31話
今回で最終話の予定でしたが、長くなったので2話に分けています。
無事大学を卒業してティルナノーグに移り住み、ついにヴァレリオ様と婚姻を結ぶこととなった日。チャペルや神社で行う日本でよくある結婚式と違って、ヴァレリオ様と私の婚姻の儀は、エドアルド竜王陛下の住まう宮殿──即ち王宮で行われる。前世の頃ですら片手で数える程しか入った事のない王宮に緊張しながらも、私は控室にてこの世界の婚礼衣装と白であることは共通なものの、形は全く違うウエディングドレスに身を包み、とある人物と向かい合って座っていた。それは──。
『まさか娘の結婚式で異世界に呼ばれるとはね~』
そう、母である。
ジュリアが日本で私の代わりに生きていくと決まった時点で、母には隠し通せないと思った。私は恐らく母が寿命を迎える頃になっても変わらず二十代前半の容姿であるし、他の相手ならまだしも、ジュリアが母相手に私のフリをするというのも難しい話だから。そして何より──母は、信じてくれると思ったから。
案の定彼女は前世の記憶があることと、その世界で生きていくこと、ややこしいがその世界の自分が日本に来て私の代わりに生きていくことを打ち明けると、「そうなんだ~すご~漫画みたい~!」とあっさり笑って認めてくれたのだ。
『ヴァレリオ君もイケメンだし~珠莉ちゃんの故郷、美形ばっかりでビックリするわぁ。ママもこっちでいい人見つけよっかな?』
『え? 今付き合ってるあの人は? 再婚するかもとか言ってたのに……』
『あっは、冗談だって~』
娘の結婚式でなんという冗談を……とちょっとだけ呆れつつも、普通に考えたら訳の分からない話をする私を気持ち悪がったりすることなく、笑って信じてティルナノーグまでついてきてくれた彼女には感謝しているから、溜息一つで流しておく。
『さ、このネックレスをつけてあげればいいんだったっけ?』
『うん、お願い』
『綺麗~高そう~』
そんな緊張感のない言葉と共に、背後に立った母の手によってそっとネックレスがつけられる。
首元や手先までレースで覆うデザインのものにすることで、ウェディングドレスを着ることは許可してもらったが、うっすらととはいえ顔を隠してしまうことはティルナノーグでは後ろめたさの現れとされる為、ウエディングベールは諦めた。その為ベールダウンの代わりにネックレスを付けて貰ったのだった。
『……お母さん、ジュリアのこと、宜しくね』
『はいはい。まぁでも乃亜くんがはりきっちゃってるから、ママ出る幕なさそうだけど~』
『それはそうかも……。兎に角、お願いね。私も時々会いに行くから』
『年一でいいよぉ。子どもが来たら彼が気つかうし~』
『薄情な親め……』
それでもなんだかんだで彼女が私を愛してくれていることは伝わるので、不思議なものである。日本での年一だと、ティルナノーグなら十年に一度だなぁなんて考えていた私を、ふいに母がそっと腕を回して抱き締めてきた。
『幸せになってね』
『……今までも幸せだったし、これからも幸せでいるよ』
赤子の頃から前世の記憶があったことで、きっと気味が悪いような、普通じゃないことがあっただろう。そんな異端児の私は、この母の娘だったからこそ確かに幸せだったのだ。
そしてティルナノーグでも、きっと今度こそ、幸せになる。
そんな決意と共に、回された腕にそっと手を添えた。
そうしてなんとなくお互い無言のまま寄り添いあって数分たった頃、控室のドアをノックする音がする。ヴァレリオ様とは婚姻の儀の本番まで会えないと聞いていたので、誰だろうと入室を許可する返事をすれば。
「失礼する」
ドアを開けて入って来たのは、なんとエドアルド竜王陛下とフィーネ王妃殿下であった。
「えっ!? あっ……ええとこの度はその、」
『あ~もしかしてヴァレリオ君のご両親? ヴァレリオ君パパ似~。ってかマジで日本語に聞こえるすご~い』
