第12話 捨てた黒歴史は、一つも失われていない
家に帰り着いたのは、昼前だった。
玄関を開けた瞬間、聖奈が飛び出してきた。
「兄さん!」
そのまま腹に頭突きをされた。肋骨にひびが入っている腹にだ。
「ぐっ……」
「死んだかと思ったんだけど!」
「死にかけたけど生きてる、生きてるから離れて、痛い、本当に痛い!」
母にも一通り怒られた。父は仕事から早退して帰ってきて、俺の顔を見て一言「馬鹿」とだけ言って、そのまま風呂に入った。たぶんあれが一番堪えた。
夕方まで寝て、起きたら体がさらに痛くなっていた。
そして、ようやく一人になった部屋で、俺はステータスを開いた。
ずっと、確かめたかったことがある。
あの巣で、意識が切れる直前。視界の端に、何かが流れていた。
氏名:一ノ瀬 朔
Lv:68
職業:厨二病
「……は?」
もう一度見た。数字は変わらない。
「六十八って?」
二十一だったはずだ。昨日の朝は、確かに二十一だった。
四十七上がっている。一晩で。
まあ、数百体とC級の個体を倒したんだから、そうなるのかもしれない。
しかも王の力を使っていたぶん、経験値は半分だったはずだ。それでこれか。
素で倒していたら九十を超えていた計算になる。
素で倒せていたら、そもそも今頃死んでるけど。
数値も、全部上がっていた。
HP:104
MP:61
STR:48
AGI:55
INT:72
LUK:22
STR48。
診断のときは8だった。Lv1の平均が15で、全項目が平均以下で、INTだけかろうじて上だったあの日から、二週間も経っていない。
LUKだけが相変わらず低いのは、なぜなんだろう。
そして、その下だ。
条件を満たしました。
スキルを解放します。
【書ノ保管】
来た。
三つ並んで「未到達」だったうちの、一つ目だ。
説明文を開く。
【書ノ保管】
「我が記した言葉は、我が内にある。ゆえに、失われることは無い」
効果:己が書き記した全ての記録は自動的に虚空へ保管される。任意に閲覧が可能
つまり。
ノートを、持ち歩かなくていい。
いや、それどころじゃない。
「自動的に」と書いてある。
画面を下にたどると、まだ続きがあった。
魔眼を解放しました。
【因果ノ魔眼】(左眼)
【星詠ミノ魔眼】(左眼)
【幻惑ノ魔眼】(左眼)
【看破ノ魔眼】(左眼)
四つ。
Lv10で真理、Lv20で千里。10レベルごとに一つ開く、という法則で合っている。
三十、四十、五十、六十。四つぶん、まとめて来ていた。
あの岩の巣で、意識が飛ぶ直前に見えていた文字の羅列は、これだったらしい。
一つずつ説明文を開く。
【因果ノ魔眼】
本来:因果を視、結果より原因を書き換える
※解放率により制限中
※現在:攻撃の軌道が線となって見えます
結果から原因を書き換える。中学の俺は、何を考えてこんなものを書いたんだ。
現在の効果は、軌道が見える。
いや、これは普通に強い。昨日、エンペラーの一撃がやけにゆっくり見えたのは、たぶんこれだ。
【星詠ミノ魔眼】
本来:星々の運行を読み、来たるべき配置を知る
※現在:方角と、自分の現在地が分かります
方位磁針だった。
いや、ダンジョンの中では方角が分からなくなるので、これはこれで有用ではある。有用ではあるのだが、名前が壮大すぎる。
【幻惑ノ魔眼】
本来:対象の認識を完全に支配する
※現在:相手の認識をわずかにずらします
これは、まずい。
いい意味でまずい。気配を薄くするスキルと合わせれば、人目を避ける精度が一気に上がる。
【看破ノ魔眼】
本来:あらゆる隠蔽、偽装、結界を無効化し、暴く
※現在:罠や仕掛けの位置が分かります
全部、同じ構造だった。
本来の効果が異次元で、今の効果が現実的。中学の俺が書いた壮大な設定が、レベルという蛇口で絞られて、辛うじて人間が使える形になって出てくる。
逆に言えば。
レベルが上がるほど、蛇口が開く。
全部開いたら、どうなるんだろう。
考えかけて、やめた。今考えても仕方がない。
試しに、左目に意識を向けてみた。
何も起きなかった。
壁は壁のままで、文字も浮かばない。罠も軌道も方角も、何一つ見えない。
そうだった。魔眼は、王の目だ。
つまり、こういうことになる。
人前では、何も見えない。
とりあえず、使えるほうを試すことにした。
書ノ保管に、意識を向けてみた。
視界に、何かが開いた。
棚だった。
いや、棚に見えるだけで、実際には何もない空間に文字が並んでいる。背表紙のようなものが、ずらりと。
†王ノ書†
幹部の書
部下の書
武器の書
……多い。
自分で書いたくせに、俺はこの量を正確に把握していなかった。
クローゼットの段ボールに突っ込んだまま、数えたことがなかった。
そして、その下に、まだ続きがあった。
落書帳(小四)
自由帳(小六)
技名帳(中二・夏)
設定帳(中三)
……ほか
全部ある。
小学四年の落書き帳まである。
つまり、俺が書いたものは、俺の意思とは無関係に、全部ここに入っている。
捨てたはずのものも。
燃えるゴミに出したはずのものも。
背筋が寒くなった。便利さと引き換えに、俺は自分の黒歴史を一つも失えない身体になっている。
試しに、†王ノ書†に意識を向けてみた。
手の中に、重さが戻ってきた。黒い表紙。塗りムラ。白いペンの文字。
本物だ。虚空から、そのまま出てきている。
「やば!」
これは、でかい。
クローゼットを漁らなくていい。家族に見つからない。学校に持っていっても、鞄の中には何も入っていない。
何より、いつでも読める。
書き込みが濃いほど力になる、という法則がある以上、俺の強さは†王ノ書†の中身をどれだけ思い出せるかで決まる。
つまり、黒歴史を読み返す時間が増えるほど、俺は強くなる。
……厨二病を卒業するつもりだったんだけどな。
ノートを虚空にしまって、俺はベッドに倒れ込んだ。
金山ダンジョンは閉鎖された。当分は潜れない。
別のダンジョンを探すにしても、F級で、無人で、人目が少ないところとなると限られる。名古屋には腐るほどダンジョンがあるが、人が少ないということは、それだけ辺鄙な場所にあるということでもある。
入学式まで、あと八日。
それまでに、どこか見つけておかないと。
そんなことを考えながら、俺はスマホを手に取った。
通知が、異常な数になっていた。
グループチャットだ。中学から続いている、あの四人と俺のやつ。
未読、267件。
嫌な予感がした。
開く。
大沢『は?』
大沢『おい』
大沢『これお前だよな???』
山吹『金山ダンジョン 未発見領域 C級個体討伐』
山吹『討伐者:一ノ瀬朔(15)』
三宅『!!!!!!!!!!』
三宅『!!!!!!!!!!!!!!!』
藤堂『生きてるか』
藤堂『生きてるなら返事しろ』
大沢『ニュースなってるぞ』
俺は、スマホを持ったまま固まった。
ニュース。
そこまでは、考えていなかった。
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