第17話 顔を隠す装備ほど、厨二病っぽい
翌日、俺は一人で栄に出た。
目的は買い物だ。武器じゃない。
昨日の審査で、はっきりしたことがある。
俺は、いずれ人前で王にならなければいけない日が来る。
入学式のあとは五人で潜る約束だし、ギルドの審査だって今回で終わりとは限らない。そのとき、名乗るだけならまだいい。問題は見た目だ。
前髪が伸びる。右目が黒く、左目が白くなる。
初めて王になった日に「フードを買おう」と決めたきり、俺は何もしていなかった。金山に通うのに必死で、そのあとは死にかけて、気づいたら二週間が経っていた。
今日こそ買う。
栄のダンジョンは、地下街に直結した大規模ダンジョンだ。扉のある建物にギルドの支店が入っていて、その周りに装備店が何軒も並んでいる。
平日の昼間でも人が多い。学生も、社会人らしき人も、明らかにプロの探索者も混ざって歩いている。
一番大きい店に入った。
1階は武器。2階が防具。3階が消耗品と小物。
2階に上がって、俺は少しだけ固まった。
壁一面に、外套が並んでいた。
正直に言う。
テンションが上がった。
ローブ。マント。フード付きの外套。丈の長いコート。素材も色も様々だが、共通しているのは一つだ。
全部、かっこいい。
中学の俺が見たら泣いて喜んだと思う。いや、今の俺も、割と喜んでいる。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
店員が来た。三十くらいの男性で、腕に古い傷がある。たぶん元探索者だ。
「あ、はい。フードのついた……上着みたいなのを」
「外套ですね。用途は」
「用途?」
「防御重視か、軽さ重視か、それとも」
店員が、少しだけ言い方を変えた。
「顔を隠したいか、ですね」
心臓が跳ねた。
「そういう需要、あるんですか?」
「多いですよ」
店員はあっさり答えた。
「配信をやってる方は、身バレ対策で買われます。あとはクランに所属してない方とか、副業でやってる社会人とか。会社に探索者だと知られたくない方は結構いますので」
なるほど。
世の中には、まっとうな理由で顔を隠したい人がたくさんいるらしい。
俺の理由はまっとうではないが、結果は同じだ。
案内されたのは、店の奥の一角だった。
「このあたりが、顔を隠す目的の方に人気のものです」
俺は、そこで足を止めた。
並んでいるのは、全部、黒かった。
いや、正確には黒が多い、というだけだ。紺も、深緑も、灰もある。だが、目に入ってくるのは黒だった。
丈が長い。裾が床に近い。フードが深い。
つまり、どういうことかというと。
中学の俺が描いた絵に、似ている。
「……あの」
「はい」
「もっとこう、地味なのはないですか?」
「地味、といいますと」
「目立たないやつです。普通の。すごく普通の」
店員が少し考えて、隣の棚を指した。
「でしたら、こちらのショートタイプですね。腰丈で、フードも浅めです」
灰色の、短い上着だった。
手に取ってみる。軽い。作業着に近い。これなら目立たない。
鏡の前でフードを被ってみた。
顔が、出ている。
浅いフードは、前髪を隠さない。目も見える。これでは意味がない。
「もう少し、深いのは?」
「深いものですと、どうしても丈が長くなります。バランスの問題で」
「丈が……」
「はい。頭を覆う面積が増えると、全体の分量も増えますので」
つまり、顔を隠すほど、長くなる。
長くなるほど、あの絵に近づく。
世界の構造が、俺を追い詰めてきていた。
結局、30分以上悩んだ。
灰色のショートタイプを二回手に取って、二回戻した。顔が隠れないなら買う意味がない。
深緑のロング丈も試した。悪くない。悪くないが、深緑は森林系のダンジョンで使う色らしく、栄や金山みたいな岩の中では逆に浮くと言われた。
残ったのは、黒だった。
「こちらは新素材で、見た目より軽いです。膝下丈、フードは深め。顔の上半分はほぼ隠れます」
店員が広げてみせる。
裾が、揺れた。
やばい。かっこいい。
いや、違う。今はそういう話じゃない。実用性の話だ。顔が隠れるかどうかの話だ。
鏡の前で羽織って、フードを被った。
顔の上半分が、影に沈んだ。
目の色は見えない。前髪も分からない。声を出せば口元は動くが、それだけなら誰だか特定できない。
完璧だった。
実用性の面で、完璧だった。
そして、鏡に映っているのは、中学2年の俺が何時間もかけて描いた設定画と、驚くほど似ていた。
俺は静かにフードを下ろした。
「これ、ください!」
「ありがとうございます。サイズ、お直ししますか?」
「いえ、このままで」
値段は、18万円だった。
500万の口座から引かれる。桁を見ても、もう驚かなくなっている自分が少し怖い。
包んでもらっている間、店員が世間話のように言った。
「お若いのに、いい選び方されますね」
「そうですか」
「ええ。最初はみんな、派手なのを選びたがるので」
派手なのを選びたがる。
俺は、地味なのを選びたかった。選びたかったのに、実用性を突き詰めたら、一番それっぽいものが残った。
世界が悪い。俺は悪くない。
袋を受け取って店を出ると、外は夕方だった。
地下街を歩きながら、スマホが震えた。
知らない番号。
出ると、聞き覚えのある声がした。
『ギルド名古屋本部、審査部の芝崎です。一ノ瀬様でいらっしゃいますか』
「あ、はい」
『先日の審査結果が出ましたので、ご連絡いたしました』
足が止まった。
『——おめでとうございます。Dランクへの昇格が承認されました』




