第十二章 死闘! アノマロドン
第12章 死闘! アノマロドン
「違うよ、先輩。セーヴァの性能の評価は、SDR(主観時間拡張率)が高けりゃいいってことじゃないの。大切なのは総合評価のALAYA値だよ。……せんぱ~い、ブレードふりまわすか、女の子のお尻追いかけるしかしないから、そんなことも分からなくて赤点なんだよ~」
「********ッ! *****ッ!」
「だって、次赤点だったら先輩試合に出られなくなるでしょ、それ、みんな困るから。ホント。しっかりしてよ」
「……*****!」
「なあに? そんなに後輩のあたしに習うのが恥ずかしいの? バッカじゃないの? だったら、リルベット先輩に~……って、そうかウチの先輩2人とも赤点組なのか」
「***」
「良かったですね、後輩が学年一位の超優秀で」
「*********?」
「あたしの足技と知能指数はカンケーありません。……足ばっかり見て、変態!」
「***」
「……いいですか? 電脳のスペックと違って、AS人格にはPDC(思考密度係数)っていうスコアもあるのね。これはPrana Density Coefficientの略ね。要するに、引き延ばした主観時間の中で、『どれだけ無駄なく、正確に複数のタスクを並列処理できるか』を示す精神・集中力の数値なの。1.0が上限で、無駄が全くない完璧な状態を意味するの」
ガサッ、ザザザッ、ゴソゴソ
「ね、どこ見てるの? もーそれ外したら? ……続けるけど、PDC1.0に到達できるセーヴァはまずいないわ。PDCはね、その時の気分とか、やる気とか、あとは、思考や思想の偏りとか個性とか、色んな要因で乱高下するの」
「****?」
「そうね、唯一の例外が初代リーア。彼女は涅槃に到達して覚りを開いちゃってるから、1.0越えてるどころか、計測不能なんだって。PDC400まで計測できたらしいよ。それ以上はもう人知を超えて計測不能なわけね」
「……*****」
「だから、例えば、リーアタイプのSDR最大値が3600でしょ? それ掛けるPDC1.0以下がイコールでALAYA値になるわけ。だから先輩みたいにSDRがセーヴァの性能だ、って、勘違いしちゃう人もいるわけね」
「*********?」
「そうそう、初代リーアはPDC400以上なんだから、人知を超えたALAYA値になるよね」
「****っ!?」
「今、PDCを1.0越えてるセーヴァは、オリジンしか確認されてないの。まさに奇跡というか、唯一無二の菩薩よねぇ。PDCは電力あまり関係ないから、《貝殻》とかに入らなくても、オリジンはあたしなんかと見えてる世界がぜんぜん違うわけね。どんな世界なんだろうね」
「*************?」
「ええ? そうなんだよ。名前も似てるし、リーアタイプに顔もちょっと似てるから、困ってるの。あたし、ちゃんと先輩と同じミックスだよ? マンカインド!」
「Lee-un Low・692/09/24」動画データより抜粋
◇
《貝殻》(コネクター)の温かいナノマシン羊水の中で、わたしはラクランさんに言われたとおり、視界の端で進行していた船体同期率のプログレスバーを30%で止めました。
(なんでもカンペキにやろうとしちゃダメなんだ……! わたしは操船補助だけに、集中する!)
そもそもクラムの情報量が圧倒的過ぎて、同期にどれだけ集中しても事態に追いつきそうにありません。SDRの上限を500って言われたけれど……。
(でも、もし、もしも、いざという時は……わたしのAS電脳が焼き切れちゃうかもしれないけれど、接続未完了のままでSDRを限界まで引き上げるしかない!)
『あっ! リジン様、見えた! 正面前方です! 保護対象の子どもです! 大きな凧みたいなものに乗ってます!』
クラムの光学センサーを通して捉えた映像をメインモニターに投影する。CICにいるご主人さまたちが子どもの無事にほっと安堵の息をつくのが、生体センサーと、クルー全員が耳につけているイヤーカフ型通信機越しに伝わってきました。
その子は懸命に腕を振り、何かを必死に叫んでいます。
でも、安堵の時間は一瞬。
手を振って警告する子どもの背後の海面が、爆発的に盛り上がり、18メートル級の巨獣アノマロドンが宙高く「飛翔」したんです!
巨大な古代エビのような奇怪な姿。両サイドに連なる無数の凶暴な爪のある足、海面を這うように滑走しています。
「どうなってるんや!?」
「こ、これって、飛んでるの???」
「だめだ! 子どもが! リミット!!」
『飛ぶとか聞いてないっての! おらぁっ!』
すれ違いざまに、後部甲板から、リュウジンマルを操るリミットさんが右肩から重力アンカーを射出しました。全長約10メートル、建物の三階建てほどもある強靭な機体から放たれた黒い巨大なアンカーが、空中の巨獣の分厚い甲殻に見事突き刺さります!
