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第十一章 大セーヴァのメッセージと目覚める古船

第11章 大セーヴァのメッセージと目覚める古船


『ザザザッ……あたしからザザザッ……離れて! ザザザ……ッ宙域から離れ……ザザザッ、カーブラックホールを暴走させる……! 体当たりで、ザザザッ……この戦艦タイプザザザッ……アートマをっ!! ザザザッ……これ以上、アーコロジーに攻撃は、ザザザッ、させない!』


 ――激しい通信ノイズと共に、空母を司るマザーセーヴァ・サティアからの悲壮な決意が伝わってきた。

『アリエル! 空母アーサンガがっ!』

「なにやってんのよ!? アーサンガ! 前に出過ぎよ!」

 漆黒の宇宙空間。

 無数の醜悪な宇宙生物群が群がる死地の中央で、私たちの母艦、フランカ級宇宙空母アーサンガが動いた。


 巨大な戦艦型アートマの横腹をめがけ、痛々しく致命的な被弾を重ねながら、アーサンガが単機で果敢に主砲を放ちながら突撃していく。


『ううっ、アーサンガ、損壊率35%、宙域を緊急離脱する!』

「サティアーーッ!」

 リーアの操船によって、MG9は機体を軋ませながら急上昇軌道へと入る。凄まじいGがパイロットであるアリエルの筐体を襲うが、深く前傾した彼女の四肢は『リム・ソケット』と、胸部と腰部を強固に挟み込む『クレードル』が、極限の負荷から彼女の身体を保護していた。


『ザザザッ……道を作るザザザッ……アーコロジーを守っザザザッ……ごめんね、あたしが落ちたら、あんたたちのザザザッ……帰る母艦(ばしよ)ザザザッ……なくなっザザザッ……でもザザザッ……もう、こうするしか……ザザザッまた、ザザ……みんなでザザザザッ! 進め! ザザザッ リーアガルドォーッ! ザザザザザザザッ──────』


 直後、音のない巨大な閃光が宇宙を白く染め上げた。


 空母に積載されたカー・ブラックホール・エンジンの意図的な暴走。

 極大の重力崩壊が荒れ狂い、一帯のアートマ群が空母もろとも空間ごと圧壊していく。猛烈なジェットが上下に暴風塵となって吹き出し、そのすべてが光の中に消滅していく。


「……ああ、サティア……、そんな……!」

『アリエルッ! アリエルゥッ!! しっかりしてっ!!! 余波が来るよっ! 4、3、』

「ううぅっ!」

『2、1、今ッ!!!』

『「わああぁぁぁーーっっ!!??」』

 空間そのものを歪ませるすさまじい重力波の余波が、ハインド級宇宙駆逐艦MG9を木の葉のように激しく揺さぶる。CIC内は警告の紅い光に染まり、強烈な振動がアリエルの人工内臓をひしゃげさせるほどの勢いで襲いかかったが、上下から密着する生体クレードルが、彼女の身体を守り、命を繋ぎ止めていた。


 荒れ狂う重力波と閃光がやがて収まり、ノイズまみれだったモニターが徐々に漆黒の静寂を取り戻していく。戦闘宙域には、漂うデブリと不気味な静けさだけが残されていた。

『宙域のアートマ殲滅を確認。……一旦コンディションレッドを解除する、アリエル、もう休んで……! 筐体が、もう……!』

 システムの警戒レベルが下がり、アリエルを深い前傾姿勢で拘束していた操縦席がプシュゥと排気音を鳴らす。胸部と背面の固定が解け、機体はゆっくりと通常航行用の「椅子式」へとリクライニングして戻っていった。

「……リーア、アーコロジーの損壊率と進行状況は?」

『……お、お願い……、ちょっとでいいから、休もう? ね?』

「サティアの死を、無駄にできない……! いいから! 損壊率はっ!?」

『……25%だよぅ! 惑星型アートマまで、あと28分だよぅ……!』

 リーアによってメインスクリーンに送られた映像には、かつて人類が住んでいた第6アーコロジーの無残な姿が映し出されていた。特攻用決戦兵器として改修されたその巨大な腹部に、おぞましい中型アートマが深く食い込み、貪るようにへばりついている。

「なんてこと! 最終防衛部隊(インドラの網)はっ!?」

『残存機はもう、37%なの……』

「内部にアートマの侵入を許してるのかっ……! くそっ!」

『お願いアリエル、私と代わって《貝殻》に入って……! ね? 治療を受けて……! お願いだから……!』

「今あんたを《貝殻》から出すわけにはいかない。……リーアよく聞いて。内臓だけじゃあないんだ、電脳をSDR5000で酷使しすぎた。今から治療したってもう意味も時間もない。残った意識でアーコロジーを守らないと」

『……アリエル!』

「ユミナもカチュアも、うちらのブリッツギアはもう戻らない……。だからこうする。まず、あのアーコロジーにへばりついている中型アートマを倒す。そこからあたしはカーチリンディカで出る」

『そんな! アートマと生身で戦うつもりなの!?』

「あんたには悪いけど、そのまま残ったインドラ部隊と合流して援護してくれないか? アーコロジー内にあたしは入る。進路はサティアのお蔭で多分いける。あとは、アーコロジーを守り抜くだけなんだ。中に入り込んだヤツらを、誰かが、片付けないと」

『待ってよ! それじゃあアリエルもそのままアーコロジーのブラックホールの暴走に巻き込まれちゃうよ!』

「あの惑星型を止めなきゃ、リーアガルド号が危ないんだ……! あたしたちの船が、リーアガルド号がこの戦争で負けるってことは……、人類の明日がアートマに奪われることになるんだ……!」

『……』

「守ろう、リーアガルド号を……! 大切な人たちを! きっと、リーアガルド号は必ずBHW(事象地平線砲)を完成させる。それまであんなデカイヤツを近づけない!」

『……うん』

「MG全四十八機、特攻(アーコロジー・アタツク)だ! どのみち、もう帰れない! 盾になって、目標までの道を切り開く!」

『……うん、わかった。……残りのエネルギー、全部使うよ……アリエル。……コンディション、レッドォッ!』

 CICにけたたましい警報が鳴り響く。

 アリエルの搭乗する操縦席が、激しい戦闘機動(高G)に耐えるための可変シークエンスを開始する。通常航行用の「椅子式」から、無骨な金属アームがパイロットの腰を鷲掴みにし、身体を深い前屈姿勢へと押し倒して強固に固定する「ライダー式」へと再び物理変形を遂げる。

『AS電脳の保護リミッター、全解除。……アリエル、痛いのも、怖いのも、全部わたしが引き受けるよ……! だから一緒に……リーアガルド号の明日を……!』

『あんたに全部預ける……! MG9、格闘モード! 吠えろっ! シンハナーダァッー!!』

 アリエルが両腕のリム・ソケットを深く押し込むと、ハインド級宇宙駆逐艦MG9の船体外部でも劇的な変形を開始した。

 艦前方のインテークが咆哮を上げるように大きく展開し、分厚く無骨だった円錐のシルエットが、巨大な獅子を思わせる攻撃的なフォルムへと変貌を遂げる。さらに背部と両脇のハッチから、前進翼にも似た巨大な鋼鉄の三連剣が荒々しく聳え立った。

