13話
色々と思うことはあれど、落ち込んでいる場合でなければそんな時間もないと、予定通り乃亜くんに報告がてら手紙を書くことにした。こんがらがってパンクしそうなこの頭も、文字にすれば多少は整理されるだろう。
そうして書き上がった手紙を、一応読み返す。
“乃亜くんへ
手紙、ちゃんと届いてるかな? 今は転移してから一時間半くらいです。浦島太郎みたいにこの短時間で日本が百年くらいたってたらどうしよう~って不安なので、試験勉強忙しいと思うけど、届いたら一言だけでもいいから返事してくれると嬉しいな。
それから、私を召喚したのはなんとヴァレリオ様でした。どうもヴァレリオ様が時間を戻したみたい。それで番召喚がやり直されて、私の作った魔法陣が発動して、私がヴァレリオ様の番として召喚されたってことだと思う。でも過去に戻ってるから、なんと前世の私も生きてるの。死んで生まれ変わって私になったはずなのに、別個体として自分が生きてるのってホント変な感じ。
ってそれはいいとして。つまり、私は予定通り日本に帰るつもりです。待っててね。珠莉愛
P.S. ヴァレリオ様がもしかしたらラウラ様を消した疑惑があって、死んで詫びたいくらいなんだけどどうしよう。”
……試験勉強で忙しい時にこんな怪文書を読まされる乃亜くんの気持ちになると、良心の呵責に苛まれる。でも彼なら恐らく気になって逆に集中出来ないと言うだろうからそのまま転送箱へとしまった。スマホのように通知音などはならないから、乃亜くんが気づいてくれるまで時間がかかるだろう。待つ間に荷物の整理でもしようと椅子から立ち上がるが、なんだかやる気が起きなくてまた座る。
それから電波の繋がらないスマホを現実逃避のように弄って一時間くらいたった頃。転送箱からカサリと小さな音が聞こえた気がして蓋を開けると、思った通り手紙が入っていた。無事届いたことに安心しつつ、ルーズリーフに書かれた四つ折りの手紙を開く。
”ちゃんと届いたよ。こっちはまだ十分しか経ってないからビックリした。
姉さんは帰るって書いてたけど、本当はヴァレリオの傍にいたいんじゃない? なんかそんな感じする。本心から帰ってきたいなら勿論歓迎するけど、未練たらたらで戻ってこられても困るし、無理に戻ってこなくてもいいよ。なんだったらそっちにいる前世の姉さん送って。”
ちゃんと帰ってきてねと言われながらの感動の別れをしたような気がするのに、中々冷めた返事だ。何より私が未練たらたらであることを見抜かれていて恥ずかしい。そんなに滲み出るような文面だっただろうか。一時間もたてばなんとなくの内容は覚えていても詳細は忘れていて、送った手紙の写真を撮っておけば良かったと後悔する。
それにしてもこちらの約一時間半が向こうの十分? 多少の誤差を加味すると、こっちの方がざっくり十倍くらいは時間の流れが速いのだろうか。それなら仮に日本に戻るのに数年かかっても、日本では数ヶ月しか経っていないからそこまで大きな影響はなさそう。
……未練を断ち切って、無理なんかしてないって自信を持って帰ろう。その為に私に出来ることを頑張らなければ。彼の手紙のおかげで沈んでいた気持ちが浮かび上がり、やる気が湧いてくる。これだから乃亜くんの友達からブラコンと引かれるのだ。
そうと決まればまずはジュリアとコンタクトをとらなければ。そう考えた丁度その時。
『失礼いたします、番様。お食事をご用意させて頂きたいのですが……』
ノックの音と共にドア越しにそう声をかけられる。恐らく言葉が通じないことを知らされているのだろう、その声色には困惑が滲んでいた。
私は私でどうするべきか悩んで、返答出来ずに黙り込む。ヴァレリオ様は私を元の世界に帰すと言っていたが、周りは反対するだろう。エドアルド様だって次期竜王たるヴァレリオ様には番が必要だとあの時私にお話しされた。けれどいくらなんでも王妃に相応しくないと思われるような番であれば、なんとかなるかもしれない。