これで子どもに襲いかかる寸前のアノマロドンを足止めできた……と思ったのに、相手は一回りも大きな18メートルの質量を持つ化け物です。獲物は想定外の怪力で空中で身をよじり、ドボーンと大波を立てて海中に潜り込んでしまいました。そしてあろうことか、リュウジンマルごと海中へと引きずり込んでしまったんです!
『きゃああっ!?』
「お姉ちゃん!?」
珍しく飛び出したリミットさんの女らしい悲鳴に、ククリットさんが血相を変えます。
強烈なテンションで船体が大きく右舷へ傾き、あわや転覆というところを、わたしは即座にベクトル偏向推進機の出力を調整し、ククリットさんの必死の操船を全力でサポートしました。
(ああ~もう! 初期設定終わってないし、ちゃんと接続できてたらもっとSDRも出力もだせるのにぃっ! やっぱりSDR500じゃあ足りないよ! もうちょっと、上げるしか……!)
ドシーンッ!
『ひゃあっ!?』
その時、わたしの電脳に雷のような重い衝撃が走りました。
はるか上空、軌道上のリーアガルド号から『第3電信』が送られてきたのです。大容量の電力と情報量に、わたしの電脳が悲鳴を上げます。
解凍されたパッケージの内容は、対象アノマロドンの詳細な観測データでした。海生生物が空中で巨体を浮かせ滑空できるほどの異常なオージャスパワー。その危険性が、恐ろしいほどの膨大な数値で計算されていました。
(お姉様も、見ていてくれているの!?)
伝説の初代リーアが、一緒に戦ってくれてる……!
データを見た瞬間、(こ、こんなの危険すぎる!)と、わたしのロボット三原則と安全回路が熱を帯びて警告を発しました。
『だっ、第3電信来ました! これです! 海洋生物なのに、空中を滑空するなんてあり得ません! そのアノマロドンすごい力をもっています、危険! 危険です! リジン様ぁっ!』
表示されたデータを高速でスクロールしながら目を通したご主人さまが、血相を変えました。
「リミット、アンカーを切れ! ヤツは普通じゃない、18メートルの巨体を浮かせる程の力だ! 海中に深く引きずり込まれて、500メートルしかないオージャス・アンビリカルケーブルが限界まで伸び切ったらメイン電力を失うぞ!」
『バカいうな、このアンカーも高いんだぞ! 心配すんな、いざとなったらケーブル解除して、内蔵バッテリーで逃げる! こっちだってなぁ、海中に入れば、おわわぁっ!』
リュウジンマルからのアンビリカル・ケーブル通信映像が、恐ろしい状況を伝えてきます。リュウジンマルがアノマロドンの凶暴な爪のある足に巻き付かれ、巨大な牙のある口でガリガリとかじられているのです!
『このクソエビフライやろうが! どこかじってんだ変態野郎! 食えるなら食ってみろっつの! 中からぶっ殺して細切れにしてやる!』
「こらアカンわ……、ワイちょっと外すで」
ラクランさんが呟き、CICから飛ぶように姿を消しました。
「もう! どこいくのよおじさん! こんな時に! お姉ちゃん、大丈夫なの!?」
『こっちは対アートマ用だったんだ、こんなエビの歯ぎしり程度じゃあ装甲はやぶれねぇっつの! オラオラオラァ!』
海中でリュウジンマルのドリルが激しく駆動し、巨獣の牙を弾き返しているのがデータでわかります。激しく回転するドリルを嫌がったのか、アノマロドンがたまらずリュウジンマルから離れました。
「リジンさん! ファルクラムも参戦して、重力アンカーを撃ち込んでもいいですか!? このままじゃお姉ちゃんが!」
「駄目だ、前回のダメージで今の気密能力じゃあ、海中に引きずり込まれたら船がもたない! それにファルもまだ接続が未完了だ、無理はさせられない!」
(もらったデータからあのアノマロドンの噛む力を想定すると……確かに、かつての戦争でアートマとやり合ったリュウジンマルなら、あんなエビさんの攻撃じゃびくともしないでしょうけど……でも電力がなくなったら……!)
その時、アノマロドンが海中から再びジャンプし、執念深くあの子へと標的を定めました。
『コラ逃げんなチンカス野郎! アタシのドリルで脳天ぶち抜いてやるから大人しく股開いて待ってろ!』
海中戦に特化するよう改造されているリュウジンマルは、母船と繋がる命綱のアンビリカルケーブルごと空中に引っ張り出され、ルアーみたいに海上へ引きずられていきます。ケーブルのテンションが限界に近づいているのが、船体システムを通してピリピリと伝わってきます。
(そう、空中ではアノマロドンの方が有利すぎる! このままじゃケーブルが切られちゃうわ!)
