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25話

 

 

 いつの間にか二匹の黒竜は去っていて、世界の平和は守られた。

 ──その代償にジュリアの命が消えて、私の世界は崩壊した。

 

 泣きすぎて涙が枯れてしまった、という表現を聞いたことがあるが、全く枯れる気配はなく。水分をとらなければ体中の血液さえも涙に変えているのではと思う程、ポロポロと零れるそれは止まることを知らなかった。

 

 それでも時間は有限ではない。イムレが番を失ったことで弱体化したとはいえいつまた同じ事が起こるか分からない。父上の跡継ぎが必要で、私は竜王になる事を望まれていた。

 

 どうしても辛いならジュリアに関する記憶を消せばいいと言われた時は──結果だけを思えばそれが最善だと分かっていても──もういっそ後を追ってしまおうかとも考えた。けれどそんな事をしたって何の意味もない。ジュリアはそれを望まない。じゃあ彼女の望みは? きっと私が竜王になることなのだろう。でも私はジュリアが隣にいてくれないなら、とてもその重荷を背負えそうもない。そう、ジュリアが、いないと。だが死者を甦らせる魔法など存在しない──。

 

 ……その時、ふと時を戻す魔法の存在を思い出した。色々な文献を読み漁っていた時にチラリと目にしたそれ。膨大な力が必要と想定される上、時を司る神から無理難題を課せられるのだとかなんとか。そもそも発動させられるだけの魔力を持つのが父上くらいのもので、どんな無理難題かは知る者もおらず、眉唾物であったが。

 

 今の私に縋れるものはそれくらいだった。

 

 時を戻し、今度こそジュリアと結ばれる。当然死なせはしない。

 その為なら──。

 

 

 

 

 

 それ以来私には良心というものが欠けてしまったように思う。

 必要だから婚姻を結び、必要だから共に過ごす。すると今まで苦しんでいたのが嘘のように神力が高まった。本能の声にジュリアへの気持ちを塗りつぶされそうになるから、ラウラと一緒にいても心の中ではずっとジュリアの事を考えていた。

 一方でラウラが私との関係を望まないよう、彼女と歳の近く見目の良い人の子を何人か従者や友人として宮殿に呼び、結果的にラウラはその内の一人の男と恋に落ちた。

 

「申し訳ありません。殿下の番でありながら……」

「いや、いい。私が望み仕組んだことだ」

 

 隠すこと無く自分の思いを告げてきたラウラに、性交無しで妊娠する魔法を使う事を提案した。いくら時を戻し、ひいてはジュリアに会うためとはいえ、お互い別に想う相手がいるのにそういう行為をする気は起きなかったから。番の望みはなるべく叶えたいと願うのが竜だ。彼女が望んでくれるなら、番を忘れる等はともかくその魔法を使うことはそう難しくなかった。番が他の人を想うことを悲しむ気持ちが浮かぶが、それは私の感情ではない。

 ラウラが安全に妊娠出産出来るようになるまでまだ数年は必要だが、子が産まれれば恐らく命を代償にすればその期間をも戻せるだけの力を得られるだろう。

 

 まるで子が神力を得る為の道具のようだ。産まれてくる命をそんな風に扱うのが嫌だから、ジュリアが生きている間は論外にしていた方法。だが今となっては形振り構っていられない。

 

 そうしてジュリアを失ってから四年近くたった頃。ついに子が産まれた。

 この子を守らなければという使命感にも似た本能から、かつてない程の力が湧き上がるのを感じる。今ならティルナノーグ全域に結界を張るのも容易く、少なくとも力の衰えてきた父上よりは遥かに高いであろう神力を手に入れた。

 

 そうと決まれば子への愛情で決意が鈍る前に、時を戻す魔法を発動した。命を代償にすることに対する恐怖はない。

 

限界突破(パオゼベグレンツェン)

 

 そうして複雑な魔法陣の上に手を添え、願う。番召喚をしたあの日より前に、世界の時間を戻したいと。──その瞬間、目の前が真っ白になって意識を失った。

 

 

 

 

「起きなさい、竜の子」

「……誰だ?」

 

 目を覚ますと、知らない場所にいた。宮殿に造りは似ているが、床から柱など全てが白で統一されており、天井がない。ここが何処か気になりはしたが、それよりも倒れ込んでいた私を見下ろすこの女性は誰なのか。

 

「わたくしは創造の女神クークトラス。お前達が運命の女神だの時を司る神だの呼ぶのは大体わたくしよ」

 

