第4話 最強の力、ただし恥ずかしがると消える
午前10時、金山駅前。
四人はもう揃っていた。
「おい朔、顔色やばくねえか?」
大沢が開口一番で言った。山吹が俺の顔を覗き込んできて、細い目をさらに細くした。
「うわ、目の下すごいな。寝てないだろ?」
「……緊張して寝られなかった」
「かわいいとこあるじゃん!」
「遠足の前の小学生かよ!」
笑われた。笑ってくれ。真実を話すより万倍いい。
実際のところ、俺は明け方まで布団の中で黒歴史を音読していた。
†王ノ書†だけが特別なのか。それとも、俺が書いたノートなら何でもいいのか。確かめないと気が済まなかった。
結果から言うと、クローゼットの奥は地獄だった。
小学生の頃の落書きノート。竜と、なぜか髪が金色になる主人公の絵。これは何を言っても反応がなかった。そもそも設定が書いていない。「つよい」と「でかい」しか書いていないページを、俺は真顔で読み上げてしまった。あの時間を返してほしい。
中二の頃、1時期だけ使っていた落書き帳。技の名前だけが十個ほど並んでいる。これも反応しなかった。強さの記述が「めっちゃ強い」だけだったからだと思う。システムも困ったはずだ。
つまり、書き込みが濃いノートほど、ちゃんと力になる。
そして、その理屈でいくと厄介なのが、†王ノ書†の仲間たちだった。
当時の俺は、設定を作るのが本当に好きだった。だから一冊では収まらなかった。
配下の十二席と、その部下たちを書いた書。武器と防具とアクセサリーを書いた書。どれも王ノ書ほどではないにせよ、みっちり書き込んである。武器の書に至っては、一本ごとに召喚の口上まで考えてあった。中学生の俺は何と戦っていたんだ。
結論から言うと、そっちは全部反応した。
反応して、こう出た。
書ノ保管(解放条件:未到達)
限界突破(解放条件:未到達)
召喚(解放条件:未到達)
三つとも、未到達。
並んだ三行を、俺は布団の中で30分くらい眺めていた。
つまり、配下も、武器も、今は一つも呼べない。設定だけが目の前にあって、どれ一つ触れない。見えているのに届かないというのは、なかなかこたえるものがある。
ただ、逆に言えば、レベルが上がれば解放されるということでもある。
そして今の俺に唯一できるのが、あの名前を真顔で言うことだけだ。
†王ノ書†は、中学1年から3年まで、俺が書き足し続けた一冊だった。
最初のページと最後のページでは、筆跡も画力も別人だ。中一の頃に書いた組織名には二重線が引かれ、その横に中二の俺が新しい名前を書き、さらにその横に中三の俺が書き直している。地層みたいになっている。
起源、年表、配下の十二席、魔眼の一覧。学校のノートより圧倒的に丁寧だった。
学力をそっちに向けていたら、今頃藤堂と同じ学校に行けていたかもしれない。
「どうした、遠い目して?」
「……なんでもない」
「まあ行こうぜ! こっちだって」
三宅が先頭を歩き出す。大沢が続き、山吹がコンビニの袋を下げてついていく。藤堂はスマホでマップを見ている。
金山ダンジョンは、駅から歩いて五分のところにあった。
雑居ビルとコインパーキングの間、フェンスで囲われたコンクリートの上に、扉が一つ立っている。
ただの扉だ。枠も、建物も、壁もない。地面から生えたように、黒い扉が一枚だけ立っている。裏に回れば普通に裏側が見えるらしい。
生まれてから何100回と見てきた光景なのに、今日は少しだけ違って見えた。
自分が入る側になったからだ。
「うわ、人いっぱいだな!」
ゲートの前には、俺たちと同じような年頃の連中が何組か並んでいた。春休みだし、職業診断を受けたばかりの奴も多いらしい。
ゲートの脇には、コインロッカーみたいな箱が並んでいる。
「貸出しここか?」
三宅がカードをかざすと、箱の一つが音を立てて開いた。中には、見るからに重そうな大盾が入っている。
「お、ちゃんと盾だ!」
「職業に合わせて出てくるらしいぞ。貸し出しでも、さすがに魔術師に剣渡さないだろ」
藤堂が言いながらカードをかざすと、別の箱から、黒い手帳みたいな端末が出てきた。解析用らしい。
「剣だ! 二本ある!」
大沢が両手に短剣を持って、さっそく振り回して山吹に止められている。山吹の箱からは、先端に赤い石の付いた短い杖が出てきた。
「うわ、魔法使いっぽい!」
「魔法使いだからな!」
全員が自分の装備を手にしている。
残るは俺だけだった。
カードをかざす。箱が開く。
中には、一番安そうな鉄の剣が一本と、サイズの合いそうな革の防具が入っていた。
「普通だな!」
「普通だなあ」
「厨二病なんだから、もっとこう、黒いやつが出てくるのかと思った!」
「出るかよ!」
出てたら困る。候補に上がっていたら、俺はたぶん黒い方を選んでいた。選んでから3秒で後悔していた。
借りた剣を握ってみる。思ったより重い。
この剣を持っている俺のステータスは、STR8だ。
もちろん、言えば変わる。言えば。
「よし、行こうぜ!」
三宅が大盾を背負って、扉の前に立った。
「最初は1階層だけな。無理しないで、ゴブリン一体倒して戻ってくる。それで10分だ」
藤堂がスマホをしまいながら言う。一番慣れていない奴が一番正しいことを言うのは、中学から変わらない。
「朔、大丈夫か? 眠いなら無理すんなよ!」
「大丈夫だって!」
大丈夫ではない。眠いのもあるが、それ以上に、俺は決めていない。
使うのか。使わないのか。
使わなければ、俺はSTR8の高校生として、借り物の剣でゴブリンと戦うことになる。
使えば、四人の前で真顔になって、あの名前を叫ぶことになる。
扉の前に立つと、金属の取っ手が、昇ったばかりの日を反射していた。
「開けるぞ!」
三宅がカードをかざすと、黒い扉が、音もなく内側に開いた。
向こう側は、明るかった。
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