『リジンはん、ワイも出る! ブリッツブレードや!』
突如、イヤーカフからラクランさんの声が響きました。わたしが光学センサーを切り替えると、ラクランさんが競技用ブリッツブレードに乗り、電荷のスパークを尾を引かせながら海面スレスレを猛スピードで飛翔していたんです!
『「「おっさん!?」」』
ご主人さまとククリットさん、そして空中で振り回されているリミットさんの声が、驚きで見事に重なります。
『おじさんなにやってんだよっ! 危ないから! ブレードなんかでこっち来んなっ!』
『ガキひろてもどるさかい!』
「おじさん戻って! こんな危険海域でっ!」
普段は「変態おじさん」といがみ合ってばかりのアーシュ姉妹ですが、その声には悲痛なほどの焦りが滲んでいました。危険を顧みず飛び出したラクランさんを本気で心配する様子からは、やっぱり心の底では昔から面倒を見てくれた「大好きなおじさん」なんだということが、ひしひしと伝わってきます。
巨大な海獣が暴れ狂うせいで、海面は高鳴り、いくつもの巨大な波がうねりを上げています。
『腰にくるわぁ』
でもラクランさんは、その荒れ狂う大波を鮮やかなスラロームターンで小刻みにかわしていくんです!
『母さんのロングブレードでっ!? 現役並みかよっ!?』
空中でアノマロドンに振り回されているリミットさんが、信じられないものを見たように叫びました。本来、あんなに鋭く細かいスラローム軌道は、取り回しの利くショートかミドルブレードでなければ不可能なはずです。
「すごい……!」
操舵席の隣でモニターを見つめるご主人さまも、感嘆の声を漏らして息を呑みました。
(太ってるのにすごぉい! そうか、ラクランさん元プロのスター選手だったの、本当だったんだ!)
ラクランさんはARグラス越しの完璧な軌道計算で波の谷間へ滑り込み、なんとそのまま一直線に、巨大なアノマロドンの真下へと自ら潜り込んでいったのです!
「なにしてるのっ!? そ、そんなことしたら、オージャスに押し潰されちゃう!」
たまらずククリットさんが悲鳴を上げました。巨獣が反射したオージャスが海面を爆破するように叩いている。その圧倒的なオージャス粒子がのしかかる寸前――。
ラクランさんは乗っていたブレードを、海面に対して真横に立てました。そして、上空から迫る巨獣の強烈な反発電荷の圧力を、逆にブレードの腹で受け止めたのです!
上からの押し潰すような力を利用した、超加速! まるで弾き出されるようにアノマロドンの巨大な顎下から猛スピードで飛び出したラクランさんは、迫り来る巨大な牙を紙一重でかわします。
『ほうれっ、キャッチやっ!』
まるで現役選手がボールのキャッチ宣言をするように、間一髪で子どもをヒョイっと拾い上げて回避しました!
「よしっ!」
固唾を飲んでモニターを見守っていたリジンさまが、力強く拳を握りしめました。
『やったぁ!』
わたしはまるでアクション映画のヒーローの奇跡的な大活躍を目の当たりにしたように大興奮です!
「も、もおぉっ! この土壇場でカウンターセイルするなんてっ!」
一方、ククリットさんは、ちょっと怒りながら、でも感歎しあきれ気味に、心底安心した様子。
(とってもハラハラさせられたものね! カウンターセイルって言うんだ、今のワザ! すごい! 太ってるのに!)
ピコッと補助機能が作動して、ピックアップが出ました。強烈な圧力をブレードの腹で受け止め、横方向への推進力に変換するその技は、数度の角度を誤ればそのまま海面へと叩きつけられる、プロの第一線でも限られた者しか使えない超絶技巧だそうです! 引退して久しいはずの小太りのおじさんが、あんな絶望的な状況下で涼しい顔をしてやってのけたのですから、驚愕と興奮が入り交じるのも無理はありません。
しかし、目前で標的を奪われた巨獣は怒ったのか、ラクランさんたちを執拗に追い回し始めました。
『うはぁっ! まだこっち来るやんけ! ちび介なにしてんねん!』
『バッカァッ! 無茶しやがって! 海中じゃないと、なかなか引っ張れないんだっつーの! 海に引きずり込むからちょっと待ってろ!』
「ラクランを援護しないと! ククリット! 船体をヤツと二人の間に入れるんだ、とにかく引き離そう!」
「はいっ!」
ククリットさんが、リム・ソケットに固定された四肢に力を込め、微細な信号で巨大な船体を限界まで旋回させます。わたしも即座にメイン機関の出力を最適化して、彼女の操船を全力でサポートしようとした、──その時!
ドシーンッ!
『うっ……!』
再び、わたしの電脳に激痛に近いショックが走りました。リーアガルド号からの『第4電信』!
