第22話 高校の友達と、中学の友達と
翌日から、通常授業が始まった。
結論から言うと、高校の授業は中学より進むのが速い。
数学の一時間目で、担当の教師が「この単元は三日で終わります」と言った。三日。中学なら三週間かけていた気がする。
英語も似たようなものだった。教科書の一ページ目から、知らない単語が四つあった。
昼休みになる頃には、クラス全体が少し静かになっていた。みんな同じことを考えている顔をしていた。
「これ、やばくない?」
矢野が開口一番に言った。
「やばい。三日って何だよ、三日って」
「高校ってこんな速いの? 聞いてないんだけど」
「俺も聞いてない。入学案内に書いといてほしかった」
「ねえ堀口くんは?」
「……俺、数学の途中から意識なかった……」
前の席の堀口が、机に突っ伏したまま答えた。
昨日は緊張していたのに、一日でだいぶ喋るようになっている。
「一ノ瀬、購買行く?」
「行く行く。何がある?」
「知らん。行けば分かる!」
昼は、教室の後ろのほうで食べることになった。
俺と矢野と堀口。それから、昨日教科書を運ぶのを手伝った子が「混ざっていい?」と来て、四人になった。名前は西野といった。
そこに、後ろの席の二人が机を寄せてきて、六人になった。
初日にしては悪くない、と思っていたが、二日目でもう倍になっている。
「一ノ瀬くん、パンそれだけ?」
「購買の残りがこれしかなかった」
「何それ?」
「たぶんコロッケ」
「たぶんて!」
西野が笑った。
高校の昼飯は、中学の給食と違って各自バラバラだ。弁当の奴もいれば、購買の奴もいる。矢野は菓子パン二つとゼリー飲料という、どう見ても足りない構成だった。
「矢野それ足りるの?」
「足りない」
「なら買えよ」
「並ぶのだるい」
「だるいで昼を捨てるな」
こういう会話が、たぶん一番大事なんだと思う。
中身は何もない。だが、こういうのを積み重ねた先に、三年間がある。
中学の頃の俺は、こういう時間に別のことをしていた。ノートに設定を書いたり、窓の外を見て「そろそろか」と呟いたりしていた。
あれはあれで楽しかったが、今のほうが健全だとは思う。
スマホが震えたのは、コロッケらしきものを食べ終わった頃だった。
中学のグループだった。
三宅『おい』
三宅『入学式終わったよな?』
三宅『約束』
大沢『覚えてるか?』
大沢『五人で潜るって言ったやつ』
忘れていなかった。
忘れていないどころか、この三週間ずっと頭の隅にあった。
入学式のあとは五人で潜る。三月の終わりに、金山の帰り道で交わした約束だ。
あのときの俺はLv1で、借り物の剣も満足に振れなかった。
今はLv69で、Dランクで、50万回再生の動画に映っている。
三週間で何が起きたら、こうなるんだ。
山吹『土曜どう?』
藤堂『土曜は空いてる』
大沢『俺も』
三宅『いけるぞ』
既読だけつけて、返事を考えた。
行きたい。普通に行きたい。あいつらとまた潜れるなら、それは嬉しい。
問題が二つあるだけだ。
一つ。金山ダンジョンは閉鎖されている。俺のせいで。
二つ。五人で潜ると、俺は王になれない。
孤高ナル王ハ、独リデ立ツ。この頃の俺が書いたスキルは、誰かと一緒にいる間は効果を失う。それ以前に、四人の前で名乗るなんて死んでもできない。
つまり、五人で潜ったら、俺はLv69の素の状態で戦うことになる。
いや、待て。
Lv69だぞ。
素でもSTRは50を超えている。中学の三年間で覚えた体の使い方もある。無銘だって呼べる。
普通に、強い。
問題があるとすれば、あいつらから見たら、俺が不自然に強すぎることくらいだ。
「一ノ瀬くん、こわい顔してる」
矢野が覗き込んできた。
「してないって」
「してるよ。彼女?」
「残念ながら、中学の友達」
「なんだー!」
露骨に興味を失った顔をされた。分かりやすいな、おい。
「土曜に潜ろうって話になってて」
「え、潜るの? 一ノ瀬くん探索者やる派なんだ!」
「やる派ってほどじゃないけど」
「どこ行くの?」
「それが、まだ決まってない」
金山は閉鎖中だ。
スマホが震えた。
藤堂『金山は閉鎖中だから別のところになる』
藤堂『F級で近いところだと、港のほうか、守山』
三宅『どっちでもいい』
大沢『任せた』
山吹『おまかせ』
藤堂『なら守山で』
決まるのが早い。藤堂がいると全部早い。
俺は指を動かして、すぐに返した。
朔『行く』
朔『土曜、守山な。遅れんなよ』
送信してから、少しだけ息を吐いた。
久しぶりに、五人で潜る。
嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。
問題が山積みなのは、いったん置いておく。
「ねえ一ノ瀬くん!」
「ん?」
「今日このあと空いてる? みんなでカラオケ行こうって話してて」
矢野が、机に寄りかかりながら言った。
後ろの席の二人が、こっちを見て頷いている。西野も、堀口も。
入学二日目で、もうそんな話が出ている。
「え、今日?」
「そう、今日。善は急げって言うじゃん!」
「急ぎすぎだろ」
「親睦会だよ親睦会。いる? いらない?」
いる。
めちゃくちゃいる。
「行く。絶対行く」
「やった!」
矢野が両手を上げた。西野が笑って、堀口が「俺も行く」と小さく言った。
中学の友達と土曜に潜って、高校の友達と今日カラオケに行く。
俺が想像していた高校生活は、たぶんこういうやつだ。
厨二病さえなければ、完璧だった。




