27話
「だからつまり消えて貰ったっていうのは、自分自身……かな」
全てを話し終えたのか、ヴァレリオ様は私の顔色を窺うように視線を送ってきた。その目には不安が滲んでいるように見えて、でも何と声をかけたらいいのか分からなくて。
話を始める前に「出来れば嫌わないでくれると嬉しい」と彼は言った。元々彼を嫌いになる事など有り得ないが、やっぱり嫌うような話ではないと思った。……自分のことは、より一層嫌いになりそうだけれど。自己嫌悪に陥る私に言える言葉は、一つしかなかった。
「本当に……申し訳ありませんでした」
私がもっと彼の想いを信じられていたら、番召喚前に予知夢の事を打ち明けていれば。たらればに何も意味はないと分かっていても、考えずにはいられない。
だって、百五十年間娯楽も何もない孤独の世界なんて、想像も出来ない。いくら竜族が長命な種族だといっても、一年前の事をつい昨日のことのように思う程、時の流れが早く感じるわけではないのだから。私は前世と今を合わせてもせいぜい四十年だ。その三倍以上の長さを、独りで。その上戻った時間のヴァレリオ様にはこの生を諦めさせたなんて。
申し訳なさに押しつぶされそうになっている私を、ふいにヴァレリオ様がギュッと抱きしめてきた。
「君が謝るようなことなど何もないよ。全ては自分の我儘を押し通せるほどの力が無かった私の問題だ」
「そんな事ありません。私がもっと……」
「君は無責任な私の分までティルナノーグの事を考えてくれたのだろう」
いつの間に涙があふれていたのだろう。泣きじゃくる私をあやす様に、彼の手が優しく頭を撫でる。……この人が好きだ、今も変わらず。でも、彼には彼のジュリアがいるから離れなければ。そう頭では分かっていても、身体が動かなくて。
涙が止まるまではこのままでも許してくれるだろうか。……許してくれるだろうな。だってジュリアは私だから。私なら、許すから。
そうしてどれ程泣いていたのか、袖が拭った涙でぐちゃぐちゃになってしまった頃にヴァレリオ様がぽつりと問いかけてきた。
「ここに残って欲しいけれど……今もまだ、帰りたい?」
帰りたいか帰りたくないかで言えば、帰りたくないと思う。けれど帰らなければならない、とも思う。ジュリアがいなければこの世界に留まっただろうが、同じ人間は二人もいらない。
「帰り、ます」
本心ではないから帰りたいとは言えなくて、心まで誤魔化すようにそう返した。すると彼は長い長いため息をついて私の背に回した腕に力を込めて。
「……私も、大人しく死んでおけば良かった」
「え、」
「そうしたら君と同じ世界に転生出来たかもしれない。立場も役目も……何のしがらみもなく、今度は君と結ばれる事が出来たかもしれない。王子としての役目を果たさなければ──そう分かっているのに、君がいなければ全て無価値だと思うそれが本心だと言ったら、無責任だと呆れるだろうか」
決して呆れはしない、という意思を込めて首を横に振る。でも。
「……今のヴァレリオ様には、もうジュリアがいるでしょう」
「君だってジュリアだよ」
「前世の私なんか別人で他人、なんですよね?」
「わあ、まいったな」
ラウラ様と前世で夫婦だったのに薄情、と女神様に言われた時に返したというヴァレリオ様の言葉をそのまま告げると、彼は腕を緩めて私を解放した。自分でつれない態度をとっておきながら、温もりが遠のくことが少し寂しくて俯く。
「でも、あれは私に前世の記憶が無いから別人なのであって、君はそうじゃないだろう?」
「ヴァレリオ様も突然思い出すかもしれませんよ?」
「そういう強情なところ、本当に変わっていないね」
困ったように、でも何処か楽しそうにヴァレリオ様はくすくすと笑った。そして彼の大きな手が私の頬に添えられる。
「そうだ。二股はダメって言ってたけれど、だったら私が二人に分裂したらいい?」
「ぶんれ……!?」
ヴァレリオ様が二人に分裂……想像してみた結果、アリかナシかで言えば、正直ちょっとアリだと思った。いやいや、本当にいいのか? 舞い上がってて判断力や倫理観が鈍っているかもしれない。とりあえず、話はジュリアと乃亜くんに相談してからだ。
「も、持ち帰らせて下さい……」
「はは、うん。いいよ。君の傍にいる為なら、何年だって待てるから」
何年だって待てる、の言葉の重みと説得力が凄いけれど、これ以上彼を待たせたくはない。なるべく早く心を決めると返事をすれば、また抱きしめられた。
ヴァレリオ様が一旦部屋を去ってから、まずは乃亜くんへ手紙を書くことにした。自分の正体がヴァレリオ様にバレてしまったこと、ヴァレリオ様が私の死後どう生きていたかをざっくりと、そして改めてここに残って欲しい(分裂する)と言われたことを書いた。
やや辛辣な乃亜くんのことだから、姉さんって迂闊だよねとか、残りたいなら残れば? みたいな返事が来ることを予想していたのだけれど──。
“分裂する必要は無いよ。ていうか今からそっちに行ってもいい?”
その一行だけの手紙が返ってきた。




