第八章:アンドロイドは船長の遺伝子を心配する
第8章:アンドロイドは船長さまの遺伝子を心配する
一、究極のリゾート・ウェア「チャトル」
アーシュが愛用する伝統的な貫頭衣、それが「チャトル」です。永遠の夏が続くフィグラーレの強烈な日差しから肌を守りつつ、海へ飛び込む際には一瞬で脱ぎ捨てられる、極めて合理的な衣服です。リゾートでのリラックスウェアとして、ヒュームの観光客の皆様にも大好評をいただいております。(※現地では、ほとんどの漁師がチャトルの下にインナーを着用していませんので、目のやり場にご注意を!)
二、いざという時は「食べられる」!? こだわりの素材
広く普及する「漂流海草の繊維」は通気性抜群なうえ、極限の遭難時には非常食として食べられる(しかも結構いける)という優れものです。一方、お土産として圧倒的な人気を誇るのが高級な「海獣の生体繊維」。水に濡れたり光を浴びたりすると、織り模様が立体的に浮かび上がる神秘的な性質を持ち、天舷のセレブたちもこぞって買い求めています。
三、お土産選びのポイント! 形が示す「ライフステージ」
チャトルは形によって着用すべき年代や性別が決まっています。お土産としてご購入される際の参考にしてください。
・正方形:女性や子ども向け。
布の角が身体の前後左右にくるように被ります。お子様や若い女性へのプレゼントに最適です!
・長方形:男性向け。
腰帯で縛り、逞しい肩や腕を露出させます。ワイルドな着こなしを楽しみたい男性へ。
・菱形:女性向け。
腰帯で縛り、布が菱形に落ちることで、エレガントなラインと足元の動きやすさを両立させています。
四、観光客はご用心! 現地での「チャトル交換」
もし現地で異性から自らのチャトルを脱いで渡されたら要注意です! これは「本気の求愛」を意味します。また、恋人同士が互いのチャトルを腰帯として纏う「恋人の帯」は、命を共にするという情熱的な愛の誓いです。旅行の記念にと現地でうっかり受け取ると、碧海の波より激しい情念に飲み込まれることになります。
安全で高品質なチャトルのお買い求めは、ぜひ信頼と実績のウララ・ウル商会でどうぞ!
『フィグラーレ観光・文化ガイド』
発行:ウララ・ウル商会
◇
AS電脳発祥の国の習慣に、「エンモタケナワ」というものがあるそうですね。そんな感じでククリットさん(多分この船で一番『強い人』なんだと思う。逆らってはダメなんだと思う)が「それじゃあそろそろ、お開きにしましょうか」とパンと手を叩いたの。すると皆さんビクッと反応して、すかさず動き出したわ。さすが皆さん船乗りさんで、手際よく賑やかな命名式はあっと言う間にテキパキ片付けられて、わたしったらなんにもできませんでした。
リュウジンマル(元軍用ブリッツギアの名前。ニホンゴらしいです)も器用に洗濯物をリミットさんに渡して、横断幕をくるくる巻いています。その後自分で勝手にドックへ座るそうです。
彼は今ファルクラム号の無人格AIであるクラムが動かしているんでしょうけど、人の形になっているから、なんか情がわいてきちゃうわ。
「荷物を置いてくる、CICは分かるな?」
と、ご主人さまが先に行くようにわたしに言うので、わたしは1人先にこの(CICだった)お部屋へ入りました。
このお部屋、みんな軍艦だった名残でCIC(Combat Information Center)って呼んでるみたいだけど、全然ミリタリーじゃあないわ。しかも事前にデータでもらっていた図面とはぜんぜん違う。リミットさんとククリットさん、それにラクランさんがそれぞれ勝手に居心地がいいように改造しちゃってるようで、あっちこっちにごちゃごちゃと私物とクッションがあって、落書きが溢れていて、まるで秘密基地みたいなカオスな空間になってる。もしかして、冷房節約のために大昼寝はみんなここでしてるのかな?
