3章 あ、オハヨウゴザイマス
3章ラストです。
いつもと同じメロディーを鳴らす携帯電話のアラーム、いつもはベッドの横に手を伸ばせば形態がそこにあるのだが、いくら手を動かしても携帯どころか、それを置いている机にすら当たらない。鳴り続けるアラームを止めるべく目を開け、体を起こす。音の発信源はベッドから離れた、扉の横で充電器につながった状態で地面に置いてあった。それを見てようやく、昨晩星光先輩の家に泊まったことを思い出し、横に寝ている兎川先輩を起こさないようゆっくりとベッドから出て、アラームを止めた。
「うーん。」
アラームの音で起こしてしまったか、と思いベッドの方に目をやると、案の定彼女がふと恩を握り上半身を起こし、眠そうな顔をこちらに向ける。
「おはようございます、兎川先輩。」
私の声を聞いた彼女の目は少し開き、笑顔を作るために再び閉じた。
「おはよう、六海ちゃん。」
“作る”、ではなく、“自然度浮かび上がった”、が正解か。寝起きの彼女は、いつものように不器用な演技をせず、本当の彼女の姿を見せてくれる。
「ちゃんと声、出るね。」
「はい、おかげさまで。」
二人で部屋を出て、洗面所へと向かう。リビングで寝ている人を起こすまいと静かな移動を試みていたが、リビングに行くとソファーで寝ていた星光先輩と床で寝ていたつつじさん、星光先輩のベッドで寝ていた真実先輩、その三人がすでに起きており、部屋で寝ている牛岡先輩以外全員起きていた。
「おはよー、ヒロインズ、洗面所空いてるよん。」
「あ、オハヨウゴザイマス。」
「おはようございます、兎川先輩お先にどうぞ。」
「んー、二人一緒で良いでしょ?」
「は、はあ。」
決してお酒を飲んだわけではないのだが、兎川先輩が酔っぱらいのようにふらふらしながら、私を押しながら洗面所へと入った。私も朝に弱いのだが、彼女は私より数倍朝が苦手なのだろう。蛇口から水をひねり、両手で作る受け皿から水があふれ出したところで、そこに含んだ水を思いっきり顔にぶつける。バチン、という音が出るほどの勢いで顔面に水を浴びせ、私にも少しばかり水が飛んできて、彼女から借りている寝間着が少し濡れてしまった。
「たーお、タオルー。」
タオル掛けの方を手で探るが、そこにタオルはかかっていなかった。彼女のためにタオルを探すが、鏡の上の棚は高すぎて届かないので、後ろをチェックする。洗濯機の上の棚にタオルが置いてあり、そちらへ手を伸ばそうとしたとき、後ろから服を掴まれた。そちらに顔をやると、タオルを巡ってどんどん後ろへ動いていた先輩の手が、私の着ている紫一色の長袖パジャマを掴んでおり、床が濡れるのを考慮してずっとそこから動かしてなかった彼女の顔を、私目がけてぶつけてきた。
背中なので腹部ほどのあざは無いが、それでも少し痛いぐらいの勢いであり、先輩は顔面を私の背中に埋めてきた。どうやら私が来ている服をタオルと勘違いしたらしく、手を服の内側に突っ込み、下着とともに自分の顔へと引き寄せ、ごしごしと顔の水滴をふき取り始めた。
水につけた直後の彼女の手が私の背中に直接触れ、その冷たさに反応した私の体はビクっと跳ね上がった。その行動でようやく何かおかしいと感じた兎川先輩が、服から顔を離してくれた。寝ぼけた表所の消えた彼女の顔はぽかんとした感じでこちらを見ており、私の顔と自分が内側から掴んでいるパジャマへと交互に目をやり、ようやく彼女が何をしていたか気づき、慌てて服を放してバックし、シンクの出っ張っている部分に腰を当てた頃でその場がフリーズした。
「だ、だいじょうぶか、って、何があったの?」
最後のゴン、という打撃音に対してか全ての音に対してか、真実先輩が心配して様子をうかがいに来た。彼女が目にしただろう図は、洗濯機にもたれかかり硬直している私と、真っ赤になった顔を片手で隠し、もう片方の手でぶつけた腰あたりを押さえている兎川先輩で、世にも奇妙な絵面だっただろう。
「あ、あの、ごめんなさい。」
兎川先輩の私に対しての羞恥心をたっぷり含んだ震えた声での謝罪を聞き、真実先輩がより一層困惑した様子でいた。
「なはは、傑作だな。いくら寝ぼけてたって、人の服、しかも自分が貸したやつ、俺をタオルと勘違いしてそのまま使うって。」
「もう、笑わないでください。」
「しかも、それに気づかないって。」
「もう、つつじさん!」
