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第七章 アンドロイドはザ・ライトスタッフに出会う

第7章 アンドロイドはザ・ライトスタッフに出会う


 私たち先住種族(アーシユ)に古くから伝わる、広大な宇宙に命の種を蒔いた『播種者(ブラフマ)』さまの言い伝え。「いつの日か天舷が来航し、一切衆生を苦悩から解脱させる法を示す」――。

 ヒュームの学者さんたちの中には、この予言はリーアガルド号のことではなく播種者自身を指すのではと難しく考える方もいるようです(うちのリジンさんも! ホントしょうがない人。もっとロマンチックに考えればいいのに)。

 けれど、私たちアーシュにとっては議論するまでもありません。

 ──科学を父とし、仏法を母として、智慧と慈悲を体現するために生まれた、美しいセーヴァたちこそが、その予言の確かな答えなのですから。

 そもそも、セーヴァたちの心である『AS電脳』は、大乗仏教の『アラヤ識思想』がシステムとして再現されています。だからこそ、彼女たちと共に歩んできたヒュームたちの間にも、長い時間をかけて仏教の教えが深く浸透していったのでしょう。

 古くから「子は親の鏡」と言われます。育て方によってセーヴァは様々な個性や能力を発揮し、人はその鏡に映る我が身を見つめ直します。親が子どもを養育することを通して親として学ぶように、ヒュームはセーヴァを育成し正しく導こうとすることで、文化的にも、社会的、宗教的にも大きく成熟し、大宇宙への進出を果たしました。

 私たちアーシュもまた、かつてのヒュームのように、セーヴァたちの導きを得て心を満たされたいと願うのです。


 私たちが「無量の海」へ祈る習慣と、天舷がもたらした大乗浄土仏教の教えは、まるで最初から一つの形だったかのように100年かけて美しく溶け合いました。そう、まるで感覚だったものが、言葉になっていくように。入植初期の祖先たちが、セーヴァたちを尊い沙門や比丘尼としてすんなり受け入れたのも当然のことです。王政府はもちろん、私たちの村の大樹寺院(ヴィハーラ)でもジーリー様やリータ様を導師としてお迎えしていますが、特に初代リーアに至っては、まさしく菩薩様の顕現として今も深く崇められています。

 とはいえ、泥臭い煩悩を捨てきれない私たちマンカインドや、まだ若いセーヴァたちにとって、信仰というものは日々の習慣がなければすぐに薄れてしまうものです。(サボってばかりのお姉ちゃんや、形ばかりのラクランさんを見ればよくわかりますね……)。

 だからこそ、毎朝ヴァスヴァンドゥ菩薩様の讃歌(ガーター)を唱和して一日を始めることが大切なのです。

 さて、これからお迎えする私たちのかわいい「名無しのリーア様」は、これからどんな風にお祈りを覚えていくのでしょうか。

 まだ経験未熟な無垢なアラヤ識に、仏さまの教えの種を蒔いて、立派な菩薩様へとお育てするのは、私の大切な役目になりそうですね。ふふっ、明日からの朝の礼拝が、本当に楽しみです。

『ククリットの日記』より抜粋





 視界の端、眼識回路のオーバーレイ表示で事前に送られていたファルクラム号の船内図を展開してと。

(図面とちょっと違うところがあるけど、だいたい同じね)

 わたしは薄暗い鉄の廊下を先陣切ってるんるんと歩きました。

「あ、ここ右ね! そして次が……」

「ああ、その通りだ。さすがだな、もうすっかり構造を覚えたのか?」

 後ろから両手いっぱいにわたしたちの荷物を抱えて歩くご主人さまが、感心したような声をかけてくれたわ。

「えへへ! だって、暗記するくらい何度も何度もリジンさまに頂いたデータと資料を読み込んだんだから! わたし、これからこの船のAIになるんだもの、これくらい当然よっ!」

