17話
その夜、題して「郷に入ったが郷に従わぬ」作戦の為、早速乃亜くんに手紙を書いた。流石に弟へお姉ちゃん露出狂になりますとは言えず、“思ったより暑いから夏服送って”と誤魔化して書き、転送の魔法陣をクローゼットの中に貼って送る。しかし暫くして返ってきたのはルーズリーフ一枚のみで、“魔法で何とかしなよ”というストレートな一文だけだった。確かにティルナノーグの気候はエドアルド様が管理しているから、程よい気温でいつでも過ごしやすい……が、今はそういう問題では無いのだ。
“魔法が使えるってバレたくないから”とすぐに返事をすれば、数時間立ったあと、何故かやたらと渋々なのがよく分かる文面と共に指定した服が送られてきた。
そして次の日。段階を踏んでいこうとまずは半袖で膝がギリギリ隠れるくらいのワンピースを着てみた。ギョッとはされるだろうが、無理矢理押さえつけられてでも着替えさせられることは無いだろうというレベルである。
「な、ナナセ様……!? そそそその格好は……っ!?」
相変わらず部屋で一人食事をとっている私の元に、今日も朝食を運んできてくれたメイドが驚いてそう声を上げた。完全に変質者を見た人の反応で、一瞬羞恥心のようなものが浮かび上がろうとしたが、日本じゃ普通! と無理矢理沈めて。
「お暑いのでしたら──え? 違う?」
慌てふためく彼女にそっとスマホを見せた。以前夏に友達と撮ったもので、皆肩を出したりデコルテを出したりと涼し気な格好をしている写真だ。
「ま、まぁ……ナナセ様の世界ではこれが普段着なのですか? ですがこの世界ですとその格好は些か肌を見せすぎでして……」
日本の感覚に慣れたとはいえ、かつてはここで生きていたのだから彼女の言うことが尤もなのはわかるのだが、それでも鋼の意思で首を横に振り続けていると「せめてお部屋の中だけでお過ごしくださいね」と念入りに言い聞かせられた。が、無論引きこもっているつもりは無い。朝食を食べ次第散歩に行く予定である。
今日もまたよく言えば素材の味を活かした……有り体に言えば超薄味な料理を持参した調味料を駆使して何とか完食し、早速外に出る。
「な、ナナセ様、そのような格好で……!」
ドアを開けると竜族の女性であるカルロッタが護衛として控えていた。治安の良いティルナノーグでは護衛の必要性をあまり感じないが、とはいえ万が一に備える為と、番に他の男が近づくのを阻止する為だろう。
カルロッタは雪のように白い頬を赤く染めあげ慌てて私を引き留めようとするが、隙を見てその横を走り抜けた。
「お待ちください……!」
人間が全力疾走したところで竜族の小走りよりもずっと遅いから、すぐに追いつかれて肩を掴まれる。が。
『いったーーーーーい!!!!』
「え!? 申し訳ありません、もしかして痛かったのですか……?」
その問いにブンブンと首を縦に振る。簡単に振り払えそうなくらいには優しく掴んでくれていたから、勿論痛いというのは全くの嘘だが、私は大袈裟なくらい声を上げて痛がった。
「い、今ので痛い……? 異世界人か弱すぎる……」
自分の手を見つめて呆然としている彼女を振り切ってまた走り出す。私を元の部屋に転移で戻させることは出来ない。あの部屋はヴァレリオ様の計らいで「誰かが勝手に入ってこれるようでは不安だろうから」と転移先に指定出来ないようにして貰っているのだ。
最終目的地は庭園としつつも、色んな人にこの珍獣っぷりを目撃してもらうのが今回のミッションである。旅の恥は掻き捨てともいうし、使用人に手を上げたりするよりは余程マシだと心の中で唱えながら宮殿内を走り回った。
そうやって各所で悲鳴を上げさせながら庭園にたどり着く頃には、息も切れ切れだった。悲鳴を上げた中にはカスパリの姿もあって、物凄い速度で宙に魔方陣を描いたかと思えば私を包むようにどこからともなく現れた毛布がかけられたが、秒で脱ぎ捨ててやった。あんな痴女を王妃にする訳にはいかないと少しは考え直してくれただろうか。
ベンチを探して腰掛ける。沢山走ったから喉が渇いたな、なんて思っていると遠くからバタバタと走る音が聞こえてきた。
「見つけました! こちらです!」
「別にナナセがどんな格好をしていようが、彼女はこの世界の者じゃないんだから自由──」
どうやらカスパリがヴァレリオ様を引き連れて追って来たらしい。流石にヴァレリオ様相手だと再び羞恥心が沸き上がるが、それを何とかするよりも先に彼が私の姿を視認した瞬間、見覚えのある部屋に転移させられた。ロイヤルブルーを要所要所に取り入れられ、パッと見で最高級だと分かる家具で揃えられたこの広い部屋は……。
呆然としていると、一瞬遅れてヴァレリオ様も目の前に転移して来たかと思えば、彼が着ていた上着をかけられた。
「……流石に、出歩く格好では、ないかな」
視線を泳がせながらも困ったような顔で、そして真っ赤な顔で彼にそう言われては流石に引き下がりたくなるけれど、一応彼にもスマホで写真を見せておく。その写真では友人も私も今の格好より更に露出が多いので、彼はギョッとしたように肩を跳ねさせた。
「あ、ああ、君の世界ではこれが普通なんだね。私としても自由にしていいと言ってあげたいところなんだけれど……」
それ以上は言葉が見つからなかったのか、彼は黙り込んでしまった。恐らくジュリアの事を想っているのに番に対する執着という本能を切り離せなくて困っているのだろう。彼を悩ませるのは本意ではない。いやまぁやることがやることなので多少は覚悟していたが、きっと罪悪感のようなものを抱いているであろう彼を前にすると、浅はかな考えだったなぁと自責の念に駆られる。
体を隠すように肩にかけられた上着の前を交差させると、懐かしい匂いがした。大人しく帰るから、これ日本に持って帰っちゃ駄目かなぁなんて馬鹿な考えが浮かぶ。そんな私を知ってか知らずか──いや知るわけないんだけど──ヴァレリオ様は部屋までそれを着て行ってと言ってくれた。
「それにしても……さっきの再現画のナナセ、やっぱり少しジュリアに似ている」
『え』
「もしかしてナナセがジュリアに懐いているのは、彼女が君の姉妹に似ているのかな?」
ふいに言われた言葉に動揺しつつもこくりと頷く。
今はメイクをガッツリ施し、どちらかといえば垂れ目なのを釣り目っぽく見せたり、薄い唇をリップで厚く見せたりして印象を変えているが、確かに写真の私はナチュラルメイクでジュリアに似た顔立ちを晒していた。迂闊である。
しかし初っ端からジュリアに付きまとっていたのがこんな形で功を奏するとは。……いや、いくら時間を戻した張本人とはいえ、ここで確かにジュリアが生きているのに来世のジュリアがいるとは思わないか。とはいえ次からは見せる写真はちゃんと吟味しようと心に刻んだ。
兎に角露出狂作戦は中止だから、次の作戦を決行しなければ。次は──味覚全然合わなくて食欲不振作戦だ。




