18話
「で、今度は何なのです」
「異世界人は味覚が合わ無さすぎてこの世界で生きていけないみたいだから元の世界に帰そうね〜作戦」
出された料理を申し訳ないながらも殆ど残し始めて早三日。部屋を訪ねてきたジュリアは呆れたような顔をしていた。
「下着のような姿で走り回っていたと聞いた時も頭を抱えましたが……皆様心配していらっしゃいますよ。ホームシックなのかと」
「思っていた方向と違うけど……まあいいか。でも味覚が合わないのは本当だから」
問題なく息が出来るし、身体の作りは殆ど同じに見えるのに、何故味覚だけがこうも違うのか分からないが、兎に角味が薄い。様々な野菜や果物、肉等が出てくるが、正直そんなに色んな種類いらなくないですか? ってくらいどれも同じ味である。同じ味というか、無味というか。ジュリアだったころはそれらにしっかり味を感じていたのだが……味覚が発達しているのは私の方なのか彼女の方なのか。
「空腹ではありませんの?」
「持ってきた携帯食がまだあるし、無くなったら乃亜くんに頼めばいいし」
とはいえ流石にちょっとだけ具合が悪い。胃の調子もお腹の調子もイマイチである。猛烈に和食が食べたい。ちゃんと味のする野菜や肉が食べたい……。
そうやって日本の料理を恋しく思っていると、ジュリアは何やら持参していた所謂カゴバッグのようなものをテーブルの上に置いた。
「そうでしたわ。この絵本の続きをお借りしたくて……ノアさんにお願いしたいのです」
「いいよー。面白かったでしょ?」
「ええ、とても」
本題は私の奇行を咎める事ではなく、漫画の続きの催促だったらしい。昨日ダウンロードしていた漫画を暇つぶしにスマホで読んでいたら興味を持った為、乃亜くんに頼んで送って貰っていたのだ。漫画は当然日本語だが、翻訳の魔法陣自体は殆ど出来上がっていたので、それを使っている。
差し出された漫画を受け取ると、これも一緒に送ってくれと手紙を渡された。
「これは?」
「前回絵本にノアさんからのお手紙が挟まっていたのです。ですからそれのお返事を」
「乃亜くん、貴女に手紙書いてたの?」
「ええ。……紳士的で優しい弟君ですね。大切になさるのも分かります」
「紳士的……??」
確かに大切な弟だ。優しいとも思う。だけど紳士的かと言われると首をひねらざるを得ない。私には容赦ないし、母には素っ気ないし、友達にはクールな感じだからなぁ。彼が一体どんな手紙を送ったのか気になってしまう。が、いくら彼女が昔の私とはいえ今は別個体。プライバシーの侵害は良くないと好奇心を抑えた。
「そういえば、もうすぐ言語変換の魔法が完成するとカスパリが申しておりましたよ」
「えっ、はや」
流石はカスパリ。私がここに来てからまだ一週間も経っていないのに、もう完成間近とは。
「会話出来たらボロ出そうなんだけど大丈夫かなぁ……」
今は、はいかいいえの二択とジェスチャーで対応しているし、パッと口から零れるのは日本語だからただの変な異世界人としてやり過ごせている。が、魔法が完成して言語変換が出来てしまったら、どこで元々この世界の人間だとバレるか分からない。うんうん唸っているとジュリアは小さくため息をついた。
「……もう諦めてはいかがですか? わたくしが貴女の世界に行きますから」
「いやいや、まだ一週間だよ? え、何、そんなに『漫画』気に入ったの?」
「……ええ」
神妙な顔で頷くジュリアを半目で見返す。漫画にハマったから日本に行きたいなんて、ヴァレリオ様への思いはその程度ではないのは私が一番よく分かっているというのに。
「私相手にその嘘突き通すのはは無理でしょ」
「まぁ、そうですわよね……。ですが兎に角、前向きに検討して頂きたいのです」
「いやそう言われましても……」
理由は話せないけれど、意思は固いというのがありありと見て取れるジュリアの顔。これまた平行線で終わるやつだろうな──そう思うと言い争うのも面倒で、身体も怠いし「考えとく」と適当に返事をした。
「さあナナセ様。これでこちらの言葉が喋れる……正確にはナナセ様が喋った事を変換して周囲に響かせるようになっている筈なのですが」
翌日。また応接室に呼び出されたかと思うと、カスパリからブレスレットを渡された。直径三センチ程のホワイトオパールに似た宝石がはめ込まれた台座の裏に魔法陣が彫ってある。つける前にチラリとしか見れなかったが、カスパリのことだからちゃんと正常に動くものが完成しているだろう。
彼には申し訳ないが、私はこの場を乗り切るために日本語で適当な言葉を喋った。
『えー……と、マジぴえんのつらたにえん』