「突っ込むぞぉっ! これ以上、アーコロジーには指一本触れさせない!」

『うん……最適な進路を計算。目標、中型アートマ。両腕指向性レーザー、周囲の蟻型アートマへ放射開始。高周波極性振動剣(クリカラブレード)通電開始』

 漆黒の宇宙空間に聳える巨大な鋼鉄の刀身に、青白い稲妻がバチバチと奔った。空間そのものを分子レベルで崩壊させる死の刃が、圧倒的な殺意を帯びて光り輝く。

「ごめんな、あんた民間機なのに、とうとうご主人さまんとこへ、帰れなくなっちゃった」

『だいじょうぶ。……平気だよ。アリエルと一緒なら、……どこまでも! ……進め!』

『「リーアガルドッ!!」』

 決死の覚悟と共に主砲が眩い火を噴き、無数の指向性レーザーが闇夜を切り裂いて放射状に拡散していく。

 重厚なオーケストラのBGMが最高潮に達する中、無数の光の矢となって突撃していく四十八機の円錐のシルエットが、画面いっぱいに引いていくカメラワークの中で白く焼き付いて消えた。

『入植百年記念 大河歴史アニメ:リーア 永遠の少女』

第10話「創星歴370年 アーコロジー戦法、発動」

劇中シーンより抜粋





 CICに戻ってきたリジンさんを、不精髭を撫でる怪しいARグラスのラクランおじさんと、ボタンの壊れたホットパンツであぐらをかいたお姉ちゃんが、何も言わずにジッと見つめています。なんだ? といぶかしそうにしながらも、リジンさんが操舵席の横に立つ私の所へずかずかと歩み寄ってきました。

(あ、きたきた、どうだったのかな。まさか本当に……?)

 リジンさんが白衣のポケットから例の小さな冷却容器を取り出して突きつけた。

「ククリット、お前、ファルにこんなもん持たせるなよ」

(ほっ……。な~んだ、空っぽね。やっぱりまだそういう関係まで進んでないのね)

 抗議するリジンさんの声を遮るように、お姉ちゃんが「チッ」と大きな舌打ちをして、おじさんに向かって銀色のコインを弾き飛ばしました。

「おまえら……! まさか賭けてたんじゃ……?」

 今回、私は乗りませんでしたが、アーシュといえば賭け文化。どっちだろう、と迷う時は高い確率で賭けが発生します。

 リジンさんが唖然としているそのスキに、私はその手からさっと容器を奪い返しました。

「あっ」

「いくじなしさんには必要ないでしょ? もともと私のですし」

 私はワザと見せつけるように容器をチューブブラの胸の谷間に押し込んで、ジッと間近でリジンさんを見つめました。「うっ」とリジンさんが後ずさりました。

「そうだよ、せっかく2人にしてやったんだからよ、一発くらいファルっ子に抜いてもらってこいよなぁ。おっさんに負けちゃったじゃんか」

 だらしなく椅子の背にもたれ、裸足をコンソールに乗せたお姉ちゃんが、心底呆れたようにリジンさんを見下ろしています。

「うひょひょ、リジンはん、まだまだやなぁ。若いっちゅうか、青いっちゅうか。やれる時にやっとかんと」

 おじさんがメガネを怪しく光らせながら、受け取ったコインを親指で弾き、空中でキャッチしてかりゆしシャツに入れて誇らしげに笑いました。私もベットするならおじさんと同じ考えだったな。

「やっぱり賭けてやがったな! バッカやろう! だからぁ! 違うってば! そういう関係じゃあないって!」

「──いいや、目がエロい。あたしらを見るよりも、なんかエロい目してファルっ子見てた」

 お姉ちゃんったら可愛い。腕を組んで、尖った耳の先と頬をほんのり赤く染めて、可愛らしくぶっっすぅ~と不満げに唇を尖らせて、茜色の瞳がリジンさんをジト~ッと睨みつけています。

「そ、そんなこと……!?」

 『エロい目』というワードに対して、リジンさんの、その分かりやすすぎる狼狽え方は、私の心配を確信に深めました。

(うわぁ~……、図星っぽいなぁ~……。やだなぁ、これまでの苦労が水の泡みたい……)

 なんだか私まで苛めたくなっちゃう。私は見上げるようにリジンさんを見つめ、人差し指で左胸をグリグリ押しました。

「ふーん、そんなに動揺してぇ。あやしいんだ~」

「ち、ちがっ……」

(うん、指先から感じる心電が上がってる。これは私に対する動揺じゃない。ファルちゃんに惹かれてるんだ……。作戦変更しないと! 私たちは遺伝子がほしかったのに、いつの間にか本当に欲しくなってるし……)


 私(と無自覚のお姉ちゃん)は、この奥手初心鈍感いくじなし生物オタクのリジンさんの気を引くために、密かにあるいは大胆に、たくさんの工夫をしてきました。──実を言いますと、お姉ちゃんのホットパンツのとれかかっていたボタンをこっそり千切ったのは私。お洗濯の時にふと思いついた悪戯だったのですが、お姉ちゃんは細かいことを気にしない、真っ直ぐなアーシュの漁師の血を引いていますから、まんまとそのまま穿いてくれました。(リジンさんの前で、すとんと落ちるラッキースケベはまだ未発です)

 私の胸や、わざとらしく見せている紐ビキニの結び目(最初は本当に恥ずかしかったけど慣れました)、お姉ちゃんの無防備なホットパンツ、そういうのにリジンさんの視線が捕らわれていたのも最初だけ。

(もおぉっ! 二年もあったのに、本当、奥手で初心なのもいいところのいくじなしさん! 白衣でいいからくれたらいいのに!)

 最近ではお姉ちゃんの方も、無自覚にリジンさんに惹かれ始めているようですし、私だって同じ気持ちです。それならいっそ、お姉ちゃんと一緒に彼をシェアしてもいいって考えていたのに……。

 性に大らかな私たちアーシュの文化ですから、一夫多妻だって受け入れる。そのくらいの覚悟は決めていたのに。

 ……まさか、ファルちゃんという愛らしい菩薩様の顕現で、ここまで一気に局面が変わってしまうなんて思いもしませんでした。


 私は普段の清楚な仮面をほんの少しだけ外して、からかうようなジト目でリジンさんをじっと覗き込みました。

「ねえー? お姉ちゃん。私たちがこーんなに、アピールしてきたのに。ぜーんぜん、その気になってくれないんだもん。いくじなしさんだと思ってたら、……あーいう、守ってあげたくなるような感じの子が良かったんですね。ふうん、いい趣味ですね」