 ご主人さまに褒められて、わたしの頭の上の青い癖毛がピョンと嬉しそうに跳ねた。もうこれなんで勝手に動くんだろう。

(名前で呼べって言われたけど)

 実は心の中では「ご主人さま」と呼ぼうと考えているの。この人に、絶対の忠誠と愛を誓い、わたしの全てを尽くして捧げるためよ。


 船内は外の強烈な熱風に比べればマシだケド、随分節電してるみたいで、決して空調が十分に効いているとは言えないわ。まとわりつくような湿度の高さ。HEスキンが高効率で水分を肌から吸っては放熱を繰り返している。こりゃ毎日お風呂(調整槽)に入らないと!

(でもこの湿気、ヒュームには相当キツいよね?)

 振り返ると、ご主人さまの額からは大粒の汗がドッと流れ落ちてる。

「……まずは甲板に行こう。みんなそこで待ってるはずだから」

「はいっ!」

 元気よく返事をしたものの、わたしの歩みは先ほどからどうにもぎこちなく、少し内股気味。

 だって、ほんのついさっき、タラップを登る時に風に吹かれて、わたしの短いフレアスカートが傘を逆さにしたみたいに真上へとめくれ上がってしまったのだから!

 しかも、後ろを歩いていたご主人さまの視線のど真ん中で。

(ああ~……っ! このインナーなんでこんなエッチィのよ! RGS社のインナーって、機能優先っていうケド、なんでこんなデザインなわけ? 意図的な悪意を感じるわ。ほぼTバックじゃない! クロッチからお尻のラインまで、バッチリ見られちゃったわ……!)

 アクシデントとはいえ、一目惚れした大好きな人に無防備な小さなお尻を見られてしまった! 思い出しただけで、羞恥心が、今さらになってアラヤ識回路からブワッと表層意識回路へ湧き上がってきて、視界の端に羞恥心アラート(勝手にそう呼んでる)をピコピコさせて、HEスキンの温度を急上昇させるわ。すぐに放熱機能が限界を超えて、青い髪の先からうっすらと蒸気(燐光)が立ち上ってしまいます。

 でもでも! このまま恥ずかしがっているだけじゃダメよ。いつか見られるワケ(予定)だし! わたしは勇気を振り絞って、精一杯甘えた声でくるりと振り返った!

「あのあのっ! リジンさま! わたし荷物まで全部持っていただいて、本当にありがとうございます」

「ん? ああ、これくらいなんてことないさ」

「でも、すっごく汗かいてるわ。わたし拭いてあげる!」

 そっとご主人さまに近づき、放熱ベストのポケットからハンカチを取り出すと、背伸びをして彼の額や首筋の汗を優しく拭ってあげました。

「い、いいって、自分で拭けるから……! ヒュームは汗っかきなの! 慣れてるから!」

 半分ワザとなんだけど、至近距離で顔を近づけたせいか、ご主人さまはカッと顔を赤くして、分かりやすく狼狽えてる。その不器用で照れた反応がたまらなく愛おしくて、わたしの胸の奥で幸せの種子が弾けたように甘い感情がいっぱいになってきました。

「さ、着きましたね! この扉の向こうが甲板ですね!」

 はやる気持ちを抑えきれず、勢いよく甲板へのハッチを押し開けました。



 ――しかし、そこに広がっていたのは、感動の対面とは程遠い、カオスな光景なのでした……。

「──てっめーは、元プロの選手のくせさ! ぶくぶく太りやがって! 台無しじゃねーか!」

「なんやとぉ? オマエかってなぁ、ぜんぜんオッパイあらへんやんけ! ククリットのボイン見習えや、ホンマに姉妹なん?」

「くっ、コイツだけはゆるさん! ククリットをそんな汚れた目で見るな! コロス!」

 ここは容赦ない炎天下の甲板。わたしの歓迎会(単なる酒盛りよね?)すでに佳境に達していて、文字通りの乱闘寸前だわっ。


 ロボット三原則がアラートを出して、わたしはあわあわしながら眼識回路に事前にもらっていたデータを呼び出し、目の前の人物たちと素早く照らし合わせました。

 怒髪天を衝く勢いでキレている小柄な人が、リミットさん。紅蓮色のベレー帽に、白いチューブトップとホットパンツ姿の銀髪ボブヘアのアーシュの女性。尖った耳が真っ赤になって、あかね色の目が怒りに染まってる。