「入るね~」
と、白いチューブブラに紐ビキニ、腰にはチャトルという身軽な格好のククリットさんがハッチから入ってきたので、付近にいたわたしは邪魔にならないように端へ寄りました。
(それにしても……)
わたしはこっそり、クッションの隙間から覗く座席のフレームを観察した。
(ヒュームが操船しやすいように改装されてはいるみたいだけど、よく見たら、この部屋の座席って現在でも一応全部『セーヴァ用有線接続機』のままなんだ~。機材もシートの奥に格納されたままだし、やっぱりここは元軍艦なのね。つまり、わたしはどの席からでも、一応接続はできる、と)
ククリットさんは、そのチャトルを手慣れた感じでサッとほどくと、ふっと短く息を止めて、ぴょんと軽く跳び上がったの。
その高さに、わたしは思わず目を丸くしちゃった。
ずいぶん高い天井付近につけられた吸盤フックにチャトルを引っ掛けると、そのまま一度も足をつくことなく、ツーッと空間を滑って操縦席へスッと着席しながらそのまま両足をリムソケットに突っ込んじゃったわ。それに、あんなにスレンダーなのに、着地の瞬間に大きなお胸がふんわりと揺れて、まるで宇宙空間の無重力を泳いでいるみたいな滑らかな動き。
(あ、そうか! これがアーシュ特有の『息を止めている間だけ浮遊できる』っていう能力ね! 初めて見たわ!)
「うっわ、さぶっ」
「空調効かせすぎやなぁ」
続くリミットさんもスッと息を止め、トンッと軽くつま先で床を蹴る。小太りなラクランさんも同時に宙へフワリと浮き上がったわ。
二人の身体が、無重力の宇宙空間を自在に飛び交うみたいに、颯爽と空間を滑ってそれぞれのシートへ見事に滑り込んだの。
「だって、リジンさん帰ってきちゃったし、ファルちゃんも来てくれたんだから。ちょっと下げたわよ。お姉ちゃん私のチャトル使う?」
「いーよ。後で自分の持ってくる」
たった数秒の出来事。当たり前のように会話しながら、流れるような三人の見事な連携と、空間を自在に飛び交うその圧倒的なスピード感! 初めてアーシュの浮遊を目の当たりにして、わたしは思わず「かっこいい……!」って目を輝かせて息を呑んじゃった!
(でも……ククリットさんが座ったあの最先端のパイロットシート、非常時には『椅子式』から前傾姿勢の『ライダー式』に可変するはずなんだけど……。可愛いクッション置いてあるけど……。あ、もしかして、あの席がライダー式に変形すること、ククリットさん知らないんじゃ……?)
「おっ、ここは冷房効いてるな」
と、ほっとした顔でご主人さまが入ってきました。みんなと同じように耳にイヤーカフ型通信機をつけて、色あせたTシャツに、白衣を着てる! ヒュームのご主人さまはよいしょと艦長席に座ったわ。……ギャップがあるわね、でもそういうなんか頼んない感じも、なんかスキ!
楽しかった歓迎会の余韻に浸る間もなく、ククリットさんが右手だけリムソケットに突っ込んで、メインモニターに資料を出して、CIC(もはや操舵室兼リビングね)の空気は一変! なんかとってもカッコイイ!
「クラム、船を出して頂戴。オートパイロット開始。指定の座標までどれくらい?」
『I copy. パイロット・ククリット。出航シークエンスに入ります。ハイブリッド航法で指定座標まで18時間40分です』
ククリットさんの凛とした声に、天井のスピーカーから返事が響いた。これが船体疑似人格AI、クラムの声ね! 爽やかでとっても聞き取りやすい中性的な男性の声。さっき外にいた時も、みんなはチョーカーやイヤーカフ通信でこの声を聞いていたのかしら。
「半日か。結構かかるなぁ。今日は風速落ちてんの?」
クラムの報告を聞いたリミットさんが文句を言った直後、ズンッ、と足元が大きく揺れて、ふわっとした浮遊感がCICを包みました。港の桟橋を繋いでいた電磁もやいが自動で解除されて、タラップや接舷用の太いアームがガシャンと重低音を響かせて外れる音が聞こえました。いよいよ出航ね!
『洋上都市リオリス、第4ゲート離脱。針路クリア。──本日の海域は最大風速7m。スカートがめくれやすいのでご注意です』
(んんっ!?)