 見たことも無い銀色の髪は長く、瞳はまるでオパールのように様々な色に輝くそのクークトラスと名乗った女性。運命の女神と時を司る神は別の神とされていたが、どうやら同一の存在だったらしい。

 

「運命の……ならば私の宿敵だな」

「あら、逆恨みにも程があるわ。そもそもアレはお前達が望んだことではないの」

「は?」

 

 番は運命の女神が決めるもの。ティルナノーグではそれが通説であるが、呆れたようにクークトラスは息を吐いた。

 

「お前達が番と呼ぶのは前世に結婚して魂の核を結んだ相手よ」

「魂の、核?」

「魂には核と器から成っているのよ。器は使い捨てだけど、核は輪廻転生を繰り返す。そしてその核は一度他の核と結びつくと、結ばれた状態が正しい形になる。転生したあとも同じ核と結ばれれば、その正しい形に戻って、神力も本来の力を引き出せるし、それ以上に成長することも出来る。お前達は番だ運命だなんて呼んでいるが、必然なのよ。人の子ではその感覚を掴めないようだけれど」

 

 私からすれば傍迷惑で呪いのような番への本能は、魂レベルでの話だったのか。深く溜息をつくと同時に納得もする。ラウラと結婚し魂を結びつけた時に、これが本来の自分なのだという漠然とした感覚があったのだ。頭に響くあの声も、前世の自分の声だったのか。

 

「来世でも結ばれたいと願い魂を結びつけた相手に薄情なものね」

「……覚えてもいない前世の私など、別人で他人だよ」

 

 ラウラが前世の伴侶だと知って、それでも気持ちは変わらない。今の私、ヴァレリオ・バローネが愛しているのはジュリアなのだから。しかしハッキリ言い返した私を見て、不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふふ、そんなことを言っていいのかしら」

「何が言いたい」

 

 しかしその本心を答えてはくれなかった。

 

「まぁいいわ。本題は別よ。お前の願いだけど……時間を戻すのって結構面倒な作業なのよね。お前の器と神力を使えば可能ではあるけれど、わたくしが態々面倒事を引き受ける理由がないわ」

 

 その言葉に眉を寄せる。私にはもう、この方法しか無いのだ。断られてしまったら──来世こそ、結ばれたいと願うしかない。そう諦めかけた時、意地の悪そうな声でクークトラスが告げる。

 

「だから、わたくしの落し物を探して貰おうか。そうすれば褒美として願いを叶えてやっても良いわ」 

「落し物?」

「竜神がくれたこの耳飾りの対を別の世界の砂漠でなくしてしまったの。そこでは魔法が使えないから、中々見つからなくって。代わりに探して頂戴」

「ああ」

 

 クークトラスがその長い銀髪を耳にかけて見せてきた飾りは、かなり小さな金のイヤリングだった。そんなサイズのものを砂漠でなくしたなら、もう諦めた方がいいと言うだろう。しかしそんな事でジュリアにもう一度会えるなら。

 

「即決ね。何十年、下手したら何百年とかかるかもしれないわ。それでもいいの?」

「あの日に戻してくれるのなら何だってする」

「……誰もいない場所で独り、長い時を過ごす孤独を知らないからそう簡単に言えるのよ」

 

 このよく分からない場所で他に気配は無いから、それは彼女の経験談なのだろう。だが、沢山の人に囲まれて生きても、ジュリアが居なければ。

 

「ジュリアがいないなら、それ以上の孤独に差は無い」

 

 そうキッパリと告げれば、少しだけ驚いたような顔をして、今度はフッと柔らかく笑った。

 

「じゃあお願いね。途中で諦めてもいいけど」

「待ってくれ、仮に百年かかったとして、この世界の時間も百年進むのか? そんなに時を戻せるのか?」

「そこは心配しないで。世界によって時の流れの速さは違うものよ。それに戻すのは面倒だけど、時間を止めておくのは大した手間じゃないから、止めておいてあげる」

「なら、いい。その砂漠とやらに連れて行ってくれ」

 

 

 

 

 そんな経緯で核だけになった魂を仮の器と、食事や睡眠の必要ない作り物の肉体に入れられて連れて行かれた砂漠。見渡す限り砂、砂、砂。水平線の果てまでも続くその砂漠であんな小さな耳飾りを見つけるだなんて、気が遠くなるどころの話ではない。

 魔法が使えればそう難しい事ではないが、全てが手作業だ。……それでも。

 

 そうして気の狂う程長い長い時を経てその金色を見つけた時には、何年経ったのか数える事を辞めていた。

 

 

以前出てきた番召喚時のラウラの年齢を11→13歳に変更しました。

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