第24話 スキルを見せたら、突っ込まれた
土曜日、午前9時。守山ダンジョンの前。
着いたときには、四人とも先に来ていた。
三週間ぶりだった。
たった三週間なのに、全員が少しだけ変わって見えた。大沢は髪を切っていたし、三宅は日に焼けていたし、山吹は制服のズボンのまま来ていた。藤堂だけが何も変わっていなかった。
「久しぶりー!」
「おい朔、痩せたか?」
「痩せてないって」
「顔がやつれてる」
「気のせいだって、気のせい」
気のせいではない。この三週間、俺は死にかけて、20時間帰らず、50万回再生の動画に映って、入学式で緊張して、カラオケで厨二病の歌を全力で歌った。
やつれもする。
「で、どうよ高校?」
「聞いて驚け。友達できた」
「早っ!」
「しかも二日目でカラオケ行った」
「早すぎだろ!」
大沢が笑った。
こういう会話をしていると、三週間前に戻った気がする。四人とも、俺のことを何も疑っていない。
「そうだ朔!」
藤堂だった。
「お前さ、結局あれ何だったんだ? エンペラーの件」
来た。
来ると分かっていた。むしろ、よく三週間も待ってくれたと思う。
「俺も聞きたかったそれ!」
三宅が食いついた。
「ニュース見たときマジで叫んだからな。C級だぞC級。しかも一人で」
「うちの親まで見てたからな、あれ!」
「俺、学校で友達に自慢したもん。中学の友達がやったって!」
「山吹お前それ信じてもらえたの?」
「めっちゃ疑われた!」
大沢と山吹が勝手に盛り上がっている。
藤堂だけが、スマホを出していた。
「一応調べたんだけどさ」
「調べたのかよ」
「気になるだろ普通に!」
画面をこっちに向けてくる。
「ゴブリンエンペラーの討伐記録、公開されてるのが国内で27件。一番若い人で24歳。ランクはBで、パーティ六人がかり」
「六人でやっと?」
「そう。六人でやっと」
藤堂が俺を見た。
「で、お前15歳のFランクで一人だろ。数字だけ見たら意味が分からない」
「意味が分からないよなあ」
自分でもそう思う。
「怒ってるわけじゃないぞ。ただ純粋に、何があったのか知りたいだけだ」
「心配もしてる」
大沢が横から言った。
「20時間だぞ! 俺ら、本気で死んだと思ったからな」
そうだよな。
その通りだ。
俺は、息を吸った。
この三週間、この瞬間のために何度も頭の中で練習した。
「スキルが生えた」
「生えた?」
「レベル上がって」
「あー、なんだ、そういうことか!」
拍子抜けしたような声だった。
「いや、そりゃ生えるか。レベル上がれば生えるもんな」
「世界初の職業でも普通に生えるんだな」
「当たり前だろ。職業が何だろうとレベルは上がるんだから」
山吹が言って、大沢が頷いた。
驚かれるのは、そこじゃない。
「で、どんなスキルなんだよ?」
三宅が身を乗り出してきた。
「厨二病のスキルって何だよ。気になって夜しか眠れなかったぞ」
「普通に寝てるじゃねえか!」
「武器を出すやつ」
「武器?」
「呼ぶと出てくる」
「え、それだけで十分やばくない?」
藤堂がスマホをしまった。
「武器召喚系のスキルは珍しいぞ。国内だと確認されてるのが10件もないはずだ」
「そうなんだ」
「そうなんだ、じゃない。お前それ結構すごいやつだぞ!」
「まあ、でも、それでエンペラーやれるか?」
大沢が首をひねった。
「武器出せても、振るのは自分だろ。レベル足りてなきゃ無理じゃね」
鋭い。
こいつ、たまに鋭い。
「中でなら、見せられる」
「見せて!」
「見たい!」
「見せろ!」
三人が即答した。
「じゃあ入ろうぜ。話は中でいいだろ!」
三宅が背中を叩いてきた。相変わらず痛い。
守山ダンジョンは、F級だった。
中は金山とよく似ている。うっすら光る岩の通路。広さも、明るさも、そう変わらない。
違うのは、こちらのほうが人が多いことだ。金山が閉鎖されたので、そのぶん流れてきているらしい。