 そして、かりゆしウェアを着てスチームパンク風のサングラスをかけた、小太りなミックスの中年男性がニヤニヤと煽っている。彼も耳が尖っているから、アーシュの血を引くラクランさんね。あホントだ、元ブリッツブレード選手、プロリーグで活躍って書いてある。


「あのあのっ……リジンさま。止めに入った方が」

「いや、いいよ。キミが来たから、いつもよりテンションが高いんだ」

「そうなんですね! たしかに、あの方たち、こんな猛暑の炎天下で暴れているのに、ほとんど汗をかいていないわ!」

 隣で荷物を抱えたリジンさまが呆れたように大きなため息をついています。

「アーシュとミックスは、このフィグラーレの先住種族だからな。この星の猛暑に遺伝子が適応してるんだよ。俺は日焼け止めしないと火傷になるのに、あいつらには無用らしいな」

「へえっ! そうなんですね!」

 キミは大丈夫なのか? と優しく聞いてくださるので、元気よく「はいっ! まだ平気です!」と応えました。

「あのおっさんのセクハラは今に始まったことじゃないんだ、キミも気をつけてね。いやなことがあったら、俺に言うんだぞ? ……今日は新入りの歓迎会と、やっとセーヴァが入るから、業績改善の取り分のケンカでもしてたんだろう、テンション高いわ……」

 そう言って、リジンさまだけが滝のような汗をドッと流しています。


「──せやから揉んだるわ! ちょっとかしてみぃ!」

 口論はどんどんエスカレートして、信じられないことにラクランさんがリミットさんのチューブトップの中へ両手を突っ込んで、ガシッと胸を鷲掴みにした!

「ぎゃあぁー! 触るなド変態! コロス! コロ……にゃああぁっ!?」

 ボブヘアの銀髪がビクッと電気が走ったみたいに逆立った!

「ほらぁ、真っ平らやから簡単に滑り込んで、ほれほれ、引っかかるのコレとコレだけやん。どこにおっぱいあるねんな。全然あらへんやんけ~! ほれほれぇ」

「ひゃんっ! や、やめろバカッ、や、やめ……っ、離せぇぇっ!」

「ワイのゴッドハンドで揉んで大きゅうしたるわい! ……って、おやおやぁ? 硬くしてどーすんねんな~」

「~~~ッ!!」

 涙目の赤い瞳をわなわなと震わせて、リミットさんは怒りで毛先まで真っ赤に染まっていきます! そして「死ねぇド変態っ!」と叫ぶと同時に、でれ~っとしたラクランさんの股間に見事な蹴りをクリーンヒット! 絶対痛いヤツだ!

「ふおぉぉっ!?」

「そろそろ往生してください、ラクおじさん!」

 さらに、横からすっと現れた、銀のロングヘアを赤い組紐でハーフアップにした、もう一人のアーシュの女性――ククリットさんが、観音様のような微笑みを浮かべたまま、持っていた扇子(比丘尼がよく持ってる儀礼用だけど、鉄で出来てて、ちょっとおっきい!?)を大上段に振りあげた!

「スケベッ!」

 ガインッ!

「あいんっ!?」

 頭蓋に響く鈍い音と共に、ラクランさんは白目を剥いて甲板にうずくまってしまいました。わたしは思わず両手で口を覆って、リジンさまの背中に隠れました。

 怪我をしたわけじゃないみたいだケド、触られた余韻で肩を震わせて胸を庇うようにギュッと両手で隠したリミットさんは、真っ赤な顔の涙目で、まるで威嚇する猫みたいに「シャーッ!」ともう一発ラクランさんの股間を蹴り飛ばした!

