26話
「まぁ、本当に見つけるなんて」
「…………あ、」
耳飾りを見つけた瞬間、あの真っ白な建物に戻された。気の遠くなる程長い時を一人でいたから、声の発し方が分からなくて返答をするのに時間がかかってしまった。
「……どの、くらい、かかっただろうか」
「一日の長さが違うけど、貴方の元いた世界基準で数えるなら大体百五十年ってところかしら」
「そうか。思ったよりは、早かった、かな」
何処までも果ての見えない広大な砂漠を見た時想定した数字よりは少ない。それに三千年を生きる竜にとって百五十年はそこまで長い時では無いが、孤独のせいか体感ではもっと長くかかったように思う。クークトラスは満足そうに私の手から耳飾りを取り上げ、早速着けているようだ。
「約束は守るわ。機嫌も良いからオマケで一つ選ばせてあげる。時を戻す時、本来ならお前のその記憶だけを移すのだけど、お前の魂の核を入れ替えてもいいわ」
「どういう、ことだ?」
「そもそもお前は時を戻してどうするつもりなの?」
質問に質問で返され、ややムッとしながらも答える。
「……なんとしてでも、私の番召喚の儀を中止させる。最悪の場合──」
「本当の番を殺す?」
「……流石に、そんな事はしない。ティルナノーグの外に、ジュリアを連れて逃げる」
最終手段だ。なんせ外の世界にはジュリアを番とするイムレがいる。どんな世界か全く分からないから、人間が生きていける環境を整えられるかも分からない。だから番召喚の儀を行わせない方が、手っ取り早いだろう。
そんな私の答えを聞いたクークトラスは、思いもよらない事を告げた。
「お前の魂の核はもう結びついた状態。あの召喚陣でいう、既に番と出会っているという条件に当てはまる。だから核を移せば、番召喚をしても番は現れないわ」
番召喚の条件は、ティルナノーグ内だとか番が未婚だとかいくつかあるが、既に番を得ている場合も当然発動しない。だからこそジュリアを番だと信じていた私はあの召喚陣が発動するなどとは夢にも思わなかったのだ。
「それは……だが、元の核は?」
「器から追い出せばいい。元は同一の核だから、同じ世界には存在出来ないが……どこかの世界に転生するわ」
それはつまり、あの日の自分は永遠にジュリアと結ばれないということだ。……そうだとしても、辿った未来を知れば、彼女を失うくらいなら死にたいと願った私なら。
「……せめて、説明してから追い出したい。私なら、納得するだろう」
「良いでしょう」
その言葉を信じて、番召喚の儀の前日に戻った。
またしても仮の器、仮の身体に入り、過去の自分自身に会う。驚く私に魔法で辿った記憶を共有し事情を話した。葛藤していたのだろう、長い沈黙の後、やはり過去の私はその提案を受け入れた。
ああ、今度こそ彼女と──そう思ったのに。
「そんな筈は……」
召喚陣は光り輝き、一人の女性が現れてしまった。金色の髪だがラウラではない。歳は私やジュリアより同じぐらいか少し下か。シンプルだが見たことも無いデザインの衣服を身にまとっていて、化粧が濃く元の顔立ちはよく分からないが、私を見て何故かホッとしたような表情をしていた。
(話が違うぞ……クークトラス)
番が現れないどころか、ラウラの時よりもずっと強い衝動に駆られる。声が勝手に頭に響くのではなく、やっと会えたと、彼女だと何故か心からそう思う。
これではやり直した意味が無い。もう一度時を戻すか──そう考えた時。
『……なんで、前世の私が』
目の前の女性が聞いたことも無い言葉を発して、思考が止まる。その上彼女は急に走り出してジュリアの後ろへ隠れて叫んだ。
『っここ、どこですか! 貴方達誰なんですか!?』
「わ、ちょ、ちょっと……!」
途端にざわめき出す室内。当然だ。ティルナノーグ内に指定しているのに、言葉が通じない存在が召喚されるなんて有り得ない。……が、もし彼女が異世界の人間ならチャンスだと思った。帰りたいと彼女が願えば、私はそれを叶えられる。
『今度はまだ、何とかなるかもしれないな……』
彼女はナナセと言って、やはり別世界の人間のようだった。言葉は通じず、食事も口に合わないらしい。ジュリアが考案した魔法陣によって聞き取りだけは出来るようになったが、やはり元の世界に帰ることを望んでいることが分かった。
離れたくない。そばにいたい。そんな思いを振り払えない。私が愛しているのはジュリアだけなのに。……そう思えば、なんだかナナセはジュリアと似ている気がした。だから好感を持ってしまうのだろう。ジュリアにも懐いているようで、まるで姉妹みたいだ。
だからこれは恋愛感情などではない。触れたくなったり、触れられるのを拒まれた時に何故か苦しくなったり、他の男が近づくのをなんとなく許せなかったり、薄着をしているのを見ると隠したくなったりするのも全部、番だからで説明できない部分は、ジュリアに似ているから。
そう自分に言い聞かせて、彼女を元の世界に帰してあげる方法を考え始めた。ジュリアはやはり身を引こうとするし、カスパリなんかは未だ諦めていないようだが、番本人がそれを望んでいるのだからラウラの時よりずっと説得のしようがある。
帰還魔法自体はそう難しいものではなかった。問題は、彼女を手放してしまえば黒竜襲撃に耐えうる結界を張れるほど、私が強くなれないこと。それから、彼女が帰ったあとの私の精神をどう保つか。その二つが一向に解決出来ずにいた。
そんなある日。周りの強い押しによってナナセと二人街に出かけることになり、カフェで休憩していた時──その衝撃的な出来事は起こった。
「ラウラ様……?」
「あれ、お姉さん知り合いでしたっけ?」
自分を死んだ母親代わりにしようとする父から離れたがっていたラウラ。時間を戻す前にかなり迷惑をかけた為、宮殿へ住み込みで働いて貰おうと手配していたのだが、今日この街へ到着した所らしい。大きなカバンを持ち、名前を告げた相手を不思議そうに見上げている。
ナナセは思わずといったように立ち上がったが、逃げられてはいけないと咄嗟にその手首を掴んで引き止める。
「……どうして君が、彼女の名前を」
言葉も知らない異世界人が、何故この世界の人間の名を知っているのか。しかもよりによって、私の本来の番の名を。知っていたならば何故、今まで何も知らぬフリをしていたのか。
問いかける前に、青ざめた彼女はそのまま倒れ込んでしまった。
無害な異世界人が一変怪しく思えて、彼女の部屋に盗聴の魔法をかけた。ジュリアに懐いているのも、何か考えあっての事かもしれない。なんせジュリアは黒竜の長の番だから──そう思って、彼女達の話を聞いていたら。
──貴女何かと理由をつけてますけれど、どうせ本当はジュリア・ザハとしてヴァレリオ様に合わせる顔がないだけなのでしょう?
一瞬ジュリアが何を言っているのか、理解出来なかった。いや、頭が理解を拒んだという方が正しいか。
ジュリア・ザハとして、とは。それは、つまり。
ラウラの名前を知っていたのも、それを隠していたのも、黒竜の手先だからなんかじゃなくて、ジュリアと雰囲気が似ていたのも、心から求めてしまうのも、彼女が、ナナセが──。
「ジュリア、なのか」
ようやくヒーロー視点終了です。




