43 お面の秘密
リリーは真理ではあるが思ってもないことをいいながら父をなぐさめたが、はたと気づいた。
「あの、王太子殿下との婚約とおっしゃいましたか?」
改めて白塗りの面をまじまじと見る。当たり前だが宰相がどんな表情をしているのかはわからなかった。
おかしな話である。そんなことを言うのはアルフォンスだけだと思っていたのに宰相の耳にまで届いているなんて、たった一日でどれだけ噂が広められたのか。リリーの気持ちが重たくなった。
「あぁそのことか、君の元婚約者はなかなかの策士のようだ。色々と動き回っているよ。けして素行の悪いアデノフォラ家の娘を王妃にしてはならないとね」
「王太子殿下との婚約など根も葉もないデマをコーニッツ様は本当だと思われたのですか?」
「もちろんそんなことは信じないさ。でも万が一君が玉の輿を狙っているなら王太子殿下とは万が一にもないことだと分かっていてほしいからね。一応の確認だよ」
「わかりました。私結婚をするつもりはありま『ぐっ』」
リリーが言葉を終える前に父が奇妙な声をあげたのであわてて父の手をさすってやる。
「お父様。後でお話したいことがございますから、しっかりなさってください」
強面の父がたかがリリーの結婚のことでここまで大げさな態度を示す理由がわからずリリーは困惑した。
「ははは。ヨーグも娘に関しては色々と思うところがあるようだね。ところでリリフォリア嬢、私はじつはアルフォンス・ランズフートは意外に見込みがあると思っているのだけれど、もう一度やり直してみてはいかがかな?」
「は?」
「彼は役に立つ男だと思うのだが」
宰相の声が低く威圧感を持った。リリーに了承しろという圧をかけてきているのだと気づいたリリーから血の気が引いていく。
(ぜったい、絶対嫌だわ!!)
横に座る父を見るといつもの表情を感じさせない厳しい強面に戻っていた。それを見てリリーは父も宰相の言うことに同意しているのだと思い表情をなくした。
(ぜったい、いや……)
だが貴族令嬢が父に逆らうことなどできるわけがない。
ここで許されるのは同意の返事のみ。『はい』の一言が求められているというのにその二文字を口にすることを考えただけでも胃の腑がひっくり返るような気持ち悪さがリリーを襲った。
「すまん。冗談だ。そのような顔をしなくて良いよ」
そう言うと宰相は白塗りの面に手をかけた。素顔が現れ灰色の瞳がリリーを優しく見つめた。父よりも少し年は上。五十歳にはとどかないだろうが白髪まじりの後ろに流された髪、ロマンスグレーと言うにふさわしい色気をただよわせている。
「ヨーグもそのような顔をするな。娘をあんな卑怯者に嫁がせようとしていたのはお前が先だろうが」
「冗談でも聞きたくない事でしたので」
苦虫を噛み潰したような表情の父が宰相にこたえる。
宰相はふふふと笑った。宰相が父をかわいがってくれているというのは本当のようだとリリーは二人のやり取りを見て思った。
王太子と学友だった者たちのやり取りもそうだが父と宰相もかなり気やすいようだ。
「さて、リリフォリア、今の私の悪い冗談、嘘だと見抜けなかったね」
「はい」
「どうしてか、わかるかな?種も仕掛けもないんだけども」
『この面に仕掛けがあるんだ。魔石でコーティングすると呪いよけになるんだな』
「……お面で呪いを邪魔する……」
「そう。正解だ。どうやら魔石と妖精は相性が悪いらしい。詳しいことはまだ分かっていないんだが君にかけられた呪いが阻害されるなら色々使い道があると思ってね」
満足気に笑う宰相はおもちゃを手にした子供のような瞳をしていた。




