30話
ティルナノーグにちょこちょこ顔を出しつつ大学を卒業し、その後はヴァレリオ様の番として腰を落ち着ける予定だったが、召喚されてから二ヶ月近くたった頃、ふと問題に気がついた。
「私が卒業する頃にはジュリアがアラフォーになっちゃう」
卒業まであと二年弱。よくよく考えてみればそれは、ティルナノーグの二十年で。そんな単純な事に今更気がついた。
「ジュリアがアラフォーでも好きだよ」
「いやいやいや、そういう問題じゃなくてね」
日本のアパートで夕ご飯を食べながら、至って真剣な表情で返答した乃亜くんに肩をすくめた。
日本ではたったの二ヶ月でも、ティルナノーグはもう一年が経過した。
既に前世の私が死んだあの日も超えており、私は勿論、ヴァレリオ様が入念に警戒していたから、黒竜の襲撃は成されなかった。イムレが話していたように相応の目的があったとはいえ、黒竜の長の番が人間であったのは彼らにとっても不本意だろうから、結果的に良かったのではないかと思う。
そんなことを考えていた流れでの気づきだった。
「日本で私として生きてもらう訳じゃん。なのにアラフォーじゃ困るって」
あれから毎日起きている時間の殆どを日本語の勉強に当てているジュリアは、既に聞き取りと話すことはほぼ問題なく、あとは漢字の読み書きが課題といったところだ。今後日本で問題なく生きていけるように、常識やマナーなんかも学んで貰ってる。
だから、こっちでジュリアが暮らしていくことにそれほど懸念は無い。ないけれど、彼女は人間だから、一年一年見た目も歳をとっていってしまう。老化を止めるのは時間に関わる魔法だから難しい。竜族が寿命を分け与えるから番の人間は老化しないのであって、いくら神力の高い乃亜くんでも、寿命は普通の人間だからその方法はとれないだろう。
「卒業は諦めた方がいいかなぁ……」
「別に、諦める必要はないでしょ。ジュリアが姉さんと同じ歳になった時点で日本に連れて来ればいいだけで」
「そしたら今度は日本で珠璃愛が二人になっちゃうじゃん!」
「姉さんが外出している間は家に居てもらえばいい。そもそも、元々彼女を他の男の目につく場所に出す気は無いから」
目が本気だ。実弟の初めて見る表情に思わずひえっと喉が鳴った。
「の、乃亜くんがヤンデレだ……」
「独占欲が強くて嫉妬深いだけだよ。俺が一緒なら出かけてもいいし」
ティルナノーグでの乃亜くんとジュリアのイチャつきっぷりを思い出して遠い目になる。あれは仲の良い姉弟で済まされる距離感ではないけど大丈夫かな……。まあ、私である証明が必要ない時は、魔法で適当な姿に変身すればいいのか。
「私が本格的にティルナノーグに住む前にジュリアがこっちに移動したら、ヴァレリオ様寂しくならない?」
「ラウラに遠慮してお幸せにって手の届かないところに隠れられた時に比べたら、全然マシじゃない?」
「ぐっ、」
その出来事を経験したのは乃亜くんではない。けれどヴァレリオ様が彼の核を追い出す時に記憶を共有したらしいし、結局乃亜くんもほぼヴァレリオ様なわけで。つまりそれはヴァレリオ様の考えといっても過言ではない。
かつての行いを反省して黙り込めば、乃亜くんはそんな姿も見飽きたかのように大きな溜息をつくだけで流した。
「俺としてはそんな事より、イムレの番であるジュリアが、ラウラと番である俺と魂を結び付けられるのかが心配だよ」
「あー……それはどうだろうね……」
女神様曰く番とは前世で魂を結びつけた相手で、結びつけた状態が正しい形になるから番を求める……とかなんとかだった筈。だから、パズルに例えるならば今の乃亜くんとジュリアは、全然違うピースとはまる為の凹凸がついたような魂の状態だ。正直難しいと思ったが。
「まぁ、もし出来そうになかったら俺も姉さん見習って、あのヤバすぎる魔法陣を作ろうかな」
言われてみれば私達も、既にラウラと結びついていたヴァレリオ様の魂と、イムレの番だった筈の私の魂だ。それを女神様に「ヴァレ珠璃いいですよ!」と血文字の魔法陣で布教して、結果何故か本当にヴァレリオ様の番になれたわけだから、望みはあるかもしれない。
「書き方を知りたくなったら言って。乃亜くんなら発動の為の神力も問題ないだろうし……必要なのは、羞恥心で折れない心と愛情と熱意かな」
そう口にしてからふと、私のあの魔法陣は神力が足りなかった筈だけど、もしかしたらその時乃亜くんの神力を使った可能性もあるな……と思い至る。
「私が召喚された時、神力を凄く消費した感じあった?」
