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28話

 

 

 

 

『やっほー姉さん。久しぶり……って程時間たってないけどね』

 

 何がどうしてこうなったんだろう。黒い髪をシルバーアッシュ系に染めた乃亜くんが、ティルナノーグにいることの違和感が凄くて返事が出来ずに固まった。そんな私の反応をどう捉えたのか、彼が自分の前髪を少し摘んで弄る。

 

『似合わない?』

『似合うけど……学校で怒られるでしょその色』

『うちの学校、成績優秀なら割と自由だから』

 

 自由って言ったって限度がある……と反論しようとして、いやいやこんな話をしている場合じゃないと思い直す。なんてったってこの応接室には、私と乃亜くんの他にヴァレリオ様とジュリアもいるのだから。彼らは未知の言語で話す私達を見て、特にジュリアなんかは妙になんとも言い難い表情を浮かべている。

 

『ちょっと顔色悪い? 一応色々食べ物持ってきたけど、いる?』

 

 二人の困惑に気づいているのかいないのか、これはさっき買ったばっかりだなんて呑気に言って、色とりどりでお洒落なサンドウィッチの店の袋を差し出してくる乃亜くん。正直ちょっと有難くて、お礼を言って素直に受け取った。

 

『じゃあ食べながら話そうか。……色々と?』

 

 そして応接室のソファに私と乃亜くんが隣同士、向かい側にヴァレリオ様とジュリアが腰掛ける。

 

 こっちに来たいという彼の話をヴァレリオ様にしたら、私の新しい家族に挨拶したいとあっさり了承されて。元々私の為に用意しておいたという帰還魔法を少し書き換えるだけで、乃亜くんをティルナノーグに転移させることに容易く成功した。

 

『さて、どうしようかな……』

 

 いきなり何やら考え込んでしまった乃亜くんを横目に、私は一旦二人に彼を紹介することにした。

 

「えーと、弟のノアです。すみません、今日は突然……」

「いや、構わないよ。君にここに残って欲しい身としては、引き留める権利をお願いする立場だから」

 

 ヴァレリオ様はそう言って優しく受け流してくれるが、そのまま視線を横にずらすとジュリアが俯いていた。何故だろう。確かに当時家族への憧れはあったけれど、こんな打ち震えるほどのものではなかった筈なのだけど。

 

「この間の言語変換のブレスレット、ありますか?」

「ああ、あるよ。だが正常に変換出来るか……」

「あれは私が意図的に変な事を言っていたので……」

 

 正直にうちあければヴァレリオ様は成程と苦笑して、魔法でブレスレットを机の上に出した。それを乃亜くんの腕につけようとした時──。

 

「いや、これは、いらない」

「──え?」

 

 乃亜くんが何故か日本語ではなく、この世界の言葉を話した。

 

『あー……久しぶりだから思ったより上手く発音出来ないな。完全に日本語の口になってる』

『乃亜、くん?』

 

 咳払いや発声練習のようなものをする彼を、呆然と見上げる。そうやって瞬きを繰り返す私の頭をポンポンと叩いて、なんだか寂しそうな笑顔を浮かべた。

 

「本当は、話したくなかった。けど、姉さんがここに残る為にも」

 

 私がここに残る為? その言葉の意味が分からずに、聞き返そうとした時、俯いていた筈のジュリアがふいに声をあげた。

 

「ヴァレリオ様……なんですよね」

「うん。手紙で話した通り、ね」

「え?」

 

 涙目のジュリアの震えた声。その言葉の内容に驚き、思わず真横に座る乃亜くんの方をバッと見ると、彼は小さく息を吐いて観念したように言った。

 

「話は聞いたんだろ? 追い出された方の核が俺なんだ」

「だ、だってヴァレリオ様が核を追い出したのは、つい最近のことで……」

「うん。俺も思い出したのは最近……っていうか、姉さんがカミングアウトした日の夜。タイミング的にも核が入ったことで、前世の記憶が定着したんだと思う。……そしてその記憶は、そこの俺に、身体を譲って欲しいと頼まれる記憶。だから、追い出された方の核だと推測した」

 

 思い出したのがカミングアウトした日の夜……ってことは、番召喚の二週間前くらい。そしてヴァレリオ様が核を追い出したのが。前日。時の流れが違うことを考えたら、同じくらいのタイミングなのだろうか。でも、それが──乃亜くんがヴァレリオ様だと言うことが事実なら。

 

「ど、どうして話したくなかったの? 私、言い出しづらくした?」

 

 私が召喚されるまでの二週間一緒に過ごしたいたのに、そして今までも黙っていたのだ。私はこっちでの事情を知るまでは、ヴァレリオ様に会えたらすぐにでも正体を明かしたいと思っていたし、そんな話を彼にもしていた筈なのに。私だってヴァレリオ様に対して自分の正体を秘密にしていたことを棚に上げ、責めるような気持ちが湧いたのは否定できない。けれど、続けられた彼の言葉に押し黙る。

 

「ううん。他人だったらすぐに話しただろうね。……でも姉弟だったから。記憶が戻ってからは、姉さんのこと愛さないように必死だった。感覚としては記憶が足されたって感じで、日本で生きてきた乃亜としての人格が無くなった訳では無いから。実の姉に恋とか、倫理的に無理だって思ったからね」