爽やかな青年の合成音声で淡々と告げられた報告に、わたしは頭の上の青いくせ毛をピンッと逆立てて固まっちゃいました。
この子(AI)、いきなり何を言ってるの???
だって、このCICの中で今スカートを穿いているのはわたしだけです。それってつまり、ピンポイントでわたしのこと??
気密性の高いCIC内に風なんて吹くはずもないのに、わたしは思わず両手でバッとプリーツラップスカートの裾を押さえ込んでいました。
「……ああ、なんかおかしいだろ? この前リミットがいじったせいで、最近なんか変なジョークを時々言うんだよ。もとに戻して欲しいのに」
ご主人さまが、操縦席でふんぞり返っているリミットさんをジトォーッとした半目で睨みつけました。
「あー、後でまたやるって。ちゃんとおまえ帰ってくるまでに色々やってたんだって。けどなんか難しかったんだよ。ジョークレベルなんかとっくに戻してるのに。早口は治ってるだろ? 早口は」
「スケベなの直ってないじゃないか、頼むぞホント。それより、そんなに急いでるのか?」
なのにバカ騒ぎしてたのかよ、と小さい声がご主人さまから零れました。
わたしは視界の端に、事前に読み込んだ乗組員データをこっそり展開すると、そこには『リミット・ガルガン:ラナス王立学園にてオージャス工学およびAS電脳学を修了』って書いてある。
(小さいのにすごぉい、トップクラスのエンジニアなんだ。なのに無人格AIのジョーク設定を戻すの『難しかった』の??)
「今回は時間との戦いでもありますよ。あ、そうそう、ファルちゃん。船内は裸足なのよ。お掃除楽だし、リムソケットに足入れることも多いからね」
「はいっ! かしこまりました!」
そう言われてみればみんな裸足だわ、ご主人さまも船内に入ると早々に靴を脱いでいたっけ。わたしもスニーカーを脱ぎました。
ふと見上げると、本来なら船の周囲をぐるりと映し出すはずの全天周モニターは、正面のパネルしか使われていません。たぶんこれ、徹底的な節電のためと、クラムの負担を減らしているんでしょうね。代わりに『ぷいっとリーア』と『アリエルタイプのちょっとエッチィポスター(カーチリンディカMk-2を装備にした軍用ボディブリファーでちょっとエッチなポーズしてる。ラクランさんのだと思うケド。男の人ってみんな、やっぱりアリエルタイプが好きなのね~。カッコイイし。ボインだし)』とかが貼ってあるわ。天井は吸盤フックでなんか色々ぶら下がってる。ほとんど私物。モニター傷んだりしないのかな。
「……節電は重大な課題なのね、電力消費の計算もしっかり管理しなきゃ……。がんばらなくちゃ!」
わたしがくせ毛をピンと立てて一人で気合を入れていると、モニターの端に映るファルクラム号の背部装甲が、まるで昆虫が硬い羽を広げるみたいにパカッと開いて、中からソリッド・セイル(硬翼帆)が海風を受けてピンと張られるのが見えました。オージャス・ラムジェットと帆走のハイブリッド。鈍色の船体が、碧海の波を切り裂いてゆっくりと進み出しました。
ふと見ると、艦長席のすぐ前に、テーブルクロスがかけられた小さな台があって、その上には給茶機が置いてあって、まるでお茶会スペースみたい。でもこれ、クロスをめくればマザーAIセーヴァ用の有線接続機なのよね。
(きっと、ここがファルの定位置になるのね。ご主人さまのすぐ側で船を守るなんて……素敵!)
