3章 信用できません
一章ぶりの夏目さん視点でお送りします。
「キーネー遅いね。」
「そうだね。」
兎川さんが六海ちゃんを迎えに行ってからしばらくたつが、二人とも帰ってこない。この後皆でお墓参りに行く予定で、私は雪平君と牛岡君の三人で部室で待機しているのだが、兎川さんが帰ってくる気配は全くない。
「雪平、お前は別に来なくてもいいんだぞ。」
兎川さんが出て行ってからずっと携帯を触っている牛岡君が、“来るな”というメッセージを込めながらそう言った。
「俺もキーネーの姉ちゃんに挨拶するって決めたんだ。それに、俺だけ仲間外れは嫌だ。」
「そもそもお前は正式な部員じゃないだろ。」
「そんなこと言ったら犬石さんだって違うじゃん。部員じゃなくてもちゃんと仲間なの。」
「分かったから少し黙れ。」
相変わらずの塩対応で、ピュアな雪平君が傷つく。以前部活で話したのだが、牛岡君は大の子供嫌いで、年齢以上に幼い言動をする雪平君を嫌いがちである。それでも本人曰く、雪平君には大分慣れて、以前より優しく接するよう心掛けているらしいが、元を知らない私は優しく接しているようには見えない。
雪平君も雪平君で、どれだけ罵倒されようがなつっこく接し、牛岡君の言葉の裏にある本音部分のメッセージを全く受け取っていない。私も決して頭のいい人ではないが、牛岡君の拒絶メッセージは露骨なほどに表情と口調に出ており、逆に何で分からないのか不思議になるぐらいだ。
「あー、待つの疲れたから、俺見に行ってくるよ。」
数分単位の待ち時間だったが、彼はもう待ちきれないらしい。ドアの方に歩いていく雪平君を、先ほどの適当にあしらう感じの返事ではなく、真剣な態度で牛岡君が止めた。
「待て、お前は行くな。俺が行く。」
「え、何、急に?」
「いいから、お前はここで夏目さんと待ってろ。」
「何で何で?もう待ちくたびれたよ。」
「いいから黙って言うことを聞け。」
最後の一言は、少しキレ気味に言った。目のやりどころがなかった私は気づいていたのた、彼が携帯を触っていて次第に彼の眉間にしわが寄っていき、どんどんと真剣な顔になっていっていくのを。どうやって携帯で確認しているのかは分からないが、おそらく兎川さんたちに何かよろしくないことが起こっているのだろう。放課後のこの時間帯はいつもいじめられていると六海ちゃんは言っていたし、私もそれを心配していた。兎川さんと牛岡君もそれを知っているし、私と雪平君を巻き込まない為に兎川さんを一人で行かせ、牛岡君が私たちを見張るように残ったのだろう。私はそれに気づいていたので、何も口に出さなかったが、正直気になる。足手まといになるのは知っているが、だからと言って何もせずに待つのも他人任せで嫌だ。さっきまでは二人の意思を尊重して何も言わなかったが、こうして兎川さんたちが危ない状況であることがほぼ確定してしまうと、居てもたってもいられなくなる。
「あの、牛岡君。足手まといになるかも知れないけど、一緒について行っちゃダメかな?私、友達が危険な目にあっているのにじっとなんかしてられないよ。」
「え?何かやばいこと起きてるの?」
「そうだ、しかもかなり深刻な状況なんだよ。お前ら守ってる余裕はない。」
「俺だって戦えるよ、足手まといにはならない。」
「お願い、牛岡君。自分の身は自分で守るから。」
「言っても聞いてくれなんですよね。なら、二人は一緒に行動。俺が逃げろと言ったら逃げる、約束できますか?」
「分かった。」
「だから俺は戦力になるって。」
「だったらお前の仕事は夏目さんのボディガード。もうこれ以上話しかけるな。」
ストレートに私が無能扱いされているが、彼ほどの優れた人から見たら私はオニモツ以外何物ではないのは確かだ。それも戦闘でもするのであれば、本当にただ守るべきオニモツが増えるだけだろう。そこまで言われても、私は自分の目で確かめたい。そして、できることなら手伝いたいのだ。
「状況は?」
牛岡君が携帯を耳に当て、誰かと通話を始めた。
「立ったさっき悪化した。教師二人とマッポ一人参戦。もう待っていられないよ。」
電話の向こう側から聞こえてきたその声は雪平君の兄、烏原つつじさんの声だった。なぜ彼が今の騒ぎにかかわっているかは分からないが、先ほどから牛岡君がやり取りをしていたのは彼らしい。
「今か突撃する。いいな?」
「オーケー相棒、頼りにしてるぜ。」