 言葉の端々に隠しきれない本気のトゲと、女としてのプライドがピリピリと滲み出てきて、自分でも驚きました。

 本来なら、リーアタイプセーヴァであるファルちゃんは、私にとって深く敬愛すべき尊い「菩薩様」のような存在。完璧で無垢な彼女を、私の手で理想的な存在へと大切に育て上げたいという、純粋な信仰心はあるのです。……ですが、リジンさん(の遺伝子!)を巡る強力なライバルになってしまったとなれば、話は別。

「「ふーん、だっ!」」

 私とお姉ちゃんは、わざとらしく、けれどどこか本気でへそを曲げたようにツーンと同時にそっぽを向きました。その背後では、ラクランさんが相変わらずニヤニヤと下品な笑みを浮かべてスチームパンク風のグラスを光らせています。

「せっかく二人っきりにしてやったのにさぁ。全然CICに帰ってこないしさぁ、こりゃヤッてるだろってそっちにベットしたのによぉ、いくじなしは変わらずじゃんか」

「そうね~。いくじなしさんで童貞さんは変わらずね~。でも私たちよりファルちゃんが一歩リードしてるのは確かじゃない? このままだったらファルちゃんに遺伝子全部とられちゃうかも」

「初期接続が大変だったんだ……。もう童貞でも何でもいいから、好きにやってくれもう……」

(やだもうキュンときちゃうっ!)

 呆れと頭痛に耐えるように艦長席へ崩れ落ち、頭を抱えたリジンさんがか細い声で言い訳をしています。

(ううっ、慰めたくてうずうずする……。いつもならすぐフォローして点数稼ぐんだけど……ごめんなさい、リジンさん。でも、ファルちゃんという強力なライバルが現れたからには、のんびり構えてはいられなくなっちゃったの)

 緊急事態につき作戦変更です。これからは上手くお姉ちゃんを焚き付けて、リジンさんを意識するように誘導しないと。

「ファルっ子がリードしてるなら、それならそれでいいじゃんか。ファルっ子にヤッてもらったら。手っ取り早いだろ。やる気満々だったし、喜んでやりそうじゃん」

(お姉ちゃん、それは最終手段であり、敗北でもあるのよ。アーシュの女として)

 私たちアーシュは家族意識も性に対してもとてもおおらかな文化をもっていますが、一方のヒュームは、一途な一対一の恋愛観や結婚観を数千年も頑なに保持し続けている種族です。もしリジンさんの初めての相手がファルちゃんに決まってしまったら、ただでさえ奥手な彼のことですから、もう私たちに愛を注いでくれる余地なんて綺麗さっぱりなくなってしまうかもしれません。

 本当なら私だって、彼を一人占めしたいという独占欲がないわけではありません。ですが、あの尊い菩薩様にすべてを持っていかれるくらいなら、お姉ちゃんを巻き込んで「一夫多妻(アーシュ流のシェア)」の既成事実を先に作ってでも、リジンさんを私たちの枠の中に囲い込まなくては……!

(ようし、言うぞ~!)

「……私は、まぁ、そうね、できれば自分で直接搾り取りたいかな。ちゃんと段階ふんでね。……お姉ちゃんだって、ホントは転売用のスピッツなんかじゃなくて、ちゃんと『ここ』に、直、接、欲しいんじゃないの?」

 私は冗談交じりの淫靡な目をお姉ちゃんに向けて、両手の指で小さなハートの形を作って、それを自分のおへその下にぴたりと当ててみせました。リジンさんが生唾を飲んで『ここ』見て、慌てて目を逸らしました!

(ひゃ~、顔から火が出そう! すっごく恥ずかしいんですけれど!)

「ばっ!? なに言ってんのククリット!?」

 図星を突かれたように、お姉ちゃんがいい感じに顔を真っ赤にして立ち上がりました。

「私たちもファルクラム号に乗ってもう2年じゃない? まんざらじゃないの、わかるわよ」

「ち、ちげーよ! アタシはこんなヒョロヒョロの甲斐性なしなんて願い下げだね! アタシが欲しいのは金! 金だけだよ! 変なこと言うんじゃないよ!」

「そんなこと言って。そこが良いんでしょ? だったらもうこの際だから、2人いっぺんに相手してもらうのはどう? 楽しそうじゃない? 2人同時に妊娠できたら私たちの夢が叶うじゃない」

「バ、バカ言ってんじゃないよっ! アタシはアンタをそんなハレンチな子に育てた覚えはないよ! このっ、生意気なおっぱいめぇっ!」

 ついに羞恥と怒りが限界を突破したお姉ちゃんが、真っ赤な顔で飛びかかってきました!

(こらこら、コッチじゃなくて、リジンさんに向けてよ!)

 私はふっと短く息を止め、わざとリジンさんの頭上スレスレをひゅんと浮遊して逃げてみます。あわよくばお姉ちゃんがリジンさんにぶつからないかしら。ああ、この軌道じゃダメね。私は一度床に降りて艦長席の真後ろへ回り込みますが、お姉ちゃんは天井を蹴ってダイナミックに真上から飛びかかってきました

(お顔が真っ赤。強く意識するきっかけにはなったみたいね)

 あそうだ! いいこと思いついて、私はもう一つ息を止めて、お姉ちゃんを避けるように天井に飛び上がって手をついて、お姉ちゃんが飛び上がってくるの待つ。うまくすれば、お姉ちゃんを、うずくまって頭を抱えるリジンさんの上に落とせるかも。

「待てっ! 逃がさないよっ!」

「あははっ、お姉ちゃん顔真っ赤!」

 きたっ! と思って、かわそうと思ったけど、お姉ちゃんの方が空中軌道上手だったの忘れていました、リジンさんの真上で私はお姉ちゃんに捕まっちゃいました。

「こんのぉ! こうしてやる! こうしてやる!」

 背後から勢いよく飛びかかって空中で組み付かれて、私のチューブブラの膨らみを背後から両手で遠慮なく鷲掴みにし、容赦なく揉みしだいてきました。

「あはははっ! ごめんなさい、お姉ちゃん! ごめんなさいったら! あっはは、ちょっと、くすぐったいってばぁ!」

 笑って息が漏れたせいで浮遊力が緩み、私たちは絡み合ったまま、艦長席で頭を抱えるリジンさんの上へと緩やかに落下していきます。

 チャンスです。──私は白いビキニの紐が見えるように、チャトルをオシャレに巻いています。ほどけてもチャトルに引っかかって、大丈夫なはず!

(がんばろう! リジンさんにドキドキしてもらうために! お姉ちゃんもねっ! えいっ!)

 私はどさくさに紛れて、自分の白い紐ビキニの結び目をスルリと解き、ついでにお姉ちゃんのダメージホットパンツの布地をグイッと下に引っ張りました。

 さあ、いくじなしの船長さん。無防備なアーシュの姉妹が空から降ってきますよ……! 浮遊を解除!

「あっははは、きゃあ!」「わあぁ!?」


 ドサッ!