「ええと、本当に悲しく辛い谷の園」
自分の声が外から耳に届くより早く、ティルナノーグの言葉となって聞こえてくる。凄い。私ちゃんと日本語喋っているよね? と不安になるくらいのラグのなさだった。そしてそれなりに頑張って翻訳してくれている。が、私の意味不明な発言に当然周囲はポカンとしていた。
「……失敗してないか?」
「そんな筈は……ナナセ様。失礼ですが御年齢をお伺いしてもよろしいでしょうか」
『パリピです』
「皆で盛り上がることを好む人々です」
略語にも関わらずかなり正確な翻訳。思わず感心を表情に出すが、会話が成り立たないことにカスパリは呆然としていた。
「失敗しているな」
「この私が……失敗……?」
(いえ、割と成功してます)
「まぁいいでしょう、これに関してはまた修正しておきます。次にこちらを」
そう言って彼が厨に描いたのは転送陣で、ローテーブルの上に現れたのはこの間彼に見せた──、
『タピオカ!?』
「芋の根茎から製造されし粉末を使った料理!?」
「料理長と協力し、再現致しました。……芋だったのですか? どれが?」
タピオカ、そう訳されるんだ……。見た目の想像だけで作ったであろうカスパリも困っている。私だって初めてタピオカに出会った時はあれが芋から出来ているなんて思わなかったけれど。
見た目は完全に写真通りだった。果たしてあのタピオカ(仮)が何で出来ているのかは気になるところだが、私の為に頑張ってくれたのだからここはありがたく頂こう。……例え結果が見えていても。
『──めちゃめちゃうっす……』
「超絶薄味……」
例えるなら二リットルペットボトルの水に飴玉を一ついれたような、本当にうっすら、ほんのりとベリー系らしき何かしらの味を感じる。そんなやたらと薄味なのにもったりとしたシャーベット状の飲み物は、余り調子の良くない胃に重くのしかるようだった。
「薄味? 試食しましたが、そんな事は」
「翻訳が正常じゃないんだろう」
(正常です)
ジュリアもタピオカ(仮)を口にして、「甘くて美味しいです。この丸いものはデルカだったのですね」と微笑んだ。これ、デルカだったんだ……。デルカというのは見た目も味もチョコレートに似た食べ物──だった筈なのだけれど、味が無さすぎて粘土かと思った。当時はこれにチョコレートの甘さを感じていたのだから本当に驚きである。
言語変換もタピオカ再現も不発に終わり、すっかり意気消沈してしまったカスパリだったが、暫く落ち込んだ後切り替えるように話し始めた。
「致し方ありません。ナナセ様が美味しいと思えるものを探しましょう。……ということでまずは街に行ってみてはいかがですか? ドレスや宝飾品などもついでにご購入なされば良い」
確かに高級料理一択なここと違って、街に行けば色々な食べ物がある。それこそ庶民向けの屋台料理は幾分味が濃いのではなかろうか。そういう意味でお出かけ自体は満更では無いものの、持参した服があるし、宝飾品なんか持ってても使い所ないし必要ないと首を振る。が、意外にも早く私を帰したいはずのヴァレリオ様が乗り気だった。
「それはそうだな。じゃあ──」
「殿下と、ナナセ様のお二人で行ってらっしゃいませ」
不敬にもヴァレリオ様の言葉を遮ってまで、カスパリがピシャリとそう告げた。いやいやいや、皆で行きましょうよ。せめてジュリアは来なさいよ。そんな気持ちを込めて彼女をじっと見つめる。
「……ジュリアは来てくれないの? ナナセだって君に同行して欲しそうだけれど」
「わたくしは……お待ちしておりますわ。お二人も、少しは歩み寄ってはいかがですか?」
「ジュリア……」
ヴァレリオ様は残念そうに眉尻を下げたがそりゃそうだろう。番よりも大切だと言っている相手に、番と歩み寄れなんて言われたら落ち込むに決まっている。……とはいえジュリアはかつての私。彼女の立場にだったら私も同じように行動した可能性は高く、頭ごなしに非難することは出来ない。
「……ナナセには申し訳ないけれど、私なんかと二人でもいいかな?」
一応ジェーノやルドら護衛がいるとはいえ、ヴァレリオ様よりも強い存在などティルナノーグにはエドアルド様しかいない。だから二人きりででかけるというのに安全上の問題はなく、あとは私達の気持ち次第だが……諦めたように肩を落としたあと、困ったように笑ったヴァレリオ様の問いかけに一瞬迷って、頷いた。私なんか、などと言わせここまで下手に出て貰っておいて、断ることなどできなかったから。
そうして私とヴァレリオ様と二人でのお出かけが決まったのだった。