「あーそう言えばそうだった。今はヴァレリオよりもなんなら父上……じゃない。エドアルドよりも神力の量は多いのに、ゴッソリ減ってビックリしたよ。もしかしてあれ、あのヤバい魔法陣?」
「多分そうだと思う」
「あのくらい消費するのか……発動前は貯めとかないとな……」
その言葉に驚くも、倒れる程では無かったと言われ良かったと息を吐く。
「明日はどうする? 俺は一日中空いてるからいつでも行けるけど。ジュリアを迎え入れるならその準備も始めた方がいいかな?」
「まあ、一先ず二人に話をしよう。一日中空いてるなら、また朝から三日くらいかな」
三日だとこっちの八時間弱である。朝行って、夕方には戻ってこれる丁度いい滞在期間で、休日はこのパターンが多い。
夏休み中はずっとティルナノーグにいようと思っていたけれど、あまり一度に長く滞在し過ぎると、私も歳を取りすぎてしまう。逆浦島太郎だ。
「ジュリアも来るなら流石に引っ越すかなー……」
今のアパートは1LDKだ。乃亜くんがリビングのソファーベッドで寝てくれている今は問題ないが、三人だと……いやそもそも問題は広さだけなのか? いくら乃亜くんがヴァレリオ様の来世的存在とはいえ、思春期の男子高校生とその恋人(前世の私)を同じ家に住ませるのは……色んな意味で問題な気がする。
うーんと唸ってしまった私の考えを読んだのか、彼はからりと笑った。
「大丈夫大丈夫、姉さんがティルナノーグに移り住むまではちゃんと手出さないから」
二ヶ月経ってもなんだか乃亜くんがヴァレリオ様だって信じられない時もあるのに、こういう時は、まぁヴァレリオ様がそう言うなら信じられるかな……って思えるので不思議なものだ。
乃亜くんの魔法でティルナノーグに転移するなり、彼は早速ジュリアの元へ行ってしまった。四人で話し合わなくていいのかな……と思いつつも、二人きりの時間をとりたいのだろうと自分もヴァレリオ様の元へ向かった。
もう何度も何度も行き来しているから、ヴァレリオ様も慣れたものの筈なのだけれど、私を見つけるなり急いで駆け寄ってきて抱きしめてくれる。恥ずかしいけれど、それは凄く嬉しくて……幸せな事だった。
「──という訳で、ジュリアを日本に連れて行きたいのです」
「それは仕方ないね、分かった」
ひとしきり再会の抱擁を交わしたあと、庭園を散歩しながら本題に入った。案外あっさり承諾したヴァレリオ様を少し意外に思って首を傾げると。
「私の中ではジュリアはもうノアのもので、私の最愛は君だから」
勿論今でも彼女のことは大切だけれどね、と付け足して笑った。
「それにしても、君がここに住んでくれるまでまだ二十年近くあるのか。長いな……」
そう言って愛おしそうに私の頬を彼の白く美しい手が撫でる。ドキドキしつつも、罪悪感で胸が傷んだ。これからの二十年が長いなら、砂漠での百五十年はどれ程だっただろうかと。でもこうやってすぐ自己嫌悪に陥る私を乃亜くんはしょっちゅう窘めてくるし、ヴァレリオ様も望んでいないだろう。顔に出さないようにつとめながらもお詫びの気持ちを込めて、彼の手を取りその肩に頭を預けるようにそっと寄り添う。
「ジュリア……」
好きだとか、言葉を尽くすのには抵抗がないのだけれど、物理的接触はどうにも恥ずかしくて、普段は自分から積極的にヴァレリオ様に触れたりすることはないから。ヴァレリオ様は一瞬驚いたように歩みを止めたが、その後嬉しそうに微笑んでくれた。
しょっちゅう来ているのでそこまで新しい話題はないものの、何となくいつも通り近況の話をしながら歩き続けた。
「竜王陛下は御健勝でお過ごしでしょうか」
「ああ。私に関する心労が無いから、時を戻す前より父上は元気そうに見える。少なくとも君がここに住むようになるまで、私は王子でいられそうだよ」
その言葉に心底ほっとする。流石に王妃業と大学生を両立出来る気はしなかったから。……前世でも今世でも平民の私が王妃になるなんて、信じられない話である。
けれど今ではもう、彼の隣を別の誰かに譲るのは嫌だ。
──それが例え、前世の私だとしても。
「それより、婚姻を結ぶのが『アラフォー』の私でもいいのかい?」
「ヴァレリオ様のお姿は二十年程度では変わらないではありませんか」
「ならいいのだが……」
そんな他愛ない会話を交わす、こんな愛しい日々がこれから千年以上も続くのだ。
人の身、それもこの世界で竜族を身近に感じながら生きていた頃なら兎も角、日本で二十年生きた身としては、千年を生きるというのは途方もなく感じる。でも彼がそばに居てくれるなら。彼を一人孤独の中に取り残さずに済むのなら。何千年だって、生きられる気がするのだ。
次回最終話です。




