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第23話 初日から、全力で歌ってしまった

 放課後、六人で駅前のカラオケに行った。


 メンバーは、俺と矢野と堀口と西野、それから後ろの席の二人。


 二人の名前は、今日ちゃんと覚えた。片方が久住で、もう片方が的場。久住は背が高くて口数が少なく、的場は逆に小柄でよく喋る。


 入学二日目でカラオケに行く集団って、我ながら勢いがあると思う。


「2時間でいい?」


「フリータイムでいいって!」


「明日も学校だよ!」


「だから何?」


 結局、3時間にした。


 部屋に入って、全員が座るまでに1分。デンモクを取り合うまでに、さらに30秒。


「一ノ瀬くん、何歌うの?」


「普通のやつ。ど真ん中の普通」


「普通って何?」


「今流行ってるやつ」


 実際、俺は真面目に考えていた。


 ここで何を歌うかは、たぶん重要だ。


 俺は普通の高校生になる。ならなければいけない。だから、今一番流行っているバンドの、一番有名な曲を入れる。それが正解だ。


 入れた。


 歌った。


 場が、静かになった。


「えっ!?」


「うまくない?」


「うますぎでしょ!」


 矢野が身を乗り出してきた。


「一ノ瀬くん何それ、どこで練習したの?」


「してないしてない」


「嘘だ!」


「本当だって」


 嘘ではない。ただ、中学の三年間、部屋で一人で好きな曲を歌い続けていただけだ。


 それを練習と呼ぶなら、まあ、練習かもしれない。


「次私!」


 矢野がデンモクを奪った。


 入れたのは、ステラリオンの曲だった。


 イントロが流れた瞬間、西野が「あっ」と声を上げた。


「これ知ってる!」


「知ってるよね? サビ一緒に歌お!」


 女子二人が立ち上がった。的場まで混ざっている。


 曲は、明るくて速い。探索者アイドルらしく、歌詞に「扉の向こう」とか「まだ見ぬ階層」とか入っている。


 悪くない。普通にいい曲だと思う。


 三人が振り付けを踊り始めた。うろ覚えなので、二番の途中で全員バラバラになった。


「違う違う、そこ逆!」


「え、こう?」


「もっとこう、バーンって!」


「分かんないって!」


 俺は座ったまま、笑いながら手拍子をしていた。


 普通の高校生をやっている。完璧だ。


 この調子でいけば、何も起きない。


 異変が起きたのは、一時間半が過ぎた頃だった。


 それまで一曲しか歌っていなかった久住が、無言でデンモクを手に取った。


 背が高くて、口数が少なくて、ずっと隅でウーロン茶を飲んでいた男だ。


 入力に時間がかかっていた。曲名が長いらしい。


 そして、イントロが流れた。


 俺は、飲みかけのジュースを置いた。


 知っている。


 この曲を、俺は知っている。


 5年前のアニメの主題歌だ。深夜にやっていて、主人公が封印された力を解放するたびに世界の理が書き換わるやつだ。


 イントロが16秒ある。長い。長いのに、その16秒が全部かっこいい。


 久住が、マイクを持った。


 歌い出しは、ささやくように低い。


 そこから一気に跳ね上がる。


「……え?」


「久住くんうま!」


「てかこの曲何?」


 矢野たちがざわついている。


 俺は、動けなかった。


 中学2年の夏、俺はこの曲を300回は聴いた。ノートに歌詞を書き写したこともある。王の名乗りを考えるとき、この曲のサビの語感を参考にした記憶すらある。


 サビが来た。


 久住の声が伸びる。


 歌詞は、こうだ。


 『封じられし名を、今ここに解き放て』


 気づいたら、俺はマイクを握っていた。


 二番から、俺も入った。


 久住が一瞬こっちを見て、それから、少しだけ口の端を上げた。


 そこからは、二人でハモった。


 この曲は、二番のサビ前に台詞が入る。主人公が己の真名を叫ぶところだ。


 久住が息を吸った。


 俺も吸っていた。


 二人同時に、台詞を言った。


 声が、揃った。


「うわっ、なにこれ!」


「二人とも何なの!?」


 矢野が叫んでいる。西野は笑い転げていて、堀口は口を開けたまま固まっている。的場はなぜか撮影していた。


 だが、もう止まらなかった。


 ラスサビで、久住が上のパートに行った。


 俺は下を取った。何も打ち合わせていないのに、成立した。


 曲が終わって、部屋が静まり返って、それから爆発した。


「すごい、めっちゃすごかった!」


「ねえ何それ、練習した? 練習したでしょ!」


「してないって。マジで初めて」


「してないわけないじゃん!」


 久住が、マイクを置きながら言った。


「一ノ瀬、この曲知ってたんだな」


「まあ、多少?」


「多少の入り方じゃなかったぞ!」


 そうだろうな。自分でもそう思う。


 台詞まで完璧に合わせておいて、多少もクソもない。


「一ノ瀬くん、こういうの好きなんだ」


 矢野が聞いてきた。


 俺は、一瞬だけ迷った。


 ここで「いや、別に」と言うこともできた。それが一番安全だった。


 だが、さっきの3分間は、正直に言って、今日で一番楽しかった。


「昔は、まあ、好きだった」


「今は?」


「今は……」


 言葉に詰まった。


 そこへ、久住が助け舟を出した。


「いいだろ別に。かっこいいんだから!」


 口数の少ない男が、はっきりそう言った。


「な!」


 俺は、頷いてしまった。


「まあ、かっこいいよな」


「だろ!」


 矢野が変な顔をしていた。


「え、なに、二人だけの世界作らないでよ!」


「作ってないって」


 その日、俺と久住はもう二曲ハモった。


 3時間はあっという間に終わって、駅の前で解散した。


 自転車を漕ぎながら、俺は少しだけ反省していた。


 今日は、普通の高校生として振る舞うはずだった。


 結果、初日から厨二病アニメの主題歌を全力で歌った。しかも台詞パートまで完璧に。


 いや、でも。


 あれは楽しかった。


 卒業するとかしないとか、そういう話とは別のところで、単純に楽しかった。


 ペダルを踏みながら、俺は小さく呟いた。


「封じられし名を、今ここに解き放て」


 誰もいない道だった。


 誰もいない道でよかった。

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