「ああそうそう、それと初期設定してる間に、ファルちゃんのお席用意するからね。それとセーヴァ用ジュースサーバーはあれね」
「はい!」
「《貝殻部屋》はCICの真下な。そのマザーAIセーヴァ用の椅子の下からポールで飛び降りれるらしいんだけど、使ったことないから分かんないんだ。今日は階段で行ってくれ。食堂にもジュースサーバーあるからガンガン飲んでくれ。そのアイウェアコネクターも下の《貝殻》(フルダイブ)もしっかりメンテしてあるからよ、頼むぜファルっ子」
「はいっ! ありがとうございます! ファルにお任せください!」
歓迎されているみたいで、とても嬉しくなったわたしはペコリッと元気よく深くお辞儀した! すると、わたしの斜め後ろで座っていたラクランさんが、視線を下げて、スチームパンク風のARグラスをパチンと跳ね上げました。このおじさんの青い目、初めて見たケド……、ニヤニヤしてスケベそうな目して合掌してる……。
「はあ初々しくてエエもんやなぁ……」
ラクランさんは満足そうに頷くと、跳ね上げていたグラスをパチンと下ろしました。
なんだろう……、なんかやだなぁもう。わたしは本能的にスカートの裾を押さえながらソソソッと立ち位置をリミットさん側に移しました。アーシュの美人姉妹の方がすごく露出高いのに、用心しなきゃ。
「はいはい、ファルちゃんをジロジロ見るのはそれくらいにして、さっさと本題に入るわよ。これがこれから向かう海域の情報ね」
ククリットさんがパンッと手を叩いて空気を引き締めると、モニターに巨大な生物のシルエットが映し出されました。
──ラクランさんの話によると、洋上浮遊大樹・ルビルの近海で、巨大な『アノマロドン』が確認されたんですって。ルビルの漁船に被害が出て、リオリスの漁業組合から高額な討伐賞金がかけられた、と。
「……またアノマロドンか。……人身被害はあったのか?」
「幸い、怪我人も死者はいないそうよ」とククリットさん。
「ルビルは小規模なアーシュの樹冠漁村や。漁師はみんなアーシュやからな、逃げ足だけは超速いんや」とラクランさん。アーシュは泳ぐの船より速いんだって。
「そうか……不幸中の幸いだな」
ホッと安堵の息を吐くご主人さま。その優しい横顔を見て、わたしの心はぽかぽかと温かくなりました。自分たちの利益よりも先に、会ったこともない人たちの命を先ず心配するわたしのご主人さま、やっぱり素敵だわ!
この碧い海には、大きいものだと100メートルを超えるような海生生物もザラにいるけれど、それに比べたらアノマロドンは小柄な方。でも特に凶暴な部類に入るそうです。漁師さんたちの間では「出会ったら最期、運のツキ」で、船を捨てて逃げるんですって。
「ワイら前回の12メートルを捕獲した実績があるからな、リオリス漁業組合が優先的にこっちへ話を回してくれたんやけど。肝心の船長はんが不在やったから、すっかり出遅れてしもたんや」
端末に表示されたデータを見たご主人さまが、青い顔をした。
「おいおい、およそ18メートル……!? 本来の倍以上のサイズじゃないか。一体、何食っちまったんだろうなぁ」
「前の12メートルを生け捕りすんのも相当ヤバかったけどな。あの時はおっさんがギアに乗ってて、腰抜かしてピーピー泣き言ばっかり言いやがって」
リミットさんが不機嫌そうに鼻を鳴らしました。
「当たり前や! あんな化け物、もう二度と御免やで! ちび介、今度はオマエ乗れ。帰ってきたら大きなるようまた乳揉んだるからさぁ」
でもラクランさん、それ、揉む仕草じゃなくて、摘まむ仕草してる……。気をつけようったら、気をつけよう……。あの時出てきたピンクゲージって、こういうことだったのね。
「ちび介言うな! 揉んでいらんわっ触るなド変態! ……まあ、いいや。その代わり、アタシの取り分、今回は色をつけてもらうからな! 色を!」
どうやら、討伐の要になるリュウジンマルには、リミットさんが乗ることに決まったみたい。
『I copy. リュウジンマル・パイロットをリミットに設定します』
クラムの爽やかな音声がCICに響くと、リミットさんはニヤッと不敵に笑って、「おう、頼むぜ!」と頭の赤い帽子の後ろで手を組みました。
巨大な海生生物がうごめく碧海。船舶には護身程度の武装が許されているけれど、フィグラーレの法規でギアの武装は固く禁止されているの。だから、リュウジンマルはライフルの代わりに大きな掘削用ドリルを持って、背中に獲物を入れるカゴを背負って戦うことになるわ。
「……でも、前回の格闘で船体の気密性が下がったままだな。12日間空けてたのに、自己修復がまだ追いついてない」
ご主人さまが心配そうに船内の診断モニターを見て呟く。
「そうですね、今回は船を直接ぶつけるわけにはいかないわ。接敵したら、リュウジンマル単独で勝負するしかないわよ、私、船から何もできないわよ? 大丈夫なのお姉ちゃん? おじさんでいいじゃない」
「大丈夫だって。前みたく捕まえるんじゃなくてさ、討伐んだから、ドリルで風穴開ければ楽勝よ、楽勝!」
「ちょっと待てや! ワイやったらエエって、どういうことやねん!」
リミットさんは景気のいいことを言っているけれど、ご主人さまの表情は晴れないまま。わたしの視線に気づいて、優しい青い瞳がこっちを見た!
