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第9話 推奨レベル[???]

 三日後、俺のLvは21になっていた。


 この三日で倒した数は、たぶん100を超えている。数えるのをやめたので、正確なところは分からない。


 無銘を呼んで、ゴブリンを狩り続けた結果だ。経験値は全額入るし、一体あたり数秒で終わる。効率は悪くない。


 Lv20で、左目に二つ目の魔眼が開いた。


 【千里ノ魔眼】。遠くが見える。壁の向こうの気配まで分かる。


 ただし、魔眼は王の目だ。名乗っている間しか開かない。武器だけ呼んで狩っている最中は、俺はただのLv21の高校生でしかない。


 だから使い方はこうなった。潜ってすぐ、人のいないところで一度だけ王になる。魔眼で1階層の人の位置を頭に叩き込む。それから解除して、無銘を呼ぶ。


 地図を覚えてから歩くようなものだ。面倒だが、効く。


 装備を返却するとき、ゲートの端末に映った自分の記録を見て、俺は少しだけ笑ってしまった。


 入場回数、8回。最初の一回以外はソロ。全部1階層。


 傍から見れば、ただの真面目な新人だ。


 そして今日、俺は9回目のゲートをくぐった。


 目的は、あの闇だ。


 苔の生えていない岩を三つ、順番に触る。


 岩壁が水面みたいに揺れて、人一人分の隙間が開いた。


 まずは、中を確かめる。


 人のいないことを確認して、俺は息を吸った。


「――劫初(ごうしょ)に先んじ、劫末(ごうまつ)に後(おく)る」


 五行を言い切る。前髪が伸びて、視界が少しだけ遠くなる。


 左目を向けた。


 未登録領域

 推奨レベル:???


