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第7話 誰も気づかなかった壁の向こう

 それから四日連続で、俺は金ダンに通った。


 毎回、同じ手順だ。


 装備を借りて、1階層に入って、人のいない場所を探して、真顔で名乗る。


 この「人のいない場所を探す」が、思った以上に時間を食う。


 初日は40分。二日目は30分。三日目には、行き止まりの場所を三つ覚えたので20分に短縮された。


 それでも、一日の半分は道を歩いている。


 王でいられるのは10分。歩くのに20分。効率が悪いなんてもんじゃない。


 なのに、毎日通っていた。


 朝起きると、今日はどこまで行けるだろうと考えている。自転車を漕ぎながら、今日は何体倒せるか計算している。


 認めたくないが、楽しいのだ。


 毎日同じ場所で、同じ相手を倒しているだけなのに、飽きる気配がまったくない。


 それでも、レベルは上がっていた。


 というより、数が桁違いだった。


 普通の探索者は、一日に十体も倒せば上出来らしい。


 理由は単純で、みんなパーティを組むからだ。


 ダンジョンには、それなりの数が湧いている。一人で突っ込めば、あっという間に囲まれる。だから盾役が受けて、後衛が削って、前衛が仕留める。一体ずつ確実に、安全を取りながら進む。


 時間はかかる。かかるが、死なない。


 それが正しいやり方だ。


 俺は、そのやり方を全部捨てている。


 王になれば、世界が遅くなる。走る速度も、斬る速度も、別物になる。見つけてから倒すまでが数秒で終わるので、あとはひたすら歩き回るだけだ。


 通路を走って、いたら斬って、また走る。


 それを十分間、休まず続ける。


 誰も守ってくれない。切れたら素の俺に戻る。囲まれたら終わる。


 安全マージンが、一切ない。


 一日に、四十体から五十体。


 普通の探索者が一日で十体なら、その四、五倍だ。


 パーティを組んで安全マージンを取る必要がないぶん、俺は止まらずに済む。ただそれだけの差だった。


 王の力で倒すと経験値は半分。だが、半分でも数が四倍なら話は変わる。


 四日で、俺のLvは9になっていた。


 ちなみに、素でも一体だけ倒してみた。


 五分かかった。中学の三年間、道場に通っていたのが唯一の救いだった。理想の自分になるには体から作るべきだ、という厨二病由来の動機で始めたのだが、あのときの俺を褒めてやりたい。


 それでも、借り物の鉄剣は重い。打ち込んでは下がりを繰り返して、最後はゴブリンのほうが先に力尽きた。


 経験値は確かに全額入った。


 入ったが、一体に5分も殴り合って、そのうえ肩や脇腹に痣を作っていては割に合わない。


 この事実を知ったとき、俺はレベル上げと引き換えに大事な何かを失った気がする。


 ただ、あの五分は嫌いじゃなかった。


 王の力で一撃で消すのとは、感触が全然違う。重い剣を振って、避けられて、もう一度振って。少しずつ相手が弱っていくのが分かる。


 殴り合いだ。単純で、分かりやすくて、割に合わない。


 だが、痣ができるたびに「次はもっとうまくやれる」と思った。


 四日目の午後。


 11体目のゴブリンを倒したところで、視界に表示が出た。


 Lv:9 → Lv:10


 条件を満たしました。

 魔眼を解放します。


 【真理ノ魔眼】(左眼)


 魔眼。


 俺はその場で固まった。


 †王ノ書†には、魔眼の一覧がある。右眼が五種。左眼が七十二種。合計七十七種類。


 中学の俺が「魔眼は多いほど正義」という理由で書いた、人生で一番無駄なページだ。ページの端に「七十二はソロモン七十二柱と同じ数」と書いてあった。そういうところだけは調べる奴だった。


 それが、本当に開いた。


 ……マジか。


 口には出さなかった。今の俺が口を開けば、たぶん「ほう」とか「来たか」とか、そういう言葉が出る。


 左目に、少しだけ熱があった。


 痛くはない。ただ、うっすらと温かい。


 †王ノ書†には、魔眼を開くときの口上も書いてあった。もちろん書いてあった。書いてないわけがない。


 一応、試しておくべきだろう。


 俺は周囲を見回して、誰もいないことを三度確認してから、左手で左目を覆った。


 覆う必要は、たぶんない。だが、中学の俺は絶対にこうしていた。


「——開け、我が左眼。世界の裏側を映せ」


 熱が、増した。


 世界の見え方が変わった。


 岩壁に、文字が浮かんでいた。


 金山ダンジョン 第1階層

 難易度:F

 推奨レベル:1〜20


 見えるのはそれだけじゃない。


 自分の手に持っている借り物の剣にも、文字が出ていた。


 貸出用鉄剣(使用回数:1,204)

 刃の損耗:68%

 ※本来の交換推奨回数を超えています


(これ、ギルドに言ったほうがいいのでは?)


