29話
「私は……」
私はどうしたいのだろうか。いや、そんな疑問が浮かぶ前に答えは決まっている。許されるなら、ヴァレリオ様と結ばれたい──前世でも今世でも私の願いはただそれだけだ。でも許されないと思ったから、諦めたのであって。もしかしてこの流れは、厚顔無恥にもヴァレリオ様との未来を望んだって、いいのだろうか。
ちらりとヴァレリオ様に視線をやると、期待に満ちた瞳で私を見つめていた。それを少し横にやれば、ジュリアは有無を言わさぬような迫真の表情をしていて。最後に乃亜くんを見ると、彼は慈愛に満ちた、まるで保護者のような目をしていた。
皆待っている。私の言葉を。もっと正確に言えば──ここに残るという言葉を。だからきっと、言っていいんだよね?
「私は……今度こそ、ヴァレリオ様の番になりたい……。ヴァレリオ様の隣にいる、権利が欲しいです」
そう言い終わるや否や、正面に座っていた筈のヴァレリオ様がいつの間にかすぐ側にいて、強く強く抱きしめられた。
「やっと、望んでくれた」
私の不安や後悔をかき消すようなその声色は心底嬉しそうで、答えが間違っていなかったのだと確信できる。思えば番が私でなかったと知ったあの日から諦めてばかりで、彼を本気で望もうとしたことは無かったかもしれない。
その場しのぎでも、場の雰囲気に流されたわけでもなく、心から彼との未来を願っていることを伝えたくて、その背に腕を伸ばしてギュッと抱きしめ────ようとしたその時。
「はいストップ。いくらお前が俺でも、姉と他人が抱き合ってるのを見るのはキツい」
「あ、わわ、ご、ごめんねノアくん!」
伸ばそうとした腕を引っ込め、かわりにヴァレリオ様の胸元をそっと押す。そこまで強い力ではなかったけれど、彼はしぶしぶながらも離れてくれた。
「何を謝る必要がある? 別にいいだろう」
「いや気まずいよね……」
「うん。しかも姉さんが実は前世の愛する人って思うと余計に複雑」
平然としているように見えるものの、乃亜くんはまだヴァレリオ様だった頃の記憶を思い出したばかりで、きっとまだ混乱している事だろう。あまり負担をかけたくないな、私がしっかりしなきゃと背筋が伸びる。
私達は……というか全面的に私が。隠し事をし過ぎていたからこんなにも拗れてしまった。だから今度は事実も気持ちも全て包み隠さず伝えよう。
「じゃあこれからの事を話そうか」
「……えーと、あれ? 一旦私とノアくんで元の世界に帰るって話になりましたよね」
乃亜くんがティルナノーグに来た日から三日。私は一旦日本に帰ることになった。いや帰るというか、正確には日本とティルナノーグを行き来することになった。
というのも、最終的にここに残るにせよ、出来ることならやはり大学は卒業したいと思ったのだ。今学んでいるプログラミングの理論は魔法陣にも応用できて、もしかしたらいつかはティルナノーグを覆う結界を、一人ではなく何人もの神力を集めて張れるようにしたり、少ない神力で張ることが出来る魔法陣を作れるかもしれない。そうやって、竜王陛下一人に頼りきっている事を、どうにかもっと分け合って負担を減らせるかもしれないから。
移動に物凄い力を使ったり負担があるなら諦めたけれど、乃亜くん曰くやり方さえ分かれば別になんてことないとの事。私もジュリアだった頃より魔力が凄く多いけれど、彼もそのようで──即ちヴァレリオ様より強い力を有していて、小さな水溜まりを飛び越えるくらいの気楽さで転移してしまえるらしい。
勿論番と離れる時間がながければ、精神に支障をきたす恐れがあるので、毎日顔を出すつもりだ。日本での一日が大体ティルナノーグの十日のようなので、可能な限り朝晩、なんなら昼休みも来た方がいいかもしれない。