一旦制服に着替えてから事情を話し、それを来たつつじさんは笑いが止まらないようで、涙が出てくるほど爆笑していた。このように思いっきり笑ったことが、私の人生では未だない。あまり笑いを声に出さない人ではあるが、どの点がそれほど面白かったのか私は理解できない。
「ま、如月は朝に異常なほど弱いからな。それでも、翔はもっとひどい時があるがな。」
「マジっすか?見てみたいわー。」
「そういう星光も、なかなかなものだがな。」
「朝に弱い人ばっかじゃないっすか。」
「いいから、食べられる状態になるまでそこでおとなしくしてろ。」
星光先輩が五人分の朝ご飯を用意してくれ、テーブルまで持ってきてくれた。笑いが納まらないつつじさんはいったん離れており、とりあえず四人で食べ始めることにした。
「それにしても、こうやって星光と、しかも一護の妹の如月ちゃんも加えて、こんな感じに朝食を食べる日が来るとはね。」
「思い出すか、あの頃を?」
「少しね、あんたはあまり変わってないね。」
「そうだな。」
真実先輩は星光先輩の友人で、受験勉強や他にいろいろあってしばらく会っていなかったらしい。兎川先輩のお姉さんとも仲良かったらしく、その三人に加え、昨日つつじさんと牛岡先輩とともに私たちを助けに来てくれた狼谷先輩、この四人でよく一緒に話していたらしい。リビングにその四人の写真が飾ってあり、星光先輩にとって大切な友人関係なのだろう。こうして距離を取り戻せたことに、二人とも嬉しそうだ。
「真実先輩は今日学校に来るんですか?」
つつじさんが離れていったおかげでいつもの調子に戻りつつある兎川先輩が、真実先輩に問いかけた。
「うん、試験も終わったし、何より、解決しないといけないことがあるからね。」
彼女はそう言い、先ほどの笑顔とは違う、浮かない顔で私の方に向いた。
「本当にごめんなさい。きっと犬石さんは、私のことものすごく嫌で、今私がここにいることも嫌だと思う。皆にいじめをやめるよう言ってからあなたの前から立ち去るつもりです。私のことはいくらでも恨んでいいから、他の女子達を恨まないでやって。私にとっては大事な後輩たちなの。」
「それって、満作魔利も含めてですか?」
私がどういう言葉で返せばいいか悩んでいると、兎川先輩が彼女に聞いた。
「そうね、彼女がああなっちゃったのも、私がちゃんと面倒見てやれなかったからだし、申し訳ないと思ってる。彼女が瀬戸を私をはめる罠に使ったのは今でも許せないけど、すべて私が悪いし、彼女も他の子たちと例外ない、大事な後輩よ。」
「真実先輩は、昨日彼女が先輩に言ったこと聞こえてましたか?」
「ええ、あの時はギリギリ意識があったわ。」
「それでも、ですか?」
「そうね。」
彼女がいろいろ話すたび、私に似ていると感じる。お互い満作に騙され、己を戒め続ける。彼女は今まで、そして私と違って今でも、自分を責め続けてているのだろう。であれば、私がこれ以上弘通を与える意味はない。そもそも彼女を恨んでいないし、彼女の気持ちが分かる私からしては、これ以上自分を傷つけてほしくない。
「真実先輩、私は先輩のことを一ミリも恨んではいません。魔利のことも恨んでいませんし、他の女子も同じです。私は、おろかだった自分を恨み続けていましたが、兎川先輩たちと出会い、いろいろと優しい言葉をかけてもらい、少しですが変わることが出来ました。完全に乗り越えた、とは言えませんが、今こうして生きてます。だから、真実先輩には自分を責めてほしくないです。」
思えば、彼女に思いを伝えたのは携帯の短いメッセージでの一回だけで、口から伝えるのはこれが初めてだった。自らの声で伝えれば、しっかりと意思は伝わるだろう。
「でも、モデル業を辞めさせちゃったし、いろんな傷を残してしまった。」
「はい、でも、この経験を通して掛け替えのない先輩たちとの出会いを得ました。失うことばかりではありませんでしたし、幸い声は戻りました。真実先輩との出会いも、掛け替えのないものにしたいです。だから、できればこれからも、よろしくお願いします。」
兎川先輩みたいにうまくできたかは分からないが、私が彼女にしてもらったように、自分から手を伸ばすことにした。彼女がその手を取ってくれるかは分からないが、彼女のためとかを抜きに、掴んで欲しい。
「なんで私はいい人ばかりと出会うかな、自分がどんどん嫌になっちゃうよ。」