「うわぁっ……って、何やってんだ姉妹で! ふんむむぅっ!?」

 私はリジンさんの膝の上にすっぽりと横座りに収まり、お姉ちゃんは逆立ちするような格好で、リジンさんの顔面へ下腹のあたりを押しつける形になりました。もちろん、落下中に私がグイッと引っ張ったせいで、お姉ちゃんのホットパンツはかなり際どいところまでズレ下がっているはずです。

「んむぅう!?」

「にゃああぁっ!?」

 リジンさんの口か鼻先かが、敏感な所に当たったみたいで、お姉ちゃんはぴょい~ん、と毛を逆立てて飛び降りました。すごいな、こんなダイレクトなラッキースケベになるなんて。

「ぷはぁっ! おいククリッ……トォおっ!?」

 顔を真っ赤にしたリジンさんが、膝の上の私を見てギョッと目を丸くしました。

「おっ!? ……おまっ、かっ、隠せよっ!」

 視線を辿って自分を見下ろすと……あらぁ!? 先ほどお姉ちゃんに揉みくちゃにされたせいで、私の白いチューブブラが大きくはだけて、無防備な胸がっ!?

「きゃあっ!?」

 たまらず私も顔から火を吹きそうになり、慌てて胸を隠してリジンさんの膝からぴょい~ん、と飛び降りました。もう! こっちが丸見えになるのは想定外っ!

「ええなぁ~、リジンはん、モテモテやんけ~。姉妹丼っちゅうの? ハーレムっちゅうの~? それは罪やでぇ~。ワイかてあやかりたいわ~。罰として奢ってぇな」

 過激な私たち姉妹のじゃれ合いを、ARグラス越しにニヤニヤと見上げていたラクランおじさんが言いました。おじさん相変わらず鋭いなぁ。たぶん私の作戦、すっかり見抜かれています。

「何でだよ!」

 私の胸を見たせいか、お姉ちゃんの股間に顔を埋めたせいか……。少し前屈みなリジンさんが、顔を赤くして叫びました。作戦自体は成功だけど、う~ん、さすがにサービスしすぎちゃいました! まともに顔が見れません!

「ぜぇっ……ぜぇっ……そうだそうだ! 奢れ! 次上陸したら焼き肉だ! ううっ、変なところに顔が……!」

 先ほどリジンさんの鼻先か口かが当たってしまったからでしょうか、お姉ちゃんは耳の先まで真っ赤にしています。きっと、その恥ずかしさを誤魔化すために矛先をリジンさんへと向けて、意趣返しに無理難題を吹っ掛けているのでしょう。お姉ちゃんは肩で荒く息を切らしながら、ズリ落ちたボタンの壊れたホットパンツをぐいっと力強く引き上げ、チューブトップの形を不満げに整えながら言い放ちました。

「はぁっ……はぁっ……もぉ、お姉ちゃんったら、本気になりすぎ……。はーい。私も賛成でーす」

 私も荒い息を吐きながら、激しい動きで大きくずれてしまったチューブブラと腰の巻きチャトルを直し、乱れた銀髪をサッとかき上げました。平静を装って賛成してみせましたが、実のところ私も顔から火が出そうなほど恥ずかしくて、身体の芯がカーッと熱くなっています……!

(お姉ちゃんのお蔭で、すっかり見られちゃったじゃないですか!)

 ここは大人しく、お姉ちゃんの流れに乗っておきましょう。

「だから何でだよ! 落ちてきたのおまえらからだろ! なんの罰だよ!」

 フィグラーレの海生哺乳類の肉は非常に美味です。焼き肉ともなると、なかなか値が張るご馳走。お祝いでもないのに、一介の海洋学者の給料でそう簡単にホイホイと奢れるような代物ではないことは分かっていますが。

「新型セーヴァをあんなポンコツポエムっ娘にしちまったんだからな! とうぜん、アンタの取り分で焼き肉だろうが! 純潔ヒューム学者の精子売りゃあ焼き肉なんか安いもんだろ!」

「だから俺は関係ないって! ファルは最初からあんな感じだったんだ! 何が当然だよ! おまえらどうせ食いたいだけじゃないか!」

「クルーの士気上げんのも大事な船長としての勤めやんか。甲斐性あるとこみせてぇな~。抜いてもらって精子売ったらええやんかぁ~」

「お肉久しぶり! 嬉しいなぁ。私、カルビがいいです」

 そんなふざけた、賑やかなやり取りの最中でした。


 ――ビィィィィィィィィィン!


「うおっ!?」

「ひゃあ!?」

 突如として、通信コンソールがけたたましい警報音を鳴り響かせました。それまでの緩みきっていたCICの空気が一瞬で張り詰めます。

 正面のメインモニターの端に、大きな鳶色の瞳をこれ以上ないほど見開いたファルちゃんの慌てふためいた顔が、ポコンとポップアップ表示されました。

『わっ、わわっ! 大変ですリジン様! 初期設定を一旦中止して回線を開きました! 緊急入電です!』

「ファルちゃん!?」

 私とお姉ちゃんは、不意の事態にビクッと同時に肩を大きく揺らしました。こんなポップアップ見たの初めてです!

「入電? どうしたんだ?」

『リーアガルド号の船体AI、初代リーアからです!』


「「「「オ、オリジン(初代)リーア!?」」」」


 CICにいる全員の声が、見事に裏返りました。

 四百年もの長きにわたり天舷を司り、全銀河最優秀と賞賛され続ける大セーヴァ。私たちアーシュにとっては、本物の大菩薩様の顕現そのものです。そんな神様みたいな存在から、一介の古い探査船に直接入電が来るなんてあり得ません。そりゃあもう、大事件です!


……ところが、本当に大変だったのは、通信の『送り主』のことじゃありませんでした──。


『──そういうわけで、そのルビルのリータの命がけの電信に対して、初代リーアが動いたということです! ルビル樹の寺院からの通報では、船団がアノマロドンに襲われて、すでに二隻沈められたそうです! そして、十二歳の子どもが単独で危険海域へ向かったと!』

「マジか……!?」

『今回の出現ポイントは、私たちが今向かってるポイントのずっと手前で、もうすぐそこなんです! 他の賞金目当ての武装船はみんな海流を読んでもっと先へ行ってしまっていて、最寄りにいるのは遅れて出航したファルクラム号しかいません! それと、天舷政府は対象の保護と海獣を撃退できた場合、特別に報酬を支払うことを明言しています!』

「エライこっちゃやんか……!」

「特別報酬!?」

「バカな、アノマロドンが海流に乗らなかったというのか? 人的被害は!? ホントにターゲットのヤツと同個体なのか?」

『ごめんなさい、詳細は分かりません。でも、急がないと!』

 その瞬間、私たち全員の血管を熱いアドレナリンが駆け巡り、先ほどまでのくだらない……いえ、平和で緩みきっていた日常の空気は一瞬にして吹き飛びました。

 大気や海中がオージャスに満ちたこの過酷な世界では、電子通信は極端に制限されます。通常、中継器を幾重にもリレーしなければ長距離電信など成立しません。

 中継器すらないこの絶海のど真ん中で、分厚いオージャスの壁を完全に無視し、高度四万六千キロに浮かぶリーアガルド号から末端の探査船へと直接通信を割り込ませるなど、常識では考えられないほどの絶大な電力を消費するはずです。

