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第6話:『波乱の調理実習!賑やかなキッチンと漢のスパイス?』


月曜日の昼下がり。

家庭科室は、包丁がまな板を叩く音や、早くもあちこちのコンロから立ち上る湯気で、熱気に包まれていた。


「お前ら、うちの班の実習に緊急配属された高橋だ! よろしくな!」

佐藤が、隣でどこか申し訳なさそうに頭をかく、少し気弱なクラスメイトを紹介した。昨日、佐藤がスーパーで言っていた通り、高橋の班はインフルエンザによる欠席者が続出。急遽、前日に材料を多めに買っておいた忠敬たちの班に合流することになったのだ。


「高橋くん、よろしくね。大歓迎よ」

学級委員長の白雪さんが笑みを浮かべ、エプロン姿で迎え入れる。

「よろしく、高橋。……まぁ、気楽にいこうぜ」

忠敬も頷き、三角巾の位置を直した。


その直後、調理台の上に並べられた学校備え付けの調理器具の小人達が一斉に声を上げ騒ぎ出した。特に、高橋くんが握りしめたステンレス製の包丁の小人が、エプロン姿で冷や汗を流しながら叫んでいた。


『おいおいおい! この新しいご主人、手がめちゃくちゃ震えてるぞ! おい、そこの色黒のやつ、いきなりそんな大声で紹介するから驚いてるじゃないか! 指を切らせるわけにはいかないんだ、落ち着いてくれ!』


(なるほど、高橋はかなり緊張してるな……)


「高橋、そんなに緊張しなくて大丈夫だ。まずはジャガイモの皮むきから、ゆっくりやろう」

忠敬が声をかけると、高橋くんは「う、うん……ありがとう、潜木くん」と少しホッとしたように肩の力を抜いた。包丁の小人も『ふぅ、助かった。ナイスフォローだ、左腕のいい時計をしてるお兄ちゃん』と胸をなでおろしている。



だが、本当の“阿鼻叫喚”は、別の場所から始まった。



「よーし! 俺はメインディッシュの肉じゃがの炒めを担当するぜ!」

すっかりテンションの上がった佐藤が、ガステーブルのつまみを思いきり回した。ボッ! と激しい音を立てて、強火の炎がフライパンの底を舐める。


その瞬間、ガステーブルの点火つまみの小人と、フライパンの取っ手の小人が白目を剥いてひっくり返り、泡を吹いて悲鳴を上げた。


『ギャーーッ! いきなりマックス強火かよ! 世紀末か! 狂ってるぜこの色黒のご主人!』

『おい! まだ油も引いてねえし、肉も野菜も挨拶すら済んでねえぞ! このままだと俺の自慢のフッ素加工がハゲて、ただの鉄の板になっちまう! 誰かコイツを止めろーっ!』


(油を引く前にフッ素の寿命を縮めるなよ佐藤……!)

忠敬は心の中で激しく突っ込みながら、鋭い声を上げた。


「おい、佐藤! 火が強すぎる! まずは中火だ、中火!」

「え? 肉じゃがって強火で一気にジャッと炒めるんじゃないのか?」

佐藤がトボけた顔をする。


『ジャッと炒めるのは中華料理のパラパラ炒飯だけだろタコスケ!!』と、フライパンの小人が涙目で空中を蹴り飛ばした。


「違うわよ、佐藤くん。まずは弱火から中火でじっくり具材に火を通さないと、お肉が硬くなってしまうわ」


白雪さんがすかさずフォローを入れ、佐藤のつまみをクイッと中火に戻した。


しかし、佐藤の暴走は止まらない。スーパーでGETした黄金比率の国産牛バラ肉、そしてあのネット袋の優秀なジャガイモたちが鍋に投入されたまでは良かったが、佐藤はプリントのレシピを見もせずに、一升瓶の醤油ボトルを掴み上げたのだ。


『ちょ、待て待て待て! 蓋を開けるな! まだ早い!』

醤油ボトルの小人が必死に叫ぶ。

『俺たちの出番は、ジャガイモに火が通ってからだ! しかもお前、目分量でドボドボ注ぐ気だろ!? 俺に印字されてる大さじの基準を完全に無視する気か!』

計量スプーンの小人もあんぐりと口を開けて、佐藤の暴挙に言葉も出ない様子だ。


「おい佐藤、計量スプーンを使え。 あと醤油はもう少し先だろ!」

「男の料理は目分量よ! おとこの隠し味だ!」

「漢の隠し味で肉じゃがを真っ黒にする気か! レシピを見ろ!」


忠敬が叫び、高橋くんが「ひええ……」と包丁を握ったまま固まり、白雪さんも「佐藤くん、大さじ3よ! ストップ!」と声を荒げる。まさに調理台の上は、無機物の悲鳴と高校生たちの怒号が飛び交う阿鼻叫喚の戦場と化していた。


