19 黒猫令嬢の事情
「助けるとは具体的には何をすればよろしいのでしょうか?」
「私の婚約許可願いがアレク様のところで止まっているのはご存知よね」
「はい」
「とりあえずそれを手に入れてほしいの」
シシィはなんてことないという口調だったが盗難の示唆であることはあきらかだった。
リリーは穏便な方法を示すことにした。
「取り下げるということでよろしいのですか?なら私に言わなくとも正規の手続きで」
「正規の手続きで更に待たされるのごめんなの。私時間がないのよ。取り下げた証明にあの書類が手元にないと新規の手続きができないの」
「はぁ?」
「心配しなくてもサインの偽造をしろというんじゃないわ。まあそれでもいいけど」
「いやだめですよ」
「サインを偽造してもらっても書類のお相手とはもう結婚はできないの。新しい手続きをはじめないと」
「三ヶ月待たされただけで婚約を破棄するというのは短気な方ですよね」
「そうなのよ。怒った挙げ句に死んでしまうなんて酷い話よ。私またお相手を探さないといけないわけ」
「は?」
「あら、どうかして?」
「お相手が亡くなったんですか?」
「そうなのよ。怒りすぎて頭に血が上ってしまったみたい。こまったわ」
「頭に血が……おいくつだったんですか?」
「七〇歳」
「ちなみにシシィ様は?」
「今年で一六歳ね」
「ちょっと年が離れすぎでは」
「でも確実に愛されなくちゃいけないんだもの。手堅く行きたいのよね。時間がないし。ほら、こんなに若くて可愛い私と結婚できるならお年をとっている方は喜んで結婚するじゃない?」
「ちょっとよくわからないのですが、シシィ様が時間がないようには見えませんが。お元気そうですし、これからいくらでも良い出会いがあるのでは?」
「そうね。今は元気なの。でもこのままだと一七歳になったら精霊の国に行くことになってるのよ。後一年しかないの」
「は?」
(精霊?)
「約束してしまったの。誰かが私のことを心から愛していない時は一七歳で精霊の国に行くって」
「は?」
(精霊の国?)
「あなた、貴族令嬢としてどうかと思うわよ。その相槌の仕方。下品だわ」
シシィは貴族令嬢としての心得を説く気になったのか扇でリリーを指した。
こうよ、こう。とアルカイックスマイルを浮かべ「まぁ、そうですの」と柔らかく頷いてみせるがリリーは聞く耳を持たなかった。
「シシィ様は誰かに愛されないといけないということですが、シシィ様が愛する方ではだめなんですか?あとは家族とかの愛ではだめなんですか?」
貴族令嬢にあるまじき熱量で問いただすリリーに向かってシシィはけだるげに応えた。
「家族ではダメなの。私小さい頃すごくすごくすごく病弱だったのよ。何度も死にかけたんだけど、ある時精霊が私があんまり可愛いから一七歳になったら精霊の国にお嫁に来るなら助けてあげるって言ってくれたの」
「精霊の国へ」
(悪い場所ではなかったけれど時間の流れ方が違ったのよね)
シシィの言葉に園遊会で行方不明になったときのことをリリーは思い出していた。
彼女は精霊とかくれんぼをしようと言われ短い時間遊んだだけで二日が過ぎていた。
体感としてはせいぜい三〇分といったところだったのに。
(緑豊かで美しいところではあったけれど、人間がすみつづけるとどうなるの?)
「でも誰かが私のことを心から愛している証明ができたらその時には精霊の国に来なくていいよって約束してくれたの。恋のライバルが精霊よりも私を愛している証明ね」
おわかりかしら?と言いたげにシシィはリリーを見た。
「愛している証明」
「精霊の言うことだもの。どうなるかわからないけれど。だから私のことを死ぬほど好きだって言ってくれた方をお相手に選んだんだけどなぁ。まさかほんとに死んでしまうなんて」
シシィは死んでしまった相手を思ってかさみしげな笑いを浮かべた。
「悪い方ではなかったのよ。二人きりで会いたいとうるさかったけど。結婚前に二人きりになれるわけないじゃない?」
(悪い方になる機会がなかっただけで悪い方だったのでは……)
いつの間にか部屋の隅に控えているアンナがリリーの視界の端で渋い顔をしているのが見える。
おそらくその男はアンナの尽力で良い人のままでいれたのだろうと察することが出来た。
「ね?だから早く次の手続きをはじめないといけないの。次のお相手が死んでしまう前に」
「ちなみに次の方のお年は?」
「聞きたい?八〇歳よ」
クスクスと楽しげに笑うシシィにリリーは目をむく。
「あがってるし!!」
「だから後一年でいなくなるかもしれない私と結婚する人なんていないのよ。普通の殿方は王家につながる姫に軽い気持ちでちょっかい出せないの。半分耄碌した年寄りしかいないのよ。わかるでしょ?」
「そんなことは絶対ないですよ。現にア『アレク兄様はダメ!!』」
きつい口調にリリーは続けることが出来なかった。
つり上がった大きな青い目にみるみるうちに涙がたまる。
「アレク兄様。きっと私のことを好きだもの。愛している証明に王になるのを諦めろと言われたら諦めてしまうかもしれない。そんなのアレク兄様が立派な王になるのを邪魔した自分が許せないもの」
『もしも愛の証明が出来ずに精霊の国に行くことになったら、私きっと悲しくて死んでしまうわ。アレク兄様に愛されてないなんて知りたくないの!!他の方ならいいわ。だって私が好きな方じゃないんだもん。でもアレク兄様に好かれてないなんて、絶対ぜーったいに知りたくない!!』
聞こえてきたシシィの本音にリリーは掛ける言葉をなくした。




