14 窮鼠令嬢 誕生す!
窮鼠猫を噛む 追い詰められたネズミが猫に反撃するという、追い詰められた弱いものが強いものに反撃するということわざだが、今回貴族令嬢としては瀕死の致命傷を負わされたリリーは復讐に燃えていた。
行方不明令嬢が托卵令嬢としてランクアップしたのだ。あの場で婚約許可願いを破り捨てられなかったのは口惜しい。
皆がはれものを触るような視線を向ける中リリーは部屋へ戻ってきた。
はたから見れば裏切られた男が恋人の部屋へ向かうわけなので皆ついてこようとしたが、非力な自分が何ができるのかとバカなことはしないと約束して付添を断った。
(だいたい!どうして!私がアルフォンスと婚約するはめになるのよ!!裏切り者!!裏切り者!!)
声も出さずにクッションをボスボスとベッドに叩きつける。
父の了承は得ていないはずだ。ならば添え状を書いたオーベアライヒ侯爵が手を回したのだろう。
サインはおそらく昔の婚約許可証から偽造でもしたのだ。
(文書偽造罪で牢屋に入るのも怖くないの?そんなにアデノフォラの家の財産をほしいの?アルフォンスのバカ!!バカ!!バカ!!)
息を荒くしながらもっと早くにこちらから婚約破棄をしてやるんだったとリリーは後悔の涙を浮かべた。
二年前精霊に誘拐された後アルフォンスがリリーを見舞いに来た時に彼が不実な人間だということは判明したのだ。
リリーが行方不明から家で発見されてすぐ、アルフォンスは園遊会のときよりは抑えめな装いだがリリーの瞳のグリーンのクラバッテをして会いに来た。
いかにも心配していた風の婚約者の笑顔に精霊の呪いを話そうかと思っていたリリーは彼の言葉に固まった。
「心配したよ。無事で良かった」
『意外に元気そうだな。まさか本当に何もなかったのか?傷物になったのならもう少し憔悴しているはずだしな。じゃあこのままリリーとの婚約を続けていても問題ないのか?他にめぼしい令嬢はいないしな。入婿とはいえアデノフォラ伯爵が引退されればすべて俺のものになるんだ。リリーみたいな世間知らずの娘くらい御してみせるさ』
二人の間に恋愛感情はないのかも知れないと思ってはいたが幼馴染で一番信頼していた異性からの本音にリリーは固まった。
彼の瞳を覗き込んでも呪いが明かしたゲスな本音は見当たらない。
『リリーに飽きたら愛人を抱えれば良いんだしな』
優しくほほえみながら心の中で将来の愛人計画をたてている男にリリーは声を失った。
昔は仲良く遊んでいたはずの幼馴染が急に知らない人に見えた。
周りの景色が歪んでいく。彼女は自分が息がうまく出来ていないことにも気づかなかった。
「どうしたの?まだ体調が万全じゃないんじゃないか?ゆっくり休んで」
『めんどうだな。泣くなよ』
リリーはハンカチを差し出しながら気遣う様子を見せるアルフォンスの手を払いのけた。
主家の娘が取り乱したことに驚いた侍女が部屋の隅から駆けつけてきた。
「一人にして……」
やっと口にした言葉は自分で思うよりも低く震えていた。
そのまま長椅子に突っ伏したリリーは誰が声をかけても夜になるまで動かなかった。
それから二年。リリーが冷めていく心を抱えたまま今まで婚約を続けていたのはこの国が女性側からの婚約破棄を申し出るのがひたすら困難だからである。女性は結婚し婚家に嫁ぐまで父親の所有物であり婚約破棄には父の意向が物を言う。
アルフォンスはリリーの父には良い顔しか見せていなかったので、行方不明だったという不名誉をもつリリーと結婚しようという男は他にいないだろうと父は婚約破棄を許してくれなかった。
もっとリリーが強くアルフォンスのことを拒絶すれば良かったのだろうが、日々ウソとホントの二重音声で心が擦り切れいていたリリーはすべてを見ないふりして自分の心を守ることにした。
妹リアが男をあさりだした時にもどうせ彼女も父が決めた相手と結婚するのだからと見ないふりをしていた。アルフォンスと社交界に出かけだしたときもリアの初恋が彼だったのを知ったから邪魔をしなかった。
常識人のリリーはアルフォンスがまさか婚約者の妹に手を出すとは思わなかったのだ。
二人の婚約を止めたのはアデノフォラの家のためではあった。が、アルフォンスに他の男の子供を押し付けるのを止めてやったのは一応彼女の優しさでもあったというのに。
(なぜ私が不名誉をこうむりアルフォンスのような男と結婚しないといけないの?)
ただただ己の不幸を呪い運命に従うしかないのだろう。この国の貴族令嬢ならば。
だが……今、リリーは『男』だ。
ダミアン・ハーストとしてこの国の王太子殿下の執務室にいるのだ。
ただの令嬢なら知り合うことのなかった同僚たちも今のダミアンには協力を惜しまないだろう。
はぁっと深い息を腹から出したリリーは眦を決した。
「首を洗って待ってなさい」
托卵令嬢の次は窮鼠令嬢とでも自ら名乗ってやろうかと思うリリーは父に負けず劣らず恐ろしい笑みを浮かべたのだが本人は気づいていなかった。