 思っただけにした。口に出したら「この鉄は既に死んでいる」とか言い出しかねない。


 どのみち、言えるわけがない。なんで分かるのかと聞かれたら終わりだ。


 とにかく、真理ノ魔眼の効果はこうだった。


 隠されている情報が、全部見える。


 実は、この時点でもう10分以上にやばかったのだが、俺はまだ分かっていなかった。


 帰り道、もう一つのスキルも開いた。


 条件を満たしました。

 スキルを解放します。


 【我ハ、世界ニ観測サレヌ】

 ※解放率により出力を制限中

 ※現在:気配が薄くなります


 説明文の落差がひどい。


 本来は「世界に観測されない」だそうだ。†王ノ書†には「神すら王を見つけられない」と書いてあった。


 現在の効果は、気配が薄くなります。


 薄くなります。


 いや、文句はない。俺にとっては、これ以上なく欲しい効果だ。


 翻訳すると、こういうことだ。


 人のいない場所を探して20分歩かなくても、気配を消せばいい。


 翌日、早速試した。


 なお、このスキルも詠唱が要る。つまり、気配を消す前に、大声で名乗ってから「我ハ、世界ニ観測サレヌ」と宣言する必要がある。


 気配を消すために、全力で自己主張をする。


 このスキルを設計した中学生を殴りたい。俺だ。


 結果から言うと、効果は中途半端だった。


 完全に消えるわけじゃない。目の前に立たれたら普通に見える。ただ、少し離れていると、相手の意識から俺が抜け落ちる。


 実際、向こうから来た二人組は、俺の3メートル横を通り過ぎた。


「今、誰かいた?」


「いないだろ! 気のせいだって!」


 いた。ここにいる。


 だが、彼らはもう別の話を始めていた。


 俺は壁に背中をつけたまま、声を殺して笑ってしまった。


 これなら、行き止まりまで歩かなくていい。人のいないところで一度だけ名乗って、あとは気配を消して歩けばいい。


 効率が一気に上がった。


 問題が起きたのは、その日の夕方だった。


 1階層の奥、行き止まりの壁の前で、俺は足を止めた。


 左目に、文字が見えたからだ。


 隠し通路

 開放条件:第1階層の岩壁のうち、苔の生えていない三つに連続で触れる

 未発見


 未発見。


 金山ダンジョンは、発見から何10年も経っている。年間何10000人という初心者が潜っている。1階層のマップは、アプリで1メートル単位まで公開されている。


 その1階層に、誰も見つけていない通路がある。


 しかも開放条件がひどい。苔の生えていない岩壁を三つ、連続で触る。偶然でやる奴はいない。


 やるか。


 俺は周囲を見回した。誰もいない。気配も消している。


「——我が前に、閉ざされた扉など無い」


 言う必要は一切ない。だが、こういうときに言わないのは、俺の中で何かが違うのだ。


 左目に見えている通りに、一つ目の岩を触る。二つ目。三つ目。


 音はしなかった。


 ただ、目の前の岩壁が、水面みたいに揺れた。


 そして、人一人分の隙間が開いた。


 奥は暗い。1階層のうっすら光る岩とは違って、向こうは完全な闇だった。


 左目を向ける。


 未登録領域

 推奨レベル:???


 推奨レベル、クエスチョンマーク三つ。


 今の俺はLv10で、使えるのは10分だけの王と、気配を薄くするスキルと、借り物の損耗率68パーセントの鉄剣だけだ。


 入っていいわけがない。


 入っていいわけがないのだが。


 俺は、闇の向こうを見つめながら、中学の頃にノートに書いた一文を思い出していた。


 『王ニ、閉ザサレタ扉ナド無シ』。


 あの頃の俺、本当に余計なことばかり書きやがって。


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