19話
『これが街歩き回ってやつか……』
「これが街歩きの章というものか……」
結論から言うと、所謂屋台飯は宮殿の料理よりも若干味がある……といっても誤差みたいなレベルで、何かしら調味料がなければ食べ難いことに変わりなかった。私がなんとも言い難い顔をしているのを見て、ヴァレリオ様が早々に服屋に行こうかと提案して下さり、今向かっているところである。
「時々それらしい単語は出てくるんだけどな……少し見せてくれる?」
今のヴァレリオ様は変身魔法でミルクティーベージュの髪に若草色の瞳、と竜の特徴を隠し顔立ちも変えている。というのも、街の人達もヴァレリオ様の番はジュリアだと思っていて、二人で歩いている姿を見られる訳にはいかないのだ。……まぁ、既に異世界人の番が現れたという噂は流れているかもしれないけれど。
そんな見た目は全然知らない人でも中身がヴァレリオ様だと思えば、ブレスレットに軽く触れられるくらいのことさえドキドキして。
「……動物の鳴き声を理解する魔法陣をベースにしているのか。破綻はなさそうだけど、ここの変換が人間には応用できないのかもしれないな。ってことは──これでどう?」
動物ベースなんだぁ……とか、他人の描いた魔法陣をこんな一瞬で理解した上に書き換えまで出来るの凄すぎとか、兎に角思考をそらす努力をしなければとても平常心ではいられなかった。折角修正して貰ったのに申し訳ないが、話が出来そうにないと思って貰えるよう問いかけに答える。
『推ししか勝たん』
「推奨する者のみが勝利する」
「うーん、駄目みたいだね」
あながち間違ってはいない。いないのだけれど、今の喋れない異世界人という距離感が丁度いい。普通に話せるようになったら心臓が持たないだろうし。なんて心の中で自嘲していると。
「……疲れていない? 休もうか」
そう声をかけられてドキリとする。正直なところ体調は万全とは言えないけれど、顔に出さないよう気をつけていたのに。私が彼の番だから分かるのだろうか。下手に平気なフリをして後でやらかしたら逆に迷惑をかけるだろうと判断して、素直に頷いた。
近くにあったカフェのテラス席に座る。どうせどれを飲んでも水みたいなものなので、適当に選んで貰う。運ばれてきた所謂紅茶の香りを嗅いで、匂いは普通にするのになぁ……と不思議に思いながらも何を話せる訳でもないので黙り込んでいると、ヴァレリオ様の方から話しかけてくれて。
「ナナセには好きな人はいる?」
『っげほ、げほっ!』
あまりにもピンポイントな質問に、思わず蒸せてしまった。紅茶を口に含んでいなくて良かったと思う。含んでいたら、絶対に吹き出していたから。大丈夫!? と慌てて背中をさすってくれた彼にコクコクと首を振って、深呼吸を繰り返した。
──好きな人、います。貴方ですが……とは当然言えないものの、改めてゆっくり頷いた。
「……そうなんだ。結婚はしていないよね。魂の結び付きは見えないし」
事実結婚していないとはいえ、仮にしていても魂を結びつけたりはしないんですよーなんて……ってちょっと待って。魂の結び付きが見えるの? 魂そのものは見えないよね? と内心焦る。恐らく私とジュリアは限りなく同一に近い魂をしていると思うのだけれど……。
そんな私の心配をよそにヴァレリオ様は話を続けた。
「実はね、帰還魔法自体はそう難しいものじゃなくて、帰そうと思えば帰せるんだ」
「『え?』」
「ただ、今の状態でナナセを元の世界に帰すと色々と問題があってね。勿論その問題っていうのはナナセには何も関係のない事だから……本当に申し訳ない。早く帰りたいよね」
問題っていうのは、番を失うことによってヴァレリオ様の精神に異常をきたすとか、黒竜襲来に備えて力が必要だとか、そういうことだろう。特に番を忘れる魔法や執着を断ち切る魔法は、防衛本能的なのが働いて本人には考えられないのだろうから、誰か他の人に考えて貰うしかなくて……カスパリ始め周囲は勿論それに協力しないから、結果私が何とかするしかない。けれど私がその魔法を作ったら、私の正体は何者なんだって話になる訳で……ってなるとジュリアの協力が必要不可欠なのに、何故か自分が日本に行くって言っているし。
中々に難しい状況に置かれているが、それはヴァレリオ様のせいじゃなく、そもそも私が余計なことをしたのが現況なので、彼が謝る必要はないと思った。だから申し訳なさそうに目を伏せて口を引き結ぶ彼の手にそっと触れて、首を横に振った。
「……謝らなくていい、ってことかな」
その問いかけに今度は頷く。
「ナナセはお人よしだね」
お人よしどころか、ただの戦犯です。兎に角帰還魔法は考えなくてもいいということだ。後のことはおいておいて、番に関する魔法と結界強化の魔法をどうにかしなければ。いくらか表情が和らぎつつも、それでも罪悪感の抜けない彼をぼんやり眺めながら頭の中で計画をたてていると。
「すみませーん、お姉さん達この街の人ですか? ちょっと道を聞きたいんですけど……」
ふいに後方から声がかけられ、振り返って──目を見開いた。
『ラウラ様……?』
「ラウラ様……?」
金色の髪、意思の強そうな碧い瞳。番召喚の日と死んだ日の二度しか会った事はなかったけれど、予知夢で見たあの日からハッキリとその顔は覚えていた、ヴァレリオ様の本当の番だった人。愚かにも驚きからその名を口に出してしまい、目の前の少女は勿論後方からも息を飲む音が聞こえた。
「あれ、お姉さん知り合いでしたっけ?」
──誤魔化せない、逃げなければ。咄嗟にそう思った。けれど立ち上がった瞬間にヴァレリオ様から手首を掴まれて、その場から動くことが出来なくなる。
「……どうして君が、彼女の名前を」




