20話
「……気がつきましたか?」
「あれ? 私……」
いつの間に寝ていたのか、目が覚めるとそこはいつもの客室だった。確かラウラ様の名を口にしてしまって、逃げようとしたところをヴァレリオ様に引き止められて、それから──記憶が無い。
座って漫画を読んでいたらしいジュリアは、目覚めた私に気がつくとベッドサイドまでやってくる。
「カフェで急に倒れたのだと、ヴァレリオ様が連れ帰って下さいましたわ。お医者様の見立てでは単なる疲労だそうですが……ヴァレリオ様がなんだかとても難しいお顔をしていらしたのです。貴女一体何をしたのですか?」
「……あー」
最近感じていた体の不調は疲労か。体力的には勿論、特に精神的に疲れていたという自覚はあったけれど、まさか倒れる程だったとは。ラウラ様からしたら訳が分からなかっただろうし、ヴァレリオ様にも迷惑をかけて申し訳ない……が、最早それどころではない。
「実は、街でラウラ様……ヴァレリオ様の前の番に偶然会って、そのまま口に出しちゃって」
「……まぁ、迂闊ですわね」
返す言葉もなくて、起き上がって頭を抱える。
「めちゃめちゃ怪しまれたよ〜」
「それはそうでしょう。話も出来ぬ筈の異世界人が、この世界の少女の名を知っているなど……黒竜の手先と疑われてもおかしくありませんわ」
あれで異世界人のフリだと思われただろう。そして態々異世界人のフリなんていう訳の分からないことをする必要があるのは、せいぜい敵対している黒竜くらいで、疑われるのは当然のことだった。
唸る私を見ながら呆れたようにため息をついたジュリアが、ですがと話を続けた。
「貴女の正体はわたくしが保証出来ますから問題はないでしょう」
「ま、待って。それはそれで困るっていうか……」
ジュリアに正体を保証して貰うのはつまり私の前世がジュリア・ザハだと明かすようなものだ。それは困る。
「貴女何かと理由をつけてますけれど、どうせ本当はジュリア・ザハとしてヴァレリオ様に合わせる顔がないだけなのでしょう?」
「うっ……」
「わたくしの考えそうなことです」
図星だ。いや元々私だから当然か。それにしたってさっきから容赦がない。いやそもそも私が悪いのか。
「だって……なんて謝ったらいいの?」
勝手に逃げて勝手に現れて勝手に死んで、その上ヴァレリオ様がやり直す機会を妨害しましたごめんなさいって? とてもじゃないけれど、謝るどころか合わせる顔がない。
「それは貴女が自分でお考えなさい。──ですが、」
そこで一度言葉をきった彼女の方に視線をやると、仕方の無い子どもを見るような笑顔を浮かべていた。
「わたくし達が愛するヴァレリオ様は、話も聞かぬような方ではありませんわ」
「……そう、だね」
ヴァレリオ様は私がしたことを全て知っても、怒りも呆れもしないだろう。彼はきっと、辛い思いをさせてごめんねと頭を撫でてくれるような、そんな優しい方だから。……だからこそ、彼に一ミリだって罪悪感を抱いて欲しくないから言いたくないという気持ちもあるが。
「因みにどのくらい寝てた?」
「丸一日は。お腹が空きましたか?」
「すいたけど……うーん。とりあえず先にお風呂かな。それにここのご飯はちょっと……」
丸一日寝ていたというだけあって、身体がベタベタするしお腹もすいている。とりあえずさっぱりしてから何か食べよう。……携帯食を。そう苦笑した私に、ジュリアは困ったように息を吐いて頬へ手を添えた。
「これからここで生きていくなら、食事についての問題も何とかしなければなりませんわね」
「待って、私の正体をヴァレリオ様に話してもここに残るかどうかは別問題だからね?」
慌ててそう言うも、さてどうでしょうねと曖昧な返事をしてジュリアは部屋から出ていった。
客室に備え付けられたバスルームで入浴を済ませ、髪や体を魔法で乾かして部屋に戻る。さて何を食べようかなと物色していると、ドアのノックの音が室内に響いた。この部屋に尋ねてくるのは殆どがジュリア、稀にカスパリ他使用人達なのだが、ジュリアは普段ノックもせずに入ってくる。彼女に見られて困るものなどないし、一々その入室のやりとりをするのが面倒なので必要ないと私から告げた。
だから恐らくはカスパリ、もしくは入浴中だと思って一応ノックしたジュリア、もしくは──。
「……入ってもいいかな」
私の正体を疑わしく思った、ヴァレリオ様。
待って。まだ覚悟決まってないし、そもそも入浴後なのでジュリアそっくりのスッピンである。とはいえここで断れば一気に彼の中の疑念が確信に変わってしまいそうで、視線を泳がせながらも首を縦にも横にも触れないでいると。
「これは必要ない、だろう? ナナセ──いや、」
言語変換のブレスレットを器用にも一瞬で外され、一歩後ずさると距離をつめられドアが閉まる音がした。もう駄目だと目をギュッと瞑った私は──次の瞬間、直ぐにその目を見開くことになる。
「……ジュリア」
「!!」
見開いた目で見上げた彼の金色の頬は、涙が伝っていた。




