10話
眩い光に目を開けられないが、室温の変化から転移が完了したと察する。ちゃんと呼吸が出来たことに安心した。
緊張から早まる心臓の音が聞こえてくるような感覚さえして、ギュッの胸元を握りしめた時。一際光が強く輝いたかと思えば急激にそれは弱まり、ゆっくりと瞼を開く。
『そんな筈は……』
視覚的な何かを認識する前に、聞こえてきた震え声に息を呑む。
(──ああ……本当にヴァレリオ様だ)
召喚されるにあたって色んな想定と覚悟をした。例えば番がヴァレリオ様とラウラ様の息子でヴァレリオ様が立会人として来ているだとか、イムレが生きていて何らかの方法で私を召喚したとか、私が死んでから何千年もたっていて全く違う世界に変わっているとか。
『君は一体──』
……だから、生まれ変わっても尚愛し続けた彼の、聞き間違うはずのない声が聞こえてきても咄嗟に名を呼ぶことはしなかったし、写真があれば部屋に飾りスマホの待ち受け画面にしパスケースにも入れ毎日でも眺めたのに……と恋しく思ったその姿を見ても、涙を流すことは我慢できた。
(良かった……ヴァレリオ様が生きてる……)
死ぬ前最後に見た時の痩せ細りやつれた姿を思えば、目の前にいるヴァレリオ様は表情こそ何か思い詰めていそうだけれど、健康的な頬のラインだし、隈もない。きっとラウラ様と上手くいっているのだろう。少し寂しい気持ちはあるが、何よりも生きててくれたことを嬉しく思う。
しかし私を召喚したのは誰だろうと室内を見渡した時に──信じられないものを見て、口から驚愕の声が漏れてしまった。
「……なんで、ジュリア・ザハが」
幸いだったのはそれが日本語だった事だろうか。途端に一層周囲がざわめくが、頭がパンパンの今そんな事を気にしていられなかった。
毛先の方だけクルクルと巻かれた栗色の髪、生まれ変わってもなおどこか似ているその顔立ち……間違いない──ジュリア・ザハだ。けれど私の前世がジュリア・ザハで、あの日自ら命を絶ったこともまた、間違いない。
ならばまさかあれはヴァレリオ様が作った人造人間とかだろうか。それとも、何らかの理由で私のフリをしている偽物……?
混乱しながらも前世の私と同じ姿をした彼女から目を離せないでいると、向こうもまた、何故か信じられないものでも見るかのように目を見開いて私を凝視していた。
そんな時、ざわめきの中からまたしても驚くべき話を耳が拾ってしまう。
『さっきは訳の分からない事を仰ったかと思ったが……ヴァレリオ殿下の番様は単に口下手でいらっしゃるようだな』
(今、ヴァレリオ殿下の番様って言った?)
慌てて改めて辺りを見渡せば、そこに居たのは確かにヴァレリオ様が番召喚の儀を行った時の面々だった。よくよく考えればヴァレリオ様もジュリア・ザハも、あの日の格好と完全に一致している。
「ま、さか……」
過去に、戻っている? そして私が、ヴァレリオ様の番……? もしかしてラウラに転生したとか? と自分を見下ろすと、服装も持ち物も間違いなく日本で準備したままだった。
──つまりヴァレリオ様の番として、七瀬珠璃愛が召喚されたのだ。
あれ程色んな想定をしていた事が全く役に立たなかった状況に、思考を放棄したいくらいの混乱に見舞われる。……それでも一つ恐らく、というか、間違いなくアレのせいだろうという心当たりがあった。
(私の作ったあの魔法陣……まさか発動したの?)
番のサーチを妨害し、自分を召喚させる魔法。発動するには魔力が足りないと思っていたのに。
過去に戻ったという予想が正しければ、ジュリア・ザハの表情は予知夢でラウラ様が召喚されるところを見たから、別人の登場に驚いてのことだろう。前世の私──いやジュリア・ザハも前世の私だからややこしいけれど──は召喚されたラウラ様を見て逃げ出したが、予知夢が外れたことによる衝撃からか彼女は動けずにいるようだった。
私が、ヴァレリオ様の番。前世でずっと望んで、そうでは無いと知り酷く嘆いた事だ。今世では、結ばれたいとも思っていた。
……けれどそれはヴァレリオ様も生まれ変わっていたらで、それにヴァレリオ様が望んでいるのは七瀬珠璃愛ではない、ジュリア・ザハだから。
未練を断ち切るように小さく息を吐いて、拳を握りしめ覚悟を決める。
「っここ、どこですか! 貴方達誰なんですか!?」
『わ、ちょ、ちょっと……!』
逃げないようにジュリア・ザハの元へ走り、その後ろへ隠れるように立ってその肩をガシリと掴む。都合よく日本語に聞こえる……などということは無く、しっかりこの世界の言葉を話す彼らに対して敢えて日本語でそう捲し立てた。多少の方言はあれどこの世界の言語は一つしかないから。だからきっと、この世界の人間では無いことを察してくれただろう。
『どういうことだ……!』
『今の言葉はなんだ?』
『聞いたことがないが、まさか……』
『魔法士達よ、範囲はティルナノーグ内に限定出来ていたのだろうな!?』
……なんてことは無い。私は何も知らない異世界人として、予定通りすぐに日本に戻ればいいだけだ。
そうすれば今度こそ、ジュリア・ザハとヴァレリオ様は結ばれる。私の昇華出来ずにいるこの想いも、ついに着地点を見つけられるかもしれない。
『今度はまだ、何とかなるかもしれないな……』
混乱によるざわめきできっと、ヴァレリオ様のその意味深な呟きは私とジュリア・ザハにしか届かなかったことだろう。あの時涙を流していた彼とは打って変わって、どこか覚悟の決まったようなその姿に、もしかして……と浮かんだ考えを首を振って振り払った。
兎に角私が番になったからにはどうにかして彼女に私の正体を明かして、今度こそ彼を諦めず、結ばれる道を選ばせたい。その為には混乱しつつも身を引こうという意思は変わっていないだろう彼女を放すわけにはいかなかった。




