14話
久々のこの世界の料理はびっくりするほど味が薄く、持参した調味料を色々かけてなんとか完食した。恐らく最高級の食材で作られたそれは決して不味い訳ではないし、なんならかつてジュリア・ザハだった頃はこれが美味しくてたまらなかった筈なのに。
よく日本食を異世界で作り絶賛される話があるが、ティルナノーグと日本では余りにも味覚が違いすぎるので流行らせるのは難しそうだ。万が一どうやっても日本に戻れなかった時、稼ぐ手段の一つとして考えていたんだけどなぁと肩を落とす。
「ご馳走様でした」
食べ終わって席を立つと勝手に空になった食器が消えた。ヴァレリオ様が片付けの分まで魔法をかけてくれていたらしい。私だからいいものの、仮に魔法に無縁な普通の日本人相手だったらちょっぴりホラーな光景だ。
さて、ジュリアにコンタクトをとる方法だけど……これはもう王宮内を徘徊してなんとか偶然出くわすしかない。彼女に会いたいと伝える手段がないし、一人でこの部屋を訪ねてくるとも思えないからだ。部屋に凸る、というのも考えたが何故その部屋にジュリアが居るのを知っていたのかと不審に思われたら困る。なので朝散歩に出てその時バッタリ会う、これが自然だろう。
そうと決まれば今は夜だから、眠くなるまで魔法を考えることにしよう。黒竜がティルナノーグに入ってこないための結界強化魔法、番への執着を断ち切るもしくは番の記憶を消す魔法、日本への帰還魔法。どれも最終的には必要不可欠なものだが、一旦優先順位を決めなければ。
(そういえば……、夜とか朝はあっても月は無いんだな……)
ふと窓から夜空に目をやると、かつて見慣れていたはずの月は勿論星一つない暗いだけの空がなんだか奇妙に思えて、自分はすっかり地球人なのだなと改めて実感した。
この世界を創り維持しているのはエドアルド様だし、何より異世界だから月や星が無くても不自然ではない。勿論太陽もない。けれどなんとなく明るくなって、なんとなく暗くなる。他にも違うことは多いが、問題なく息ができるから空気中には酸素があるんだろう。……なんて取り留めのない事に思考がそれていた時。
再びノックの音が部屋に響いたかと思うと。
『番様、少々失礼致します』
なんとやって来たのはジュリアだった。まさか向こうから訪ねてくるとは思わなかったからビックリして彼女を見つめる。
『わたくし用に仕立てられていたもので申し訳ないのですが、まだ袖を通したことはありませんの。見たところ背格好も同じくらいですし……明日までに用意致しますので、本日はこちらをお使いいただけますでしょうか』
そう言ってジュリアの後ろに控えていたメイドが手渡して来たのは番用にと仕立てられた寝間着だった。成程、確かに幾ら異世界の奇人だろうと、王子の番に既製品を着せる訳にはいかないだろう。
『今お召になっている物は……きゃあ! つ、番様?』
着替えをお手伝いした方がいいかしらとか何とかメイドと話し合っているが、今がチャンスだ。私はジュリアの手を引っ張って戸惑う彼女を無理矢理椅子に座らせ、メイド達の背中をぐいぐいと押して部屋から追い出した。
まさかこんなに早く二人きりになれるとは思ってもみなかった。めちゃめちゃラッキーである。オロオロしながらも大人しく座ったままのジュリアの正面に腰を下ろして一呼吸置いたあと、口を開いた。
『貴女に大事な話があるの』
『お話とは……って、え? 今、言葉が……』
久しぶりに話すティルナノーグの言葉は我ながらイマイチな発音だったが、彼女はしっかり聞き取ってくれたらしい。そのアイスブルーの目を見開き、驚愕の表情で私を見返してきた。
『異世界人なのは本当だよ。ただ、前世がこの世界の人間だったから、実は普通に話せるの』
『まぁ……そうだったのですね。ですがそれならそうとお話して頂ければ、会話に困ることもありませんでしたのに……何か事情でもおありなのですか?』
この世界では輪廻転生に似た考え方があり、極稀だが実際に転生し前世の記憶を引き継いだ者もいるから、そこはすんなり信じて貰えた。けれどここから先は、前例がない。
ジュリアは今、最愛の人の番だと思ったら番じゃなかった上、予知夢で見たのとは違う人間が召喚された挙句、それが異世界人で何故か自分にだけ懐いているという、過去の自分ながらいっそ可哀想なくらい訳の分からないであろう状況に置かれている。
そんな彼女に同情しない訳では無いが、追い打ちをかけるように更なる爆弾を落とした。
『うん。だって──私の前世は貴女だから』
核心から話せば、数秒ジュリアはパチパチとまばたきを繰り返したあと、バッと口元を手で押さえ悲鳴を呑み込んだ。
『そ……んな筈、ありません。だってわたくしはまだ、こうして生きて……』
信じられないと言いたげに眉を寄せるジュリア。そりゃそうだ。私だっていきなり初対面の人間に貴女の来世ですなんて言われたらは? 何言ってんだって思うだろう。でも事実なのだから仕方ない。
『昨晩ヴァレリオ様に番が現れる予知夢を見たでしょ? 金髪で青い瞳の、まだ幼い女の子。その夢を見て朝から一人で泣いてた。そして予知夢の事はヴァレリオ様にも言ってなかったよね。……ううん、言えなかった、の方が正しいかな』
他人には知り得ないはずの情報を言えば流石に認めざるを得なかったようで、彼女は動揺したように視線をさ迷わせながらも、テーブルの上に添えた手をギュッと握りしめた。
『……本当に、わたくし、なのですか……?』
『信じ難いだろうとは思うけどね』
『では何故わたくしは生まれ変わったにも関わらず、今なお生きているのでしょう……』
『私も完璧に状況を理解してる訳じゃないんだけど……』
そうして彼女に本来辿るはずだった未来と、死ぬ事になった出来事と、今に至る経緯を話した。




