第14話 S級の姉が、保護者として同席します
翌日、俺はギルド名古屋本部に呼ばれた。
昨日の電話で、三島さんはこう言った。ランクの件で一度お越しいただきたい、保護者の方とご一緒に、と。
保護者。
両親は二人とも仕事で、平日の昼間は無理だった。
だから俺は、姉に頼んだ。
「お姉ちゃん、明日ギルド行くんだけど、ついてきてくれない? 俺一人だと不安で」
言った瞬間のお姉ちゃんの顔を、俺はたぶん一生忘れない。
「…………うん」
「え、無理?」
「……行く。絶対行く」
声が上ずっていた。
そのあと5分くらい、姉は部屋の中を歩き回っていた。何か言いたそうにして、やめて、また歩いて、最終的に「何時集合?」とだけ聞いてきた。
そして当日の朝。
お姉ちゃんは、玄関で仁王立ちしていた。
黒いジャケットに、きちんとしたシャツ。髪もまとめている。部屋着のパーカーで階段を降りてくる人と同一人物とは思えない。
「準備できた?」
「気合い入ってんね」
「弟が頼ってくれたから」
真顔で言われた。
「任せなさい」
頼もしい。頼もしいのだが、後ろに聖奈が立っていて、にやにやしながらこちらを見ていた。
「お姉ちゃん、朝から三回髪やり直してたよ!」
「聖奈」
「あと鏡の前で『任せなさい』って練習してた!」
「聖奈!」
通されたのは、この前より広い部屋だった。
机も椅子も立派で、壁には表彰状みたいなものが並んでいる。三島さんと、もう一人、五十がらみの男性職員が座っていた。名刺には副本部長と書いてあった。
姉が名刺を受け取った瞬間、副本部長の目が一瞬動いた。
「……失礼ですが、一ノ瀬凛花さんでいらっしゃいますか?」
「はい。弟の保護者として来ました」
「これは、その」
副本部長が姿勢を正した。三島さんも背筋が伸びている。
S級の探索者が保護者席に座っているというのは、たぶんそういうことらしい。
「本日はまず、買取の件からご説明いたします」
三島さんが書類を差し出した。
「ゴブリンエンペラーの魔核ですが、ギルドで買い取らせていただきました。オークションには出しておりません」
「出さないんですか?」
「はい。未発見領域から出た個体ですので、研究対象として当ギルドが優先的に確保いたしました。制度上、こうしたケースでは強制買取となります」
「強制」
「その代わり、相場より色を付けております」
書類の金額欄を見た。
1000万円。
「いっ……せん」
頭が、一瞬だけ処理を放棄した。
「C級魔核の相場は500万円前後です。今回は希少性を考慮して、倍額となっております」
隣でお姉ちゃんが「まあ妥当だね」みたいな顔をしている。この人の金銭感覚はもう別の世界にある。
「ただし」
三島さんが次の欄を指した。
「ダンジョン産資源の売却益には、50パーセントの税がかかります」
金額が半分になっていた。
500万円。
「高っ!」
「国の制度ですので」
「半分持っていかれるんですか?」
「ダンジョン関連の税収で、扉の管理も保険も救助体制も回っておりますので」
昨日、俺を探すために組まれた捜索隊のことを思い出した。
なるほど。文句は言えない。
「差し引き500万円が、カードに入金されております」
高校生の口座に、500万円。
明細の数字の桁を、三回数え直した。
5のあとに、ゼロが六つ。100万が五つ。……合ってる。合ってるのか、これ。
バイトで時給1000円だとして、何時間だ。5000時間か。一日八時間で600日以上。
二年近く働いてやっと届く額を、俺は一晩で拾ってきたことになる。
現実感がない。
「さて、本題です」
副本部長が身を乗り出した。
「探索者ランクの昇格条件は、ご存じですね」
「納税額と、指定ダンジョンの最深部への到達です」
「はい。そして一ノ瀬様は、納税額の条件を既に満たしておられます」
500万円の納税。
登録して二週間の新人が、である。
「通常であれば、Fランクの方は数か月かけてEの条件を満たします。一ノ瀬様の場合、納税額だけで言えば……」
副本部長が言葉を切った。
「Dランク相当まで達しております」
「D!?」
「はい」
二つ飛ばしだ。
「じゃあ、もう上がれるんですか?」
「そこが問題でして」
三島さんが、申し訳なさそうに続けた。
「ランクは、その探索者の実力を保証するものでもあります。Dランクの方には、D級ダンジョンへの入場権が与えられます」
D級。推奨レベル100まで。
「一ノ瀬様の現在のレベルは、68です」
二週間前は一だった数字が、そこに並んでいる。
登録から二週間で六十七上がるのも、それはそれで異常なのだと思う。向こうは当然、そこも見ている。
「推奨には届いておりません。その状態でD級の扉が開くようにしてしまうと、万が一のことがあった場合、ギルドの責任問題になります」
