第16話 姉は、最初から気づいていた
そこから先は、刀のおかげで楽だった。
オークソルジャーをあと三体。途中で出てきた大型の蜥蜴を一体。全部、鎧や鱗の継ぎ目に差し込めば通った。
借り物の剣は、左手に持ったままだった。返すときに「使いました」と言えるように、一応。
第3階層の奥、下り階段の手前で、芝崎さんが足を止めた。
「ここまでで結構です」
「え!?」
「第3階層到達を確認しました。以上で審査は終了です」
終わった。
あっけなさに、逆に足が止まった。
「もう終わりですか?」
「はい。指定階層への到達が条件ですので」
芝崎さんが端末を閉じて、初めて少しだけ表情を動かした。
「率直に申し上げますと、想定より安定しておられました」
「そう、ですか」
「はい。Lv68にしては動きが慣れています。道場か何かに通われていましたか?」
「……中学の三年間、少し」
「なるほど。記録に加えておきます」
そこは正直に答えられた。数少ない、隠さなくていい部分だった。
地上に出て、支店の受付で装備を返却した。
「記録は本部に持ち帰って、審査部で確認いたします。結果は三営業日以内にご連絡します」
芝崎さんが、きっちり角度のついたお辞儀をした。
「本日はお疲れさまでした。一ノ瀬凛花様も、ご協力ありがとうございました」
「いえ。こちらこそ」
姉も姿勢を正して返していた。S級同士というか、探索者としての礼儀みたいなものがあるらしい。
芝崎さんはそのままタクシーに乗って、本部の方向へ消えていった。
残されたのは、俺と姉だけだった。
千種の駅前は、平日の昼過ぎでもそこそこ人がいる。ダンジョン帰りの探索者が、装備のまま普通にコンビニに入っていくのが見える。
「……終わったね」
「終わったな!」
張り詰めていたものが抜けて、急に肩が重くなった。
隣を見ると、姉がこっちを見ていた。
さっきまでの立会人の顔じゃない。
「ねえ朔」
「はい」
「このあと、予定ある?」
「ないけど」
「そっか」
姉が、鞄を肩にかけ直した。
「じゃあ、付き合って」
断る理由も、断る度胸もなかった。
連れて行かれたのは、駅前の商業ビルだった。
姉は装備のまま、当たり前の顔でエスカレーターに乗っていく。探索者装備で買い物をしている人は他にもいるので、誰も気にしない。名古屋の日常である。
「まず服」
「服?」
「聖奈の。誕生日が来月だから」
なるほど、と思った。
この人は休日によく妹を連れ出しては、二人で買い物をして帰ってくる。弟にはいまいち理解できない量の時間を、店の中で溶かして帰ってくる。
「朔、どっちがいいと思う?」
二着並べられた。正直、違いが分からなかった。
「……右?」
「理由は?」
「なんとなく」
「却下」
結局、姉は左を買った。最初から決まっていたらしい。
そのあと雑貨屋に寄って、カフェに入った。
姉はパフェを頼んだ。装備一式の女性が、巨大なパフェを崩している。誰も見ていないふりをしていた。
「今日さ」
スプーンを咥えたまま、姉が言った。
「かっこよかった」
喉に、アイスコーヒーが詰まりかけた。
「……何が?」
「オークソルジャー。鎧の継ぎ目。教えられて出る動きじゃない」
「たまたま!」
「たまたまで、あそこは狙えない」
姉はパフェの底の方を掘りながら、視線を上げなかった。
「レベルの伸びも、装備の出し方もおかしい。審査官の前で、よく普通の顔してた」
心臓が鳴った。
来る、と思った。
全部聞かれる。あの詠唱のことも、武器のことも、レベルのことも。
だが、姉は顔を上げなかった。
「まあ、今日は言わない」
「……え?」
「言いたくなったら言いな。それまで聞かない」
パフェの底に、スプーンが当たる音がした。
「ただ」
「うん」
「危ないことするなら、先に言って。行くから」
顔を上げた姉は、いつもの顔だった。
部屋着のパーカーで階段を降りてくる、うちの姉の顔だ。
「……分かった」
「ん。パフェ、半分食べて。多すぎた」
「自分で頼んだくせに!」
結局、その日は2時間ほど連れ回された。
帰り道、駅のホームで電車を待ちながら、姉が思い出したように言った。
「朔。入学式、もうすぐ」
入学式。
あと四日。
その言葉で、俺は現実に引き戻された。
学校が始まる。ローカルニュースは東海三県に流れた。職業【厨二病】の世界初は、公式サイトに載っている。
新しいクラスに、俺のことを知っている人間が何人いるか。
考えたくなかった。