 しかも、大菩薩様である初代リーアからの直接の入電だなんて前代未聞。それはつまり、天舷のマザーAIが自ら強制的に介入してまで伝えねばならないほどの、一刻を争う「究極の緊急事態」であることを明確に意味していました。


「ククリット!」

「はいっ!」

 リジンさんの切羽詰まった声に、私は先ほどまでの軽口も清楚な仮面も完全に捨て去り、鋭い視線をコンソールへと向けてジャンプしました。

 ふっと息を止めて宙を滑空し、腰に巻いていたチャトルを床へ脱ぎ捨て、迷うことなく操縦席へと滑り込みます。そして、両足、両手を専用の『リム・ソケット』へと一気に突っ込みました。

 ソケット内部で素早く指先を走らせ、船体システムを即座に戦闘機動へと強制励起させます。

 私の操作に呼応し、船体後部で悠然と風をはらんでいた巨大な帆が、まるで臨戦態勢に入った甲虫が羽を畳むように素早く折りたたまれ、後部甲板の装甲スリットへと滑らかに収納されていきます。

「口あけます! パワー出しますよ!」

 同時に、船先の巨大なインテークが重々しい駆動音と共に開き、荒れ狂う碧海の海水を暴力的なまでに呑み込み始めました。吸い上げられた海水に莫大な電荷(オージヤス)が干渉し、船の心臓部である『ラムジェット式電荷ベクトル偏向推進』の機関が臨界の唸りを上げ始めます。

 リジンさんが深く艦長席に座り直し、シートベルトを付けました。

 私はリム・ソケットを通して船体と同調し、上体をやや前傾させながら、見えないスロットルを一気に最奥まで押し込みました。


 ズドォォォンッ!


 超高圧に電磁加速された水流ジェットが船尾から爆噴出し、私たちのMG9改ファルクラム号は、船体の全骨格をギリギリと軋ませながら、海面を抉るような重く野太い咆哮を上げて猛烈な急加速を開始しました。

「リミット頼む!」

『わかってらい! おいファルっ子! アリエルタイプは来ねえのかよ!』

 お姉ちゃんが耳元のイヤーカフ型通信機を荒々しく叩き、大声で怒鳴りながら、弾かれたようにCICを飛び出していきました。

『空母マイトレイアから、空中戦仕様(カーチリンディカ)に換装したアリエルタイプが出撃したそうですが、現場まで一時間はかかります! わああぁっ!?』

「どうしたファル!?」

『す、すごい電力……! すみませんでした! リーアガルドから第二電信です! 衛星画像、対象予測進路がきました! これです。やっぱり私たちが最寄りです!』

(二度も電信するなんて! なんてことなの……! 初代リーアが、これほどまでに……!)

 ファルちゃんが驚いて声を上げてしまうのも無理はありません。高度四万六千キロの軌道上から、この分厚いオージャスの壁を真っ直ぐに貫いてくるほどの、尋常ではない大電力の気配がCIC全体を激しく震わせたのですから。


 莫大なエネルギーを消費して私たちの船へと強引にねじ込まれたそのデータには、「何としても救え」という天舷の――いいえ、私たちが仰ぎ見る大菩薩たる初代リーアの、並々ならぬ本気度と、胸を締め付けられるような悲痛なまでの祈りが込められているようでした。


 その聖なる祈りに直接触れたかのような感覚に、私の胸の奥からも、言葉にできないほどの強烈な使命感と熱い闘志がふつふつと湧き上がってくるのを感じました。

 メインモニターに鮮明に映し出された衛星画像。そこに不気味に明滅する赤い光点は、まさに今の私たちの位置から目と鼻の先の海域を指し示していました。

『あのあのっ! リジン様、コンディションレッドを発動しますか?』

「お、できるのか?」

『やってみます!』

 コンディションレッドという、聞き慣れない不穏な単語に私が思わず首を傾げました。

「なんですか? それ?」

「戦闘態勢とか、潜行する時使ってたんや。えらいこっちゃポスター外さんと」

 直後、CICの照明がスッと一段階落ち、薄暗くなった空間を、それまで徹底的な節電のために深く眠っていた全天周モニターの圧倒的な光が、鮮やかに照らし出しました。

「おわぁ……! 久しぶりやなぁ! アーニャ以来やな! やっぱセーヴァおらなこの船はあかんなぁ」

 外部の碧海(シーア)の景色を文字通り三百六十度映し出す、圧巻の全天周スクリーン。

「へぇっ! これが全天視! って!? あら? ちょっと!? あらあらあらあらっ!?」

 ウィーーーン……。

 突如、操縦席の背もたれから二本の無骨な金属アームが飛び出し、わたしの腰をガッチリと挟み込んで拘束しました。

「ちょ、ちょっとファルちゃん!?」

(ああーっ!? 右側のビキニの紐、ほどけたままだっ!?)

 心の中で悲鳴を上げた瞬間には、もう完全に手遅れでした。

 さらに座面の下から黒いユニットがせり上がってきます。そのまま、紐が解けて辛うじて乗っていただけの、私の白い紐ビキニの股間部分へ吸着面がピタッと容赦なく張り付いたのです。

グゥーーーン…………、ぶちゅぅんっ!

「冷たぁ!? なあにこれっ!? 吸い付いてっ!?……んんっ!」

(あっ、やだ、なんか、布がズレて……直接、当たってるっ……!?)

「なにエロい声だしてんねん」

「どうしたククリット?」

『わわっ! ご、ごめんなさいククリットさんっ!』

 メインモニター越しに、ファルちゃんが両手を合わせて必死に頭を下げて陳謝しています。

『コンディションレッドに伴う、パイロットシートの高機動戦術用『前傾(ライダー)プロトコル』が実行されました!』

「へぇ? うわっ!?」

 状況を呑み込む暇も与えず、軍用の冷徹なシステムは容赦なく次のフェーズへと移行しました。ガション! と重々しい駆動音を立てて、私の座っているパイロットシート全体が変形を開始したのです。

「わわわっ! ラ、ライダー?」

 座面が大きく跳ね上がり、背もたれが前方へと倒れ込んできます。腰の三点を金属アームにガッチリと拘束された私は、シートの動きに逆らうことなど到底できず、強制的に深い前傾姿勢をとらされ、上半身をコンソールへ投げ出すような形になってしまいました。

「ちょ、ちょっとぉ! 勝手に、こんな体勢……!?」

(……ライダー式っていうか、これじゃまるで『猫のびのポーズ』じゃないっ!?)