「ですよね」
「かといって、条件を満たした方を昇格させないというのも、制度上おかしな話になります」
板挟みだ。ギルド側も困っている。
「そこで、今回は特例措置を取らせていただくことになりました」
副本部長が、一枚の書類を滑らせてきた。
『特例昇格審査 実施通知書』
「昇格クエストです」
「クエスト?」
「ギルドが指定するダンジョンの、指定する階層まで到達していただきます。立会人が同行し、その場で実力を確認させていただく形です」
立会人。
同行。
背中が冷たくなった。
「あの、それって断ることは……?」
「可能です」
副本部長はあっさり言った。
「ただしその場合、Fランクのまま据え置きとなります。納税額の記録は残りますので、しばらくは毎月お問い合わせが入るかと」
「え、毎月ですか」
「制度上、条件を満たした方には確認が必要ですので」
断れば怪しまれる。受ければ見られる。
どっちに転んでも地獄だった。
その時、それまで黙っていたお姉ちゃんが口を開いた。
「立会人って、誰がやるんですか?」
「未定ですが、通常はギルド職員の中から」
「私じゃ駄目ですか?」
部屋の空気が止まった。
「……と、申しますと」
「身内なのは分かってます。でも、Sランクの立会いなら記録として十分なはずです」
お姉ちゃんはまっすぐ副本部長を見ていた。
「弟がD級に入るなら、私が見ます」
筋は通っている。
完全に通っているのだが、冗談じゃない。
姉に、見られる。この世で一番、見られたくない相手に。
俺は慌てて口を挟んだ。
「いや、身内はまずいでしょ! ギルドの人に来てもらったほうがいいって」
「え」
お姉ちゃんが、こっちを向いた。
「公平性とか、記録の信頼性とか、あるだろ。お姉ちゃんが立会人だと、後から何か言われるかもしれないし」
我ながら、正論だと思った。
正論だったのだが。
姉の顔から、表情が抜けた。
「……そっか」
声が、小さくなった。
「……ごめん。出しゃばった」
膝の上で、指が組まれていた。視線が机の木目に落ちている。
副本部長と三島さんが、気まずそうに書類を見ていた。
俺は、自分が何をやらかしたのかを理解した。
この人は、朝から三回髪をやり直して、鏡の前で「任せなさい」を練習して、ここに来ている。
弟に頼られたから。
その弟が、いらないと言った。
「いや、待った」
気づいたら、口が動いていた。
「やっぱ、お姉ちゃんがいいかも!」
顔が上がった。速い。
「いいの?」
「うん。お姉ちゃんが見ててくれたほうが、絶対安心だし」
「そっか」
姉が、口の端だけで笑った。完全にドヤ顔だった。
「任せて」
さっきまでの空気が嘘みたいだった。三島さんが小さく息を吐いたのが見えた。
「朔と二人で出かけるの、久しぶり」
「言われてみれば、そうかも」
「ダンジョンデート」
「デートって言うな。審査だから」
そこで、副本部長が申し訳なさそうに咳払いをした。
「大変恐縮なのですが」
「はい」
「審査の性質上、ギルド職員も一名、同行させていただく形になります」
部屋が静かになった。
「記録と判定は、あくまでギルド側で行う必要がありますので。一ノ瀬凛花様には、安全管理の立会人としてご同行いただく形かと」
「あ、なるほど。そりゃそうですよね」
俺は心の底からほっとした。ギルドの職員がいれば、少なくとも姉と二人きりではない。
その横で、お姉ちゃんの表情が消えた。
「……そうですか」
「はい。制度上の話ですので、何卒」
「いえ、分かりました。当然のことですので」
声が平坦だった。
S級探索者の平坦な声には、圧がある。三島さんが、反射的に姿勢を正していた。
帰り道。
姉は無言だった。
信号待ちで、俺は恐る恐る口を開いた。
「あの、お姉ちゃん……」
「なに」
「怒ってる?」
「怒ってない」
完全に怒っている声だった。
「制度だからしょうがないって」
「分かってる」
「職員さんがいたほうが、お姉ちゃんの立場も守られるし」
「……それはそう」
少しだけ声が緩んだ。
駅までの道で、俺はひたすら機嫌を取り続けた。帰りにアイスを買い、姉の好きな店のプリンを買い、装備の話を振り、クランの話を振った。
プリンを食べ終わる頃には、お姉ちゃんはいつもの調子に戻っていた。
「当日、私の言うこと聞く」
「はい、聞きます」
「無茶しないこと」
「しないしない」
俺は頷きながら、別のことを考えていた。
姉と、ギルドの職員。
二人の目の前で、俺はどうやって戦えばいいんだ。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや★評価をいただけると励みになります