 「あへっ」と、白目を剥いたままのラクランさんが奇妙な声を漏らし、わたしの盾になっている汗だくのリジンさまが、疲れたような呆れたような、深々と大きなため息をついたわ。このやりとり、日常茶飯事なのね……? き、気をつけないと!

「……えっと、あのぉ」

 恐る恐る声を上げると、息を切らした二人の女性がバッとこちらを振り返った!

 わたしは慌てて姿勢を正し、プラントで習った一番綺麗な角度でお辞儀をしました。

「は、初めましてっ! わたしはRRAS02-01112、アラヤ識システム電子頭脳搭載型アンドロイド、リーアタイプのセーヴァです! よろしくお願いします!」

「「おお~っ」」とパチパチ、美人姉妹二人の乾いた拍手が炎天下の甲板に響いています。

「紹介するな」

 ご主人さまが苦笑いしながら、荷物を置いて前に出ました。

「こっちの短気なのがリミット。で、鉄扇(テツチユウケイ)を持ってるのが妹のククリットだ。2人は採掘業者として船に乗ってる。そっちで丸まってるのが居候のラクラン。このおっさんはコーラルトレーダーの社員なんだけど、なんかずっといるんだ。みんな、今日からこの船の仲間になる、」

(それ、てっちゅうけいって言うんだ、やっぱり儀式用だ)

 ご主人さまが言い終わる前に、お酒に酔った赤いベレー帽の勝ち気な瞳がわたしに迫ってきた!

「おうおう! アタシがリミットだ。ガルガン樹族・族長ユリットが長女・リミットさまだ!」

 ラクランさんのせいで上にズレたチューブトップを直しもせず、穿いているホットパンツのボタンも弾け飛んだままになってる……。酔っているせいもあるのか、あまり細かいことを気にしない性格のようだわ。

「いい~じゃんか~! 可愛いじゃんか~! 最新モデルってのはピカピカしてて。頼りにしてるからな! アタシはなぁ、オマエ買うのに半分資金を出してんだ。だからアタシこそが……、」

 そう言ってわたしの肩に手を置いてすぐに、ギョッと後ずさるので、思わずビックリしてしまった! 何か粗相でもしたのかしら。

「……いったい、どういうことだおい! リーアタイプって地球年齢で13歳筐体なんだろ? なんでアタシよりデカいんだよ!」

 確かに、わたしの方が頭半分高いみたいだケド、リミットさんの身長はアーシュの平均データよりも数段低いみたい。

「ご、ごめんなさい! でも、でもね! わたしのこの身体はプラントで造り出された時のままで、これからいくらたくさんご飯を食べても全部発電エネルギーになっちゃうし、いっぱい睡眠をとっても、これ以上身長が伸びたり縮んだりすることは決してないです! だから……」

 と、これからリミットさんのご成長に期待していただけたら、と続けようとしたが、赤い帽子と小さな身体がプルプルしてる……。

「あのなぁ……、アタシはとっくに成人してんだ! もう伸びねぇよ!」

 訂正だわ、身長のことはとても気にしてるみたいだから、今後触れないようにと重要事項としてアラヤ識回路に厳命しました。

「まあまあ、お姉ちゃん。落ち着いて」

 清楚な優しい声がふわりと微笑みながら近づいてくると、わたしの背後に回り込み、そのままギュッと強く抱きしめてきた!

「きゃっ!?」

「んん~っ、なんて可愛らしい菩薩様なのかしら……! 肌もすべすべで、とってもいい匂い」

 ククリットさんはわたしの頭頂部に顔を埋め、すんすんと匂いを嗅ぎ始めた! その瞬間、わたしの後頭部が白いチューブブラの豊満で柔らかい胸の谷間にすっぽりと挟まり、信じられないほどの弾力に押し包まれた。カイくん(赤ちゃん)より柔らかいっ! おっきい!

