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ドラゴン(AGI)を倒すための1000の方法  作者: Manpuku
第三章 ワビサビファック

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6/8

新橋の裏路地

「円安って最高だな」

とジェイクは言った。


新橋の、ガード下から少し外れた裏路地の小さな店。提灯がいくつもぶら下がっている。観光サイトには載っていないが、こういう場所こそ“本物”だと、彼は信じていた。


「安いし、誰も英語わかんねーしな」


隣でマットが笑う。二人はわざと大きな声で話した。半分は冗談、半分は優越感だった。


「見ろよ、あのオヤジ。絶対何言ってるかわかってないぜ」


カウンターの向こうでは、年配の店主が黙々と魚を焼いている。手際は正確で、無駄がない。だが視線は一度もこちらに上がらない。


ジェイクは肩をすくめた。


「な? だから言ったろ。ここじゃ俺たちが王様だ」


ビールが運ばれてきた。泡はきめ細かく、グラスは冷えている。運んできた若い店員は、軽く頭を下げて、何も言わずに去った。


マットが英語でつぶやく。


「チップもいらねーしな。楽園だよ、ここ」


二人は笑った。


隣の席には、スーツ姿の男が一人で座っていた。スマートフォンも見ずに、静かに箸を動かしている。会話には一切反応しない。


ジェイクはその無関心が少し気に入らなかった。


「なあ、日本人ってさ、こうやって黙ってんのが礼儀なんだろ? 便利だよな。文句も言わない」


「言えない、の間違いだろ」


また笑いが起きた。


店の奥で、炭がぱち、と弾けた。


料理が運ばれてくる。焼き鳥。焦げ目のついた皮、滴る脂。ジェイクは一口かじって、思わず目を細めた。


「……うまいな」


「だろ? でもさ、こういうのも結局さ——」


言いかけて、マットはビールをあおる。


「全部安いからだよな。円安様様ってやつ」


ジェイクは頷きながら、わざと声を張った。


「サンキュー、ジャパン!」


誰も反応しない。


店主は焼き続ける。店員は静かに皿を片付ける。隣の男は、ただ箸を動かす。


音だけがある。炭の音、食器の触れ合う音、遠くの車の走る音。


会話は、どこにも引っかからないまま、空中で消えていく。


ジェイクは、少しだけ違和感を覚えた。


——本当に、通じていないのか?


だがすぐに打ち消した。気にすることじゃない。


彼は最後の一串を食べ、立ち上がった。


「行こうぜ」


会計を済ませる。


店員は丁寧に礼をする。


完璧な無関心。


完璧なサービス。


店の外に出る直前、ジェイクは振り返った。


なんとなく、何かを置いてきた気がした。


その時だった。


隣にいたスーツの男が、立ち上がる。


ゆっくりと、自然な動きで。彼はジェイクたちの方を見た。


初めて目が合う。


そこには何もなかった。ただ、澄んだ水面のような静けさ。


男は、流れるような発音で言った。


"You enjoyed the food, I hope."


ジェイクの背中に、冷たいものが走る。


理解していたのか。全部。


男は、ほんのわずかに呼吸を整えた。


それから、一歩だけ距離を置くようにして、続けた。


"Wabi-Sabi Fuck."


意味は、わからなかった。


だが、その言葉は怒鳴り声よりも重く、笑い声よりも鋭かった。


空気が、そこで区切られた気がした。


これ以上は、入ってはいけない。


そう言われた気がした。


マットが何か言おうとしたが、言葉が出てこない。


ジェイクは笑おうとして、やめた。


「……行こう」


二人は店を出た。


外の空気は冷たく、やけに現実的だった。


しばらく歩いてから、マットが言った。


「今の、なんだったんだ?」


ジェイクは答えなかった。


頭の中で、あの言葉が繰り返される。


意味はわからない。


でも、わかってしまった気がする。


あれは、拒絶だった。


でも、怒りじゃない。


線だった。


静かで、動かない線。


ジェイクは振り返らなかった。


ただ、自分たちの声がやたらと小さくなっていた。

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