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24/32

24話

 

 

 

 約束の一年が迫った頃。四六時中頭に響く声のせいで睡眠も食事もろくにとれず正気を保つのに精一杯で、焦りばかりが募っていた時。

 

《やられた。セラドヴ付近より黒竜が二匹侵入。一匹は黒竜の長(イムレ)で私が追っているが、もう一匹が別方向へ逃走中。現在へレヴローの北部にいる》

 

 ふいに世界中に届けられたその声は父上のもので、その驚愕の内容に部屋の外から使用人のものらしき悲鳴がいくつも聞こえてくる。一も二もなく父上の元へ馳せ参じると、久しく見ていなかった竜の姿の彼が、これまで絵でしか見たことがない黒い竜へ向けて攻撃しながら追っていた。

 

「私を油断させる為に、ここ百年程力をわざと抑えていたらしい。だがイムレには未だ番がいないようだから今の私でも何とかなるだろう。セラドヴに傷ついた人々がいるから、ヴァレリオは彼等に回復魔法を」

 

 イムレとかいう黒竜の長に番がいないとしても、後ろ姿を遠くに見ただけで圧倒的な力を感じる。しかも父上は地上にいる人々へ被害が出ないように攻撃を調整している為、なかなか捕まえられないようだ。人間嫌いの黒竜が人の命を盾にしたら、状況は更に厳しくなるだろう。

 

 それでも今の自分では足でまといでしかないことも分かっていた。兄上達も続々と集まってきているから、私に出来る事をなすべく父上の指示通りセラドヴへ向かう。

 

 すぐ側に世界の端であり結界があるそこは、何か大きな火の玉が通り過ぎたかのように一直線に焼け焦げた跡があった。

 姉上達も既に何人か駆けつけており、治療に当たったり崩壊した建物を修復したりと忙しなく動いている。いくら神力が低下しているといっても、番を持たない竜よりはまだまだ高い。私が潔くジュリアを諦め、ラウラと共に生きる事を選んでいれば──そう思ったが、出来やしないもしもの可能性を考えたって無意味だと、目の前の事に専念した。

 

 それからどれ程時間がたっただろうか。怪我人は殆どが元通りに回復し、あとは修繕だけになった頃、急にカスパリからの念話が届いた。

 

《殿下! 聞こえますか!? 宮殿に襲撃アリ、番様の部屋周辺が破壊されました!》

 

 その内容にギョッとする。狙いは私の、次期竜王候補の番だったのか。私の我儘で難しい立場にさせてしまった少女。その上私なんかの番になってしまったせいで命を奪われるなんて、そんなのあんまりだ。彼女の扉の前には護衛がいるが、ティルナノーグが出来て以来、平和なこの世界でこんな大事件は一度もない。こんな非常事態で咄嗟に守れたかは怪しい。……それでも命さえあれば、回復魔法でどうとでも出来る。

 

 心臓がバクバクと煩いのを自覚しながら漸くラウラの部屋に転移すると──そこには予想外の光景が広がっていた。

 

「ジュリア!!」

 

 髪の長さも、服装も、変わっていた。後ろ姿でも、それでも私が彼女を見間違えるはずがない。

 一年ぶりに再会した彼女は、ティルナノーグには存在しない黒髪の少年にあろう事か首を締められているところだった。

 

「お前かぁ、次の長候補ってのは」

「ジュリアを離せ!」

「おっと、動くなよ。動いたらこの女を殺すぞ。まぁどっちにしろ殺すが……なるべく苦しむように殺す」

 

 何故彼女がここに、とか狙いは番ではなかったのか、とか疑問は湧いて止まないが、彼女の首にくい込んだ彼の爪によって流れた赤に立ち止まる。側近達が遅れてやってきたのを背後に感じながらも、彼女達から視線を離せない。

 

「頼む、彼女だけは……っ」

「その必死さを見るに番ってのは本当らしいなぁ?」

 

 その言葉に状況を理解した。……ああ、ジュリアはラウラの身代わりになろうとしたのか。恐らく予知夢でこの状況になることを知ったのだろう。彼女に予知能力がなければ良かったとこれほど強く思ったことはない。

 

「違う……ジュリアは番じゃない!」

「はいはい。イムレ様に報告だな」

「本当に違うんだ……彼女は……」

 

 確かにジュリアが番だったら良かったと願ってやまなかったが、今回ばかりはそうではない。なのに私の想いが番への執着だと誤解され、黒竜の少年はジュリアが番だと確信を抱いてしまったようだ。何とかしなければと考えを巡らせる私に、カスパリ達が慌てて声をかけてくる。

 

「殿下! お気持ちは理解出来ますが……どうか落ち着いてください」

「そうです。ジュリア様には誠に申し訳ありませんが……」

「お前達まさか……!」

 

