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第25話 5人でダンジョン

 そこからは、普通に潜った。


 普通に、というのは語弊があるかもしれない。


「朔、前!」


「見えてる」


 三宅の盾の横から飛び出してきたゴブリンを、踏み込んで斬る。


「速っ!」


「今の反応速度おかしいだろ!」


 五人で組むのは、三週間ぶりだった。


 最初の30分は、正直に言ってぐちゃぐちゃだった。


 誰がどこに入るか決まっていないので、大沢と俺が同じ相手に突っ込んだり、山吹の火が俺の後頭部をかすめたりした。


「ごめん!」


「今の、当たってたら死んでたからな」


「当たってないからセーフ!」


「セーフの基準どうなってんだよ」


 藤堂が端末から顔を上げた。


「一回整理するぞ。このままだと事故る」


 休憩がてら、通路の隅に集まった。


 藤堂が端末の画面を全員に見せる。


「まず三宅。お前は前に出て受ける。それは変わらない」


「おう!」


「大沢は左から回り込め。お前の双剣は手数で削るタイプだから、正面からぶつかっても意味がない」


「分かった」


「山吹は後ろ。撃つ前に必ず『撃つ』って言え。今日みたいに無言で撃つな」


「はい……」


「で、問題は朔だ」


 全員がこっちを見た。


「お前、どこに入りたい?」


「どこって?」


「前衛か、遊撃か。どっちが動きやすい?」


 正直に言えば、どこでもよかった。


 どこに入っても、たぶん一番速く動ける。だがそれを言うわけにはいかない。


「遊撃でいい」


「理由は?」


「三宅の後ろにいると、俺が邪魔になる」


「まあ、そうだな」


 藤堂が頷いた。


「じゃあ朔は自由に動け。三宅が受けてる間に、横から入るか、抜けてきた個体を潰すか。判断は任せる」


「了解。任せとけ」


「あと一つ聞いていいか?」


 来た。


「お前、レベルいくつだ?」


 心臓が跳ねた。


 だが、この質問は想定していた。


「結構上がった」


「結構って?」


「結構は、結構だ」


「答えになってないんだよ!」


 大沢が笑った。


「ちなみに俺ら、だいたい十九とか二十とかだぞ。三週間でよく上げたほうだと思うけど」


 十九。


 俺の三分の一もない。


「朔は?」


「もうちょい上」


「もうちょい?」


「もうちょい」


「なあ藤堂、こいつ絶対言わないぞ!」


「言わないな」


 藤堂が端末を閉じた。


「まあいい。動きを見れば大体分かる」


 それが一番怖いんだよ。


 役割を決めてから、噛み合い始めた。


「三体! 正面二、右一」


「受ける!」


 三宅が盾を構えて、正面の二体を止める。


「左入る!」


 大沢が回り込む。短剣が一体の足を裂いて、体勢が崩れる。


「撃つぞ!」


 山吹の火が飛ぶ。ちゃんと宣言してから撃った。成長だ。


 そして、右の一体。


 三宅の守備範囲から外れている。大沢は左で手が塞がっている。


 俺の番だった。


 踏み込む。


 一歩で間合いを詰めて、斬り上げる。


 砂になった。


「よし」


 正面の二体も、ほぼ同時に片付いていた。


「今の、めっちゃよくない?」


「よかった!」


「完璧だったな今の!」


 三宅が拳を掲げて、大沢がそれに応えた。


「よっしゃ!」


 声が出た。気づいたら、俺も二人の拳に、自分の拳をぶつけにいっていた。


 こういう瞬間が、たまらなく好きだ。


 一人で潜っているときには、絶対に味わえないやつだ。


 誰かが受けて、誰かが削って、誰かが撃って、俺が落とす。役割が繋がって、一つの形になる。


 中学のとき、こいつらと一緒にいて楽しかった理由は、たぶんこれだ。


 俺が何かをやると、誰かが拾ってくれる。


 厨二病をやっていたときも、そうだった。俺が意味不明なことを言うたびに、大沢が突っ込んで、山吹が乗って、三宅が笑って、藤堂が呆れた。


 拾ってもらえるから、続けられた。


 いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 次が来ている。


「四体、多いぞ!」


「任せろ!」


 俺は笑いながら、前に出た。


 結局、その日は12階層まで進んだ。


 F級の50階層のうち、四分の一近く。初日にしては上出来らしい。


「次来るとき、転移陣使えるようになるのかな?」


「25階層までは無理だな。次の目標はそこだ」


 藤堂が地図を見ながら言った。


 地上に出ると、もう夕方だった。


