名前
「…なんで、またここに来てんの?」
「? あなたに会いに来ただけよ?」
俺に関するニュースが流れたその翌日。
何をしているかといえば、昨日と同様に同じ場所を寝床として一夜を過ごしていた俺である。
というのも、指名手配されたとはいえ、その特徴は黒フードを被った175センチ程の若い男、というもののみ。顔バレはしていない。
ならば、俺が黒フードを被らない限り、事件の重要人物として見られることはないし、被ったとしても顔を見られなければどうということはない。姿を隠す魔法もあるのでそれさえあれば大丈夫。
というわけで、魔導警察とやらが探していることは変わりないのだが、現状、そこまで問題があるわけではないし焦る必要もない。
もっとも、買い物や宿泊が出来ない、という問題はどうにかせねばならないが。
「……何故?」
「昨日のお礼よ。母さんがケーキを持たせてくれたわ」
そういって、彼女は手に持っていた白い箱を俺に見せるように掲げた。
「わざわざか?俺がいなかったらどうしたんだよ」
「? でもいたわよ?」
「あぁ、いや…………もういいか」
首を傾げる彼女を見て、多分言っても無駄なんだろうなと察した俺は、寝床としていた木から飛び降りる。
せっかくこうやって持ってきてもらったのだ。感謝はすれども、無下に扱うようなことはしない。
ありがとうな、とお礼を言ってからケーキの入った箱を受け取……ろうとしたのだが、箱が異様に大きかったために動きを止めてしまった。
何だこの大きさは、と思いつつも受け取ってみるが、箱の一辺が30センチ近くはある。重さや箱の重心からして恐らくはホールケーキだろう。
「……何でホール?」
「母さんが、男の子は一人でいっぱい食べるからって言ってたわ」
どこの世界に、男一人へのお礼にホールケーキを渡す母親がいるのだろうか。
思わずため息を吐きそうになるが、相手の善意に対してそれは失礼だと思い直して止める。
まぁ、ルシアもいるし空間庫もあるため保存も効く。問題はないだろう。
またあとで食べればいいかな、と思っていると、ふと目の前から視線を感じた。
当然、視線を送っているのは目の前の彼女であるのだが、どうやら俺を見ている訳ではなく、俺の持つ箱を見ているようだった。
無表情のまま、じっとケーキの入った箱に視線を送る彼女のその様子を見て、思わず箱を上に上げてしまう。
案の定、視線と一緒に顔も上がった。
「……一緒に食うか?」
「いただくわ」
即答だった。
あと、その時の彼女の顔が心なしかキリッとしていたことを追記しておこう。
入っていたのはシンプルなイチゴのケーキだった。
見た目からしてお店に売っていそうだと感じるそれは、聞いてみたところ彼女の母親の手作りなのだとか。
何でも、彼女の家は家族で営む喫茶店らしい。今度、食べに来てほしいと言われたのだが、現状では不可能なため、行けたらな、と曖昧に笑って誤魔化した。
「しっかし、うまいなこれ」
「当然よ。母さんは料理だけは得意だから」
ケーキを口に運びつつも、ふんすっと得意げな様子(表情的にはわからないが雰囲気で)を見せる少女であったのだが、その料理だけは、という物言いからほかの事はどうなんだと聞きたくなった。大方、予想はできるので聞くことはしない。
そのまま会話もなく、ただただケーキを口に運ぶこと十分。半分くらいを食べ終えたところで、少女はあっ、と思い出したかのように声を漏らした。
「ん? 急にどうしたんだ?」
「登校中だったのを忘れてたわ」
特にあわてた様子もなく、そうつぶやく彼女は、それだけ言ってまたケーキに手を伸ばす。
「いやいや、だったら早く行けっての。学校は何時からだ?」
「九時から」
公園の中央にある時計に目をやる。時間は八時半を回り、九時まで残り十五分を切っていた。
「急いだほうがいいんじゃないのか?」
「……それもそうね。遅刻はよくないわ」
残りのケーキを名残惜しそうに見つめながら、少女は隣に置いてあった鞄を持って立ち上がる。
「また来るわ」
「いや、それは別に構わないが……楽しいのか?」
「…割と?」
「何で疑問系なんだよ…」
俺の返答に、きょとんとした態度で首をかしげる少女であったが、何でもないと返しておく。
「ほら、早く行かなきゃ遅刻だぞ? お前も急げよ」
とりあえず、俺が公園から出ないと話が終わらないように感じたため今日もまた情報収集のために街に繰り出すことにする。昨日で大まかなことはいろいろと判明したため、今日はもう少し詳しく調べられたらよしとしよう。昨日のニュースの影響も知りたいしな。
「…なぎさ」
「…ん?」
「なぎさ。私の名前」
出入り口へ向かう途中、突然少女がそう言った。
そのまま黙り込む彼女であったが、その表情の読めない顔はじっと俺の方を向いている。
……これはあれか? 自分が名前を言ったんだから、あなたも名前を名乗るべきということなのだろうか?
