第11話 21時間、行方不明だった
結論から言うと、俺は病院に連れて行かれた。
肋骨にひびが二本。全身打撲。擦り傷多数。ギルドの医療班に「よく自力で歩いて出てきましたね」と真顔で言われた。
そのあと、ギルドの奥にある小さな部屋に通された。
机が一つ。椅子が四つ。壁には何も貼っていない。取調室みたいだと思ったが、口には出さなかった。
正面にギルドの職員が二人。うち一人は、診断の日以来の三島さんだった。
そして、俺のすぐ横に、姉が座っていた。
まだ装備のままだ。黒い戦闘服の胸元に、見覚えのあるクランのエンブレムが縫い付けられている。テレビで嫌というほど見るやつだ。
S級探索者。所属は、名古屋を本拠地にする大手クラン。
それが、うちの姉である。
「……あの」
「先に言っておくけど」
お姉ちゃんが遮った。
「怒ってはないよ。生きてたから」
声は、いつもの姉だった。優しい。やたらと優しい。
「でも、説明はしてもらう」
机の上には、俺が持ち帰ったものが並べられていた。
牙。毛皮。角。
そして、黒い結晶。
三島さんが、その結晶をじっと見ている。さっきから一度も目を離していない。
「一ノ瀬様。まず、こちらの鑑定結果をお伝えします」
三島さんが書類を読み上げた。
「ゴブリンエンペラーの魔核。推定難易度C。C級ダンジョンの中層以降でごく稀に確認される個体です」
部屋の空気が、一段重くなった。
「これが、F級の金山ダンジョンから出ました」
部屋にいた全員が、結晶を見た。
「……本当にC級ですか?」
「鑑定を三回かけました。間違いありません」
職員の一人が、額に手を当てた。
「F級から出た記録なんて、国内にありますか?」
「ありません」
三島さんが即答した。
「少なくとも、私が知る限りは一件も」
空気が、さらに重くなった。
重くなったのだが。
あれ。
これ、地味にすごいことなのでは。
C級の個体は、普通ならC級ダンジョンの中層でしか出ない。そこに潜れるのはCランク以上、つまり日本に十万人しかいない層だ。
それを、Fランクの俺が倒した。
国内で前例がない。
前例がない、という言葉を、俺は二週間で二回も聞いている。
「一ノ瀬さん。どこで、これを」
職員の一人が、身を乗り出した。
俺は、膝の上で拳を握った。
ここからだ。
言えることと、言えないことを、間違えてはいけない。
「……1階層の奥に、隠し通路がありました」
「隠し通路」
「壁に触ったら開いたんです。苔が生えてない岩を、三つ」
職員二人が顔を見合わせた。
「その先が、広い空間になってて。ゴブリンが、数えきれないくらいと。あと、あいつが」
俺は結晶を指した。
「囲まれて、逃げられなくなって。気づいたら倒してました」
嘘は、ついていない。
一つも嘘はついていないが、大事なところを全部抜いている。
なぜ隠し通路の場所が分かったのか。なぜ開放条件を知っていたのか。そして、どうやって数百体とC級の個体を、Lv21の新人が一人で倒したのか。
その全部を、俺は話さなかった。
そのあとは、細かい質問が続いた。
通路の場所。空間の広さ。個体数。エンペラーの大きさ。武器は何を使ったか。
武器のところだけ、俺は「借りた鉄剣です」と答えた。
これは、初めての嘘だった。
三島さんが、一瞬だけ手を止めた。だが、何も言わずに書き込んだ。
「……未発見の隠し領域ですね。至急、調査班を編成します」
職員が立ち上がった。
「金山ダンジョンは本日から一時閉鎖とします。F級から魔核が出た以上、等級の再評価も必要になりますので」
閉鎖。
俺の練習場が、なくなった。
「発見者としての報告は、こちらで処理します。一ノ瀬様、本日はもう休んでください」
話が終わって、部屋を出る。
廊下は静かだった。
肋骨が痛い。息を吸うたびに刺さるような感じがする。
隣を歩く姉は、さっきから一言も喋っていなかった。
エレベーターの前で、お姉ちゃんが足を止めた。
「朔」
「……はい」
「潜る前、Lv21だったよね?」
背中が冷えた。
「うん」
「C級の個体って、推奨120なんだ」
姉は、こちらを見ていなかった。エレベーターの階数表示を見ていた。
「私でも、Lv21なら死んでる」
言葉が出なかった。
姉は、誤魔化されていない。最初から、一つも。
「借りた鉄剣で倒したんだよね?」
「……うん」
「そっか」
それだけだった。
エレベーターが来て、扉が開く。
乗り込んでから、お姉ちゃんが小さく息を吐いた。
「言いたくないなら、いい」
俺は、姉の顔を見た。
「私もあった。親に言えないこと」
「……お姉ちゃん」
「でもね」
お姉ちゃんが、階数表示から目を外して、こっちを向いた。
優しい顔だった。優しい顔のまま、はっきり言った。
「次、20時間帰ってこなかったら。本気で探す」
本気で探す。
S級が、中部で一番のクランの総力を使って、本気で探す。
それはもう、捜索じゃない。
「気をつけます」
「うん」
エレベーターが1階に着いた。
外に出ると、朝の光がやけに眩しかった。
そして、俺はまだ知らなかった。
この日の夜、ギルドが「F級ダンジョンから未発見領域、C級個体の討伐を確認」という一文を公式に発表することを。
そして、その討伐者の欄に、俺の名前が載っていることを。