 肝心な部分は拘束ユニットに鷲掴みされて隠れているとはいえ、背を反らせ、お尻を突き出して固定される体勢にされてしまったのです

『ごめんなさい! 強烈なGからパイロットの脊髄と内臓を保護するための姿勢固定と、ショック吸収用の胸部クレードル吸着です! 今の私には、戦闘中の安全機能を外す権限がなくて……っ!』

「へぇ~、数年おるけど知らんかったなぁ、そのパイロットシート、エロ……えらい過激な機能がついとったんやなぁ。なるほどなるほど! さすが元宇宙艦やな」

 ラクランおじさんは怪しく光るARグラスでねっとりと私の体勢を観察しながら、全天周モニターの展開ギミックに巻き込まれて破れないよう、壁に貼ってあったお気に入りのポスターを大事そうに剥がして丸めていました。

 この緊急事態に何をやっているんですか、このおじさんったら。後でスケベ執行です。……必ず。

「わ、わかった! わかったわよ! ちょっと恥ずかしいけど、たしかにこれなら、戦闘機動でも正確に操縦できるわ。揺れても振り落とされないわけね……っ!」

(下半身だけじゃなく、はだけた胸にまで何か柔らかいユニットがぴったりと吸い付いてるっ……! 男の人たちには見えないし、今は気付かないフリをするしかない……!)

 私は羞恥心を押し殺し、リム・ソケット内の指先を高速で走らせて、荒れ狂う船体をねじ伏せにかかりました。

「あ、ほんと……数段操船しやすいわ」

 驚いたことに、リム・ソケットに挿入した手足の微細な操作だけでなく、ガッチリとシートに固定され密着した身体全体から、船の挙動や重力のベクトルがダイレクトに伝わってくるのです。

 それはまるで、荒れ狂う波の上を二本足で手探りに歩いていた状態から、四つ足でしっかりと重心を落とし、大地をどっしりと掴んで力強く突き進むような、圧倒的な安定感でした。こんなあられもない体勢ですが、悔しいくらいにとても扱いやすいのです。

(これなら、目標地点までもっと早く、もっと上手くこの船を操れるはずです!)

『良かったです! 戦術情報リンクを起動します!』

 ファルちゃんの凛とした声と共に、全天に展開されたモニター群へ次々と光が灯りました。

 海流データ、風向、ソナーの音響解析、そして衛星軌道から送られてきた目標の予測進路。長らく使われていなかった軍艦としての機能が次々と息を吹き返し、膨大な戦術情報が視界いっぱいに展開されていきます。

「がんばってるな、ファル! まるで、ファルクラム号が再び目覚めたみたいだ!」

 リジンさんの弾んだ声に呼応するように、全天周モニターのあちこちへ無数のウィンドウが次々と浮かび上がっては流れていきます。その様子は、まるで頭上にたくさんの流星群が降り注いでいるかのようでとても綺麗ですが……操船する身からすると、いささかせわしなく、目まぐるしすぎる光景でした。

「ほんまや懐かしいわ~。せやけど、まだ、もうちょっとやな」

「ラクラン、いけるか?」

「おうおう、任せとき。──マイエンジェル、聞こえるか? リムソケット手え入れるで。──ほれ、ええか? 必要な情報だけを整理して提示するんや」

『はいっ! あのあのっ! す、すみませんっ! ファルまだちゃんとクラムと接続できてなくて、き、緊急事態なのにっ! 何もちゃんとできなくて!』

 ファルちゃんのホログラムがパニックを起こしてわちゃわちゃと震えています。

「ええねん、ええねん。焦らんでええ。マイエンジェル、アラヤ識回路と船体接続率はいまナンボや?」

『はいっ! まだ25%なんです!』

「オーケー、オーケー。初期設定終わってへんのにここまでできたら上出来や。マイエンジェル、今SDR(主観時間拡張率)は何倍や?」

『えっと! えっと! 平均SDR255倍速ですっ!』

「うんうん、ほんでPDC(思考密度係数)は?」

『あうあう、……えっと、えっと、いっ、今0.12です、ごめんなさい!』

「上等や。謝らんでええ。初期設定を中止、船体接続作業も30%に達したら一時中断。PDC全リソースを操船補助に回して、SDRは上限500までに設定。その接続率でそれ以上SDRあげたら絶対アカンで?」

『は、はいっ!』

「ほんでな、戦術情報リンクは、──ほれ、こないすんねん」


(あれ……? なんかすごく優しい。なんだか、とても懐かしい……?)


「──出す前にウィンドウのサイズを統一するねん。──こうな? ほんでから必要な時に出す。後な、重ねたらアカン。埋もれてるの探さなアカンやろ?」

『はい! ──はいっ!』


 上等や──。


 ファルちゃんの不手際を的確に、そして優しく手直ししながら発せられた、聞き覚えのあるフレーズ。一刻を争う極限の緊張状態の中にありながら、その響きはなぜだか私の心にすっと沁み込み、不思議なほどの落ち着きをもたらしてくれました。

(ああ、そうか……。昔、私たち姉妹にブリッツブレードを教えてくれた時の、あの頃のおじさんの声だ)

 普段は下品でスケベでいい加減なラクランおじさんですが、この一刻を争う緊急事態に見せるその落ち着き様は、パニックになりかけていた私たちにとって、とても大きな支えになります。


「──うんうん。上等や。ほんでええか? ククリットが操船に集中して前だけ向いてられるようにすんねん。──こうや。やってみ?」

 おじさんは眩しそうにARグラスを光らせながら、リムソケットを操って、私の視界を塞いでいた不要なウィンドウを手動で整理して見せます。

『はいっ!』

 すると、どうでしょう。ファルちゃんは一度教えられただけのウィンドウの整理手順をすぐに応用し、視界を埋め尽くしていた無数の情報をあっという間に見やすく再配置してくれました。

「す、すごいわ、後ろが見える??」

 前方だけだった視界に、私の視線(視覚センサーと同調しているのかな?)に合わせて、前後左右上下のピックアップがひょこひょこと出たり入ったりします!

『やったぁ! できたぁっ!!』

 私たちにとってはほんの一瞬の出来事ですが、SDR255倍速という膨大な主観時間の中にいる彼女は、そのコンマ数秒の間に必死になっておじさんの教えを学習し、不慣れなシステムと一人で必死に格闘してくれたに違いありません。

「まぁ……! なんて健気な……!」

 そのひたむきで健気な姿を想像すると、胸の奥がじんわりと温かくなって、ぎゅっと抱きしめたいほどの愛おしさと感謝が込み上げてきました。

「おうおう、上等や。PDCグングン上がってきたがな。──ええか? 全天視の時はパイロットに出すのは海流と海面オージャス濃度の予測値だけでええ。──こうな?」

 私の視界から不要なノイズがサッと消え去り、必要な航路予測だけがクリアに浮かび上がりました。まるで荒れ狂う海の上に、安全な一筋の道が拓かれたかのように、操船の負担が劇的に軽くなります。

『はいっ! ああ、こんなことなら、もっとちゃんとトレーニングしておけば……!』

「ええねん、ええねん。十分上等や。……マイエンジェルがぶちまけた情報は全部大事な情報でワイらに必要や。整理手伝ったるさかいな、心配すんな、どんどん出してまえ。『役に立ちたい』んやな? ええ子や。それでええ」

 ラクランおじさんの言葉に褒められて、モニターの端にポコンと浮かび上がったファルちゃんの顔が、ぱあっと明るく輝きました。半泣きのように焦っていた表情はすっかり和らぎ、とても嬉しそうな笑顔を浮かべています。ああ、良かった……!