 

 ……確かに、そうだ。いくら愛するヴァレリオ様だと分かっても、相手が乃亜くん(実の弟)では躊躇いが産まれただろう。愛すれば備わった倫理観に押し潰され、愛さなければ薄情だと自己嫌悪に陥っただろう。口を噤んだ私を見て、乃亜くんは話を続けた。 

 

「そこの俺の行いで俺達はそれぞれ分裂してしまったけれど、元は同一の存在だ。でもさ。正確には、俺はジュリアと、姉さんはそこのヴァレリオと同じ時を過ごしたでしょ?」

 

 そうなのだろうか。時間軸なんて一つしかない。だからヴァレリオ様だった乃亜くんと私が別々の時を過ごした訳では無い。そう思うのに、乃亜くんの言葉を正しいと思いたい自分もいて。

 

「だから、姉さんはここに残りなよ。で、ジュリアは俺が連れて帰る。そうしたら、この世界のヴァレリオは最愛の番を手に入れられるし、俺もジュリアとは血が繋がってないから問題ないし、丸く収まるじゃん」

 

 なんだか最近何度もこうやって丸め込まれそうになっている気がする。そう考えると確かに乃亜くんはヴァレリオ様っぽいと思ったり。

 

「……まぁ、ヴァレリオっていうより、ヴァレリオの記憶があるノアって感覚の方が近いから、ジュリアがそんな俺でもよければ、だけど」

 

 途端に不安そうな表情を浮かべた乃亜くん。私も人のことを言えないが、彼もかなり変わっている。まさかヴァレリオ様だとは夢にも思わなかったくらいには。その上私はジュリアと容姿が似ているけど、と、乃亜くんとヴァレリオ様はそれも全然違う。……でも。

 

「手紙をやり取りした時から、姿や言葉遣いは変わっても、わたくしの愛したヴァレリオ様だと思っていました」

 

 彼女ならそう言うだろうなと思った。それに、異性としてではなかったけれど、私だって乃亜くんのことはシスコンと引かれるくらい好きだった訳だし。

 それにしても。

 

「それで、自分がニホンに行きたいとかジュリアをこっちに送ってとか言ってたんだ……」

 

 なんで急に日本に移り住むこと希望しだしたのか疑問だったけれど、乃亜くん……というか、彼女と同じ地点のヴァレリオ様がいるからだったんだろうな。やっと合点がいって思わず口に出せば、ヴァレリオ様がすっと首を傾げた。

 

「……そんなこと言ってたの?」

「も、申し訳ありません……」 

「いや、いいよ。他の誰だろうと譲る気はなかったし、それくらいなら自分が分裂すると思っていたけれど……彼なら」

 

 自分ならいい、という気持ちはよくわかる。そう納得しかけるが、いやいやいや。前世この世界で生きていた私がここで暮らすのと、日本の事を全然知らないジュリアがあっちで生きていくのでは難易度が段違いである。丸く納まったね〜と手放しには喜べない。

 

『で、でもまだ乃亜くん高校生じゃん。大丈夫なの? ジュリアの戸籍とか、なんか色々……』

『姉さんのズル貯金があったらなんとかなるでしょ』

『ず、ズルじゃないもん!』

『はは、宝くじに予知夢はズルでしょ。戸籍とかは……まぁ、彼女には姉さんとして生きていって貰うことになると思うよ。顔、似てるしなんとかなるんじゃない?』 

 

 まぁ確かに似ている。色彩こそ違うが、髪を染めたりカラコンを使えば化粧ノリの善し悪しで言い訳できる程度の造りの差だ。

 

『でもそれじゃ、け、結婚とかは、出来ないよ……?』

『日本の法律的な結婚より、この世界流の魂を縛る婚姻の方がずっと良いよ。それに、どーにも上手くいかなかったらこっちで暮らせばいいし』

 

 口調や態度こそ違うが、このああ言えばこう言う、簡単には引き下がらないという姿勢、いわれてみれば凄くヴァレリオ様らしい。これはいくら反論しようとした所で暖簾に腕押しだな、とため息をついて諦める。

 

『……日本語で喋ってるとさ、内緒話みたいになるからそろそろ戻そう』

 

 面白がっているような乃亜くんの指摘に、口元を手で抑え姿勢を正して慌てて謝罪する。

 

『あっ、ご、「ごめんなさい……」』

「いーよ。ただ、そこの俺の目が怖いなって」 

 

 乃亜くんはヴァレリオ様を見てそう言い笑った。ヴァレリオ様はというと、なんだか少し不満そうに目を細めていて。

 

「自分に嫉妬とか、重症だな」

「そういうお前も、ジュリアの傍にいる私が羨ましいようだが?」

「あーあー言うじゃん」

 

 わぁー……ヴァレリオ様がヴァレリオ様と会話してるんだ。そう思うと感慨深いというか、なんだか不思議な気持ちになって。今のうちにとサンドウィッチを食べながら二人のやり取りを聞いていると、ふいに乃亜くんが私に話を振ってくる。

 

「さて、改めて聞くけど。姉さんはどうしたい?」

 

 


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