「……俺は船長なんだけど、こういう荒事とか、ギアの操縦は門外漢なんだ。ファルがサポートしてくれたら、また前みたいに……アーニャがいた頃みたいに、少しは乗れるようになれるといいな」
ポツリとこぼされたその言葉に、わたしの電脳がキュンと切なくなっちゃった。
ご主人さま、自分のことを『門外漢』だなんて……。そのしゅんとした様子が、なんだか捨てられた子犬さんみたいに守ってあげたくなる可愛さで、わたしの意識回路はキュンキュンしっぱなしだわ。
「それだけじゃねーだろ。資源採掘だってオマエ、なんにもできねーじゃねーか。 遺跡だって見当違いばかりだし。海洋学者サマが『ここだ!』って指さすポイント、ことごとくスカじゃんか。スカ! アタシらの苦労も考えてほしいわ」
「……ぐ、それは……返す言葉もないな」
艦長席で背を縮めてモニター弄りながら、ご主人さま、タジタジだわ。
「もう、お姉ちゃん、リジンさんいじめないで。ファルちゃん、リジンさんはね、わたしたちアーシュが抱える『短命』という問題を解き明かそうとしている、とっても素晴らしい研究をしているのよ」
ククリットさんが観音さまのような笑顔でフォローしてくれました。でも、リミットさんは少しだけ遠くを見るような目をして、小さく笑ったわ。
「……ま、有難いけどね。でも、ヒュームみたいに百何十年も長生きできた方がホントに幸せなのかって、時々考えちゃうよ。そんな先のことまで心配して生きていくの、疲れそうじゃない?」
一瞬だけ、CICに静かな沈黙が流れた……。
ご主人さまは少し悲しそうに目を伏せてる……。
でもリミットさんはすぐにニヤッと笑って、自分の席からのけぞって、いつもの調子でご主人さまに逆さの顔だけ向けました。
「そんな不確かな研究よりさー、そろそろ手っ取り早く精子くれよ。もうアンタのでいいんだからさー、ほれ精子! それでアタシは天舷に行くんだ。学者の精子は売れば金になるし。出しまくればいいじゃんか~、精子~」
リミットさんが空中で、何かを握って上下する手の動きをし始めた!なんなのソレ? なんだろう!? ご主人さまのなにをどうするのだろう!?
「それもうやめろって! ファルの前でその冗談、本当に全然笑えないから!」
「冗談なもんか、アタシはいつだって本気だぜ! 何だったら手伝ってやろうか?」
「せ、せせせ精子って! ご、ご、ご、ご主人さまの、アレですか!? ど、どういうことですか!? お二人はいったい、ど、ど、どういうご関係でございまするかぁっ!?」
あまりに直接的な言葉に、わたしの電脳はパニックを起こして青い髪が総毛立っちゃった!
「ははっ、なんだファルっ子、そんなことも知らねーのか。アタシらアーシュが天舷に行きたければ、金持ちになるか、ミックス(混血児)を妊娠するのが手っ取り早いんだよ」
「せや。遺伝子の違いがあるからな、ミックスを出産するためにはリーアガルド号の病院で最先端の治療とサポートが必要になる。ほんで政府から補助金がドカンと出て夫婦で行けるわけや。リーアガルドへ行きたがるアーシュはぎょうさんおるからな。ワイかて天舷生まれや」
「だからお姉ちゃんは、いろいろな段階をすっ飛ばして、リジンさんの精子だけを狙っているのよ。そうじゃなくて、まずはもっと段階をふんで、同意の上で割り切って、お互い嬉ぶカタチで気持ちよく出してもらえばいいんだけど?」
清楚な雰囲気なのに、ククリットさんが、観音さまみたいな完璧な笑顔でご主人様に微笑んだ!