 相変わらずのクエスチョンマークだ。


 千里ノ魔眼で奥を覗こうとしたが、闇が濃すぎて通らなかった。魔眼にも限界はあるらしい。


 さて、ここで問題になるのが、何を持っていくかだった。


 このまま王で行くという手もある。今の俺なら、その状態が一番強い。


 だが、王でいられるのは20分ほどだ。


 Lv20を超えたあたりで、黙っていられる時間が倍になった。レベルが上がると延びるらしい。


 それでも、20分は20分だ。奥がどれだけ広いか分からない。戻ってこられる保証はないし、切れた瞬間に素のLv21へ落ちる。闇の中で、いきなり。


 それなら、武器を持って行ったほうがいい。武器は切れない。


 我ながら、理屈は通っていると思った。


 無銘は地味で扱いやすい。だが、あくまで「よく研がれた刃物」だ。ゴブリン相手ならそれで足りるが、この奥に何がいるか分からない。


 正直、怖い。


 だから俺は、武器の書のもっと前のほうを思い出していた。


 刀のページを過ぎて、剣のページも過ぎて、槍のページ。その一本目に書いてあるやつだ。


 【神喰らう蒼閃の槍】。ルビはグングニル。


 この頃の俺が、北欧神話の槍に憧れて、そこから見た目と属性だけもらって、あとは全部自分で盛った一本だった。


 青い。とにかく青い。穂先は空よりも澄んだ青で、属性は雷。


 由来の設定が、また長い。


 かつて神々が、王を倒すために作り上げた槍。その時間軸の全ての生物、全ての星、全ての物質、全ての次元を一つに鋳潰して鍛えた、たった一本の投槍。


 別の宇宙から投げられ、次元を越えて飛来し、王の体を貫いた。


 投げても必ず手元に還る。それは人々と神々の願いが込められているからだ、と書いてある。


 当時の俺、よくこんなこと思いついたな。


 だが王はそれを取り込み、自らの武器にした。


 神々が王を殺すために作った槍が、王の手の中にある。だから名前が「神喰らう」なのだと、当時の俺は三行にわたって説明していた。


 我ながら、いい設定だと思う。


 口上も、無銘とは比べ物にならないくらい長い。


 王を解いて、俺は、もう一度息を吸った。


「――神々、時間軸一つを熔鋳(ようちゅう)して鍛えし蒼(あお)」


 声が、通路に反響する。


「――弑逆(しいぎゃく)の鋒(きっさき)、今は王の掌(たなごころ)に還る」


 背筋が伸びる。


「――奔(はし)れ、『神喰らう蒼閃の槍(グングニル)』」


 空間が裂けた。


 青い光が漏れて、穂先から順に形を作っていく。


 柄が手のひらに収まったとき、指先が軽く痺れた。


 長さは俺の背丈より少し高い。刀より重いが、想像よりはずっと軽い。穂先の青が、岩の通路をうっすら照らしている。


 王を解いたので、左目の文字はもう出ない。性能欄は見られない。


 だが、握っていれば分かる。


 穂先を軽く振ると、触れてもいない空気が小さく弾けた。指先が痺れる。雷、らしい。らしい、というのは、どう見ても書いてあった威力には程遠いからだ。


 全ての次元を鋳潰したはずの一本が、手の中では「よく刺さって、たまに痺れる棒」でしかない。


 だが、刀よりリーチがある。銃と違って弾切れもない。そもそも俺は、銃がどんな弾を使うのかも知らない。


 今の俺に選べる中では、これが一番強い。


 俺は槍を構えて、闇の中へ足を踏み入れた。


 通路は、思ったより長かった。


 1階層と違って、壁が光っていない。槍の穂先の青だけが頼りだ。空気が重い。足音が吸い込まれる。


 5分ほど歩いて、開けた場所に出た。


 広い。体育館くらいはある。


 左目には、何も浮かばない。


 ここがどれだけ危険な場所なのか、俺は数字で知ることができない。


 だから、目で見るしかなかった。


 見た。


 岩の陰に、緑色の背中が並んでいた。


 一体。二体。……いや。


 壁際にも、天井近くの岩棚にも、奥の暗がりにも。


 通路の奥からも、まだ出てくる。


 数えるのをやめた。


 三十じゃない。百でもない。


 何百体いるんだ、これ。


 金山の1階層なら、一度に出てくるのはせいぜい二、三体だぞ。


 そして、奥。


 一段高い岩の上に、一回り大きい影があった。


 背丈は俺の倍近い。筋肉の付き方が明らかに違う。手には、錆びた鉄の大剣を握っている。


 なんだ、あれ。


 名前は分からない。


 分からないが、分かる。あれはゴブリンと同じ生き物じゃない。


 教科書に載っている上位種の写真を、何度か見たことがある。キングとか、ジェネラルとか、そういう名前が付いていたはずだ。


 目の前のそれは、写真のどれよりも大きい。


 膝から、力が抜けそうになった。


 帰ろう。


 通路はまだ後ろにある。今なら走れば戻れる。


 そう思った。


 向こうが、こちらを見た。


 目が合った。


 あ。


 でかいのが、ゆっくり立ち上がる。


 それが合図だったらしい。岩陰の緑が、一斉に動き出した。


 逃げるべきだった。


 今なら分かる。通路はすぐ後ろにあったし、入口は狭い。順番に来るしかない相手を、通路で迎え撃つのが正解だった。


 だが、俺は槍を構えてしまった。


 手の中に青い光がある。道場に通った三年間が、体の使い方を覚えている。しかも今の俺はLv21で、ゴブリンなら数秒で倒せる。


 いける、と思ってしまったのだ。


 最初の三体は、実際いけた。


 先頭の一体が、棒を振りかぶって突っ込んでくる。


 半歩下がって、踏み込む。


 刀と違って、相手の間合いに入る必要がない。穂先は、向こうの腕が伸びきるより先に喉元へ届いた。


 青い火花が散る。ゴブリンの体が一瞬だけ硬直して、その隙に引き抜く。崩れるのを待たずに、次。


 二体目は横から来た。槍を寝かせて薙ぐ。胴に当たった感触があって、軽い体が真横に吹き飛んだ。


 三体目は、勢い余って自分から穂先に突っ込んできた。


「いける!」


 口に出してしまった。


 言ってしまってから、口を押さえた。


 今の俺は王じゃない。名乗っていない。だから、厨二病の台詞を言う必要は一ミリもない。


 ないのだが、出る。


 三年間かけて染み込んだものは、そう簡単に抜けないらしい。


 リーチがある。速い。


(近い。近づかせたら終わる)


 槍は、退がりながら使う武器だ。道場の爺さんが言っていた。当時は意味が分からなかったが、今なら分かる。向こうの得物が届かない位置に立ち続ければ、それだけで勝てる。


 四体目と五体目は、ほとんど同時に来た。


 右から来たほうを突いて、返す動きで左のやつを柄で殴る。殴られたほうがよろけたところに、もう一度突き込む。


 二体とも、砂になって消えた。


(え、俺こんなに動けたっけ)