「さすがだな、ラクラン。SDRも300倍に上がってきたぞ」

 背後の艦長席から、これまで静観していたリジンさんの声が響きました。その短く落ち着いた感想には、ラクランおじさんの手腕に対する全幅の信頼が込められているのを感じました。

「ええ子やんか、船長。やりがいあるで」

 おじさんもまた、どこか楽しげにそう返しました。

 短いやり取りの底に流れる、信頼の呼吸。それは、私たち姉妹がこの船に乗船するよりずっと前の、私の知らない「二人の歴史」を感じさせるものでした。なんだか少しだけ、妬けちゃいますね。

 おじさんの指導とファルちゃんの必死の努力のおかげで、私の視界を覆っていたノイズはすっかりクリアになり、荒波の中に進むべき道筋がはっきりと見えました。

「海流予測値も、海面オージャス濃度の予測値も、さすがクラムより正確よ! ……これなら限界まで押し込める! 助かるわ、ファルちゃん!」

 私はまっすぐに前を見据えたまま、次々と更新されていく不格好で、けれど極めて精確な航路予測に感心して、思わず口角を上げました。

 情報の整理能力は、確かに熟練のセーヴァにはまだまだ遠く及ばないのでしょう。けれど、持てる全力を尽くして私たちをサポートしようとする不器用で真っ直ぐな献身には、極限の切迫状況でありながらも、なんとも言えない温かさと頼もしさ、そして愛おしさがありました。

「やっぱり、この子で良かった……!」

 私の真後ろの艦長席から、リジンさんの熱く、安堵に満ちた声が聞こえてきました。──はい。私も、そう思います。

 私は小さく微笑むと、再び荒れ狂う碧海へと意識を研ぎ澄ませました。



◇おまけ



 肺の空気をグッとせき止め、血中のオージャスを反転させる。発生した正電荷の反発力を足裏に集中させ、アタシは飛ぶように船内の円周廊下をビュンビュンと滑空していた。

 無摩擦の極限スピードで角を曲がりながらも、アタシの顔は茹でダコみたいに熱を持ったままだった。

(あーもう! 思い出すだけでも腹が立つ!)

 今こんな一刻を争う緊急事態に考えるなんて不謹慎極まりないが、さっきの『感触』が脳裏にこびりついて離れない。

 いくじなしの学者サマの顔が……よりによって唇のあたりが、アタシの無防備なトコロにダイレクトにめり込んだのだ。おかげで、自分でも聞いたことがないような変な声が出ちまったじゃないか。

「おのれククリット……! 後でもっともっとお仕置きしてやる!」

 誰にも聞こえないように悪態をつきながら、紅蓮のガンディー(ベレー帽)を深くかぶり直す。だが、あの純潔ヒュームの慌てふためいた顔を思い出すと、下腹部の奥のほうがなんだかむず痒くなって、無意識に走るスピードが上がってしまった。


『おうおう、上等や。ええか? 全天視の時はパイロットに出すのは海流と海面オージャス濃度の予測値だけでええ』

『はいっ!』


 耳元のイヤーカフ型通信機からは、CICのやり取りがクリアに聞こえてくる。

 変態おっさんの的確な指示と、それにコンマ数秒で応えてみせるファルっ子。アタシは少しだけ口角を上げた。

(へぇ……。ポンコツポエムっ子、案外可愛いじゃんか。でもなぁ~……)

 平均SDR(主観時間拡張率)255倍速! ラナス王立学園で電脳学を修めたアタシからすれば、最新鋭のリーアタイプを謳うアーキテクチャの割には、正直かなり物足りない数値だ。そしてPDC(思考密度係数)が0.12って……。ALAYA値30かよっ!

 ──いや、合点がいったよ。定価2億ルピの最新高級モデルが、半額以下の9000万ルピで売れ残ってたのはこういうことか。

 アタシだって、精神幼体がいきなり一人前のリーアタイプみたいにSDR3600倍速を叩き出せるとは端から思っちゃいない。

(それでもPDC0.12は低すぎるだろぉ)

 要するに、ハード(AS電脳と筐体)のクロックは最高峰なのに、中身の制御(集中力)が絶望的にとっ散らかっていて、マシンの性能も引き出せないんだ。

(まぁ……それでも、このでかい古船のシステムを相手に、あいつなりに一生懸命やってるんだから、大目に見てやるか。そのうち大化けしそうだしな)

 そして何より、あの変態ラクランのおっさんが真面目にインストラクターをやってるのが面白かった。

(やっぱり指導者としても一級なんだな……。何でもできるくせに、普段からそうしてほしい。あと痩せろっつの)

 思い出すね。あいつがまだデブじゃなくて、プロリーグのスター選手だった頃。──アタシたち姉妹に、ブリッツブレードのイロハや空中でのブレードの操り方を散々教えてくれた時のことだ。ついでに、現役だった時の母さんのことや、あの伝説のセーヴァ、リーアン・ローのことだって、あいつからいっぱい聞かされた。

(変態は変態だったけど……、あの頃みたいに、またシャキッと真面目にやってくれりゃいいのにさ。……フン、まずはその腹をどうにかして痩せてほしいもんだよ、ホントに。母さんが可哀想だ)

 後部格納庫の分厚い防爆扉を潜り抜けると、そこには、主の到来を待ち侘びていたかのように胸部の分厚いハッチをガバッと開け放った、元対アートマ用ブリッツギア・リュウジンマルの無骨な巨体が待機していた。

「お、元気になったじゃんか! ファルっ子か?」

 アタシは空中でクルリと身を翻し、機体に着地するなりポンポンと装甲を叩いた。

『はいっ、リミットさん、ごめんなさいっ! 現在のファルのアクセス権限では、まだリュウジンマルの中枢制御を承認されていません! なので今は、以前と同じようにクラムがシステムを代替駆動しています!』

「ああ、いーよ、いーよ。今は緊急だから、無理に慣れてねーことすんな」

(ふん、腐っても元対アートマ用のブリッツギアだな。初期プロトコルの防壁(セキユリティ)はそう簡単には突破させてくれないか。……だけどさ、中枢直結もしてないのに機体がここまで勝手に自律駆動(アクティベート)してるってことは、この気弱なデクノボーも、スケベクラムも、新しいセーヴァの来航を大歓迎してるってわけだ。状況が終了したら、ちゃんと初期設定させて、うまく接続できるようサポートしてやらなきゃ)

 先代AIがこの船を下りたのが3年前。アタシらLK&Co.がファルクラム号に乗り込んでから2年。その間ずっと、こいつは格納庫の隅で体育座りを決め込んでいじけてやがったくせにさ。ファルっ子が来ると決まってからというもの、増設甲板でウロチョロするわ、巨大な指先を器用に使って洗濯物まで干すわで、分かりやすいくらいに張り切ってやがる。

「やれやれ、単純なヤツだね。……でもまぁ、やっぱり船にはセーヴァが来て正解だったな」

 アタシは不敵な笑みを浮かべ、開け放たれたコックピットへと滑空しながら飛び込んだ。小柄な背中を衝撃ごとシートへ打ち付けるように沈めると、アタシは間髪入れず、両腕と両足を剥き出しの『ギア用リム・ソケット』へと一気に叩き込んだ。


 ギュゥゥゥムッ! ギュゥゥゥムッ!