つつじさんの返事ののち、牛岡君がドアを勢いよく開け、飛び出していった。彼に続き、私と雪平君も走り出す。
「階段上ったところで待機、それ以上は近づかないでください。」
猛スピードで階段を上る彼の後を必死に追う。
「え、ついてくんの?」
「言っても聞かなかった。」
「じゃあしゃーないね。」
つつじさんも私たちのことを戦力外扱いしているらしく、電話越しのあきれ声がぎりぎり聞こえた。
一階上に上がり終えると、牛岡君と私たちとの間ですでに数メートルの差が出来ている。彼は私たちの方に振り向く余裕などないらしく、私たちは彼の言いつけを守らず階段を上りきっても彼を追うことにした。すると、向かい側の階段から二名ほど上がってくるのが見えた。一人はつつじさん、もう一人は知らない男性だ。
「ちょっと待ったー。」
つつじさんが大声でそう言い、三人が高校一年生の教室の前で立ち止まる。即座に牛岡君がいつから持っていたのか、野球の玉を握りしめ、投げのモーションに入り、躊躇なく教室内に投げ込み、同時に窓ガラスの割れる音がした。
「現れしは、男子の組長狼谷光正に、我が相棒牛岡翔、そして謎多きヒーロー、俺。」
つつじさんが一人厨二病丸出しのキメ台詞とキメポーズを披露し、直後三人が教室の中へと突っ込んでいった。私たちはギリギリ教室までたどり着き、教室の状況を外から見守ることにした。
教室内には電話で情報通り教師二人に警官一名、それに加えて先生の近くで倒れている私服の女性一名と、もう一人倒れている女子生徒一名。その隣にいるのが、大きく負傷している六海ちゃんと彼女を抱えた兎川さん。兎川さんはトレードマークと勝手に思っていたポニーテールを切っており、髪の短い兎川さんを見たとき、すぐに彼女だと気づけなかった。一目見ても全く状況が理解できない一面だが、つつじさんは壁の方でくじけている教師に、牛岡君と狼谷さんは倒れた生徒の近くにいる教師に対して、迷わず飛び掛かった。狼谷さんは錆びついた鉄パイプを大きく振りかぶり、床で生徒を掴んでいる教師の顔面に渾身の一撃を叩き込む。もう一人の教師にはつつじさんの全体重を乗せたエルボーで突き飛ばし、教師二名を退治した。しかし、残りの警官は拳銃を構え、唯一こちら側で武器を持っている狼谷さんに向けて発砲した。
反射的に目を閉じてしまう。発砲音の直後に金属音が短く響き、ゆっくりと目を開けると、打たれたと思っていた彼はアグレッシブに警官に対し鉄パイプを振り回していた。
「狼谷さん、深追いはせずに、今は救助優先で。」
「うるせえ、俺に指図するな。」
つつじさんの指示を無視し、彼は警官への攻撃を続ける。決め手となる一撃は当たらずにいたが、彼の一振りは警官の手に命中し、持っていた拳銃が私たちの方に飛んできた。
「お前ら、待ってろって言っただろ。」
拳銃をつたって牛岡君の目が私たちを見つけ、お咎めを食らう。廊下へと出てきた警官は私たちに気付き、二丁目の拳銃を取り出し、私たちに標準を合わせた。
銃口を向けられて発砲までの約一秒、私と雪平君は全く反応できず、棒立ち状態でいた。これから死ぬことさえも頭に入っておらず、ただ茫然と警官の流れるような銃捌きを見ていた。
二度目の発砲音とともに、誰かが私たちの視線に入ってきて、再び金属音が廊下で反射してしばらくの間鳴り響いた。今度はとっさのことだったので目は開けており、何が起こったかしっかりこの目で見届けた。発砲直後に射線に入って来たのは牛岡君で、彼は右腕を素早く横に振った。振り終えた右手ではさみを握っており、信じられないがその文房具で銃弾を弾いたのだった。
「狼谷さん、伏せてください!」
教室の奥でつつじさんがそう叫び、直後、寝転がっていた女子生徒一名が警官の方に飛んできて、彼がそれをキャッチした。その後、狼谷さんがもう一人の女性を担いで、つつじさんは兎川さんと六海ちゃんを連れて、私のいる入口方面へと寄ってきた。
「ナイスパリィ、相棒。」
「他人事みたいに言うなあ、これマジで神経使うんだぞ。」
切羽詰まった状況でも、つつじさんは余裕そうに言い、牛岡君が息の上がった声で返す。
「久しぶりだな、クソオヤジ。今の俺を敵に回すってことは、この学校の全男子敵にするってことだぞ。二年前みたいに鉄パイプぶち込まれたくなきゃ、今日は引きやがれ。」