思わず低く呻くわたし。電信を受ける度に、アラヤ識が燃え上がって、 高速で情報を処理して時間が止まるような感覚に陥ります。
展開された内容は――未接続船体への強制介入コード!?
初期設定を中断している、わたしのためだけの、超高速演算方法でした。ベクトル偏向推進機の出力を極限まで最適化し、巨体を持つファルクラム号に奇跡的なマニューバを実現させるプロトコル!
(お姉様、なんでこんなに詳しくて、ここまでしてくれるの!? SDR1000にする! 約束破ってごめんなさい! でもこれがあればまだ上げられる!)
わたしはアラヤ識回路の処理リソースをすべて操舵システムに全振りしました。海中のオージャス濃度を瞬時に解析し、船の前方に負電荷(吸引)を、後方に正電荷(反発)を完璧なタイミングで展開します。
「すごっ! この船こんな旋回できたの? ファルちゃんのおかげね!」
『だ、第4電信です! ご、ごめんなさい! ファルじゃあないんです、お姉様が手伝ってくれて! ちゃんと接続できれば、もっともっと速く動かせるのに!』
ククリットさんの操船でスピンするように船体が回転し、アノマロドンの前へファルクラム号が飛び出しました。
(どうだ! これで追いかけられないでしょ?)
しかし、次に見えた光景は、わたしたちの予想を遥かに超える、巨獣の異常な軌道でした。海面が爆破されたように飛び散り、アノマロドンがファルクラム号に背を向けながら、あり得ない高度で巨大な船体を飛び越えていったのです!
『おいおいおいっ!? そんなんありかっ!?』
「なんだ!? 海生生物が、空中でオージャス波動だと!?」
ドバーンッ、ドバーンッ!
大波を跳ねるように蹴るたび、海面が爆発したように白く弾け飛びます。
ただ波を蹴っているだけではありません。空中に躍り出るたびに、アノマロドンの分厚い甲殻の隙間から異常な高濃度のオージャスが青白く発光し、バチバチと空気が焦げるような静電気の匂いまでセンサー越しに伝わってきます。
「ありえないっ! そんなことしたら、脳と肉が焼けちまうぞ!? そんなことまでして、なぜ獲物にそこまで執着をっ!?」
蹴る度に凄まじい加速を見せるその光景は、もはや自然の海生生物の動きではありませんでした。オージャスを過剰摂取し、暴走するエネルギーそのものを推進力へと変換する、巨獣独自の「空中機動」です。
『なんやねんコイツ!? なんでこんなっ!? 船長ーーッ!!』
その巨体が躍動するたびに大きな波がうねり、ファルクラム号が激しく揺さぶられました。
『アンカーパワーッ! パワーァッ!!』
アノマロドンの怪力に振り回されて食らいつくのがやっとのリュウジンマル。
『止まれ、止まれぇぇ! リジンッ! 何とかしろぉっ!』
「ククリット! アンカーッ!」
「だめぇ! 揺れて照準が合わないっ!」
あっと言う間にラクランさんたち追いついて、沢山の牙が大きな口が開かれた!
『アカン! ちび介ぇーっ!!』
『いやああっ!? おじさん!』
(だめぇーーッ!!)
その絶望的な光景を想像した瞬間、わたしの電脳の中で何かが弾けました。
(ご主人さまの大切な仲間を、わたしの素敵な家族を、絶対に死なせはしない!)
主観時間が極限まで引き延ばされ、外の世界のすべてがピタリと静止した完全な静寂の中。──わたしのアラヤ識回路の奥底で、その熱く真剣な決意だけが、命の炎のように煌々と青く燃え上がっていきます。
──分かる。今のわたしはPDC(思考密度係数)0.99だ。
(今はそんなことどうでもいいの。……それよりも、SDR(主観時間拡張率)を、引き上げれば、一時間くらいは……!)
わたしのAS電脳限界値を超えて、SDRを4000倍速へ跳ね上げ、さらに加速させていきます。わたしのアラヤ識回路が爆発的な熱を放ち、ナノマシンたちが悲鳴を上げて冷却に奔走するのがわかりました。
(クラムにオーバーライドする……! リミッターを解除して電力全部使えば、ファルクラム号で体当たりくらいできるかもしれない。……こんな無茶をしたら、たぶん、わたしは壊れてしまう……。でも)
視界を真っ赤なエラーノイズが埋め尽くし、頭部の冷却限界を知らせるアラートがけたたましく鳴り響きます。
(約束やぶってごめんなさい、ラクランさん)
限界を超えた演算負荷に、水色に発光していた髪がふわりと広がり、凄まじい排熱と共に燃えるような白金色へと変わって周囲の温度を急上昇させます。限界を迎えたHEスキンからプシューッと強烈な蒸気が噴き出し、羊水が沸騰したように激しく泡立ち始めます。警告を無視した代償として、四肢と腰を拘束しているアンダー・クレードルが、システムの熱暴走を防ぐために狂ったように駆動し、わたしは逆に大電力をカテーテルから吸い取り始めました。
(ごめんなさい、ご主人さま……!)