 誤解されたままの方が都合がいいと、ジュリアを身代わりにしてラウラを守る方がいいと言いたいのだとすぐに察した。余りの薄情さに怒りから思わず睨みつけてしまうが、かといってじゃあ床に座り込んで青ざめているラウラを本物の番として差し出すなど論外だ。ならばどうするか。

 

 その時。ゾワリとする程の強力な神力と殺気に、身構えて上空を見上げると、先程遠くにその背だけを見たイムレが羽ばたいて来た。

 

「イムレ様〜遅いじゃないですか!」

「おー。あのクソ野郎とやりあってたら時間かかったわ。で、ブラッツ。番は見つかったか?」

 

 その言葉にドキリとするが、父上がやられたのであれば結界は壊れている筈だ。父上らの状況も気になるが、今はそれどころでは無い。恐らくこの場にいる全員をあっという間に皆殺しに出来る力を持つであろうイムレの登場に、次から次へとどうやり過ごせばいいのか、思考するだけでも困難を極める。……そんな時。

 

「勿論ですよ〜この女が、」

 

 そう言ってジュリアをまるで狩った獲物のように掲げた少年を、咄嗟に殺してやろうかと手を構えた瞬間。

  

「ッグァ……!」

「はー……ありえねぇ。マジでありえねぇ。女神のヤローふざけんなよクソ女が……」

 

 私がするより先に──何故かイムレが彼の腕を魔法で切り落とした。その上何事かを呟きながら、憎しみを抱いている筈の人の姿をとり割れた天井の隙間から降り立ってくる。

 その予想外の行動に私だけでなくその場にいた全員が呆然とする。

 

「その女はアイツの息子の番じゃない」

 

 確かにその通りだが、何故分かったのか。番召喚をするまで自分でも彼女を番だと思っていたし、あの父上でさえそれが間違いだと見抜くことはなかったのに。

 

 その疑問に対する答えはすぐに与えられたが、信じ難いものだった。

 

「──この女は俺の番だ」

 

 そう言ってイムレはあろうことかジュリアを連れて飛び立ってしまった。とても冷静では居られないことばかりが立て続けに起きて混乱するが、兎に角追わなければと咄嗟に竜の姿になって追いかける。静止を試みる周りの声は全て無視した。

 

 その背はどんどん遠くなるばかりだったが、急にピタリ止まったかと思えばこちらに戻って来ながら何故かまた人の姿に戻った。何のつもりか知らないが、おかげで追いつくことが出来る。

 

 黒い髪に鋭い金の瞳のその男は嫌いな筈の人間を大事そうに抱き抱えていて、鬱陶しそうに私を睨みつけた。

 

「ホントしつこいな。コレは俺の番なんだからどうだっていいだろ?」

「良くない……番かどうかなんて関係なくジュリアしかいらないんだ……頼む……」

「ハァ? お前正気か? この俺ですら人間でも愛しくてたまんねーのによ」

 

 その気持ちは分からないでもないが、笑える状況ではない。今の私では、恐らく人一人抱えたイムレにかすり傷を負わせることさえ精一杯で、それもジュリアを傷つけないようにとなると手も足も出ない。

 

「まぁいい、好都合だ。死ね」

「お願いです、彼を殺さないでください……っ!」

「それも聞けねぇ。コイツをほっときゃ二度とここには入れなくなる。俺は人間を絶滅させて人間が番である可能性を消し去りてえ。そして昔みたいに白竜も黒竜も一緒の世界に戻す。……いくらお前が人間でも、もう千年以上この為に生きてんだ」

 

 言い合いを繰り広げる二人を黙ってみながら、隙が出来るタイミングを伺う。何故、手も足も出ないくせに追いかけてきたのか。……一つだけ、今の私にでもこの状況を打開する方法があるからだ。それは命を代償にして魔法を使い、イムレを殺すこと。勿論相手は黒竜の長、完全に殺せるかは微妙なところだ。だがジュリアを逃がす時間くらいは作れるだろう。……ちゃんと逃げてくれるかは分からないけれど。

 そう考えてジュリアの顔を見た瞬間、その覚悟を決めたような表情にヒュッと喉がなった。

 

 ──まさか、彼女も。

 

「っやめろ! やめてくれ! ジュリア!!!」

 

 悲鳴を上げるように叫ぶが、彼女は止まらない。

 

限界突破(パオゼベグレンツェン)

「おい! 死ぬぞ!!」

 

 続けてイムレもジュリアの意図を察するが、時すでに遅く。

 

発動(ヴォーク)

「ジュリア……!!!」

 

 気づいた時には宮殿近くの街へと転移させられていた。最後に見たジュリアのぎこちない笑顔が脳裏に焼き付いて、絶望の淵に突き落とされたようだ。

 




 ──ジュリアが死んだ。あまりに愚かな、私のせいで。

 

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