「ククリットのその計画の方がエグいわ! 本気で言うな!」
「アタシだって本気だっつーの! どうせアンタ独身なんだし、1人で虚しく出してるならそれよこせっつーのっ!」
(そういえば歓迎会の時も、姉妹そろって要求していたわ。何の冗談か分からなかったケド、あの人たち割と本気でご主人さまの貞操を狙ってるんだ……!)
「だから、出しまくればいいって……リジンさまが干からびちゃいます!」
「心配すんな、学者の遺伝子は高く売れるから、アタシらでちゃんと管理してやるよ。こいつはなぁー、ラナス学園大学で主席だったんだぜ? プレミアム精子だ。ラナス生まれの純潔ヒュームで学者で主席でガークスターの金持ち血統で」
「だから売るな! その手の動きやめろよっ!」
「ええ身分やんかリジンはん。アーシュっ娘2人に抜いてもらったらええやん。ワイやったらいつでも出したるのに~」
「アンタも止めてくれおっさん!」
本当にごちゃごちゃしてるけど、でも、なんだかみんな、ご主人さまを中心に仲がイイというか、気心が知れているというか。さっきの作戦会議だってなんだかお互いが信頼していることが伝わってきたわ。ようし、そういうことなら、わたしだってがんばらないと!
わたしはギュッと両手で拳を握り、勇気を出して一歩前に出た!
「そ、その時はっ! ファルが、リジンさまのお手伝いをします! リジンさまの体調も、大切な遺伝子の管理も、ファルが責任をもってお世話しますからっ! ファルにお任せくださいっ!」
ペコッとお辞儀すると、ピタッとCICの空気が凍りついた!
「……こいつ! やっぱりオマエら、道中でヤッてたんじゃねーのか!? 道中で! その精子どこいったんだよ!」
リミットさんが顔を真っ赤にしてバンッとコンソールを叩きました!
「ぐっじょぶやぁ~、抜け駆けやぁ! こんなエエ子、うらやましすぎるやん! 船長はん、男やわ~!」
「ち、違う! こいつは意味分かってなくて言ってるだけだ! なんでそうなるんだよ!」
ご主人さまは顔から火が出るくらい真っ赤になって、両手を振り回して全否定しています。
「もういい! ……ファル行こうか! ポイントまで半日かかる。その間に〈貝殻部屋〉で初期設定を済ませてしまうぞ!」
ご主人さまに促されて、というより逃げるように手を引かれて、わたしたちは賑やかなCICを後にすることになりました。
「あ、逃げんなコラ! 無駄遣いすんなっ! 無駄遣い!」
背中に向かってリミットさんが吠える中、「ファルちゃん」と、すっとククリットさんがわたしを呼び止め、わたしの手に冷たい小さなプラスチックの容器を握らせました。
「ファルちゃん。絞り出したら、ここに入れてね」
「えっ? あ、はいぃっ!?」
観音さまのような完璧な笑顔で、とんでもないお願いをされちゃった!
