11話
あの後決して離すまいとジュリア・ザハに……自分のことをジュリアって言うことはないし彼女がジュリアでいいか。ジュリアにガッシリ掴まり、駄々を捏ねる子供のようにイヤイヤと首を振っていると、『申し訳ないけれど暫く一緒にいてあげてくれるかな』とヴァレリオ様が彼女に声をかけ、彼女もそれを受け入れた。前世の私はこの時、番を好きになって私のことなんかどうでもよくなってしまったヴァレリオ様を見たくないとかなんとかグズグズ思っていたが、それはラウラ様に特別言うことが無かったからだ。こんなに色んな意味でヤバそうな番を目の当たりにすれば流石にそうも言ってられなかっただろう。彼女が実は人造人間とか偽物とかではなく、過去の私ならば思考は同じ筈だから……これに関しても同じ考えだと思う。
という訳でなんやかんやジュリアも一緒にヴァレリオ様の王宮へと移動した。その間急ぎ言語理解の魔法を作り上げるよう話が進められていて、実際は分かっているのに分からないフリをしているだけの身としては非常に心苦しかった。
久しぶりの宮殿は、二十一世紀の日本で二十年過ごした身からすると、ずっと住んで慣れ親しんでいた筈なのに初めて来たような気さえする。竜族の権威を示すような華美な造りは、現世で例えるならばゴシック建築やロココ建築が近いだろうか。まるで海外旅行にでも来たような気分になりかけるが、それを一歩前を歩くヴァレリオ様の存在が許さない。日本ではあまり見かけない、見かけたとしても脱色によるダメージでここまで艶やかではないだろうサラサラと揺れる綺麗な白い髪をぼーっと眺めながら親についていく雛鳥のように歩く。
『君にはここの部屋を使って欲しいんだけど、って言っても分からないんだよね。どうしたものか……』
案内されたそこは客間の一つだった。帰るつもりでいるので番用の部屋を用意されたらどうしたものかと心配したが、それは杞憂に終わってホッとする。しかし当然のように客間を指定したヴァレリオ様をジュリアは驚いたように見上げた。
『お、お待ちくださいヴァレリオ様。わたくしは早急に荷物をまとめますから、番様にあの部屋を』
七瀬珠莉愛になって多少──いやかなり性格が変わったとはいえ、ジュリア・ザハだったころの思考回路が完全に失われたわけではない。だから私も同じように言っただろうこの返答でほぼ確信した。ジュリアは本当に前世の私と同一人物……つまりは過去の私だと。
『……ジュリアには正直に言うけれど、彼女が異世界から来たのであれば何とかして元の世界に返してあげるつもり。だから、君はあの部屋にいて』
『ですがそれではヴァレリオ様に番が……』
『君じゃないなら番なんて必要ないよ。私が力を得なくとも次期竜王には兄上の誰かがなってくれるだろう』
愛しそうにかけられたその言葉が私ではなくジュリアに向けられたものだと分かっていても、ちょっと嬉しくなってしまう。彼のその想いは竜としては異常だとさえ言われるだろうが……女神様のご意思ではなく、彼の心がジュリア・ザハを望んでくれていたのだと改めて実感した。
とはいえヴァレリオ様が力を得ないと黒竜がティルナノーグに侵入してきてしまうから、なんとかして世界の結界の強化もしなければならない。……襲撃まであと一年、果たして間に合うのだろうか。いや、間に合わせるのだ。
それにしてもヴァレリオ様がやけに落ち着いている気がする。確かに自分よりパニックに陥っている人を見ると落ち着くというのはあるかもしれないが、それでもラウラ様が現れたあの時、死にたいと願うほど取り乱した彼がここまで平常心を保てるものだろうか。
『彼女の荷物を』
侍女が部屋の中までキャリーケースを運んでくれる。キャスターがついているとはいえ、荷物がパンパンに詰まっていてかなり重たいので非常に申し訳ない。言葉は知らない設定なので、頭を下げて感謝の気持ちを示しておいた。
さてジュリアと話をしたいところだが……それよりもまず最初に心配しているだろう乃亜くんに手紙を書きたい。予想外のこの状況を聞いて欲しいというのもある。その為に一人になりたくて、室内で待機しようとした侍女の背中を押して追い出し、困惑するヴァレリオ様とジュリアも同様に追い出した。
『一人になりたいのでしょうか……』
『そうかもしれないね。突然違う世界に連れてこられたら誰だって驚くだろう』
ドアの前で耳をそばだて、足音が遠くなっていくのを聞き届けてからさて荷物の整理をしようと息を吐いた──と同時に、突然目から涙がポロポロと溢れてくる。いや、突然じゃない。ただ今の今まで我慢していただけだ。
「……っ、う」
会いたかった。やっと会えた、大好きな人。生きていてよかった。それは本当だ。それに今度はジュリアとヴァレリオ様が添い遂げる道を進めそうで嬉しい。そう、心から思うのに……また私は彼と結ばれないのかと、どうせ結ばれないなら一生思い出のままの方が良かったと思う自分もいて。
一度死んで転生したけれど私がジュリア・ザハなのだと、そう言えばもしかしたら彼は私を受け入れてくれるかもしれない。でもそうなったらあのジュリアは? 彼と結ばれたいくせに、それ以上にジュリアを選んで欲しいという矛盾した感情がある。だって私が彼女なら、自分を選んで欲しいから。
(いや、どうせ自分同士なんだから一夫多妻ならぬ一夫二妻を目指す……?)
浮かんだ考えにちょっとだけ涙が引っ込んだその時。ドアをコンコンとノックする音が響いて、慌てて目元を拭った。誰だろう、と少し開けると──そこにはヴァレリオ様がいて。
『驚かせてすまない。何を言っているかも分からないと思うが……君が、泣いている気がして』
目を見開いた私を困ったように笑いながら見下ろす彼。きっと恐らく竜が持つ番の異変を察知する能力なのだろう。とはいえ彼はジュリアを想っているのだから、出会ったばかりの番が泣いてるからって別に来なくても良かった筈。……ラウラ様が番だった時も、なんだかんだこうやって優しくしていたのだろうか、なんて。私は馬鹿だ。ラウラ様だからだとか番だからとか関係なく、彼は優しい人なんだから。
何を言っているかはしっかり分かってしまっているものの、今後どうするか考えがまとまるまでは今の設定を貫き通そうと理解が出来ない顔をしておく。赤子の頃から精神年齢が成人済みだったので、常にその年齢の子どもらしく振舞おうとしていた結果、演技力は鍛えられていた。
──とはいえ真剣に役者を目指していたわけでもないそれは、驚きに弱くて。
『それにしても女神の奴、話が違うじゃないか。それに……どうして君には、ラウラの時よりも強く惹かれるんだろう』
(ラウラの、時……ってことは……)
動揺が顔に出てしまったかもしれないが、幸いにも自嘲気味に笑ったヴァレリオ様は視線を横にずらしていた。
番が誰かなんて召喚しなければ分からない。そして結局召喚されたのはラウラ様ではなく私。だから、それが意味するのなんて一つしかない。
(このヴァレリオ様は……私と同じ時を過ごしたヴァレリオ様なんだ)