狼谷さんが尋常じゃないほど怒った様子で警官へ怒鳴り散らした。それに対し彼は言葉ではなく銃弾を返したが、これまた牛岡君の神業で防がれた。続いての連射も、見事な手捌きで処理して見せた。
「ふん、力があるくせに、なぜそれを正しい方向に使わないのかね。まあ、どうせ無駄なことだ。今日は言う通りにしてやる。」
「娘にも手を出すんじゃねーぞ。」
「それはお前の問題ではないだろう。私の家に押し掛けるのは、頭のいいお前なら無謀なことだと分かるよな。」
狼谷さんと警官との言葉の交わし合いののち、お互い武器を下ろし、向かい側にいる彼は後ろを向き、抛り投げられてきた女子生徒を担いだまま帰っていった。つつじさんの荒い行動から考えるに、彼女はお持ち帰りされても問題ない人、すなわち満作魔利だろう。問題は、片手片足に深い傷跡のある六海ちゃんと、服が真っ赤に染まった女性の方だろう。よく見ると彼女の服に二か所穴が開いており、服に染み付いた色からして嫌な想像しかできない。もしかしたら、もう息がないのかもしれない。
「先輩、髪が。」
不意に、初めて聞く、大人びておりながらも可愛さのある女性の声がした。声の発信地は兎川さんからで、彼女が抱えている六海ちゃんのように思えた。
「六海ちゃん、今、声。」
皆が思ったことを、兎川さんが言った。彼女は原因不明な失声症にかかっていたはずなのだが、今度は彼女の口が動くのをしっかり確認できた。
「本当だ。でも、それより、真実先輩が。」
「めでたいことやけど、まずは怪我人の手当ですぜ。皆さん、一旦B組の方に行ってくだせー。犬石さんはもうちょっと待ってけろ。でもマジでちょっとだから。」
冷静にだが不思議な方言でつつじさんが指示し、狼谷さんと、彼が担いでいる真実先輩であろう人を除いた五人を隣の一年B組まで誘導し、私服組三人はA組へと入っていった。
「あの、牛岡君、言うこと聞かなくて、すみません。そして、守ってくれて、ありがとうございます。」
私は多大な迷惑をかけたので、命の恩人に深く一礼した。
「言うこと聞かないの、俺らの部員の共通した病気みたいなもんだから、気にしなくていいですよ。でも、今回はギリギリ間に合っただけで、ワンチャン死んでいたかもしれなかったこと、ちゃんと自覚してくださいよ。」
「はい、重々承知しております。」
本当に、彼に対して頭が上がらない。彼が人間離れした反射神経を持っていなかったら、私のせいで誰かしらは打たれていただろう。
「ショーニー、ごめんなさい。」
雪平君も正直に頭を下げた。が、相変わらず彼へ対しては対応がひどく、無視して部屋を出ていった。
「おい、ってお前ならいいか。」
向かい側の部屋から、つつじさんの声が聞こえた。なぜ彼が私たちはともかく、怪我人である六海ちゃんまでこっちに送ったのか分からなかったが、何かしら意味があったのだろう。彼は牛岡君以上に謎多き人なので、彼の言動に関してはあまり深く考えないようにしている。
「先輩、ごめんなさい。私のせいで、大事な髪を。」
「何言ってるの。六海ちゃんが生きてただけで十分だから。それに、それがおかげではないと思うけど、六海ちゃんも喋れるようになったし。」
教室の奥で女子高生二人が涙声で話し合っている。私も心配なので、そっちによって行き、同時に雪平君もついてきた。
「犬石さん、大丈夫?俺に何かできることある?」
「私、星光さんの家から応急処置の道具持ってきましょうか?」
「んいや、その必要は無いよ。」
私たちの問いかけを、教室に入って来たつつじさんが答えてくれた。
「あの、何でそんなに余裕そうでいられるのですか?六海ちゃん重症ですよ、いち早く医者に見せないと。」
「この東ノ方市に、信用できるドクターがいるってのか?」
「だったら、市外にでも、」
「急がば回れ、いいから俺を信用しなさい。」
「信用できません。」
「そっか。なら、見て信じてもらうしかないね。おすすめはしないけど、来たい奴はA組に来なはれ。」
兎川さんに言い負かされた彼は、そのままB組から出ていった。正直、先ほど来るなと言われた場所へ行き迷惑をかけたばかりだが、私は真実をこの目で押さえておきたい。異様な雑談部とその周りの人々について行くために、何も見逃したくない。
結局全員気になっていたのか、皆A組の教室に集まった。わざわざ隠していた割には、特に異様な光景が待っていたわけではなかった。教室の入り口付近で、寝転がっている女性に狼谷さんが手を当てている。気を当てる、という言葉だけなら聞いたことがあるが、その類のことをしているのだろうか。しかし、重症患者におとぎ話のような治癒法が聞くのだろうか。正直気休め程度のものだと私は思っている。