◇おまけ
【記録アーカイブ:ファルクラム号CIC内 環境音声ログ】より抜粋
「──なんで今更急に言い出すねん! このポスターずっと貼っててもオマエら何も言わんかったやんけ!」
「いやそうだけどさぁ、幼体セーヴァが来るんだからさぁ。……ダダこねるなよ、ダダを。いい年しやがってさぁ」
「じゃあ、そっちの『ぷいっとリーア』だけ残して、そのアリエルタイプのポスターだけ外したら? それやっぱりスケベだと思うわ」
「どこがやねん。カッコイイやんけ。これ天舷軍の昔の公式ポスターやで? もう手に入らへんねんで?」
「ん〜、カーチリンディカがカッコイイのは分かるけどさぁ、この軍用のレオタードみたいなやつ、ちょっとエロいぞ。今から来るのは稼働三ヶ月の学校出たての幼体ホヤホヤなんだぜ? 教育上よくねーだろ、どう考えても」
「レオタードちゃう! 軍用のロンバスボディブリファーっちゅうねん! ボディブリファーはセーヴァの正しいインナーやの! だいたい、このアリエルタイプよりもオマエらの方がエロい格好してるやんけ!」
「はああ?」
「スケベ執行?」
「ひっ!? ま、まあ聞きいや……! このボディブリファーは軍用やねんで? 戦闘時しか着てるところ見られへん高性能なんやで?」
「いやどうでもいいわ、どうでも」
「ポスター相手でもそんなところ触らないで変態おじさん。本当にスケベ執行するわよ」
「うっ!? 無意識につい手が。いかんいかん、ワイの宝が」
「拭くな拭くな」
「おじさん、私こっちは好きよ? この『ぷいっとリーア』。こっちだけにしたら? 新しく来てくれる子も同じタイプなんだし、喜ぶんじゃない?」
「いや、それも外した方がいいよ。なんかこんな変態おっさんにそういう目で見られてると思ったら、どんなセーヴァでもゾッとするんじゃね?」
「どういう目やねん! いやや! このポスターは『対』になっとんねん! ワイの宝やねん! 両方貼らんとアカンの!」
「そうかぁ、お姉ちゃんも一理あるわねぇ。……『ぷいっとリーア』を貼ってるせいで、私の胸やお姉ちゃんのパンツを狙うのと同じスケベな目で自分も見られるって思ったら……おじさんに慣れてない子なら、怖くてゾッとしちゃうかもしれないわ」
「アタシらは慣れたしククリットがスケベ執行するからいいけど。……これなんで『対』なんだ? 雰囲気も何もかも違いすぎるじゃんか?」
「分かる人には分かるんや!」
「だいたいなんだよその『ぷいっとリーア』って。たまに見かけるけど、これホンモノの初代リーアか?」
「ああ、これたぶんホンモノよお姉ちゃん」
「おう、これ本人やで。なんや、初代リーアっちゅうたら、これやで『ぷいっとリーア』やんけ。ちび助知らんのか?」
「知らねーなぁ」
「セーヴァが『〜さん』や『〜様』って敬称や敬語で呼ばれるんを嫌がるのは常識やろ? 衆生と同じ目線で泥にまみれて寄り添うことこそが、あの子らなりの奉仕者としての矜持なんや」
「ああ、まあな。だからアタシらも、セーヴァには基本タメ口だぜ?」
「せやろ? でな、あの偉大なマザーAIの初代リーアの御前で、うっかり『リーア様』とか『初代様』なんて尊称を使うてみぃ。そしたらこうやって露骨に『ぷいっと』顔を背けてすねた顔するんや!」
「あ、これその顔かよ? 初代リーア本人の?」
「そう! このギャップがあまりにも可憐で愛らしすぎるんや! 誰かがうっかり呼んでしもうた時にしか見れんこの『レアなすね顔』が、ネットの海で独り歩きしよってな、今じゃスタンプやらARフィギュア、アパレルデザインやポスターになるくらい、『ぷいっとリーア』っちゅうて、天舷や地上の若者の間で定番のミームになっとんのや!」
「ふ~ん、伝説の初代リーアもそんな顔するんだな。そう見ると、確かにこれ可愛いなぁ、分かるな。そうかぁ、『ぷいっとリーア』かぁ」
「な? 可愛ええやろ~? そうそう、セーヴァ同士のコミュニケーションかて、よう聞いてたらオモロいんやで? 例えば、ちょっと怒ってたり牽制する時なんか、お互いにワザと敬称とか敬語使いよんねん。ワザと相手を立てたり、二つ名で呼んで褒め攻撃すんねんで」
「はぁ、もういいわ。いつの間にか私も見慣れちゃったし。時間も来てるし、そろそろ甲板にお酒とお料理運んで準備しましょう。変な目でみたらスケベ執行すればいいんだし」
「そうだな」
「暴力反対や! ワイは自分に正直に生きたいねん! 今から来るニューエンジェルかて、最初やねんからボディブリファー着てるんやで! この目でそれを……! 暴りょっ、ひぃっ!?」