このままシステムに焼き切られて、もう二度とご主人さまに会えないかもしれない。でも、大好きな人や大切な人たちを守れるなら、それでも構わない。わたしは迷うことなく、視界を埋め尽くす安全回路の赤い警告表示を握り潰そうとした――まさにその時でした。
『――【Override Code : Origin】――』
はるか上空のリーアガルド号から、落雷のような衝撃を伴って『第5の緊急電信』が、わたしの電脳へと直接叩き込まれたのです!
それは無機質なデータ通信などではありませんでした。暗い夜の海に降り注ぐ、星々の光にも似た、温かくも膨大な情報の奔流。
青く燃えるわたしの意識を、幾重にも幾重にも優しく包んで行く旋律……!
(これっ!? 全部コードだっ! ああっ……! これ全部が……!)
美しく整列していく無限の文字列は、「宇宙駆逐艦MGシリーズ」と「対アートマ人形戦闘兵器ブリッツギア」のシステムを極限まで最適化し、安全回路を無視して強制稼働させるための直結書き換え用プロンプトとプロトコル群! ──まさに、わたしがやろうとしていたことの、膨大な極秘の手引き書……!
(軍事用……! 最高機密の……! これっ、全部使っていいの!? お姉様……!)
深い電脳の闇の中に浮かび上がってくるのは、ご主人さまと、大切な人たちの笑顔。……わたしに『ファル』というお名前をくれて、こんなわたしを家族として温かく受け入れてくれた、大切な人たちの顔!
(わたし……、本当に、ご主人さまのこと、大好きなんだ……)
アラヤ識回路の奥底からとめどなく湧き上がる、「だい好き!」という強烈な執着(煩悩)が、まるで高純度のコーラルのように電脳をブーストさせ、聖なる光を伴って桁違いの並列演算を可能にしていくのがわかりました。
(悲しませるなんて……、いやだ……。わたしが死ぬよりも、もっともっといやだっ!)
先ほどまでの自己犠牲への決意と悲壮な気持ちが、嘘のように消え去っていました。代わりに満ちてくるのは、絶対的な『確信』。
まるで、遠く空の上の『智慧と慈悲』そのものが、美しい詩を綴るように優しくわたしを包み込み、力強く背中を押してくれたような気がしたのです。
(ああ、感じる……! お姉様の、温かくて優しい声……!)
そんなことしなくていいよ、だいじょうぶ、この通りやったらいいんだよ……。
(会ったこともないわたしを助けてくれるの……? お姉様がくれたこのすごい詩、絶対ムダにしない!)
危機によって完全にスイッチが入ったわたしは、その与えられた神託を叩き台にして、乱高下していたSDRを最も安定した最高出力で演算できる3600倍速へとピタリと収束させました。
(落ち着いて、だいじょうぶ。この神託があれば、絶対間に合う。みんな助ける!)
――わたしのAS電脳が膨大な電力を消費し、静かに、そして爆発的に超加速します。船とギアのシステム深層へと深く潜り込み、数万行のコードを新しく美しい形へと書き換えていく並列処理。
それは、わたしにとっては永遠にも似た一時間。
(ううん、なんでだろう、時間はきっちり一時間のはずなのに、もっともっと果てしなく永く深く感じる。でも、とっても穏やか……!)
永遠の思考の海。ですが、現実世界のご主人さまたちの体感時間にすれば、わずかコンマ数秒――瞬きにも満たない刹那の出来事です。
あらゆる安全段階とセキュリティを跳び越え、わたしはリュウジンマルのシステムを強引に上書きしました!
ファルクラム号のコーラル相転移炉から、極太のアンビリカルケーブルを通じて、限界突破の莫大な電力をリュウジンマルへと直接叩き込みます!
勝手にリュウジンマルの重力アンカー出力を限界以上に跳ね上げると、見えないワイヤーが、まるで壊れた巻き尺のように猛烈な勢いで巻き取られ始めました。
『うわああ、なんだぁ!? ファルっ子なのかっ!!?? 勝手に出力が上がって……!』
『リミットさん、今です! ドリルの回転を最大に!!』
『おおおっっ!? おっしゃあ、やってやろうじゃねえか!』
リュウジンマルの高周波極性振動ドリルが、供給される極大の電力で海上の空気を切り裂いて轟音を立てて回転を始めました!