彼女はみんなから顔を逸らし、自嘲しながら言った。そんな彼女の肩を星光先輩が優しくポン、と叩き、彼女が両手で顔を隠した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
泣いてはいなかったが、無くの必死にこらえている感じだ。
「別になくのは恥ずかしいことではないぞ。」
私と同じことを思ったのか、星光先輩がそう言い、同時に視線を兎川先輩に送った。それに気づいた感所が、なんのことやら、という感じで視線を逸らした。私に負けず劣らず、素直じゃない先輩たちだ。
「でも、本当に声が戻ってよかったね。こうして六海ちゃんと言葉で会話できるようになって、私嬉しいよ。」
「いやー、ホント感動しちゃうよ。お姉さまの髪と引き換えに貰った魔女からの短剣を、王子を殺すように使わずに、しがらみとなっていた魔女の呪いを断ち切るために使うなんて、アンデルさんもびっくりだよ。それにしても皆さん、口を動かすのはいいけど、食べるために使わんと学校に遅れてしまいますぜ。」
支離滅裂な発言をしながら、つつじさんが帰ってきた。彼の言う通り朝食にほとんど手を付けておらず、結局彼と同じぐらいのタイミングで皆食べ終わった。
「行ってキモース。でも、ちゃんショー一人でダイジョブなん?」
「昼まで寝てるだろうって言ったのはお前だろう。メモも書いたし、大丈夫だろ。」
「超能力、か。私は超能力者二人に救われたんだな。」
昨日、一連の出来事の後、起きずにいた真実先輩は除いて、ちょっとした話し合いをした。あまり詳しくは説明してくれなかったが、牛岡先輩の異常な反射神経と狼谷先輩の謎の回復能力は、何かしら不思議な力によるものらしく、つつじさんは超能力のようなもの、そう言った。なぜつつじさんがそれらすべてを知っているかは疑問だったが、昨晩はみんな疲れていることもあって深く聞かないことにした。その後夏目さんと雪平君はすぐに帰宅し、狼谷先輩も少し男子どうしで話したあとに帰った。それ以外の家の主含めた六人はそのまま星光先輩の家で泊まり、起きない一人を除いた五人で家を出た。今朝話してもらったのか、真実先輩もその情報をすでに知っているらしい。
「そうなりますね。ま、二人ではないですけど。」
「そうだな、ここにいる皆に助けられた。いつか礼をさせてくれ。」
誰と話しているかで口調が少し変わる真実先輩がそう言い、男子二人がハイタッチした。
「俺はいなかったけど、はぶくなよ。」
「もちろん。」
「流石先輩、太っ腹―。」
「え、つつじさん同い年じゃないんですか?」
「んいや、あんさんと同い年だべ、学校通ってたら、高校二年生だべさ。」
「なんだ如月、知らなかったのか。」
「私も初耳です。」
「ま、女子組には話す機会なかったっすからね。」
こんな感じで友達と話しながら学校に投稿するなんて、いつぶりだろう。本当の友達とは、初めてのことか。一人だけ高校一年生の私だが、先輩後輩をあまり意識せず、気楽に話せた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。第三章及び、二章に及んだ犬石六海編、いかがでしたでしょうか。最後に放課後の部活も書こうかと思いましたが、一旦区切るという意味で短めにしました。内容もほんわかとしており、とりあえずいい形のエンドを作っておきました、これ以降減るのでね(foreshadow)。
さて、以前からあとがきで書かせていただいていましたが、しばらく執筆活動を休ませていただきます。理由は依然話しておりますが、それに加えて、三章五話六話ともに内容に満足できず書き直しを行い、少しリフレッシュする期間が必要だな、というのもあります。クオリティー問題は深刻な問題なので、技術向上の期間も考えると休む機関が現状決められませんが、一か月以内にはしたいと思っています。復帰した際は一章から読み直し、下手のところを直す作業から取り組むと思っているので、四章投稿は一か月後になるかもしれません。
内容もちぐはぐでどこに向かっているのか、本筋がどこか分かりにくい私の処女作、“there is a reason モラトリアム”、略して“デアイズ”、これからも読んでいただけると幸いです。この作品は、私が個人で始めたプロジェクト内の最初の作品になる予定なので、この小説とかかわりのある他作品も、さらに先のことになりますが、可能であればやりたいと思っています。
それでは、次回もよろしくお願いします。