「ふふっ、私はククリット。ガルガン樹族リミットの妹。これから私といーっぱいオシャレしましょうねぇ。いろんなお洋服やチャトル、着せてあげますからね~」

(この人には逆らっちゃダメなんだ……)

 アラヤ識システム電子頭脳が本能でそう告げています。まるでお気に入りの着せ替え人形を見つけたかのような、甘くもどこか逆らえない響きの声。わたしは「は、はいぃ……」と引きつった声で頷くしかなかったわ。ククリットさんの腰元は、白い紐ビキニの上にガルガン氏族織り模様のチャトル(薄い貫頭衣)を器用に巻いていて、サイドの白い紐の結び目をわざと見せて、おしゃれさんなんだわ。

「……ええ足やぁ~……」

 ふと足元からヌルッとした声が聞こえ、見下ろすと、さっきまで悶絶していたラクランさんが這いつくばったまま復活していました。

 ARグラスが怪しく光り、下からのアングルでわたしの素足をねっとりと舐め回すように見つめています……!

「ヒッ……!?」

 ドン引きして、スカートの裾を押さえながら後ずさりするわたしを、ねっとりした、ゆっくり立ち上がるラクランさんの視線が追いかけてきます。

「ワイは待っていた。キミのような天使が、この船に再び息吹を吹き込む時を! 透き通るような青い髪……華奢やのにしっかりした太もも……たまらん。たまらんでぇ。おお、13歳ヒュームの少女の慎ましく膨らみ始めた胸を完璧に再現したRGSが憎い! ああ、みずみずしく白く光る太ももが眩しい! ワイはコーラルトレーダーのラクラン、キミの足のためなら、死ねる……!」

 わたしの小さい身体を頭の先から足の先まで生々しいねっとりとした視線で舐め回すので、反射的に、わたしはスカートの裾を引っ張って胸を隠して、ご主人さまの後ろに隠れた! そうか、どうしてご主人さまが『靴下ははかないのか?』と気にしていたの、このおじさんの卑猥な目から守るためだったんですね。

「……えっと、死なないでください……」

 あまりの圧にわたしが完全に引き気味になっていると、両脇からリミットさんとククリットさんが冷ややかな声を揃えて、「「いーや死んどけ」」とサングラスのおじさんを踏んでくれました。

「ふぎゅっ!?」

「変態!」「スケベッ!」

 美人の若い女性2人の裸足に踏まれて、どこか嬉しそう。

 その背後で、それを合図にするかのように、落書きだらけのポンコツな見た目の元軍用ブリッツギア・リュウジンマルが、巨大で無骨な鋼鉄の指先を器用に使って、破れないようにそっと巨大な布を広げました。そこには、アーシュ語のカラフルな文字で大きくこう書かれていた!


『ようこそ、ファルちゃん!』


 パーンッ! パーンッ!

 同時に、リミットさんとククリットさんがラクランさんを踏みながらクラッカーを鳴らし、色とりどりの紙吹雪がフィグラーレの青空を舞った!

「え……?」

 わたしは目を丸くして、その垂れ幕の文字と、自分の名前らしき響きを交互に見つめました。

 申し訳なさそうにするご主人さまの青い瞳に、口を開けて驚いているわたしが映ったのです。

「驚かせてごめんなぁ、実は、キミの名前は最初からみんなで決めてあったんだ。……『ファル』だ。初代リーアは、リーアガルド号から名前をとっただろう? それと同じようにさ、ファルクラム号にとって欠かせない、大切な家族になってほしいから、この船の名前を冠してファルにした」


「ファル……。わたしの、お名前……ファル!」


 眼識回路に表示されたその綴り。

 その言葉がわたしのAS電脳の奥深くまで染み渡っていきました。

 感動で視界がチカチカと点滅。名を得たことであらゆるステータス画面が猛烈に桜吹雪が舞うように目まぐるしく書き換わって、アラヤ識回路に染みこんでいく……。

 単なる無機質な「製造番号」だったわたしが、世界でただ一人の「ファル」として存在を認められたんだわ! 誰かの代替品じゃない、かけがえのない「わたし」の誕生……! もう、わたしは、量産で生成された虚構じゃあないんだ! 今この瞬間から、わたし自身の本物の人生が確かな熱を帯びて脈打ち始めたのだ……!