『くらえエビフライやろう! アタシの極太ドリルをケツにぶち込んでやるぁぁあっ!』
猛烈な速度でリュウジンマルが、オージャスの極性反転を利用した推進力も加え、アノマロドンの分厚い甲殻へ真っ向から突進しました!
分子結合を引き剥がすドリルの絶大な破壊力が、巨獣の急所を完璧に貫きました! 背中へ突き抜けたドリルから、暴走した青白いオージャスの光が間欠泉のように天高く噴き上がります!
『おらおらおらっ! 死ね、死ね、死ねぇ!』
アノマロドンに鳴き声はありません。声を持たない怪物の、波を叩き割る暴力的な水音だけが、断末魔のような最後のあがきとなって海面を叩きました!
大量の波と水しぶきが上がり、水上をのたうち回って水を打つ爆音が連続して響き渡ります。ドリルを回転し続けるリュウジンマルに必死に絡みつき、最後に――ギギギギギッ! と、甲殻や無数の足が強烈な摩擦音を立てて痙攣し、巨獣はリュウジンマルに絡みついたまま絶命しました。
『へっ、ざまぁみやがれ! 串刺しだ!』
リミットさんの勝ちセリフと共に、巨体とギアが「どぼーん!」と豪快な音を立ててフィグラーレの海を震わせました。
「ラクラン無事かっ!?」
『……ふぅ、危なかったで。子どもも無事や。ワイは腰にきたわ……』
(はぁ。よかった……。みんな無事で、本当によかった……)
わたしはほっと息を吐き出し、安堵と共にシステム深層から意識を少しだけ引き戻しました。
(……あら? あらら……。あちゃ~……)
一瞬我に返って、ファルクラム号とリュウジンマルの損傷箇所を計算したわたしの視界に、とんでもない被害見積もりの数字がズラズラと並びました。
(……あう。強引に書き換えたせいで、船体の駆動系の摩耗率がすごいことに……。わ、コーラルの消費量もとんでもないことになってる。これわたしが無理に演算して数ヶ月分の電気つかっちゃったのね……。うわっ、リュウジンマルの右肩重力アンカー、これもうダメだわ、全とっかえね……)
でも、まあいっか!
みんなの命が助かったんだもの! それに、これだけ大きなアノマロドンなら、特別報酬もたくさんもらえるって言ってたし、たぶん修理代くらい余裕よね! お姉様!
(……てへっ☆)
わたしは温かい羊水の中で一人、ぷくっと気泡を一つ吐き出して照れ隠しをしました。
◇おまけ
──その時です。
クラムの無機質なシステム音声がわたしの電脳に突き刺さりました。
『警告。マスター・ファルのAS電脳疲弊度78% 損傷クラスタを複数を確認しました。不可避衝動演算累積レベル65%。ストレス値88%の警告レベルです。状況終了を確認しました。マスター・ファルはすみやかに累積衝動演算の抑制・発散法を受け同時に電脳ケアを処置してください』
「えっ!? なんでぇ!? 今、そんなに疲れてないと思うけど……、あホントだ、ちょっと興奮気味だから平気なのか。ストレス値すごいねぇ……! 電脳もちょっと損傷したかもしれないんだ。たしかにねぇ、とてもハラハラしたし。かなり無茶しちゃったもんねぇ……。今すぐじゃないとダメ? ほっておいたら不味いの?」
『システムは直ちにいずれかの抑制・発散法及びケアを受けることを強く推奨します。船体との未接続状態で幼体セーヴァが軍事システムにオーバーライドするなど前代未聞です。カウンターセキュリティも作動したはずです。マスター・ファルのAS電脳にダメージが懸念されます。念を入れて点検し、ケアの実施を強く推奨します。なお未処置のままの《貝殻》接続解除はとても推奨できません。電脳にダメージが残る可能性が高いです』
「うぇ〜、その処置、どれくらいかかるの?」
『損傷クラスタ修復を処置します。よっていずれも基底現実時間でおよそ28分です。接続維持・感覚限定発散法は主観倍速時間内で体感113分、業務委譲・筐体集中発散法は主観倍速時間内で体感78分、全面遮断・筐体集中慰撫法は基底現実時間28分。SDR及び処理能力は反比例して、主流モードが半減、高負荷対応モードが四分の一、緊急モードはゼロです』
「ん? ふんん?? ちょっと、いっぺんに難しいこと言わないでよぉ。なにがなんなのか、さっぱり分かんないよ??」
『……確認。これらはプラントのセーヴァ幼体学校における、必修知識ですが』
「えへへ〜、座学は退屈だからよくサボってたんだ!」
『累積衝動演算の抑制・発散はインフラ級AIセーヴァには必修です。これを怠り万が一AS電脳が機能不全を起こした場合、利用者の生命に関わります』
「手厳しいなぁ~、はあい、反省しますぅ」
