15 仕事に燃えるダミアン
その日も執務室に王太子の姿はなかった。
だが部屋は奇妙な緊張感に包まれていた。
その原因は早朝から一番乗りで執務室に現れたダミアンことリリーであった。
鬼気迫る様子で書類をさばいているリリーは通常の彼女の担当の地区以外の書類も机に積んでがしがしと何かを別紙にまとめ上げている。
「ダミアン、本当に今日休んでもいいんだぞ」
トリスタンがおずおずと声をかけたがそれに対するリリーの言葉は簡潔だった。
「いいえ」
ピシリと音がしそうなキレの良い返答が執務室の空気を引き締める。
「だって雰囲気が怖いんだけど」
「気のせいです。それよりこの書類についてなんですが10年前の資料と照らし合わせたいのですが」
「はい!図書棟の資料室にあります!」
十は年下のはずのダミアンに恐れをなすトリスタンに周りから『しっかりしろよ』と言わんばかりの視線がとぶ。
「とってきます」
が、リリーが席を立つと皆が顔を合わせないようにと皆視線を伏せた。
「私は大丈夫ですから!!」
部屋を出る時に執務室に向かってそう言い放ち、ノシノシと音がしそうな力強さで部屋を出ていくリリーの背中で同僚たちが目くばせあう。
「女を見返すために仕事に燃えるってやつかな?」
「若いっていいなぁ」
「刃傷沙汰にはならなかったようだし諦めるってことでいいのかな?」
彼らのつてではダミアンが騒ぎを起こしたという噂は入ってこなかったのだ。
少し残念に思いつつ彼らはダミアンが短慮を起こさなかったことにほっとした。
「あきらめる……出世したら迎えに行くって約束したのかもしれないぞ」
「じゃあアデノフォラ令嬢は妊娠してなかったのか?それか子供はダミアンの子?」
「ひゅーやるなぁ」
「初恋の姫君を悪名から救うって大義に燃える若者かぁ。まぶしいねぇ」
「殿下もしばらく婚約許可願いは留めておくって言われたしな。シシィ様の分もあるし婚約許可の渋滞だな」
「でもさぁ俺が頼まれたこれ、あいつが欲しい情報ってアデノフォラ家に関係あんの?」
同僚のうちの一人がリリーの机の前で手にした一枚の紙を眺めた。
「魔石の流通量ねぇ」
「俺は小麦と油の過去と現在の価格と流通量だった」
「婚約破棄および離婚に関する法令」
「精霊に関する国内外の事件」
「初恋かぁ」
皆何かを考えついたようにだまりこんだ。
「初恋は実らないっていうしな」
「資料探しくらいなら手伝ってやるか」
「情けは人の為ならずってな。ダミアンに美人の姉妹がいるかもしれないし」
「ダミアンに似てるなら美人だろう。メガネの無いあいつの顔立ちなかなかだったからな」
「さ、仕事に戻ろう。殿下も午後には戻られるはずだからな」
どことなくしんみりとした空気がながれ、そうして執務室の中にペンがはしる音がもどったのだった。