 全員、疲れた顔をしている。だが悪い顔じゃない。


「腹減った!」


「ラーメン行こうぜラーメン!」


「賛成ー」


 駅前の店に入って、全員がラーメンを頼んだ。三宅だけチャーシューを追加していた。


 食べながら、今日の反省会が始まる。


「山吹、お前もうちょい早く撃て!」


「タイミング難しいんだって!」


「三宅が受けた瞬間でいい」


「それが難しいの!」


 こういうのを、俺はずっとやりたかった。


 三週間、一人で潜っていた。誰にも言えないことを抱えて、人目を避けて、辺鄙なダンジョンにまで行った。


 悪くはなかった。強くもなった。


 だが、ラーメンを食いながら反省会をする相手はいなかった。


「そういえばさ!」


 箸を止めて、大沢が言った。


「朔、配信どうなった?」


 スープを吹きそうになった。


「は?」


「いや、前に言ってたじゃん。機材揃えてからやるって」


 言った。


 三週間前、一人で潜ることを認めさせるために、俺はそう言って逃げた。


「あれから三週間だろ? そろそろ揃ったんじゃないの?」


「いや、まだ」


「まだって、何がいるんだよ?」


 三宅が身を乗り出してきた。


「カメラだろ? 今どきドローン型が普通じゃん。4、5万で買えるぞ」


「4、5万は高いだろ」


 口から出まかせだった。


 そして、出た瞬間に間違えたと気づいた。


「は?」


 大沢が箸を止めた。


「お前、金あるだろ?」


「え、いや」


「あるよな? 絶対あるよな?」


「な、何の話だよ」


「エンペラーだよ!」


 三宅が叫んだ。店の客が振り返った。


「声、でかいって」


「だって、C級の魔核だぞ!? あれいくらで売れたんだよ」


「いや、その」


「言えよ。気になって三週間経ったんだぞ!」


 言えるわけがない、とは思わなかった。


 これは、別に隠すことじゃない。むしろ隠すほうが不自然だ。


「1000万」


 静かになった。


 ラーメン屋の一角だけ、完全に音が消えた。


「は?」


「1000万!?」


「いっせん!?」


「まん!?」


 山吹が箸を落とした。


「税で半分持ってかれたけど」


「それでも500万じゃねえか!」


「そうなるな」


「そうなるな、じゃねえよ!」


 大沢が頭を抱えた。


「高校生が500万持ってんの? 今? この場に?」


「いや、口座に」


「同じだろ!」


「お前、何に使ったんだよ」


 藤堂が冷静に聞いてきた。


 こいつだけが、驚いた顔をしていない。たぶん、金額まで予想していたんだと思う。


「外套を一着」


「それだけ?」


「それだけ」


「いくらの?」


「18万」


「じゃあ残り480万あるじゃねえか!」


 三宅が机を叩いた。


「カメラ買えるだろ。4、5万だぞ? 誤差だろ誤差!」


 誤差ではない。誤差ではないが、確かに買える。


「そうだ朔、今のなし。さっきのお前の言い訳、全部なし!」


「いや」


「4、5万が高い? 500万持ってる奴が?」


 ぐうの音も出なかった。


「そのうちって言って三週間経ってるぞ!」


 藤堂が止めを刺してきた。


 こいつ、覚えてるんだよな。全部。


「朔」


「な、なんでしょう」


「お前、一人で潜るんだろ? これからも」


 言葉に詰まった。


「なら配信しろ。俺はそれが一番安全だと思ってる」


「うっ」


「何かあったとき、誰かが見てれば気づく。それだけの話だ」


 正論だった。


 完全な正論で、反論の余地が一つもない。


 ただ一つ、言えないことがあるだけだ。


 配信したら、俺は絶対に王になれない。


 いや、違う。正確にはこうだ。


 配信中に王になったら、今度こそ全世界に晒される。


「分かった。分かったよ」


 気づいたら、そう言っていた。


「え、マジで?」


「やるの?」


「やる。言ったからには、やる」


 言ってしまった。


 だが、考えてみれば、逃げ続けるほうが不自然だ。金はある。機材は売っている。理由がない。


 それに。


 素の状態でなら、俺はもう十分に強い。


 王にならなければいい。それだけの話じゃないか。


「うおー、やった!」


「絶対見るからな!」


「チャンネル名教えろよ!」


 四人が盛り上がっている。


 その顔を見ながら、俺は残りのスープを飲み干した。


 チャンネル名。


 そこは、まだ何も考えていなかった。

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