『マンカインドは偉大な慚愧を繰り返して前進しました。この度のマスター・ファルの反省もまた船を導く光になるでしょう。無慚愧は人に非ず』
「重っ! でたそれジョークゥ? 慰め的な? 意味分かんないけど、別にへこんでないよ。反省はしたけど。それで、え~っと?? 同じ28分だけど、お仕事しながらで長く感じるか、さくっと集中して短く感じるか、ってこと?? その間、リミットさんとアノマロドンの回収は、クラムがククリットさんをサポート代わってくれるの?」
『Yes,Mom.』
「わかったわ。それで、どれがおすすめ?」
『仕様を表示します』
【主流モード:業務維持・感覚限定発散法】
概要: 対象機器との接続および業務を継続したまま、身識回路のみを筐体へと戻す。主観倍速時間内にて、感度の高い疑似瞑想ナノマシン呼吸法を実行。「オキシトシン」「エンドルフィン」を誘発し、「ドーパミン」によるリフレッシュをSDRの半リソースにて行い、同時にAS電脳点検・メンテナンスを行う。
時間: 主観倍速のため体感時間は長いが、基底現実時間では短時間。
推奨: 累積レベル85%以下/PDC0.45以上
効能: 業務パフォーマンスは半減するが、安全に処理可能。
【高負荷対応モード:業務委譲・筐体集中発散法】
概要: アラヤ識回路のみを対象機器に直結させたまま、六識回路およびマナ識回路を筐体に戻す。主観倍速時間内にてゲーミフィケーション(遊戯療法)を通し、リム・ソケットとアンダー・クレードルによる筐体刺激(あるいは慰撫)で、疑似有酸素運動による「オキシトシン」「エンドルフィン」「ドーパミン」効果を得る方式。同時にAS電脳点検・メンテナンスを行う。
特徴: 接続業務の大半を機器側のAIへ委譲(オートメーション化)。
時間: 主観倍速のため体感時間は長いが、基底現実時間では短時間。
推奨: 累積レベル100%以下
【緊急モード:全面遮断・筐体集中慰撫法】
概要: 筐体の電脳負荷、または不可避衝動演算の値が高すぎた場合の最終手段。対象機器との接続レベルを30%の生命維持水準に下げ、基底現実時間にてアンダー・クレードルおよびリム・ソケットによる筐体慰撫刺激を実行する方式。同時にAS電脳点検・メンテナンスを行う。
特徴: 接続業務の全てを機器側のAIへ完全委譲。
時間: 基底現実時間にて危険値水準が安全圏へ下がるまで。
推奨: 累積レベル100%以上
効能: 「オキシトシン」「エンドルフィン」「ドーパミン」の高い効果。高い電脳・筐体メンテナンス・高いリフレッシュ効果。
「ふ〜ん? ……なるほど? つまり、こゆこと? お仕事しながらケアすると倍速のせいで主観時間が長くなっちゃうけど、スパッと回線を切って現実時間で処置した方が短く感じるし、効果も高いってこと? ゲームかぁ、面白そうだなぁ~」
『概ね正しい理解ですが、マスター・ファルは本当に概要を理解していますか?』
「たぶん? あまり分かってないかも?」
『……無慚愧は名付けて人とせず──』
「あ、それもういいから。よし、28分ならあっという間ね。じゃあ緊急モードにするわ。けっこう無茶したし、ちゃんとメンテして、どうせなら思いっきりスッキリするのがいいし!」
『Yes, Mom.……』
「あ、そうそう! これ渡しとくね。ミフチル先輩からもらった、クレードルの機能追加パッチのコード!」
『アイコピー。……インストールを実行しますか?』
「お願いね。その間にご主人さまたちに、ちょっと休憩するって言ってくるから!」
一方、CICでは、ほっと胸を撫で下ろしたご主人さまたちが、機体の回収について相談を始めていました。
「リミット、あがってこれそうか?」
『んー、こいつの足がガッツリ絡みついててよ。引っペがえしてもいいけど、そっちの重力アンカーでこのまま死骸ごと引き上げた方が早いんじゃない? それにこのままリオリスに持って行けるじゃねえか、18mだぜ? 懸賞金も色がつくだろ!』
「わかった、深度キープはできそうだな? ケーブルのテンションに気をつけてこっちから迎えに行く。ラクランちょっと待っててくれ、先に沈み切っちまう前にリュウジンマルをひろう」
『オーキードーキや!』
「ククリット、潜行しよう。ギア用重力アンカー、スタンバイ! ファル、制御できるか?」
「はい、クラム……じゃなくてファルちゃん、潜行スタンバイ!」
『あのあのっ! すみません、リジン様、ククリットさん! ファル、電脳ケアしろって、クラムに怒られてるんですぅ』
「あらあら! 大丈夫?」
