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23話

 

 

 

 

 どれほどの数いるか知れない黒竜達の攻撃を確実に防ぐ強度と考えると、今の私に張れる結界は精々見渡せる範囲が精一杯だろう。それがティルナノーグ全体にとなれば……番と情を交わし神力を高めるのが一番早いのは分かっている。だが当然それは論外だ。気持ち的にも、ラウラの年齢的にも。

 

 父上の下した条件は、まるで産まれたばかりの赤子へ三日以内に走れるようになれと言うようなものだ。それでも何とかしなければ。そう思うのに。

 

「殿下に番が見つかってよろしゅうございました」

「ラウラ様は十三歳とのことですから、式はまだ数年は先ですね」

「とはいえエドアルド陛下の御歳を慮りますと、可能な限り早いうちが宜しいかと」

 

「おおヴァレリオ。お前の番も人間と聞いたぞ」

「人間には竜と違って番を知覚出来ないから、最初は慎重に距離を詰めていくとよい」

「がっつき過ぎると嫌われるということだ! はは!」

 

 そう声をかけてくる側近や兄上ら等の周りの者達も、私が幼い頃から番無しとは思えない程には神力が高かったのもあったとはいえ、何よりも愛し合う姿を見てジュリアこそが番だと思っていた筈なのに。こうもあっさり諦める──いや、私の想いなど消えていて当然という反応をされると苛立ちが募る。

 誰の手助けも望めそうにない。魔法の考案に関してカスパリは特に優秀だが、彼が仕えているのはヴァレリオ()ではなく次期竜王になるであろう竜なのだから。

 

 自分が酷く無力で、何一つ持っていないような気さえしながらも、漸く夜遅くに一息つく時間がとれた。部屋で一人になり、緊張を解くように小さく息を吐いて、ジュリアに会いたい……そう願った時、またしても涙が滲んでくる。決して諦めないから、見捨てないで欲しい──そう願う資格はあるのだろうか。ただただ本当に好きで、愛していて、本来なら今頃、ほらやっぱりジュリアが番だっただろうと笑って、これからの事を、二人の未来を話していた筈なのに。

 

 そうして暫く成人したにも関わらずメソメソと落ち込んでいると。ふいに小さな竜の形をした紙がドアをすり抜けパタパタと飛んで来て、私の手にふわりと収まった。父上からの言伝である。何か追加の条件かと思いながらもそれを開けば。

 

 ”ジュリア嬢は早朝連れ出す。別れの挨拶をするなら今のうちに“

 

 というなんとも簡素でいて、衝撃的な一文だった。今が急に訪ねるにはあまりに非常識な時間帯であることも頭から抜け去り、慌てて彼女の部屋へと向かう。

 

 突然やってきた私に驚く彼女に申し訳ないと思う余裕もなく、そこで一体何が入れられるというのかと疑問を抱かざるを得ないほど小さな鞄を見つけ、恐る恐る問正せば。

 

「この部屋にはラウラ様がお住みになられるでしょう? 早々に退出致しますので、御安心下さいませ」

 

 俯いたまま視線を合わせようとしないジュリアが、感情を推し殺そうとするかのような、いつもより少し低い声色でそう言った。やはりジュリアは……否ジュリアさえも、ラウラが番であることを受け入れようとしているのだ。

 もしかすると既に心変わりしたと思われているかもしれない。だからその小さく震える肩を抱き寄せて、安心させたいのに……身体が動いてくれない。その代わりに出た言葉は、我ながらなんとも情けないものだった。

 

「……私を殺してくれ」

「……まぁ、物騒な。御冗談が過ぎますわ」

「冗談なんかじゃない! 君を捨てて別の誰かと婚姻を結ぶくらいなら死んだ方がマシだ……! でも……死ねない……っ」

 

 驚きからか俯いていたジュリアが漸くこちらを見てくれた。勿論気を引くための冗談などではなく、本心からの言葉であるが。

 ラウラが駄目だという訳ではない。もしかするとジュリアに出会っていなければ、他の竜のように何の疑問も抱かず、本能の声に従いラウラを愛していたのかもしれない。けれど私はジュリアと出会い、番だから、ではない愛を知った。そして今でも愛している。ラウラが駄目なのではなく、ジュリアでなければ誰であっても、駄目なのだ。

 

「……今は辛くとも。きっと大丈夫です。女神様がお選びになった番ですもの」

「何が番だ。こんなのっ……ただの呪いだ……」

 