「春島だ。まぁ、好きに呼んでくれればいい」
「…名前は?」
「好感度が足りんな」
そういうと、むっとした様子を見せるなぎさと名乗った少女。もちろん、そんな雰囲気になっただけで表情に変化は見られない。
『なんというか…理由がしょうもないのぉ…』
『ちょっと、そういうこと言うの止めてくれません?』
頭の中で響くルシアの声に思わず言い返す。
『というかルシア。今まで反応なかったけど、寝てたのか?』
『うむ。基本は回復に専念するのでな。ショウに何かない限りは寝ておるぞ』
『なるほど。ところで、さっきケーキをもらったんだが、残った分、後で食うか?』
『けーき? おいしいのか?』
『甘くてうまいぞ』
『食べるのじゃ!』
「…わかったわ。それじゃ春島君、また明日」
ルシアと話をしていると、どこか納得いかないような様子(もちろん表情的にはわからないが雰囲気で)の少女であったが、そういって俺を見送ろうとする。
「おう、じゃあな。お前も、学校遅れるなよ」
「…なぎさ」
どこかむっとした様子(もちろん、表情は変わらず)で自分の名前を言う少女。教えた名前で呼ばれなかったからだろうか?
だが、考えてみてくれ。俺が女の子を名前呼びできるとでも?
「好感度が上がったらな」
そういい残して俺は公園を出る。
今現在、寝床として最適な場所はあの公園の木の上しか見つかっていないので、寝床を移さない限りはまたあの少女と会うことになるだろう。
冬ならともかく、葉の茂る木の上ってのは遠目からじゃ見つかりにくい。日中の人の多い時間を避けさえすれば魔導警察とやらに見つかることもない。
まぁ、見つかっても魔法で何とかできるのだが。
『ほう、この箱、面白い構造じゃの』
『どうかしたのか?』
不意に響いたルシアの声。何かあったのだろうか?
『ショウが受け取った箱なんじゃが、どうやら、この箱自体に温度を一定に保つ魔法陣が刻まれておる。…いや、こちら風に言えば魔導刻印、じゃったか?』
ルシアの言っているのは、先程のホールケーキが入った箱のことなのだろう。
俺は見ていなかったが、そんなものがついていたのか。
『確か、魔導の効果を発揮する模様のことだっけか? 昨日調べた中にあったな』
『うむ。まぁ、妾の世界で使っていた魔法陣と同じようなものじゃし、魔法陣と読んでもよかろう。魔導刻印は少し長い』
そんなに違いがないように思えるが……そこはルシアの好きにすればいいだろう。俺は特に気にしない。
『…ていうかルシア。お前、もう食ってんのか』
『ごちなのじゃ。ぽてちもよいが、あれもなかなかのものじゃったぞ。ショウの世界もこの世界も、妾の食べたことのないものばかりじゃ』
中世ぐらいの世界じゃ、そう思えるのも当然といえば当然なのだが、このままいくとルシアが食道楽になりそうだな。
「まぁ、今の現状じゃあまり飲み食いはできないけどな」
『ショウよ。そうそうに問題解決に動くのじゃ! 魔王の命令であるぞ!』
「はいはい。俺だってそうしたいっつーの」
ルシアに適当な返事を返すつつ、俺は今日の予定を考える。
とりあえず、今日は昨日行けなかった場所に行ってみることにしよう。
この学園都市とやらは、全体的に見ると同心円モデルの街になっているのだが、どうやら大きく10の学区で分かれているらしい。
ちょうどホールのケーキを考えてくれればわかりやすい。ニュースの流れていた昨日の広場を中心として、ケーキを10等分するように学区が分かれているそうだ。
俺がいるのは公園の名前からわかるが第五学区。ここの隣が六、七となっている。
「んじゃ、今日は第六学区にでもいってっみるか」