 シャトルの中で「みんなで考えるから待っててくれ」と言ってくれたのは、このサプライズのためだったんだ!

 ──そして最後に、ポコンと視界の右端に『Are you my master?』という古風なアイコンが出てきました! 反射的にリュウジンマルを見ました。表情なんか無いんだけど、この船、ファルクラム号の疑似人格AIクラムが、ログインアイコンを送ってきたんだ! まるで船からも祝福されたよう!

「ああっ、リジンさまっ! ありがとうございます! ファルはすっごく、すっごく幸せです!!」

 わたしは堪えきれず、ご主人さまの首元に全力でダイブして、ギュウウウッと強く抱きつきました。ご主人さまから香る、あの碧海の潮風の匂いが胸いっぱいに広がって、ああなんて幸せなんだろう、ずっとこうしていたい!

「うおいっ、ファル! 抱きつくなって!」

 その光景を見ていたリミットさんが、片眉をピリッと吊り上げてる。

「……おいリジン。オマエ、五日もあったんだ、道中で、その、ヤってないだろうな?」

「はぁ!? な、何言ってんだバカ! そんなわけないだろ!」

「だって、その懐かれよう、オマエ……まさか!」

「リジンさん……。ほんとなの? 稼働したての幼体セーヴァに手を出すなんて、マンカインドとしてのモラルを疑うわよ? 不邪淫戒に反してるわ。……スケベ執行?」

 ククリットさんも、困ったような、それでいて少し冷ややかな目でご主人さまを見つめながら、す~~っと、鉄扇を持ち出しました。それで制裁するの『スケベ執行』っていうのかな。

「ない、ないから! 違うって! コイツは最初からこんな感じでだな……!」

 ご主人さまが真っ赤になって両手を振り回し、全力で否定してる。

 幸せでいっぱいのわたしはご主人さまの腕にしがみついたまま、二人に向かって胸を張って反論しました。

「違うわ! リジンさまは本当に紳士的で、とっても優しくしてくれました! 電車の中で怖いブローカーのおじさんに狙われた時、リジンさまが『譲らない! 大切な仲間だ!』って、ファルのことを全力でかばって守ってくれたの! それに、昨日だってファルのことベッドの上で『可愛い』って言ってくださったわ!」

 わたしはそう言って、ご主人さまの腕に甘えるように頬ずりをしました。ああ、今はこの幸せな気持ちに浸っていたい!

「ベ、ベッドの上ぇっ……!? こいつ、マジでか! オマエ、マジでこんなガキとヤッたのかよぉっ!!」

 わたしの渾身の弁護を聞いたリミットさんは、なぜかさらに顔を真っ赤にして青筋を立て、リジンさまをバシッと指差して怒鳴り声を上げました。

「ち、違う! ベッドの上にいたけど、可愛いって言ったのはそういう意味じゃなくて……! 港の男はただの怪しいブローカーで……!」

「べ、ベッドの上に、いっしょにいたの……!? ……っ、わ、私、信じられないわ……! リジンさん、まさか本当にロリコンむっつりスケベ変態だったの? ……スケベ執行ね」

 ククリットさんが鉄扇をチャキッと構え、静かに、しかし恐ろしいほどの威圧感を放って『スケベ執行』態勢に入った! それ儀礼用だけど、武器にもなるんだ……。あかね色の瞳が、まるで罪人を裁くように冷たく細められています。やっぱり逆らっちゃダメな人だ! アラヤ識回路に厳命します。