「装備、借りるか?」
「俺はいい」
大沢が言った。腰に短剣を二本差している。
「買ったのか?」
「親に金出してもらった。入学祝い」
「いいな!」
三宅も自前の盾を持っていた。山吹は杖を、藤堂は解析用の端末を。全員、自分の装備を揃えている。
三週間のあいだに、四人もちゃんと進んでいた。
俺だけが、別の方向に進みすぎただけだ。
最初のゴブリンは、5分もしないうちに出てきた。
「行くぞ!」
三宅が前に出る。盾で受けて、大沢が回り込む。山吹が火を撃ち、藤堂が指示を出す。
三週間前より、明らかに動きがいい。
そして、俺の番が来た。
「朔、一体来てる!」
右の通路から、二体目。
俺は、息を吸った。
「——無銘よ、我が手に」
声は、抑えた。
抑えたが、本気で言った。手を抜けば出ない。
空間が裂けて、黒い粒子が渦を巻き、抜き身の刀が手に収まる。
背後で、四人が息を呑む音がした。
ゴブリンが跳んだ。
斬った。
一撃だった。抵抗はほとんどなかった。
砂になって消えるのを見届けて、俺は刀を下ろした。
通路が、静かだった。
3秒あった。
「……おい!」
大沢だった。
「今なんて言った?」
来た。
来ると分かっていた。分かっていたのに、他に方法がなかった。
「無銘よ、我が手に」
「言わなくていい。もう一回言わなくていいから!」
「言えって言っただろ、今」
「言ってない。俺はなんて言ったかって聞いただけ!」
大沢が頭を抱えた。
「お前さあ、卒業したんじゃなかったのかよ!」
「した。卒業は、した」
「今のどこが!?」
「あれは詠唱だから。厨二病とは別」
「詠唱が一番厨二病だろうが!」
山吹が腹を抱えて笑い出した。
「だめだ、無理、苦しい!」
「笑いすぎだろ」
「だって、だって『我が手に』って」
「他に言い方がないんだよ。スキルで、そう決まってるの」
「誰が決めたんだよ!」
俺だ。
この頃の俺が決めた。
「え、待って。あの日、包帯捨てて眼帯捨てて、卒業したって言ってたよな?」
「言った」
「三週間前だよな?」
「三週間前だ」
「早くない?」
「早い。認める」
自分でもそう思う。人生で一番早い出戻りだと思う。
「いや、でもさ」
三宅が、笑いながらも真面目な顔を作った。
「かっこよかったぞ今の!」
「やめろ」
「本当だって。俺、ちょっと鳥肌立った!」
「やめろって、マジで」
「朔が言うとハマるんだよな。昔からそう」
一番効くやつを言うな。
「で、その詠唱さ」
藤堂が口を挟んだ。
「必須なのか? 言わないと出ないのか?」
「出ない。絶対出ない」
「試したのか?」
「試した。小声でも出ない。噛んでも出ない」
「うわ!」
「本気で言わないと出ない。そういう制限なんだよ」
四人が、同時に俺を見た。
「じゃあお前、あのエンペラーのときも……?」
言ったよ。
もっとすごいのを言った。
だが、それは言えなかった。
「まあ、色々あったんだよ」
「色々ってなんだよ!」
「色々は色々だ」
大沢がまだ笑っている。
「いやー、朔が朔で安心したわ!」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味」
山吹が目元を拭いながら言った。
「卒業とか無理だって。お前に厨二病抜いたら何も残らないじゃん」
「失礼すぎるだろ!」
「褒めてる!」
「どこがだよ。褒めてないだろ、それ」
だが、悪い気はしなかった。
この三週間、俺はずっと隠していた。隠して、誤魔化して、汗をかいて、布団の中で悶えていた。
こうやって笑われるのは、久しぶりだった。
「で、真面目な話なんだけど」
大沢が、笑いを引っ込めた。
「今の、何?」
「だからスキルだって。さっき言ったろ」
「いや聞いたけど。聞いたけどさあ!」
大沢が刀を指さして、それから自分の頭を抱えた。
「何もないところから出てきたぞ、今。空間歪んでたよな!?」
「歪んでた」
「歪んでたな」
