45 残念度……重症
アレクサンダーとシシィはたしかにお互い好きあっている。そうリリーが告げると宰相はやはりそうだったかとほぅっと一つ息をつき満足気に微笑んだ。
その微笑みはここにいない誰かに向けられている気がしてリリーは宰相がなぜそんなにも二人のことを気にしていたのか不思議に思った。
その後、宰相から開放されて王宮内にある父の支度部屋へと移動したリリーは念のため声を抑えて父に問うた。
「お父様はごぞんじでしたの?」
「ん?なにをだね」
「宰相様が私に求めてた役割です」
「あぁ、私も知らなかった」
「お父様……」
娘を男装までさせて若い男性たちの群れに放り込んだにしてはあまりにも雑ではないか、リリーが眉根を寄せて父を睨んだ。
「コーニッツ様はお前が行けばすぐに分かるとおっしゃっていたのだ。私もお前の嘘を見抜く力を使うのだろうと思って明らかになっていない不正行為ならばあまりあれこれ聞くべきではないかと思ってな」
多少は悪いと思っているのかリリーの父は視線を泳がせた。
「いや、まさか単なる色恋沙汰だったとは……」
「びっくりしましたわ」
「まぁコーニッツ様が心配なさるのもしょうがないのだがな。お前たち若いものには知られていないが王太子様が誕生された際色々あったのだ。王族というものが人の心の有り様から離れた場所で国を背負うのはしょうがないとしても、あの方も望んで不幸になるものを増やしたくはないのだろう」
その言いようは父が王太子誕生の際の事情を知っていると言っていたが、今日もこれから顔を合わす相手の事情を知らないほうがいいのではと、リリーは話題を変えた。
「お父様。お父様はお母様との結婚して良かったとお思いですの?」
「なんだ?お前がそんなことを聞くのは久しぶりだな」
そういえば恋に恋する年頃のリリーはめずらしく家にいる父を捕まえては二人の馴れ初めを聞くのが好きだった。
貴族令嬢の常識というものを嫌というほど味わうようになり恋に夢を見れなくなった頃から父にそういった話を聞くことは無くなっていた。
「もちろんだ。お前の母はこれ以上ないほどの幸せを私にくれたよ。お前には言っていなかったか?ヤスミンは退屈が嫌いで面白いものを探しに街にお忍びで来るような女性だったからな。彼女との結婚でつまらない瞬間なんて一時もなかった。まさかあんなに早く居なくなってしまうとは思っていなかったがな」
「お父様。寂しくてらっしゃるの?」
「寂しくはない。ヤスミンが私が寂しくないようにと残してくれたのがお前たちだからな、だが……」
父の視線が窓の外に向けられた。
「リアは寂しかったのだろうな。すまないな。あの子が求めるだけの愛情を与えていればとは思う」
リアに対する後悔を隠そうともしない父の態度は『父様はお忙しいのだから』とリアに言い聞かせ自らの寂しい気持ちも打消してきたリリーには裏切りのように思えた。
リア出産後もとから強くはなかった体を弱らせ儚く消えた母を忘れようとするかのように仕事で家を空けることの多かった父。そんな父の気を引きたいのかわがままの多い妹。いい子でいなくてはと必死に貴族令嬢の枠にはまろうとしてきたリリー。
三人がばらばらの方向を向いている家族、それがアデノフォラ家だった。
(私だって寂しかったのに)
「お父様。あの子の子供のことですがどうなさるおつもりですの?」
リリーは暗い気持ちを打ち消すように現実問題に意識をそらす。
「まだ男とも女ともわからないからな。顔を見たら父親が誰かわかるかもしれないし、どちらであってもアデノフォラ家の血を引く子だ、我が家で育てるさ。貴族籍については今後考えよう」
父は子供を放り出すことはないらしいとリリーは胸をなでおろした。妹の悪巧みは赤子には関係がない。生まれてくると同時に枷をかけるのはかわいそうだ。
「そうですわね」
誰の子かは分からないが無事に生まれてくることを祈る以外に打つ手はない。孫はかわいいというし、アデノフォラ家に射す一筋の光になるかもしれないとリリーは思った。
「私、お父様にお話があったのです」
「なんだい?」
「実は結婚を申し込まれまして。お断りをお願いしたいのです」
人のことばかり心配してもしょうがない。まずは自分の問題を片付けなくてはならないと、リリーは父に向き直った。
「なぜだ?顔が悪いのか?男は顔ではないぞ。それともお前を嫁にほしいというのか?家を継ぐ必要があるから諦めるというなら心配しなくてもお前の子供が大きくなるまで父は死なないように努力するぞ」
強面に一瞬で光がさし晴れやかな表情になった父を見て、努力でも気力でも寿命はどうなるものでもないと思うのだがと思いつつリリーは非常にいいづらい一言を吐き出した。
「少し頭が残念な方なのです」
「残念の程度によるがアルフォンスのような利己心に満ちた方向で人として残念なのか?それとも常人としての生活が出来ないほどの悪魔つきか?」
「ご自分のことをちょっと勘違いしていらっしゃるのです」
「男というものは多少は自分のことを大きく思っているものだよ。私も子供の頃は騎士団長になって武功をあげると思っていた。まぁ王になりたいというのは別として向上心は必要だろう」
「その方自分のことを成人前の他国人だと思いこんでらっしゃるのです」
「成人前?自分のことを子供だと思っているのに結婚を申し込んできたのか?」
「はい……」
「それはかなり重症ではないのかな……」
父の言葉に同意しかないリリーであった。




