、圧倒的な力じゃない。
レベルだ。
その日、俺は武器だけを呼んでゴブリンを二十四体倒した。
王になっていないので世界は遅くならない。だが、無銘は軽い。振れば入る。追いつかれなければ負けない。
一体あたり数秒。移動のほうが時間を食うくらいだった。
全部、経験値は全額入った。Lvは13になっていた。
帰りのゲートをくぐるとき、俺は一度だけ振り返った。
あの闇の奥は、まだ誰も知らない。
入学式まで、あと十二日。
それまでに、あそこに入れるだけのものになっていよう。
そのときは、本当にそう思っていたんだ。
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