61 昔の話
「シシィが?なにを言われているのですか……叔父上、その冗談は面白くないです」
表情の抜けたアレクサンダーはからくりじかけの人形のような動きで首を振る。
ガラス玉のような目が叔父を見つめた。
「しっかりしろ。アレクサンダー。シシィだけではなくアンナも王宮内にいない。
おそらく二人まとめてさらわれた可能性が高い。
アンナが一緒ならよほどのことがない限りシシィのことは心配ない。
ただ早く行方を見つけなくてはならない。お前探しに行くか?」
「行きます!!」
間髪を容れずに応えたアレクサンダーにトビアスが目を細めた。その顔はまるで眩しいものを見るようだった。
「その前に少しだけクリスティーナ様に会って行ってほしいんだ」
「母上に?」
「あぁ、二人から話をしたいんだ。手短に話す。兄上はお忙しいから同席できないそうだ」
そう言うとトビアスは王妃クリスティーナの部屋へと向かった。アレクサンダーもその背中を追いかける。本来なら両親が揃って話すようなこと。そう言われると不安しかない。
カツカツと響く靴音をききながら廊下を急ぎ足で進む。
自分の婚約の話だろうか、それとも弟たちが有力な貴族とつながって王太子の座を求めてきたのか?そんなことを思うが、二人の弟は王族にしてはまともな常識人で王子同士の権力争いなど百害あって一利なしだと思っていたはずだ。
アレクサンダーは何の話か全く想像もできないまま母の部屋の前にたどり着いた。
部屋へ着くと母であるクリスティーナがいつものようにアレクサンダーを迎えた。ただいつもと違うのは侍女の姿がないことだった。
「今からするのはとても大切なお話なの。知っている人もいるけれど、もう忘れている人も多いから人払いをしました」
そう言ってクリスティーナはトビアスに頷いた。
その視線を受けたトビアスは昔の話なんだけど、と話し始めた。が、ふとクリスティーナにもう一度視線を向けて再びアレクサンダーをしっかりと見つめた。
「兄上がすごく素敵なご令嬢と婚約してね。他国の人だ。
まだ婚約者もいなかった私は正直羨ましかった。
私が見る時の二人はお互いを見つめていつも幸せそうに微笑んでいて。
で、その二人が婚約式をすることになって家族がこの国へやってきた。
その婚約者の妹はすごい美人だった。
ひと目見てみんなが心を奪われた。
わたしもその一人だった。
そして人柄を知れば知るほど、ビックリするほど……」
トビアスそこで言葉を切った。最適な言葉を探しているというよりはその言葉を口にすることを一瞬ためらっているようだった。
だが、ついに口をもう一度開いた。
「ワガママ!だった。いや、人の心がないというべきか……」
「わがまま?人の心がない?」
素敵な初恋の話が始まると思っていたとしてアレクは混乱した。
トビアスの横でクリスティーナが悲しげに頷いた。
「かわいい顔した悪魔とは彼女のためにある言葉だった」
「はあ?」
話の着地地点が見えなくなったアレクは混乱した。
本音を言えば、もうシシィを探しに行きたい。
だがこの叔父は気さくな人格者だが、彼の後ろ盾無くしては王太子として自分の立場が立ちいかない実力者でもある。全く関係のない話をシシィの命がかかっている今する訳がない。
今すぐこの場を離れたい自分の体を押さえつけて叔父に向き合った。
「彼女はわたしの別の兄に恋をしたんだ。一番上の兄だ。
だが彼には婚約者がいてね。こちらの二人もそれはなかむつまじくて、誰も二人の間に入れないと皆が思った、この妹が失恋にないた時に慰めようと思っていた男も多かった。
まぁ私もその一人だった」
そう言って自嘲気味に微笑んでトビアスは続けた。その視線はアレクサンダーを捕らえてはなさない。
「でもね、さすがは悪魔だよ。
手を変え品を変え異国にいるのに味方を増やし、彼女のせいで二人はギリギリまで追い詰められた。
そしてある日、一番上の兄は婚約者と二人国を棄てて逃げ出した。
追手が二人を見つけたときには兄はならず者から婚約者をかばって重症。
婚約者はそのショックから出産が早まって死んでしまった。
その後兄も傷が元で死亡した。
だが一人のこされた赤ん坊は弟夫婦に引き取られ健やかに成長した」
話を理解しているか?そう言うようにトビアスの目がゆっくりと細められた。
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