 六体目は跳びかかってきた。槍を立てて、落ちてくるところを迎える。自重で勝手に刺さった。


 7体目と8体目は、並んで突っ込んできた。


 穂先で片方の足を払う。転んだ上を踏み越えて、もう一方の胸を突く。引き抜きざま、石突を後ろへ。倒れていたほうの頭に当たった感触があった。


 9体目。10体目。


「――来い」


 また出た。誰も聞いていないのに出た。


 もう数えるのをやめようかと思った。


 槍というのは、思っていたよりずっと戦いやすい。


 横に薙げば二体まとめて飛ぶ。石突で後ろを突けば、振り向かずに一体潰せる。


 道場で習ったのは剣術だったが、足の運びは変わらない。


(半歩下がる、半歩踏み込む、腰から回す。……爺さん、あんた正しかったよ)


 14体目を貫いたあたりで、俺は完全に調子に乗っていた。


 息が上がっている。腕も重い。汗で柄が滑る。


 だが、足は止まらなかった。


 止まらないというより、止める気がなかった。


 一体倒すたびに、次が見えるようになる。さっきまで反応できなかった動きが、今は読める。


 自分の限界だと思っていた線が、戦っている最中に、少しずつ先へ動いている。


 ああ。


 楽しい。


 めちゃくちゃ楽しい。


 こんなもの、地上のどこにもない。


(これ、いけるんじゃないか。雑魚を全部削って、あのでかいのだけ残して、そこで逃げれば)


 今思えば、この時点でもう手遅れだった。こういうことを考えた奴から順に死ぬ。この頃の俺が書いた王も、調子に乗った神々から順に潰していた。


 そう思った、15体目のときだった。


 背中に、衝撃。


 視界が跳ねた。


 膝が地面についていた。


 何が起きたのか、一拍遅れて理解する。後ろから殴られたのだ。


 振り返った先に、三体いた。


 目の前の群れに集中している間に、別の一団が回り込んでいた。


 囲まれている。


 当たり前だ。何百体いるか分からない群れの真ん中に、俺は自分から立っている。


 立ち上がりざまに槍を水平に振り回した。円を描くように、周囲全部を薙ぐ。


 二体が飛んだ。残りが距離を取る。


 一瞬、空間ができた。


 その一瞬で、俺は通路のほうを見た。入口は、10メートルほど後ろ。


 走れば届く。


 届く、はずだった。


 だが、足が動く前に、後ろから一体が腰に飛びついてきた。


「っ、離せ……!」


 振り落とそうと体をひねる。その隙に、横から棒が来た。


 腕でかばった。骨が鳴った。痺れて、指先の感覚が薄くなる。


 痛い。


 痛いのに。


 口の端が、上がっていた。


 なんでだよ、と自分でも思う。腕が折れかけているのに、俺は笑っている。


 槍を落としかけて、握り直した。


 また一体。足に組みつかれた。蹴って引き剥がす。その間に、別の一体が背中を叩く。


 一体ずつなら、数秒で倒せる。


 だが、300体は300秒じゃない。300体は、300体だ。


 息が続かない。視界の端が暗い。汗が目に入って、痛い。


 槍を支えに立ち上がったところで、岩の上のあれが動いた。


 跳んだ。


 体育館ほどの空間を、一息で。


 影が、視界いっぱいに膨らんだ。


 考える時間はなかった。


 俺は槍を横にして、両手で頭上に掲げた。


 防いだ、と思った。


 実際、穂先も柄も折れてはいない。折れてはいないのに、足が地面から離れていた。


 受けたのではなく、そのまま打ち飛ばされたのだと気づいたのは、背中が岩壁にめり込んだあとだった。


 肺の中身が、全部出た。


 視界が白くなって、それからゆっくり戻ってくる。


 手の中に、槍がない。


 数メートル先に転がっていた。青い光が、床でかすかに明滅している。


 ゴブリンたちが、じりじりと近づいてくる。


 あれが、錆びた大剣を肩に担いで、ゆっくり歩いてきた。


 ああ、これはまずい。


 頭の隅が、やけに冷静だった。


 王になればいい。今すぐ名乗れば、20分は戦える。


 だが、息が上がっている。肋骨のあたりがおかしい。口の中が血の味だ。


 この状態で、あの長い名乗りを、噛まずに、照れずに、本気で言い切れるか?


 恥ずかしがったら弱くなる。噛んだら終わり。


 今の俺は、死にかけている。


 死にかけている高校生が、岩の巣の真ん中で、真顔で全力の厨二病をやる。


 できるのか、俺に。


 大剣が、持ち上げられた。


 俺は、岩に背中を預けたまま、息を吸った。

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