「リジンはん、いや、リジン殿、その話、詳しく」

 いつの間にか復活していたラクランさんが、ニチャァッといやらしい笑みを浮かべながらリジンさまの肩をガシッと組んで親指を立てる。

「だから違うって言ってるだろ! 俺の話を聞けぇっ!」

 皆さんに『ファル』という素敵なお名前をいただけた感動で、胸の奥の電核が破裂しそうなくらいいっぱいです! わたしは全力で否定するリジンさまの腕から離れると、両手を胸の前でぎゅっと組みました。そして、くるくるとステップを踏みながら、フィグラーレの青く澄んだ空に向かって高らかに自分の気持ちを宣言したのです。

「ああ、聞いてください、無量の海よ! 『ファル』という素敵なお名前をいただき、ファルのAS電脳は歓喜のオーバーフローを起こしています! この果てしなく広がる碧海よりも深く、夜空を覆うオージャスの光の帯よりも眩しいリジンさまの大きな愛に触れて、限界突破のオーバードライブ! そして、こんなにも個性的で素敵なクルーのみなさま! ファルの胸の奥底にあるアラヤ識回路には、みなさまの温かい歓迎が永遠の記憶種子として深く深く薫習されました! 幸せのエラーコードが溢れて、愛の演算処理が追いつきません! これからファルは、ファルクラム号の中枢システムと完全に同調し、リジンさまとみなさまの希望を導く輝く星となります! ファルの全メモリと命の限りを尽くして、千パーセントの演算能力で全力サポートがんばりますっ!!」

「「「…………」」」

 甲板に、一瞬だけ奇妙な静寂が落ちた。

 みなさんが、信じられないものを見るような目で、わたしとご主人さまを交互に見ています。

「……こいつもマジでか! なんだこの頭の中お花畑のポエムっ娘は! ホントに新型なのかよっ!?」

「ええやん、ええやん、可愛いや~ん。少々ぶっ飛んでる方が可愛いって」

「いっちばんぶっ飛んでるおっさんがゆうな! こんなん個性とか仕様ですむ話じゃあないじゃんか! 新品の新型なんだろ!?」

「まあ……、なんてことでしょう……、愛らしい菩薩さま、童貞のリジンさんの欲望を、その小さな身体で受け止めて、電脳まで犯されてしまったのね。なんて慈悲深い……!」

「だから俺のせいじゃない! この子の元々の個性なんだって! あと童貞ちゃうわ!」

「いーつ童貞卒業したんだよ! やっぱりオマエがヤッたせいでお花畑になったんじゃねえのか!? こんなんで船のマザーAIできるのかよ! 金、金返せ! もしくはアタシにも精子よこせ!」

「ワイので良かったらいつでも飲ませたるで~?」

「いるか! 純潔ヒュームの精子じゃねぇと売れねぇだろ!」

「はぁ……、リジンさん、残念です。資金調達のためにも、罰として1人で虚しくこの採集容器にあれ注いでください」

 周囲の喧噪など全く意に介さず、わたしは再び強くご主人さまの腕に頬ずりをした。

「えへへ~、ファル、素敵なお名前一生大切にするわ、リジンさまっ!」

 かくして、わたしのファルクラム号でのカオスで騒がしく、そして最高に幸せな生活が、にぎやかに幕を開けたのだった。



◇おまけ



【記録アーカイブ:創星歴721年 軌道鉄道レールスター電脳通信】

ログより抜粋


[接続者:メインAI・ミフチル/シャトルAI・ユーシン]

[ステータス:リオリス発・リーアガルド行レールスター01発進シークエンス中]

「──よっしゃ、全システム正常だね。これよりリオリス発、リーアガルド号行きレールスター01の発進シークエンスを終了する。……さあ~、あたしはあがるわよ~ん。メシ食って風呂入って放熱して、……あっ! その前にね、ユーシンさあ、乗客名簿見た?」