そして私が卒業するまでの間に、ジュリアにはこっちで日本語とか常識とかを学んで、問題なく日本で暮らせるようになって貰う。乃亜くんは勿論日本に戻るしヴァレリオ様はここに残る──という事で話がまとまっていた筈なのだが。
何故かヴァレリオ様がついてこようと私の手を握っていて。
「なんで一緒に転移しようとしてるんだよ。邪魔、離れて」
「……ついていったら駄目かな」
しっしっと手で追い払うような動作をする乃亜くんを気にする様子もなく、ヴァレリオ様がなんだかしょんぼりとしたような目で、眉を困ったように八の字にして私を見下ろしてきた。
「えと、私、学校に通う予定で……だからあまり来て貰ったところで何も出来ないといいますか……」
「君の家で待っているよ」
「んんん?」
いやいやいや。色んな事があったがそもそもヴァレリオ様だって本来お忙しい身なのだ。番騒動で仕事をする暇もなかったから、最近はそんな素振りはみられなかったけれど。
だから態々日本に着いてきて、しかも何をするでもない……というのはどういうつもりなのだろう。彼の本意が読み取れず首を傾げれば、返ってきた答えに喉がヒュッと音を立てた。
「──困らせてごめん、君のことをちゃんと信じているつもりなんだけれど、それなのにもし今この手を離したら、二度と会えなくなるんじゃないかって……」
今までの私の行いの数々を考えれば、その不安は当然のものだろう。胸が痛い。圧倒的に信頼が足りていないので、言葉で説得することも出来ない。絶対に戻ってくると思ってもらえるような何かがあればいいのだけれど……。
頭の中でどうしようとぐるぐると考えていると、乃亜くんが無理やり私とヴァレリオ様の腕を掴んで引き剥がした。
「お前が辿った未来の記憶もあの時見せてもらったから、気持ちは分からなくもないけど。……仮に姉さんのことは信じられないとしても、俺はジュリアに会いたいから頼まれなくても来るし、その時連れてくるし、あんまり心配すんなよ」
「それはそうかもしれないが、彼女がやっぱり戻りたくないと思ったら?」
「あーもう面倒臭いな。ってか我ながら『ウザい』」
「……悪口を言われたことだけは分かったよ」
ヴァレリオ様と乃亜くんが言い合っているのは三日たってもなんだか不思議な気分で、少し呆然としてしまったが。原因が私にある以上、乃亜くんに甘えていないで私がなんとかするべきである。
「えーと……私が信じて欲しいって言っても説得力が無いのは分かっているんですが……」
大好きなのに番じゃないからって離れたり、番の身代わりになって死のうとしたり、実際に死んだり、番になったらなったでジュリアがいるならと身を引こうとしたりしたので、彼への気持ちが説得には繋がらないのは仕方ない。でもそれを逆手にとるのだ。
「私がこのまま戻ってこなければ、ヴァレリオ様は実質番を失うことになってしまいますし、そうしたらまたいつか黒竜がティルナノーグに侵入して来てしまいます。……私は、今も変わらずティルナノーグの平和を願っているので、それを良しとはしません。それなら信じて貰えないでしょうか」
そう言うと、ヴァレリオ様はパチパチと瞬きをしたあと、尚更申し訳なさそうに視線を逸らした。
「……すまない。確かにそれもそうだなって納得してしまった」
「いえ、本気でヴァレリオ様の傍にいたいのだと信じて貰えるように、これから頑張ります……!」
説得に成功出来たのに素直に喜べないのは自業自得だ。今後信頼を勝ち取るしかない。
ゆっくりと一歩後ろに下がったヴァレリオ様。乃亜くんに目配せすると、彼はゆっくり頷いた。
「じゃあ、行ってきます。すぐに戻って来ますから」
「……ああ、待っているよ」
そうして私は想定していたよりもずっと早く、日本に戻って来たのだった。
更新が遅くなって申し訳ありません;
あと1、2話で完結すると思いますのでもう少しだけお付き合い頂けると嬉しいです。