「歪んでたよね?」
三人が口々に確認し合っている。
「どこに入ってんの、それ。異空間とか?」
「たぶん?」
「たぶんて何だよ。自分のスキルだろ!」
「説明書ついてないんだよ、これ」
「そりゃそうだけどさあ!」
山吹が刀に顔を近づけてきた。
「うわ、真っ黒。全然光反射してない。何これ、塗ってるの?」
「知らん」
「知らんて!」
本当に知らない。この頃の俺が「光を一切反射しない」と書いたから、そうなっているとしか言えない。
「てか今の一撃だったよな?」
三宅が我に返ったように言った。
「ゴブリン一発で消えたぞ。俺ら三人がかりでやってるのに!」
「それは……まあ」
「まあ、じゃないって。おかしいだろ!」
そうだね。おかしい。
「ちょっと持たせて!」
「やめとけ、切れるぞ」
「触るだけ!」
「指、飛ぶぞ」
「うわ本気の顔してる!」
三宅が手を引っ込めた。
四人が刀の周りに集まって、わいわい言っている。
正直に言うと、この反応は嬉しかった。
怖がられるかと思っていた。距離を取られるかと思っていた。だが、こいつらは普通に面白がっているだけだ。
「名前は? 名前あんの、それ」
「ないよ」
「ないのかよ!」
「ないんだよ、これが」
本当にない。それだけは、何度聞かれても嘘じゃない。
「えー、もったいない。こんなかっこいいのに!」
「つけろよ名前!」
「やだ」
「なんで!?」
つけたら負けだと思っているからだ。名前をつけた瞬間に、俺はまた中学2年に戻る。
「じゃあ俺がつけていい?」
「よくない」
「黒いやつ!」
「センスがなさすぎる」
「ひどい!」
大沢が笑った。
山吹が、腕を組んで真顔で言った。
「いや、名前ないのがいいんだろ。逆にかっこいいって、無銘の刀」
心臓が跳ねた。
「な、なんでそう思うんだよ」
「え? なんとなくだけど。名前がないって、設定として強くない?」
合ってる。
名前が、無銘だ。
こいつ、何も知らないのに当てにくるのやめてほしい。
その輪の外で、藤堂が端末を見ていた。
「朔」
「ん?」
「今の、解析かけたんだけど」
心臓が止まりかけた。
「え、お前そういうのできんの?」
「術式解析士だからな。スキルの構造読むのが本職だ」
藤堂が画面をこっちに向けた。
そこには、何も表示されていなかった。
エラーですらない。真っ白だった。
「読めなかった」
「読めないこともあるの?」
「あるにはある。格上の相手とか、構造が複雑すぎる場合とかな」
藤堂が画面を見つめたまま続けた。
「でも、そういうときは『解析失敗』って出るんだ。ちゃんとエラーが返ってくる」
「今のは?」
「何も返ってこない」
藤堂が顔を上げた。
「読み取りにいって、対象が存在しないって判定された。目の前で振ってるのに」
沈黙があった。
「……こわ!」
「俺のスキルがこわいのかお前のスキルがこわいのか分からん」
「両方だろ!」
三宅と大沢がそう言って、空気が少し緩んだ。
藤堂は端末をしまって、それから、いつもの淡々とした声で言った。
「まあ、いい」
「いいのか?」
「良くはないけど、聞いたら言うのか?」
「言わないな、たぶん」
「だろ」
藤堂が肩をすくめた。
「なら待つ。言いたくなったら言え。それまで聞かない」
姉と同じことを言われた。
この三週間で二回目だ。
「ただな、朔」
「なんだよ、改まって」
「無茶だけはするな。マジで」
藤堂の声が、少しだけ変わった。
「あの日、記録見たときな。入場から12時間経って、まだ退場してないってなってて」
「うん」
「3時間くらい、どうしようか迷ったんだ。通報したらお前が怒られるかもしれない、でも何かあったら」
俺は、何も言えなかった。
「結局、ギルドに電話した。あれ俺だから」
「そっか。お前だったんだ」
「だから、20時間はもう勘弁してくれ。俺の胃に悪い」
俺は頷いた。
頷くことしかできなかった。