 他の竜が聞けば番への侮辱だと怒り狂うだろう私の発言に、ジュリアは困ったように眉を下げた。けれどこの世界においては非常識なこんな本心を打ち明けられるのも、最早彼女だけなのだ。

 

「そう仰らないで。もしかしたらわたくしもどなたかの番かもしれませんし」

「っ嫌だ、許してくれ……! それだけは……そんなの認められない!」

 

 ジュリアが私以外の誰かの番──想像するだけでも身を切り裂かれるような苦しみが襲う。今はジュリアに触れられもしないくせに、他の誰かが彼女に触れるのを許せない。心の狭さを自覚して尚、堪える術を持たない愚かな自分が嫌になる。

 

「……次期竜王候補筆頭の殿下が何を我儘仰いますの。それにわたくしは、番と言われたから自分も殿下を愛していると思い込んでいただけで、本当は、心からは愛してなどいなかったのだと思います。現にこれっぽっちも気持ちは残っていませんもの」

 

 二人の間に流れた静寂を終わらせるように、ふいに告げられた言葉に思わず呆然と瞬きをしてしまう。少し眉を寄せ、声色は低く、彼女なりに無表情であろうとしているのだろう。……それでも少し赤くなった目尻にキュッと引き結ばれた唇を見れば、その台詞が本心ではないことはすぐに分かった。

 

「……そんな泣きそうな顔で言われても信じられないよ、ジュリア」

「泣きそうな顔など、していませんわ」

「私には分かるよ。産まれた時からずっと、君だけを愛しているのだから」

 

 仮にジュリアが本気で私との未来を望まないのであれば、苦しみながらも長い時を経ていつかは諦めることが出来たのかもしれない。

 ──けれど君がまだ私を愛してくれているのならば、どうしたって諦められない。

 

「絶対になんとかするから、待ってて」

 

 なんとか、なんて曖昧な言葉しか送れない事を悔しく思いながらも、押し付けるように一方的な約束をし、必ず彼女を迎えに行くと決意した。

 

 

 

 

 

 その日からは神力を高める方法と、番への執着を断ち切る為の方法を考え続けた。番そっちのけで──とはいえラウラを客人として丁重に扱うよう言いつけてはいたが──書庫に朝から晩まで籠り切りにもなれば私の思惑は直ぐに周囲に伝わり、様々な面々が説得に訪れたが当然聞く耳を持つつもりはなかった。

 ラウラという番の存在を認識しながら会うのを避けていたことで、測定などせずとも神力が日に日に下がっていくのを実感した。神力を高めなければいけないのに、全くもって本末転倒であるが、会おうとすれば身体が勝手に動いて触れ合おうとしてしまうし、ジュリアへの思いさえ、頭に響く声にかき消されてしまいそうで。

 

 寝る間も惜しんで様々な文献を読み漁っても、色んな魔法を試してみても効果は無かった。それも当然か。何らかの方法があったり努力でカバー出来るなら、次期竜王候補は私でなくても良い筈だ。


 駄目元でカスパリに番に関する記憶を消す魔法をかけてくれないかと頼んでもみた。……が。

 

「いくら殿下の頼みでも、そればかりは……。正直に申し上げますと、番様の記憶を消す事より、ジュリア様の記憶を消した方が余程都合が良いのです」 

 

 そう言われてしまえば、それ以上の言葉は紡げなかった。カスパリが言う通り、私がジュリアを忘れてしまうことがこの世界にとっては最良なのだろう。それを分かっていて実行しないのは、彼らの温情なのだろう。


 ……ジュリアはというと、父上の認識阻害の魔法によって完全に気配を辿れなくなってしまい、行方が分からなくなった。会えなくなるのは分かってはいたが、ちゃんとご飯を食べているのかとか、困っていることはないかとか、心配でたまらなかった。しかし父上に尋ねても何かあれば連絡すると言われ、教えては貰えず。色々な問題を全て解決させて、一日でも早く迎えに行くために自分に出来る事をやろうとして一年。

 

 ──まさか大手を振って迎えに行くどころか、再び会えた日に彼女を失うことになるなんて、思ってもいなかった。

 

 

 


ざっくり竜の魔力の強さ(人間の平均を1とした時)


番なし…100

番あり…500

番と交わり済…千

番との子あり…1万

ヴァレリオ3歳…3万

エドアルド…100万


エドアルドは竜神の息子でほぼ神。ヴァレリオは番と子をなせばポテンシャル的には300万くらいいける筈。

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