22話
暫くヒーロー視点が続きます。
産まれた時から傍にいた、ブラウンの髪の可愛い女の子。いつから好きだったとか、何故好きになったのかは覚えていない。けれど何処が好きなのかといえば、よく笑うところ、嬉しいことがあると真っ先に私に話してくれるところ、誰にでも優しいところ、しっかりしているようだけど、時々私にだけ弱みを見せたり甘えてくれるところ……いくらだって出てくる。
だから竜にとっての番とはなんたるかを教えて貰った時、ジュリアこそが私の番なのだと思った。……思っていた、のに。
「う、そだ……」
番召喚の儀。ジュリアが番だと確信していたから、何とも無駄な時間だと乗り気ではなかった。集まった者達も私とジュリアの仲を知っていて、形式的に執り行うに過ぎないのが丸わかりの、次期竜王候補の番召喚の儀とは思えないほど緊張感の欠片もない儀式だった。
……なのに魔法陣は発動した──ジュリアが番ではないのだと嘲笑うかのように光り輝いて。
「いらない……私は、君じゃないなら、番なんかいらない……!」
曰く、番とは愛さずにはいられない特別な存在なのだという。それは本能が、魂が渇望するもので、理性でどうにか出来るものでも、どうにかしようと思うものでもないという。番がジュリアだと思ったから当然のように受け入れていたそんな通説も、違うのだと知ると途端に恐ろしい呪いのように感じられた。
彼女以外を愛したくない。彼女への愛を無かったことにされたくない。今すぐに駆け寄って抱きしめて、私には君しかいないと縋りたいのに……身体が、動かない。
「……どうかお幸せに」
周りのざわめきに掻き消されるほどの小さな小さな声だったが、それでも私がジュリアの言葉を聞き漏らす筈がない。
そのあまりに残酷な言葉は勿論、彼女の表情が私の心を切り刻み、絶望させた。
(──君は、知っていたのか?)
ジュリアが浮かべていたのは諦めで、自分が番でなかったことにも、全く驚いていなかった。まるで最初からこうなることが分かっていたかのように。
──ヴァレリオ様に番が現れるのではないかと不安で、なかなか眠れませんでしたの。
今朝の会話を思い出す。彼女はきっと予知夢を見たのだ。それで……あの赤らんだ目元は、泣いていたのだろう。
ああ、言ってくれればどんな手を使ってでも君と一緒に逃げたのに。私では力不足だった? 確かに父上の世界とも言えるティルナノーグにおいて、彼の目から逃れることは難しい。それでも、この世界の外に出て黒竜と戦ってでも、君への思いを本能にかき消されるくらいなら……君と共に無謀な道を歩んで死にたかった。そう願うのは傲慢か。
「──まぁ! その服もしかして王子様なの? ってことは……私、お姫様になるの!? 嬉しい! 私はラウラ。ラウラ・ブロットよ!」
やがて強烈な光と共に少女が現れた。心臓がバクバクと高鳴り、彼女だ、やっと見つけた、と頭の中で歓喜の声がする。気配が消えたジュリアを追いかけたいのに、自分の身体が思うように動かせない。
青い瞳を嬉しそうに細めたラウラと名乗る少女は、まだ幼い顔立ちと低い背丈から推測するに十代前半くらいだろう。召喚したのが私でなければきっと無償の愛が惜しみなく捧げられた筈なのに、彼女が一番の被害者ではないか。
「……私は、ヴァレリオ。ヴァレリオ・バローネだ」
それでも身勝手にも安心してしまった。本当の番を前にして、本能が彼女への愛を訴えかけていても……ジュリアへの想いは、消えることなく変わらず私の中に残っていたから。
「少しだけ、私の話を聞いて貰えるだろうか──」
「そうなんですか」
宮殿に戻って事情を話すと、ラウラは意外にも特に残念がったりする様子もなくそう返事をした。
「相手が人間で良かったですね。竜族の方だったら許さなかったかもしれないけど……私は王子様のこと何にも知らないし、番とかもよく分かんないから、まだ好きでもなんでもないですし」
脳内で私はこんなにも愛しているのにどうして! と抗議する声が聞こえる。うるさい、黙れ。私が愛しているのはジュリアだ。
「ああでもその代わりに、下働きでもなんでもするのでここには置いて欲しいですね。……家に帰りたくないので」