でも王妃に相応しくない番ってどんな番だろう。使用人を虐めたり、我儘で横暴だったり? ……前世の話とはいえ、この王宮には二十年近く住んでいたのだ。ここで働く使用人は皆よく知っている。ドア越しに声をかけてきた彼女の名前だって分かるくらいだ。必要なこととはいえそんな人達相手に酷いことは出来ない。
──そもそも王妃に関わらず番に求められる一番の役割は、竜と共にあることだ。だから、ヴァレリオ様と会うのを拒否することが最も効果的なのではないだろうか。だから面会謝絶しあとはヴァレリオ様に番を忘れる魔法を掛ければ完璧。……少し胸が痛むけれど、ヴァレリオ様だってそれを望んでいるのだから、問題はない筈。これなら誰も傷つけなくていい。ということはつまり今私がやるべきことは。
「……なんでしょうか」
『ああ、番様。お食事の時間です……ええと、ご飯を……』
ドアを開けると、メイドのアールバが口に何かを放り込むようなジェスチャーで何とか伝えようと頑張ってくれる。私はそれを見てから部屋の中のテーブルを指差した。
「そこに、持ってきてください」
『……もしかしてこちらでお召し上がりになりたいのですか? ですが殿下が……』
予想通り、食事はヴァレリオ様と共にとる手筈になっていたらしい。しかし彼に会う訳にはいかないので、言葉が分からないフリで押し切った。流石にヴァレリオ様と一緒に食事をとって欲しいことをジェスチャーで伝えるのは難しかったらしく、アールバは苦笑いを浮かべながらも一礼して去っていった。
ホッとしたのも束の間、今度はヴァレリオ様と彼の側近の一人であるカスパリの声が聞こえてきた。
『だから、私が来たところで迷惑なだけだろう』
『何を仰います。異世界から来て不安でいらっしゃる番様のお心を支えて差し上げませんと』
『ああそうだ。言葉も通じぬところに突然召喚されて可哀想だろう? だから早く帰してあげればいい』
『そういう訳にはいきません。ただの異世界人ならまだしも、殿下の番様なのですから』
『彼女が帰りたいと望んでいても?』
『そう望まれぬよう殿下が繋ぎとめて下さいませ』
『……私は、ジュリア以外必要ない』
『殿下! それは──』
なかなか気まずい言い争いが繰り広げられている。こちらから何処かに行ってくれと言うべきか悩んだ上でそっとドアを開けると。
『……すまないナナセ。君は一人で食事をとりたいのではないかと思ったんだが……』
困ったように笑うヴァレリオ様が、握ったこぶしを開くようにしてドアの隙間からテーブルに手を向けると二人分の食事がそこに現れる。
『同席しても?』
その問いかけに、心苦しく思いながらもぶるぶると首を横に振り拒絶の意を示した。そんな私の反応にヴァレリオ様はホッとしたように、それでいてどこか得意げにカスパリへ笑顔を向けた。
『ほら、嫌がってる』
『ぐぬ……』
これで正解だったのだ。ヴァレリオ様はまたテーブルに手を向け、一人分の食事を消した。
『邪魔したね。ほら、行くよ』
『うう……認められません……殿下を拒絶するなど……』
竜ならば互いに惹かれあうし、竜を信仰するこの世界の人間にとっては、竜に番として選ばれることは最上級の名誉であり約束された幸福とも言われる程だった。だから、それを拒絶するというのは異端なのだ。
カスパリは昔からヴァレリオ様に心酔していて、彼が次期竜王となることを強く望んでいた。勿論そう望んでいた人──正確にはカスパリは竜だが──は他にも多数いたので、そういった人達から強硬手段をとられないよう気を付けなければならない。
……それにしても、どうやってジュリアとコンタクトをとろうか。その手段については、久しぶりのこの世界の料理を食べながら考えることにした。