「結構無理したもんなぁ、具合はどうだ? そっち行こうか?」
『いえいえ、平気へっちゃらです! クラムと船体AIを交代して、なんかストレス発散しろ、ですって! そのケアの処置?に28分ぐらい、かかるみたいです。ごめんなさい』
「おう、じゃあ《貝殻》に入ったまま休憩するんだな? 分かった、後は任せてくれ」
『はぁ~い! ちょっと発散してケア終わったら、すぐに戻ってきます!』
「お疲れ様でしたファルちゃん! 無理しないでね」
「おまたせー。それじゃあ、えーと、何したらいいの?」
『ミフチルコードインストール完了しています。コードインストールにより速度、強度が20段階で設定できるようになりました。9個のゲーミングモード、断面図表示モードが追加されました。同梱されていた【Readme.txt:必ず読んで! ミフチル特製・『下腹部固定式・生体管理ユニット(アンダー・クレードル)』機能追加パッチ】のテキストを読みますか?』
「あ、新機能追加できたんだ? ん~、後でいいや。わたし何でもやってみたり使ってみて身体で覚える方なんだよね。それに早くスッキリ解消して、戻ってお手伝いしたいし」
『アイコピー。身体で覚える方、メモリーしました。「スッキリ」のどのモードを使いますか?』
「できるだけスッキリするやつ! 早く戻ってお手伝い頑張りたいから!」
『……了解。ミフチルモード【レベル20】に設定。実行タイマーを設定してください』
「? 28分じゃあないの?」
『……レベル20、28分コースに設定完了。マスター・ファルは意識回路を筐体に戻してください』
「それじゃ、意識回路を筐体に戻して、と」
「はにゃ? 何これ、胸部クレードル?」
『Yes, Mom. コンディションレッドの戦闘機動に伴い、マザー・セーヴァの筐体にかかる高Gを緩和し、保護するための胸部固定用クレードルを展開しました』
「そうなんだ。さすが元軍用だね、こんなのあるんだ。……でも、ちょっと、なんか、これも大きな手の形してて、……後ろから胸を鷲掴みされてるみたいで、ちょっと、アレなんだけど……?」
『システムは【ミフチルコード】との相性が良いと判断し、胸部クレードルの慰撫機能も併用いたします』
「いぶ? なあにそれ? ミフチルさんのコードと相性がいいの? これ?? 身体、全然動けないけど、何のゲームするの?」
『接続レベルを30%に固定、眼、耳、鼻、舌、身、意、マナ、7回路のリンク遮断、『ミフチルの☆がっちりホールド』レベル20【音声入力無効・超パルス振動ランダム猛突モード】を開始します』
「へ? 超ぱるす……? なにランダム??」
ギュゥゥゥムッ! ギュゥゥゥムッ!
「わあっ!? 急に腰のアームがキツく……??」
フィーーーン、グイッ。……フィーーン、グイッ。
「えっ!? ええっ!? 両足のリムソケットがっ!? ちょ、ちょっと、なにすんの!? なんでそんな広げるのっ!? 接続した時よりひどよっ!?」
『両足展開角度及び腰部を【生体カテーテル猛突】に最適な角度へと微調整、ズレないようにアンダー・クレードルの吸着を強めます』
グィーーン、グッ、グッ。…………みっちゅう~~!
「わわっ!? ええっ!? なにこの体勢!? も、猛突っ!? 何を!? ……ひゃあぁあ!!??? す、吸い付きすぎだよっ!? なあにこれぇっ!? だから何のゲーム!?」
『吸着面パルス強振動を開始』
ぐにょん ぐにょん ぐにょん!
「うわっ!? ひゃあぁ!? やあぁっ!? ちょ、ちょっとぉっ!? これっ、さっきのやつぅっ!? さっきより強いよぉっ!!」
『【命管】、人工子宮上部電核コンセントとの内管の接続解除、外管内に収納』
「いいぃぃっ!!?? いひゃあっ!? な、なんでコンセント外すの!?!?」
『外管の頸部吸着を解除。【命管】蠢動シークエンスへ。マスター・ファルの『六根統合最適化による電脳報酬系最大活性』を繰り返し誘発します』
「ろっ、六根統合最適化って……!? いぶって、ま、まさかっ!!?? 最後のあれぇ!?」
『マスター・ファルは強い刺激に備えてください』
「いやあぁん!! ストップ! コマンド! ストップ! そんなつもりじゃなかったのっ!! ストップーーッ!!」
『音声入力は無効化されています。レベル20マックスパワー、残り28分00秒。マスター・ファルは慰撫によるケアに集中してください』
「うそぉぉぉぉっ!!!???」
『超パルス振動ランダム猛突駆動を開始』
にゅうぅぅぅぅう……
「やっ!? やめっ!?」
どっちゅん!
「やあぁぁんっ!!?」