「……差し支えなければ理由を聞いても?」
聞けば彼女は幼い頃に母親を亡くしており、それによって心を病んでしまった父親から近頃母親の名で呼ばれたり、変な目で見られているのだと言うではないか。その話を聞いただけで彼女を苦しめるその父親とやらを始末しなければ、という使命感に駆り立てられる。ジュリアの願いも全て叶えてあげたいと思っていたが、これはそういう純粋な気持ちとは全く違う。これが、竜にとっての番というものなのか。
「実の父に手を出されるくらいなら、金持ち老人の後妻でもハゲデブ商人の愛人でもまだマシだと思っていたので……あの家から逃げる口実を下さっただけでも充分です」
「君の居場所は確保しよう。……だがそれだけでは私の気が済まない。他に希望はないだろうか?」
決して本能に屈した訳ではなく、ただもっと何かこの少女にお詫びをしたかった。ジュリアを伴侶にしたいだけで、ラウラを蔑ろにしたいわけではないから。
するとそれまで幼げな見た目の割にしっかりした印象だった彼女が、急に年相応の恥じらいを見せた。
「……お姫様みたいな部屋で、お姫様みたいなドレスが着てみたい、とか。そういうのもいいんですか?」
「ああ。なんでも君の望む通りに」
そうしてラウラとの話は有難いことに上手くまとまった──が。
「それは許可できない。番の子がお前を拒絶しているのならばまだしも、そうではないのだろう?」
「な、ぜですか、父上」
竜王である父は、ジュリアとの婚約を継続したい旨を報告に王宮へ上がった私にキッパリそう言った。
「お前には私の跡を継いで貰わねばならないからだよ、ヴァレリオ。今のお前では力不足だが、お前以外に私を超えうる者はいない」
「私は、」
父上の力は圧倒的だ。この広いティルナノーグを形成し黒竜の攻撃にも耐えうる結界を張っている事は勿論、水や空気や光──全てが父上の神力によって作り上げられている。父上がいなければ、この世界は簡単に崩壊してしまうだろう。
……けれど、ジュリアと共にあれないならば生きている意味なんてない。こんな世界どうだっていい。そう思うのはは本心だが、口に出すのははばかられて押し黙る。王子として豊かな生活を享受して生きてきた以上、相応の働きをするのは当然の責務だから、私の願いはただの自分勝手な我儘なのだと分かっているからだ。
しかし言わんとしたことは顔に出てしまっていたのだろう。大きな溜め息と共に発せられた言葉に、私の心は追い込まれた。
「あの子……ジュリア嬢には事情を話した。当然私がもう長くないこともな。そうしたらお前に二度と会わずに済むところで一人で静かに暮らしたいと言っていたよ」
「っ、」
「私はお前が見つけられないように彼女を隠すだろう。この世界のどこかで生きている彼女を、お前は見殺しに出来るのか?」
そう言われては、否定する術を持たない。確かに共に生きたいと願い、それが叶わないならば共に死にたいと願ったが。私の手の届かないところで彼女が一人孤独に死ぬことが、何よりも一番耐えられない。
「……それは、狡いです」
「何とでも」
竜王たる父上は数え切れない程の命を背負っているのだ。私の意志などそれに比べれば取るに足らないものだろう。普段は温厚で、誰からも親しまれる彼だが、後継者候補である私には昔から厳しい面があった。私としても、ジュリアがそばにいてくれるのならば何だって苦でははかったから、それを不満に思ったことはなかったけれど…今は。
「──ではせめて、私が番の手を借りずに父上を超える力をつけられたら、その時はジュリアとの婚姻を認めるとお約束頂けませんか」
色んな意味で駄目元だが、それでもはいそうですかなどと引き下がれない。何年かかっても…いや、ジュリアは人間だからあまり時間はかけられないが──彼女の為ならなんだってする。その意志を視線に乗せて父上を真っ直ぐに見返すと。
「それ程か。まぁ私を超えてくれるのならばいいだろう……が、余り時間はやれない」
意外にもあっさりと許可を頂けた。驚きつつも差し込んだ希望の光に感謝の意を述べようとしたが──続いた言葉に絶句する。
「一年だ。一年で結界を維持できるようになれ」
それは実質、「諦めろ」と同義だった。