驚きつつも椅子から立ち上がり、慌ててティルナノーグ式の最敬礼をとる私の隣で、なんとも呑気な母がそう言葉を発すると。
「あ~もしかしてヴァレリオ君のご両親? ヴァレリオ君父親似~。ってか本当に二ホン語に聞こえるすご~い」
母に付けて貰っていた言葉を変換するブレスレットによって、彼女の言葉がほぼそのままこの世界の言語に翻訳され響き渡った。神に等しい存在である竜王陛下とその番である王妃殿下に対してあまりにも失礼だと母の頭を無理矢理下げさせようとした私を、エドアルド様とフィーネ様が優しく笑って制された。
「ご婦人は理の違う異世界の方なのだから、私達を敬う必要などない」
「で、ですが……」
「寧ろわたくし達が大切な子を異世界に頂く身。ですからお礼を言いに来たのです」
そう言われても恐縮しきってしまう私とは対照的に、呑気な母は控室のソファへとお二人を招く。彼女は肝が据わっているとかではなく、本当に本当に呑気なのだ。
『超爆イケパパと鬼かわママ~』
『ねえ本当にお願いだから余計なことと不敬なこと言わないで……』
『って言われてもぉ。どのくらい偉いか例えて?』
『神様くらい!!』
私がそう言い立てると、母は成程と言って両手を合わせた。違う、そういうことではない。さっきはこの母のもとに生まれて良かったと心からそう思ったが、今だけは偉い人を前にしたら畏まってくれる親であれば良かった……なんてことを頭を抱えながら思ってしまう。
「ふふ、仲の良い親子なのですね」
『「そぉなんです~。もう親子ってより友達って感じで~」』
「わたくしにもお母様に対するように、気安く接して頂けると嬉しいのですが……」
そんなフィーネ様の茶目っ気のある発言に対し、無理ですとは言えず、でも努力します程度の事も約束できなくて苦笑いを浮かべる。だって竜王陛下の番様なのだ。雲の上の人なのだ。……なんてことを考えている私の心の内を知ってか知らずか、エドアルド様がフォローを入れて下さる。
「出来る限りの支援をすることを誓うが、私達は共に過ごす時間が少ないからな。ジュリアさんを守るのはヴァレリオの役目だ。そしてヴァレリオは、必ずジュリアさんを大事にする。それは約束しよう」
『「あは~それは約束されなくっても分かるわぁ」』
既にヴァレリオ様と母は何度か会っていて、彼の愛が母にも伝わっていたらしい。国王夫妻に対するものとは到底思えないないような、母ののんびりとした言い方も相まって色んな意味で恥ずかしいものの、エドアルド様もフィーネ様も愛想笑いではなく心から微笑んでいるようなのでほっとする。
その後母親同士話が弾んでいき、置いてけぼりをくらった私にエドアルド様がお声を掛けて下さった。
「複数人で結界を貼る為の補助魔法を考案したと聞いたよ。流石だ」
「お褒めいただき、恐縮です。僅かばかりでも竜王陛下のご負担を減らせればと思うのですが……」
「ふ、君は本当にヴァレリオ思いだな。息子がそれほど愛されていて、親として嬉しい限りだよ」
そのお言葉に顔が赤くなるのを感じながらも頭を下げる。
「ジュリア、これから君は千年以上を生きる。人の身には長い時だろう。それでもどうか、ヴァレリオの傍にいてあげてくれ」
「──はい、必ず」
かつては私が番でなかった故に申し訳ないと謝らせてしまったエドアルド様から、傍にいることを許されている。そのことが心から嬉しい。許されるのであれば、いつまでだって傍にいる覚悟があるのだから。
そんな歓喜から口元が緩んでいたのか、隣に座ってフィーネ様と話していた母がこっそり耳打ちしてくる。
『ヴァレリオ君のご両親、優しそうな人達で良かったね』
『……うん。安心して』
きっと私が、ティルナノーグと地球のどちらも含めて、世界一幸せな花嫁になるだろう。