「おい。」
「いやー、見たいって聞かなくってですね。それに、このうち二人は同類ですよ。」
「狼谷さん、とりあえずそれは後にしましょ。」
「そうだな。真実はこれで大丈夫だ。犬石だっけ、こっち来い。」
今回の戦闘員三名は何かしら知っているらしく、現時点の私では理解不能の内容で会話が成り立つ。呼び出された六海ちゃんを連れて兎川さんが前に出て、彼女を床に寝かせた。
「痛みは少し残る。だが医者のいないここでは、これしかない。我慢してくれ。」
狼谷さんはそう言い、先ほどやっていたように両手を左腕に当て始めた。すると、先ほどとは違う現象が見られた。正確には先ほどは服の上からで見えなかっただけで、実際は同じことをしているのだろう。かなり深い左腕の傷が、目で分かるスピードでふさがっていく。まるで、テレビの早送りした映像を見ているようだ。十秒ぐらいで傷口はふさがり、跡一つ残らずに治癒したように見える。
「痛みは感じる通りだ。次は足をする。」
短いくそう言い、彼は再び、まさしくおとぎ話に出てくる魔法のような、傷の回復を始めた。靴の上からなので見えないが、おそらく治癒しているのだろう。
「どう、六海ちゃん、痛い?」
「はい、ほんの少しですが、ちょっと痛みが残ってます。」
「悪いが万能じゃないんだ。だが、少しなのは、命に係わるほどの重症じゃなかったからだ。おそらくだが真実は、かなりの激痛に苛まれながら、これから生きる羽目になるだろう。」
「ま、それだけの重症だったって訳さね。等価交換になってるだけスゲーよ。」
「おまえ、それ以上喋るな。」
「へいへい。お口チャックしときますよっと。」
その後、真実先輩は次の朝まで起きなかったらしい。その間星光先輩の家で泊まっていたらしく、普通に学校のあった私たちは、彼女の安否を知るのは翌日の放課後だった。お墓参りの予定はキャンセルになり、部活はオフのままそこで解散した。
この日、私は思った。この世は、私の常識が通じないものが存在する。銃弾のスピードに対応できる反射神経、薬なしで負傷を回復させる治癒能力、この二つが、私が初めて目にした常識外れの偉業で、それを行った一人は私と同い年の友人である。元から常識の当てはまらない人だとは思っていたが、あくまでそう思っていただけだ。自分の目で、目の前で起こったという事実は、受け入れがたいものだった。こんなに身近にデタラメな人間がいるのだから、この世にはそのような人が無数にいると想像してしまうのは、不思議なことではないだろう。この日、私の中で、常識という概念が崩れた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。悩める少女に解説キャラへというジョブが増えましたが、元からそう言う立場になる予定だったので、私からしては書いてて違和感は無かったのですが、読んでいる皆さんからしてはどうだったでしょうか。
三章は次で最終回とする予定で、それを節目にしばらく投稿をお休みする予定です。理由は依然話した通り、リアルでやることが溜まっているからです。長くても一か月で戻る予定ですが、いかんせん今外の世界は渾沌と化しているので、それに振り回されたら期間も変わってくるかもしれません。とにかく、失踪するつもりは無いので、それだけは安心してください。
ないような話に戻りますと、三章になってようやく謎が増えたり解決したりと、世界観自体を味わえる部分が出てきたと思うのですが(そう書いているつもり)、いかがでしょうか。張った伏線は回収するつ折りですが、次回作の文もあったり、このモラトリアム編では、多分完全に世界観を理解できない内容になってしまいますが、最終的には全て納得できる形になると思います。しかし、自分のしょうもない癖とか、紛らわしい要素もあって、伏線かも、って思っててそうではない要素もあると思います。それは、私がどういう人かを知る要素と思ってもらえれば幸いです。大半のキャラ、特にメインキャラたちは、リアルの私の要所要所を取り入れて作っているのでこの作品を通して私がどういう人か知っていただければ嬉しいです。
長くなりましたが、次回もよろしくお願いします。