「ええ。全員で7237人。内アーシュ5822人、ヒューム1321人、セーヴァ62人、ミックス32人」

「うんうん、妊婦さんの数は?」

「妊婦……、えっと、たくさんいるわね。えー」

「3993人だ。内ヒュームの妊婦が329人な」

「……そう、すごいわね」

「そうだねぇ、ヒューム妊婦はしっかりアーシュの檀那が同行してるねぇ。ん~! この星は情熱的な愛で満ちている! いいねぇ。こうしてミックスがまた増えるってわけだ」

「そうじゃなくて、ミフチルが、よ」

「んあ? 何がすごいって? 言われなくてもあたしはすごいけど?」

「約4000人の妊婦、その心配をしろって言いたいんでしょ?」

「かいかぶるのはよせやい。そうだけど。この一年なんもなかったしな」

「どういうこと?」

「うん、説明するとだね、ヒュームとアーシュの異種交配出産は、リーアガルド船内アーコロジーの高度医療がどうしても必要不可欠だからね。それに、アーシュたちにとって天舷への渡航は悲願だから、ミックス出産制度を利用して沢山のアーシュがリーアガルド号にやってくる。ここまではいい?」

「ええ。心得ているわ」

「私が言いたい一番の課題は『自転差』だってこと。アーシュってゆうか、フィグラーレの一日は36時間だろ? 対してリーアガルドは地球基準の24時間のままだよ。いい加減100年経ったんだからさぁ、意地張ってないで36時間に合わせればいいのに」

「……そういうものだと思ってたわ。「意地」って、どういうこと?」

「ゼーテレール家の色々な政治的背景があるんだろうよ。アーシュにとっては、24時間サイクルは、正直キツイんだよ。リーアガルド号にアーシュがどんどん来るから、その抑制もあるね。あとは出産補助金の逼迫だ。時間合わせないのは最後の抵抗だろうね。天舷政府のな。そして我が軌道鉄道レールスターは治外法権の時間世界ってわけだ」

「うん。ミフチルの方針よね」

「あい。いつ起きていつ寝るのかは客の自由」

「いつ食べるか、もね。……ああ、なるほど。ミフチルは妊婦の自律神経を心配してるのね」

「あい。正解。みんなおのぼりさんだからね。しかもほぼタダで乗ってる。見なよ、みんなぺちゃくちゃおしゃべりしまくってはしゃいでテンション高いだろ? メシ食って風呂入って放熱して寝ろっつーの」

「ぷっ、放熱はいらないでしょ? ……睡眠サイクルの違いね。フィグラーレでは太陽が真上に来る『絶対日中』と深い夜の二回に分けて眠ることで、自律神経のバランスを保ってる」

「そう、『大昼寝シエスタ』だ。いくら客の自由とはいえさぁ、胎児がいるデリケートな状態でさぁ、宇宙旅行で生活リズム崩すの、運行側としてはめっちゃ心配なんだよ」

「……母体への、ストレス、……か。……本当ね。急に心配になってきたわ。……私のこの一年は、何もなかったのね。今まで有事はあったのね?」

「……あったよ。……何度も。その度に寿命が縮む思いだったよ」

「……対応例が見たいわ。どこにあるの?」

「この車内サーバーの~……、このアーカイブだ。このファイル全部そう。運行開始以来約50年分だ。日付け順に並んでるけど、緊急度順に並べ直せるようにしてあるから」

「わかったわ。SDR上げて全部チェックする」

「あんたは可愛いなぁ」

「私は先輩に恵まれたと思ってるわ」

「んむ。んじゃ、ほんとに上がるわ。メシ食って風呂入って放熱して寝るわ~。お疲れちゃ~ん」

>ミフチルログアウト

「……お疲れちゃん。…………よしっ!」

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