最終話
本日二話投稿しています。
一話前よりお読みください。
そうして婚姻の儀が始まった。
煌びやかさと厳かさの両立する王宮の玉座の間にて、儀式は滞りなく進行していく。……先に入場していたヴァレリオ様の、普段のシンプルな服装とは打って変わって美しい装飾で施された正装姿に、私の心臓は止まりそうだったが。
やがて互いの魂を結びつける時間が来た。魔法士の描いた精密な魔方陣の上に二人並んで立ち、それぞれ小指の腹を切って血を陣の上に垂らし、同時に力を込める。あとは運命の女神様のお導きを待つだけ……らしい。やったことがないから分からないけれど。
その待ち時間に、ヴァレリオ様が小声で話しかけてくる。
「……綺麗だ、本当に」
「ありがとうございます。……ヴァレリオ様の方こそ、とっても素敵です」
乃亜くんはティルナノーグ式の結婚が出来ればいいと言っていたが、私は憧れていたのだ。純白のドレスを着て愛しい人の隣に立つ事を。だからこの姿を誉めて頂けたことは嬉しくて微笑みながら本音を返す。するとヴァレリオ様は、何故か緊張した面持ちで咳払いをした。
「この日を待ち望んで、練習していたんだ。ちょっと待ってね。えーと、アーアー。」
突如発声練習なんかも始めて、ヴァレリオ様は何をなさるつもりなのだろうかと思ったその時──。
『ワタシと、結婚、して下サイ』
たどたどしさも相まってか普段よりも少し高く、優しい声で紡がれたその言葉。魔法で日本語に変換されたのではなく、唇の動きからも確かに日本語だった。それを理解しても尚、ぽかんとして黙ってしまった私に、ヴァレリオ様は困ったように苦笑して。
「……聞き取れただろうか? 折角君の世界の婚礼衣装を着て貰ったのだから、君の国の言葉でもプロポーズをしたいと思ってノアに聞いたんだが……」
そんなことを仰るから、私は慌ててこくこくと首を縦に振った。
「っ、嬉しい、です……」
その言葉と同時に、頬を涙が伝っていく。それを、彼の手が優しく拭った。
これから先うまくいくことばかりではないかもしれない。それでもヴァレリオ様の傍にいられるのであれば、恐れることは何もない。そもそも私は、彼の為なら自分の命を投げ出す事さえ怖くないのだから。……勿論、彼の番となった今では自分の命をそう易々と投げ出すつもりはないけれど。
「ジュリア、君を愛している。ジュリア・ザハだった頃の君も、ナナセジュリアである君も。今度こそ、最後まで守るから、どうか私の傍にいて欲しい」
「私も……わたくしも、今度こそ、ヴァレリオ様のおそばにずっと一緒にいます。貴方が孤独だった百五十年も、短かったと思えるくらい、ずっと、ずっと」
お互い微笑みあった時、身体の中心が温かくなるような気がした。これが魂を結びつけた感覚なのだろうか。そう思ってヴァレリオ様を見上げれば、目を細めて頷いてくれる。
「何とかするから待っててって言ったけれど……百五十年以上もかかってしまった。待たせてすまない」
「ふふ、私は二十年くらいしか待っていませんよ」
転生しても諦められなくて、けれど、ジュリア・ザハを目の当たりにして諦めた、今度こそヴァレリオ様と結ばれたいという想い。色々と葛藤はあったけれど、確かにこの結果にたどり着けて良かった。
──それから五十年。
「ジュリア、……ジュリア。起きて」
「うーん……」
愛しい人の優しい声で夢から徐々に覚醒する。ゆっくりと瞼を開けば、間近にあった金色の瞳が私を見て微笑んでいた。日本で住んでいたアパートの一室より広い天蓋付きベッドは、殆どのスペースが無駄になっている。これ程ぴったりと寄り添いあって眠るなら、シングルベッドとまではいわずともダブルベッドであれば十分だろう。などとぼんやり考えていた私に、ヴァレリオ様がそっとキスを落とす。
「今日はノアとリアの結婚式だから、そろそろ支度をしなければ」
「……そ、そうでした」
こんなに眠たいのはある意味ヴァレリオ様のせいだと思いつつも、その言葉に慌てて起き上がった。
ティルナノーグの五十年、日本では五年が経っている。最近大学を卒業した乃亜くんは、どうしてもリア──ややこしいのでジュリア・ザハの事を皆でリアと呼ぶようになった──のウエディングドレス姿が見たいというので、ティルナノーグで結婚式を挙げることになったのだ。といっても本人達の希望で盛大なものではなく、ティルナノーグの平民がするような、こじんまりとした結婚式だ。
本来黒竜の長の番であるリアと魂を結びつけるため、かつて私が作った女神様へ自分の方がふさわしいと布教する魔方陣を、彼も作り上げたらしい。
その黒竜だが──彼らが憎んでいる人間と和解するのは難しいだろう。だから今、白竜のうち、黒竜が番であり、かつ当人が望む場合、ティルナノーグの外である黒竜の世界へと送るようにするのはどうかと話し合いがされている。そうして少しずつでも彼らと繋がって、いつかは共に生きていければと願う。
「今メイドを呼んでおいたから、すぐに来るだろう」
「ありがとうございます。……そういえば、ラウラは先日四人目の孫が生まれたそうですよ」
ラウラ──本来のヴァレリオ様の番だった彼女はこの宮殿でメイドとして働き、六十歳を超えた今では退職しているが、一時はメイド長にもなっていた。最初こそ彼女が番様、という意識が抜けずなんどかラウラ様と呼んでしまい注意されたことが懐かしい。そんなラウラは運命なのか、時を戻す前に恋をしたという男の子と再び恋に落ち、四十年近く前に結婚している。
「それはめでたいね。お祝いを贈ろうか」
子どもの話になったところで、そっと切り出してみる。
「……私たちは、いいのですか?」
実は結婚してから既に五十年経ったというのに、未だ避妊の魔法をかけているのだ。ヴァレリオ様は、今回はエドアルド様がまだまだご健在だからいいと言うが、人間であるラウラは私達の子を生きているうちに見たいと嘆いていたのを思い出す。そして当然私も、彼との子を望んでいるわけで。
しかしヴァレリオ様は難しい顔をして、そっと私を抱きしめてきた。
「勿論いずれは君との子が欲しいけれど、もう暫く二人でいたいな」
「もう暫くとは?」
「うーん……あと数十年くらいは……」
随分長い暫くに、苦笑した。竜族の中でもとりわけ愛情深い方である。
けれど番だからというだけで愛されている訳ではなく、番でなくとも彼は私を愛してくれた。だから私も出来るだけ、その愛に答えたいと思うのだ。
勿論番を愛することが悪いという訳ではない。ただ何十年後かに生まれる私達の子が、愛したい相手を諦めることなく愛せる世界に出来ればと願う。
「……ヴァレリオ様」
「ん?」
「私を、諦めないで下さってありがとうございます」
そう言うと、ヴァレリオ様は嬉しそうに笑ってまたキスをくれた。
これにて完結となります!
色々と話に至らない点が多いうえ、途中から更新頻度が激遅になってしまい、
大変申し訳ありませんでした…
後書きという名の反省文を活動報告の方にのせております;
ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました!