その時、忠敬の左手首でクロノが振動した。文字盤のフチに立ったクロノが、内蔵されたストップウォッチのデジタル秒数を睨みながら、冷徹なナビゲートを行う。


あるじ、佐藤のせいで鍋の内部熱量が想定より高い。このままだと1分40秒後に玉ねぎが焦げ付き、苦味のスパイスが加わってしまうね。指示を出すよ。今すぐ高橋に『カットしたジャガイモを投入して鍋の温度を下げろ』と伝え、白雪さんには『お味噌汁の出汁ダシ用の昆布を引き上げる時間だ』とアドバイスするんだ。……秒読み開始、3、2、1……今だ!」


「高橋、そのジャガイモを今すぐ鍋に入れてくれ! 火力を抑える!」

「う、うん! わかった!」

高橋くんが慌ててジャガイモを滑り込ませると、鍋の温度が適正値まで一気に下がった。フライパンの小人が『ふぅ、生き返ったぜ……』と深くため息をつく。


「白雪さん、お味噌汁の鍋! 昆布を引き上げるタイミングだ!」

「――! え、ああ、本当ね! ありがとう潜木くん!」


これまでの佐藤の暴挙に目を奪われていた白雪さんはハッと我に返り、すぐさま流れるような手際で昆布をすくい上げた。沸騰直前の完璧なタイミング。お味噌汁のお玉の小人が『ナイス判断! これで最高の黄金出汁の完成だぜ!』と親指を立てた。


忠敬の的確すぎるタイムマネジメントと白雪さんの完璧なリカバリーによって、佐藤が巻き起こす大混乱はみるみるうちに統制されていく。




「……ふぅ。なんとか、なりそうだね」


高橋くんは額の汗を拭いながら、安堵したように呟いた。

「潜木くんの指示、まるですべてのトラブルを予知しているみたいだ……。佐藤くんの雑な動きを、完璧にカバーしてるよ」

「まぁ、潜木くんは私たちの班の優秀なアドバイザーだからね」

白雪さんが、少し誇らしげに胸を張って微笑む。


「へへ、サンキュー忠敬! やっぱりお前と組むと、料理のセンスがない俺でもなんとかなるな!」

頭をかいて笑う佐藤を、忠敬はジト目で睨みつけた。


手首のクロノが「主人、高精度タイマーによる調理管理タスクを完了したよ。周囲の班からの羨望の視線ログを検知。……心拍数、少し上がっているね」と、小さく満足げなシグナルを返してくる。

相変わらず、小さな物たちの上げる声はうるさいし、今日の佐藤の暴走は流石にスルーはできない。


(……まぁ、コイツがやらかすお陰で、俺の『勘』の不自然さがカモフラージュされてると思えば、今回は許してやるか)


だが、騒がしい湯気の向こうで、高橋くんが楽しそうに笑い、白雪さんが嬉しそうに味見をするこの賑やかなキッチンも、決して悪くはないなと、忠敬は小さく微笑むのだった。





「――うわ、めちゃくちゃ美味い……!」

実食の時間になり、完成した肉じゃがを口にした高橋くんが、大袈裟ではなく本当に感動したように目を見開いた。

「ジャガイモがすごくホクホクしてて、お肉の旨味が中まで完全に染み込んでる。お味噌汁も出汁の香りが最高だし、ほうれん草のシャキシャキした食感も完璧だよ……!」

「本当ね……! お肉の脂っぽさも全然なくて、すごく優しい味がするわ。大成功ね、潜木くん」


白雪さんも、お椀を手に嬉しそうに目を細めている。

彼女が丁寧に仕上げたほうれん草やお味噌汁を乗せたお皿の小人たちが、誇らしげに『どうだ! 美味そうだろ!』とドヤ顔で胸を張って他のテーブルの小人たちに自慢していた。


それだけではない。白雪さんがお味噌汁をよそうのに使ったお玉の小人は、役目を終えてシンクの横に横たわりながら、やりきった顔で『ふぅ……完璧な湯切りだったぜ。お姉さんの手つき、滑らかで最高だったな』と、隣のお盆の小人にウインクをして語りかけている。


忠敬たちの調理台に並んだ無機物の仲間たちは、まるで自分たちが表彰台に立ったかのように、小さな手を取り合ってピョンピョンと跳ねて大喜びしている。


(……まぁ、こいつらが喜んでるなら、佐藤の暴走に付き合った甲斐もあったか)


「みんな、本当に上手にできたわね。片付けまでが調理実習ですから、最後まで気を抜かないようにね」教卓の前で、家庭科の担当教師である優しそうな女性の先生が、嬉しそうにクラス全体を見渡しながら声をかける。


賑やかな笑い声が家庭科室に満ち、調理実習は最高の空気のまま終わりを迎える――はずだった。


ガチャン。


その何気ない生活の音が響いた瞬間、忠敬の胸ポケットが微かにガタガタと震え、次いで左手首から「忠敬」と短く不穏な警告音が聞こえた。



平和な家庭科室の、目に見えないすぐ裏側で。新しい悪意が、すでに冷たく牙を剥き始めていた。



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