「んっ! しっかり締めやがって。このポンコツスケベ」

 四肢を包み込むリム・ソケットの内圧が高まり、強固にアタシをホールドする。血流に溶け込むような速度で、機体との神経接続(ニユーラル・リンク)が確立していく。緊急事態だからだろうか。前回よりも少しだけ強いその拘束感は、まるで「共に戦おう」と機体が語りかけてくるような、熱い絆と頼もしさをアタシに教えてくれた。

 バチィッ!と音を立てて、太いオージャス・アンビリカルケーブルから、母船ファルクラム号のコーラル相転移炉が弾き出す莫大な電力が、アタシの四肢を通じて流れ込んでくるのが分かった。

 いつもの爽やかな、中性的な青年の声が響く。

『ギアパイロット・リミット。コンディションレッドが発令されています。O.R.A.C.L.Eの戦術データリンク展開。現在位置、ルビル樹より西北西へ2.5マイル。本艦速度、38ノットで急加速中。対象(アノマロドン18m級)速度、22ノット、南南東へ向けて猛烈な推進を維持。最優先保護対象のカイトサーフィンとの最短距離、残り1.2マイル。本機が海中へ射出され、対象へ接敵するまでの推定体感時間は──最短で4分20秒です』

 クラムの報告と同時に、コックピットの全天周モニターへ、幾重もの戦術情報ウィンドウが目まぐるしい速度で一斉に展開されていく。

 それらを見回しながら、アタシは思わず口角を上げた。

「お、おっ、おっ! 調子いいじゃねえか。クラム!」

 オージャスの濃度勾配、海流のベクトル、音響解析のゴースト除去──それらが完璧に整理され、アタシが最も欲しい形で目の前にズラリと羅列された。かつてラクランのオッサンから叩き込まれたギアの乗り方や戦術の記憶が、そのデータと瞬時に噛み合う。

 コックピットの全天周モニターの中央に、赤い文字が浮かび上がっているのを見つけた。

「おいなんだこれ? ああ、さっきイヤーカフから聞こえてたククリットが騒いでたやつか」

 モニターの中央に『パイロットシート可変プロトコル起動:ライダー式へ移行』という無機質なテキストが流れた。なるほど、軍用ブリッツギアの真骨頂ってヤツか。オッサンから「ギアの真の機動力はセーヴァが搭乗した前傾姿勢にある」と教わったことはあるが、実際にこのポンコツが変形するところを見るのは初めてだ。

「よっしゃ、ばっちこいや!」

 アタシが気合を入れた瞬間、ウィーンという駆動音と共に、座席の左右から金属製のアームが飛び出し、アタシの細い腰をガッチリと挟み込んだ。

 そして、メインモニターに信じられない警告文がポップアップした。

『システム警告:生体カテーテルの挿入に支障をきたします。推奨:下着を脱いでください』

「はああっ!?」

 アタシはすっとんきょうな声を上げ、全天周モニターに向かって吠えた。

「おいクラム! 今はスケベなジョーダンはいらないんだよ! これは下着じゃねーの、ホットパンツっていうの! だいたい、アタシはアーシュの誇り高き漁師だ、最初から下着なんか穿かねえし、そもそもアタシゃセーヴァじゃねーっての!」

 オージャス工学を修めたアタシにはピンときた。アタシらアーシュの『発電筋肉』の生体波形を、この大昔の軍用システムが「セーヴァのATP発電器官」だと誤認してやがるんだな。何度も乗ってきたのに、なんで今更……? コンディションレッドのせいかな?

『音声入力確認。生体波形を再スキャン……パイロット・リミットの種族を【アーシュ】へと再規定。同時に、対象の破損型ホットパンツ内における下着の未装着を確認しました』

「ダメージパンツだっつの、未装着って言うな! ……って、いや、それよりカテーテルって何だよ!? 一体アタシのドコに、どんなモンを突っ込むつもりだったんだ!?」

 さっきのいくじなし学者の顔がフラッシュバックして、顔に集まっていた熱が一気に全身へと爆発したように広がっていく。

(クラムめ、なんか前よりスケベになってるんじゃね? ククリットの方はファルっ子だからみんな気づいてないんだろうな。終わったらマジで調整しないと)

『了解、アンダー・クレードルの生体カテーテル機能をオミットし、吸着シークエンスのみでパイロット・リミットを固定します』

「は? 吸着? おいこらっ、やめっ――」

 背筋に嫌な冷や汗が伝うのを感じて、アタシは拘束されたシートの上でジタバタと身をよじらせた。

 抗議する間も無く、座面の下から黒くてごついユニットがせり上がってきた。

 グゥーーーン…………、ぶちゅぅんっ!

「うへぇっ……!?」

 いつのまにかボタンがなくなって、ルーズに開いたままになっていたダメージホットパンツ。その隙間を縫うようにして、人工筋肉と生体ゲルでできた吸着面が、アタシの股間にダイレクトに張り付いた。

「ちょっ、冷たあっ!? なんだこれ、なんかヌルヌルしてるじゃんか……!」

 生理的嫌悪感と、妙に生々しい密着感に背筋がゾクッとする。

(こりゃあ……、布地が変に挟まって気持ち悪いな。次乗る時は、警告通り最初からホットパンツごと脱いでおいた方がいいかもな。変なトコロだけ濡れたみたいになっちまう)

 羞恥に顔を赤くしていると、容赦のない軍用システムは次のフェーズへと移行した。

 ガコンッ!

「お、おっ!?」

 座面が跳ね上がり、アタシの身体は前へ前へと深く折り曲げられていく。四肢を伸ばし、お尻を高く突き出した、まさに「猫のびのポーズ」。背中側からはバックレストが押し込まれ、アタシの身体は完全にシートと一体化した。

「ふぅん……」

 アタシは少しだけ身体をよじってみた。

 どんなに激しく動こうとも、腰と胸は完全にプレスされ、ミリ単位のブレも生じない。だが、リムソケットに繋がれた四肢からは、10メートルあるリュウジンマルの巨体が、まるで自分の手足のように軽く、ダイレクトに感じ取れる。

「悪くないねぇ……。いや、最高にいいじゃんか!」

 あられもない恥ずかしい体勢だが、この圧倒的な一体感と全能感の前ではどうでもよくなる。

 アタシは紅蓮のベレー帽の奥で、あかね色の瞳を獰猛に光らせた。

「さあ、いくよリュウジンマル! リジンの取り分で最高級の焼肉を食うために、デカブツに風穴開けてやる!」


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